「お前さぁ、いつまで待たせる気?」
仕事を終えた週末の金曜日の夜。
私は同じ会社で働く館山秀治(たてやましゅうじ)と付き合いはじめてから、毎週のお決まり事のように彼のマンションにやってきている。
今日も例外なく彼の部屋で夕飯を作り、ちょうど食事を終えて2人でソファに並んでテレビを見ている時だった。
「……………へ?」
突然の彼からの言葉に、私は一瞬意味が分からなくて、きょとんと首を傾げたまま彼を見上げた。
その様子を見て、彼の口から大きなため息が一つ漏れる。
「はぁ〜。お前、俺と付き合うようになってからどれくらい経ったよ」
「へ?ん〜と…1ヶ月?」
「で、ちなみに遠山香澄(とおやまかすみ)はいくつだ?」
「私?えと…21ですけど…」
「じゃあ、俺は?」
「私の3つ上だから24?」
そんな分かりきってる事をまたなんで聞いてくるのかと不思議に思いながらも、彼の若干イライラした様子に心なしか焦りが出てくる。
うわっ。どうしよ…なんか、怒ってるかも?
「普通さぁ、大の大人が付き合ってんだったらよ、1ヶ月も経ってりゃヤリたい放題なんじゃねえの?どんだけ待たせんだよお前はよ!!」
「へ?…ってか、はぃっ?!」
「へ?でも、はぃっ?でもねーっつの!!キスもディープキスまでするくせに、その先に進もうとしたら頑なに拒みやがって…そんなに俺とすんのが嫌か?」
「そ、そそそっ…そんな事はないけれど…」
「けど、なんだよ…」
このやり取りにすっかり機嫌を損ねてしまった秀治は、ぶすっとした表情で思いっきり凄みを利かせて低い声を出してくる。
う〜っわ、こわ〜〜。
けど、確かに。
秀治と付き合いはじめて1ヶ月。
キスもハグも深いキスでさえも交わしている中、私は彼がその先に進もうとするのを頑なに拒んでいた。
それは何故かと言うと、大した理由でもないんだけれど…
なんとなく…って言ったら怒られるだろうなぁ。
チラっと彼の様子を伺い見て、ぞくっとした震えと共に、ぷるぷるっと首を小さく横に振る。
いや、この言い方だと語弊があるかもしれない。
別に秀治に抱かれる事は嫌なわけじゃない。
むしろ抱いて欲しいとは思ってる。
だったら何故拒むのか…これを言ったらきっと笑われると思う。
だから絶対秀治に向かって言えないけれど、私にしたら大きな問題なんだもん。
だって、だって秀治は……
「香澄。1ヶ月待ってやったんだ。俺もそろそろ限界だぞ?嫌じゃねーなら、覚悟を決めろ」
「覚悟って…ひゃあっ!?」
視界に秀治のニヤっとした笑みが映ったかと思った瞬間、グラッと視界が揺れて天井の壁紙が映る。
そう…気付いた時にはソファに押し倒されていて…
「いい加減、抱かせろ」
そんな色っぽい秀治の声が耳に届いた時には、熱く唇を塞がれていた。
「んっ…ふぁっ…しゅ…じっ…ダメっ…んんっ!!」
「何がダメだ?…理由を言えよ…俺が納得したらやめてやるよ…なぜそんなに拒む」
秀治は軽く舌先で私の口内をかき回してから、僅かにだけ唇を離す。
至近距離で絡み合う視線。
私はその綺麗な瞳に吸い込まれそうになりながら、僅かに距離のあいた唇をもごもごと小さく動かす。
「……………んだもん」
「はぁ?聞こえねぇ…もっとしっかり喋れよ」
「うぅ…だって、だって…秀治カッコイイんだもん!!!」
意を決して発した私の言葉によって、シーンと部屋が静まり返る。
あぁ…言ってもた。
私は真っ赤に頬を染めながら、暫しの間無言で固まってる彼に視線を向ける。
「………………………………はぁぁぁ?」
案の定、秀治は長い長い沈黙のあと、とてつもなく気の抜けた声を大きく吐き出した。
もうすぐしたら、笑われるよ。絶対。
