私、志筑 里悠(しづき りゆ)。今年の春、この高校に入学したばかりの16歳。 中学の頃とは違って、少し大人っぽく見える先輩たちを見てドキドキしたり。 早く自分もあんな風に大人っぽくなりたいなぁ、なんて憧れてみたり。 少しでもそれに近づけるようにって日々頑張っているんだけど、私なんかまだまだだなぁって思うんだ。 だって、つい最近まで色気とは程遠いスポーツブラなんてしちゃってたし。 パンツなんて未だに綿の柄入りだし… 顔だってまだ中学生が抜け切れてなくて幼いし、背だって155cmと小さめ。 ナイスバディなんて言葉は程遠い幼児体形の私。 そんな私に彼氏なんているワケもなく。 図書委員で一緒の、桜坂蒼斗(さくらざかあおと)先輩に憧れて、現在片思い中だけど、きっと実らない恋。だと思う。 蒼斗先輩は、2つ年上の高校3年生。 背が高くて、キリっとした顔立ちがとっても男らしくて硬派なイメージがあって、そんな先輩は必然と学校内ではカナリ有名で。 委員会で初顔合わせの時は、本当に心臓が止まっちゃうくらいにときめいてしまった私。 この世の中に、こんなカッコイイ人がいるんだ。って初めて知った。 誰に対しても優しい蒼斗先輩。 先輩がいるだけで、何て言うんだろう…薄暗い陰湿な図書室も一気に華やぐというか、雰囲気がコロっと変わってしまう。 カッコよくて、優しくて、大人の雰囲気を醸し出している蒼斗先輩。 そう思っていたけれど、ある事がキッカケで、私は先輩の意外な一面を知る事になる。 今日は蒼斗先輩と一緒の委員会で、ウキウキ気分で浮かれていた私。 しかもこの金曜という週末は、殆ど図書室を利用する生徒がいないために、役員は私と先輩の2人だけで。 図書室にいる間中、私の胸はドキドキと痛いくらいに高鳴りっぱなしだった。 「志筑…こっち、もうすぐ終わりそうだけど、そっちはどう?」 生徒たちの姿がなくなった放課後の図書室。 返ってきた本を先輩と分担で片付けていた私は、遠くの方から聞こえる先輩の声に、胸を高鳴らせながら、上ずった声で返事を返す。 ひゃーっ。蒼斗先輩が『志筑』って呼んでるーっ!!…なんて、心の中で胸を躍らせながら。 「はっ、はい!こっちも、上段の本を戻し終えたら終わります!!」 「そっか。あと、上段だけ?」 「はい。上段だけです…も…これを片付けたら…終りです」 脚立に乗り、それでも背の低い私には、上段に戻すことはカナリの体力を要する。 分厚い本を片手に、うーん。と伸びをしながら、プルプルと手を震わせて、返事を返しつつ本を所定の位置へと戻そうと必死だった。 「志筑、そんな無理して片付けなくても…」 まだ向こう側にいると思い込んでいた先輩の声が、突然背後から聞こえてくるもんだから、私はびっくりしてしまって。 「えっ!?ひゃっ…わぁぁぁぁっ!!」 「おわっ!?」 脚立の上でバランスを崩してしまった私の体は、分厚い本に押されるように、背後に倒れていく。 ドズドズっという鈍い音と、何故かお尻にだけ感じる痛み。 四つん這いのような恰好で、痛むお尻をさすっていると、 「いっ…て…」 と、言う、下から聞こえる先輩のくぐもった声が耳に届く。 なぜ自分よりも下の方から、先輩の声が聞こえるんだろう、と、自分の顔を下に向けて、一瞬にして言葉を失った私。 いや…だって… 何故か私の下に先輩の体があって、自分の視界からはその先輩の下半身部分しか見えてなくて。 カッコイイ顔がついている上半身はどこにあるのかと、視線を辿ると、自分のスカートが見えるわけで? えっ?えっ!?なに…これ、どうなってるのっ!?? 暫くこの状態が理解できずに固まっていると、また下から先輩のくぐもった声が聞こえてくる。 「志筑…男として、この状態は非常に嬉しいんだけど…そろそろどいてくんない?まあ、このまま襲ってくれって言うなら話は別だけど?」 「えっ?!ひゃっ!?わぁぁっ!!すっ、すいません!すいませんっ!!」 え、私、もしかして、先輩の顔の上にお尻乗っけてるってこと?? なんで、何で!? もしかして…脚立から落ちた時に、先輩をクッションにしちゃったとか?? だから、お尻にしか痛みが感じなかったとか… 嘘…サイアク… どわぁぁぁっ!すっごい、すっごい恥ずかしいんですけどっ!? ようやく事態を呑み込めた私は、制服の乱れもそのままに、バタバタっと慌てて床を這って、その場を退いた。 先輩はゆっくりと上半身だけを起こして、イテテテ。と、呟きながら、私のお尻が当たってしまったんであろう、高い鼻を擦る。 よかった…鼻血は出てないみたい。 「志筑のケツがモロ顔面に直撃…」 「うわぁぁぁっ!す、すいません…ホント、ごめんなさい!!」 