私は、むぅ。と小さく唸って、口を噤むと相変わらず火照ったままの頬で彼の顔を下から窺い見る。
「ちょ…意味分かんねぇ。なにそれ…はぁ?俺がなんだって?」
「あの…だからぁ…秀治がカッコイイから…裸を見られるのが恥ずかしいんだもん…」
「は?なに…だから頑なに拒んだってか?」
「……ん」
「マジで?」
「うぅ…マジです…」
「…なにそれ」
ほら、もう口の端が上がってる。
だから嫌だったのに、秀治に向かって言うの。
秀治は私の会社では女子社員から凄く人気がある営業マン。
背が高くスタイルも抜群、目鼻立ちがしっかりしていて男性にしておくには勿体無いくらいの綺麗な顔。
ブランドのスーツをパシッと綺麗に着こなし、営業成績もトップとくればどんな女の子も放っておかない。
私も入社当時から彼と同じ課だから接触する機会が多くて、何でも先頭に立ってテキパキとこなし後輩とかの面倒見もいい彼にずっと想いを寄せていたんだけど、自分の身の程は分かってるつもり。
だから、片思いで終わるんだろうなぁ。って諦めてたの。
そう、あれね…『館山秀治は憧れの人なのよ』的に。
そしたらある日突然秀治に食事に誘われて、その帰り道に告白されて。
「遠山。俺、お前に惚れたから、付き合ってるヤツいないなら俺と付き合え」
……って。
最初は冗談かと思った。
からかわれてるだけだよね?って、笑い事で済まそうと思ったら、抱きしめられてキスされて。
少々強引だとは思ったけど、凄く嬉しくて泣きながら「お願いします」って返事をしてた。
それから私達の付き合いは始まったんだけど、この1ヶ月間やっぱりどこか自分に自信が無くて、彼が求めてきてくれても拒んでしまっている自分がいた。
だって、こんなにカッコイイんだよ?
今までに何人もの綺麗な女性と付き合ってきたと思うし、そんな彼女達からしたら私はどこを秀治に好きになってもらえたんだろう?って不思議にもなるし、不安にもなる。
私は秀治に抱いてもらえるほどいい女じゃないのに…って。
……だから。
「却下」
笑いを堪えていたのか、暫く黙っていた秀治の口から短い言葉が漏れた。
「え゛っ?!」
きゃ…却下って…
「当たり前だろ。そんな理由で、はいそうですか。って諦めるヤツがどこにいんだよバーカ」
「ば、バカって…」
「ったく。何を気にしてやがんのかと思ったら…んなもんイチイチ気にしてたら一生抱けねぇだろうが」
「だってぇ…秀治が昔付き合ってた人達とかに比べたら、全然魅力ないよ?私」
「俺の昔って見たことあんのかよ、お前は。それに『人達とか』って、色々遊んでたんだろ、みたいな言い方をしやがって」
「いやっ!そ、そういう意味ではなくて…それに見た事もない…けど」
しゅん。と肩の力を落とす私の様子を見て、秀治は軽くため息をついてからそっと唇を優しく重ねて視線を絡ませてくる。
「あのなぁ。一つ誤解がないように言っとくけど、俺は惚れた女しか抱かねぇから。遊びで抱いた事は一度もねーよ。それに、ここまで我慢してまで抱きたいと思うのもお前が初めてなんだからな!魅力があるかないかは俺が決める事であって、お前がどうこう悩む事じゃねーだろ?俺が抱きたいイコール魅力があるって事だ…分かったか?」
「うぅ…でもでも、本当にいいの?私で…」
「しつこい」
「ぁぅっ…」
鋭い眼差しでギロっと睨まれ、思わず口を噤んでしまう。
「覚悟はいいな?この1ヶ月間のフラストレーション、今日思いっきり発散させてもらうから」
秀治はそう言ってニヤリと笑うと、軽々と私の体を抱き上げて隣りの寝室へと足を運ぶ。
「えっ…えっ?!えぇぇぇっ!!!」
えっ…ちょっ…うわっ!ま、マジですかぁあ!!
「んぁっ…んっ…しゅうじっ…ちょ、ちょっと…待って…」
ベッドに下ろされたと同時に秀治の体が覆い被さってきて、何度も何度も唇を啄ばまれながら手際よく着ている服を脱がされていく。
私はそれを受けながら、必死で彼の手を止めようと試みる。
だけどそんなものは抵抗にすらならなくて、あっという間に私の身体から全てが取り払われてしまう。
そして、キスを繰り返しながら秀治も器用に服を脱ぎ捨てると、程よく筋肉がついた引き締まった肌を露にした。
……綺麗。
こんな危機的状況でも一瞬にして視線を釘付けにしてしまう秀治の綺麗な肌。
僅かに重なる肌から俄かに熱を帯びて、身体の奥が、きゅん。となるのを感じていると、秀治の口から掠れた声が聞こえてきた。
「無理。待てねぇ。限界だっつったろうが。健気に1ヶ月も待ってやっただろ。お前が欲しくて堪んねぇのに、それでも拒むならこのまま無理矢理犯すから」
「おっ…おかっ…」
犯すってあなた…物騒な。
「なぁ、香澄…この期に及んでもそんなに俺に抱かれんのが嫌か?」
「そっそんなっ!…嫌なわけないじゃない」
抱いて欲しい気持ちはいっぱいいっぱいあるんだもん。
ただ自信がないから拒んでるだけで…
「だったら黙って感じてろ」
その秀治のこの上なく色っぽい表情と声に、一気に自分の身体が熱く火照りはじめる。
「いい身体してんじゃねーか。色白だしもち肌だし?胸も結構あってウエストは括れてるしよ。もっと自信持てよ、香澄」
「うゎっ!やっやだぁ…そんな、じっくり見ないでよぉ!!」
「この身体は俺のモノだから、じっくり堪能させてもらうっつうの。隠すなよ、香澄」
「でっ…でもでも!恥ずかしいもん…」
隠すなと言われても隠したくなるのが乙女心というものでしょう?
真っ赤になって両膝を折って体を屈め、両腕で胸元を隠すと、彼は即座にその両腕を取りベッドに押さえつけて脚の間に体を滑り込ませてくる。
「香澄。お前、俺の言う事が聞けねぇっての?」
この言葉に弱い私。
ぐっと押し黙り大人しくなったのを満足そうに微笑んでから、秀治は唇を重ねてきた。
「どれだけ…この身体を抱きたいって思ってたか…分かるか?」
「んっ…しゅ…あンっ…ンッ…んっ…」
苦しいぐらいの秀治からの熱いキス。
私はそれを受け止めるだけで精一杯で、返す言葉も出てこない。
「覚悟しろよ、香澄…生半可なセックスじゃ終わらせねぇから。足腰立たないくらいに抱いてやるよ」
「そ…んな…」
「1ヶ月分の俺の欲求と、それ以上の愛情で抱いてやるから…全部受け止めろ」
この上なく色っぽくそう囁かれて肌が粟立つ。
…秀治
強く抱きしめられ、彼の熱い舌が私の口内を蠢き、溢れ出しそうなモノを吸い取られる。
ぴったりと重なる肌と肌。
私の身体を滑るように、舐めるように動く彼の綺麗な指先。
彼の指が刺激を与えるたび、彼の唇が私の身体を這うたびに、意識がぼうっと霞んでいく。
「香澄?もうグッショリ濡れまくってんだけど…俺が欲しい?」
「なっ!?そっ…そそそんなぁ…あっ、あっ…やぁぁんっ!!」
秀治はそう、意地悪い笑みを浮かべて私の秘部に指をあてがうと、ミゾをなぞりゆっくりと孤を描きながら中に指を埋めてくる。
ビクンと一つ体が跳ねて、中から与えられる刺激に身を捩る私。
「おー、すげぇな香澄の中。居心地よさそうじゃん…1ヶ月間、かんなり焦らされたからなぁ。そこまでたっぷり前戯できるほど俺も余裕がねんだけど、どうする?指で先にイク?それとも俺の方がいいか?」
なんて、この上なく意地悪な顔でこの上ない意地悪な質問を投げかけてくる。
それを聞いて私にどう答えろと言うのでしょう?
その話の流れから、秀治の中では答えが決まってるように思えるんだけど…
くちゅ、くちゅっと、水音を響かせてゆっくりと大きく出入りを繰り返しながら、内壁を指の腹で擦られて脳が徐々に犯されていく。
「香澄…返事は?」
……そんな事言われても困る。
ただでさえ思考回路が麻痺しているのに、今の私には何も考えられないよ?
「お前が返事しねーなら、俺が決めるぞ。いいな?」
そう言って秀治は一つ唇にキスをしてから指を引き抜き、代わりに彼自身を入り口にあてがい一気に中を貫いてきた。
「あぁぁぁんっ!!」
「ぁっ…っくっ!!」
相変わらず強引だぁ。と、思ったのは一瞬で、すぐに何も考えられなくなっていた。
身体が仰け反るほどの、中を占める彼の大きな存在。
今までに感じた事がないくらいに身体が痺れ、脳天を刺激される。
秀治は私の腰を持つと激しく律動を送り、色々な角度から刺激を与えてくる。
「くぁっ…すげ…めちゃくちゃ締まるんだけど…こんな事なら一回ヌイときゃよかった…ぅぁっ…ヤベ。マジで余裕ねえ…」
「あぁんっ…あぁっ!秀治っ…あぁぁんっ!!」
「香澄っ…気持ち…いいかっ?」
この時の私には頷くだけで精一杯だった。
秀治の色っぽく切なそうに囁かれる声も、与えられる律動も全てが私を高波に連れて行こうとしていたから。
「香澄…マジですげー気持ちいい…最高だよ、お前。さすが、俺が惚れただけの事はある…」
秀治は体を折って私に覆い被さってくると、熱い吐息を吐きながら耳元でそう囁き、ぎゅっと強く抱きしめて更に律動を早めてくる。
「あぁっ…しゅ…じっ…あぁぁぁんっ!」
「香澄っ…も…イキそ…お前も一緒にイカせてやるよ」
「秀治っ…しゅうじっ…んんぁっ!!」
「かす…みっ…んぁ…っ!!」
最大限に早まる腰を打つリズム。
私は強く抱きしめられたまま、唇を塞がれて深く舌を絡めあわせながら、彼の腕の中で果てた。
……秀治と共に。
ぐったりと私の体に預けている秀治の触れ心地の良い肌を抱きしめながら、私はこの上ない幸せを感じていた。
秀治は暫く身体が落ち着くのを待ってから少しだけ身体を離すと、私の髪を優しく撫でながらそっと囁いてくる。
「愛してる…香澄」
「秀治…」
「香澄…お前は?」
「もちろん…愛してる」
私がはにかみながらそう答えると、秀治は満足そうに微笑み一つ口付けをしてくれた。
「何もお前が不安になる事はねぇから。俺が惚れた女だぞ?もっと自信を持てよ」
「でも…」
「お前は黙って俺の傍にいりゃいいんだよ。まぁ、尤も?お前が嫌だっつって、離れて行こうとしても離してやんないけどな」
「本当にこんな私で…いいの?」
「俺はお前がいいんだよ。お前しか見えてねーから…もっと自信を持てって言ってるだろ?今度そんな萎えた事言いやがったら、その時点で一発ヤるからな。覚えとけよ?」
「いっ?!」
イッパツって…
「さて、と。身体もそろそろ落ち着いてきたし?今度はじっくりゆっくり第2ラウンド行っとくか?」
「へっ?…っていうか、はぃっ!?」
秀治のこの発言に目を瞬かせながらうろたえる私を見て、彼は意地悪く笑いながらまた一つ唇にキスをする。
「言ったろ、1ヶ月分の俺の欲求と、それ以上の愛情で抱いてやるから全部受け止めろってな。今日は寝かせるつもりねーから。覚悟しろよな?」
- end -
H17.12.22