「いや…俺が突然声をかけたのも悪かったし」 「あの、あのっ!ホントにすいません!!痛かったです…よね?」 「ん〜…痛かったのと柔らかかったのと、半々?」 「え…はんはん?」 先輩の言葉を反復しながら、首を傾げると、先輩は、クスクス。と、笑いながら私を見る。 「前半痛かったけど、後半は柔らかかったって事」 その言葉を聞いて、先ほどの状況を思い出し、私の頬が瞬く間に紅く染まる。 あーっ、もう!サイアク!! こんなカッコイイ蒼斗先輩をクッションにした挙句に、自分のお尻を先輩の顔の上に乗っけるだなんて… もう…穴があったら入りたいよ。 先輩の顔をマトモに見れなくて、辺りをウロウロと彷徨わせていると、視界の隅に映った先輩が、ある一点を見たままボソっと呟いてくる。 「…ふーん、志筑ってチェリーなんだ…」 「は?」 先輩が呟いた言葉が理解できなくて、首を傾げると、先輩は何故か、口の端をニヤリと上げて、更に意味不明なことを言ってくる。 いつも見せている、優しい笑みとは少し違った、意地悪が入ったような笑みを浮かべながら。 「志筑ってさ、もしかして中身もチェリーだったり?」 「え…あの?」 「見えてるよ、チェリーのパンツ」 「げっ!わぁっ!!どっ、どこ見てるんですかっ!!!」 先輩がニヤリとした笑みを浮かべつつ、指を指した場所を視線で追い、更に自分の顔が真っ赤に染まる。 先ほど、退いた拍子にまくれ上がってしまったんだろう。 私のお気に入りのチェリーの柄の入った、綿のパンツが思いっきり露になっていた。 私は、湯気が出るほど顔を真っ赤にして、慌ててスカートを引っ張り、パンツを隠す。 「志筑を見てるとマスコットみたいで、前々から気にはなってたんだよな」 「えっ…」 「なぁ…志筑のチェリーが食べたくなったって言ったら、どうする?」 「あの…?」 そんな事を言いつつ、徐々に距離を縮めてくる蒼斗先輩。 いつもの雰囲気と違う、先輩の様子に、何故か私の体が少しずつ後ずさりはじめる。 「クスクス。いい反応…な〜んにも知らないチェリーちゃんって感じ」 「せっ、先輩?」 「ちょうど、スレてる女も食い飽きたところだったんだよな、俺」 すっ…スレてる女? 食い飽きる…って?? 先輩の言ってる意味が、さっぱり分からなくて、首を傾げながらも、後退は続ける私。 「なあ、志筑。俺のマスコットになる?」 「まっ、マスコット?」 「そ。マスコット。可愛がってやるぜ?愛情たっぷり込めてな」 な、なんか違う…今の蒼斗先輩。私の知ってる蒼斗先輩じゃない… 先輩の様子に戸惑いながら、後ずさりを続けていた私。 その私を追い込むように、トンと背中に何かが当たる。 本棚…? 「あ〜ぁ、残念。逃げ場がなくなったな。なぁ…志筑ってさ、俺のこと好きだろ?」 「なっ、なっ、なんでそれをっ!?」 「あははっ!ビンゴー?じゃあ、話は早いよな。俺のマスコットになるだろ?」 「あ、あ…あの…でも、マスコットって…」 「俺ね、彼女っつう煩わしい存在が嫌いなんだよ。聞いたことないだろ?俺に女がいたって話」 そう言えば…聞いた事ないかも。 私が入学してから先輩を知って、僅かな期間でしかないけれど、先輩は今のところフリーだってことしか聞いたことがない。 だから、みんなこぞって先輩の彼女になろうと、必死なんだけど。 「ようするに、俺のマスコットになるって事は、どの女よりも俺の近くにいられる存在になるって事」 「先輩の近く…に?」 「そ。志筑が俺のマスコットになるって言うなら、イチから順に、俺が志筑に色々教えてやるよ。マスコットになる特権として」 「特権…」 なんだか、イマイチ、先輩の言ってる意味が分からないんだけど。 兎に角、『特権』とつくからには、すごくいい話のような気がしないでもない。 何よりも、あの誰もが注目する蒼斗先輩の近くにいられる存在になれると言うのだ。 私には、願ってもない話…だよね? こんなに近くで先輩の顔を見たことがないってくらいに、縮まった距離。 その間近に見える、蒼斗先輩の綺麗過ぎる顔に見惚れながら、私は小さく返事をする。 「あの、なります…先輩のマスコットに…」 「あははっ!思った通り…従順だな、お前。おーけー。じゃあ、交渉成立な。今日から、志筑は俺のマスコットってことで」 「あ…はい。あの…お願いします」 「クスクス。すげー、新鮮。そういう反応。志筑って、下の名前なんつうんだっけ?」 「あ、えと…里悠って言います」 「りゆ、ね。2人きりの時は、俺のことも蒼斗って呼んでいいよ」 「えっ!?いっ、いいんですか?」 「特権、だからな」 うわーっ!うそぉ!!信じられない!!! 私が、この私が蒼斗先輩のこと、「あおと」って呼べるなんてっ。 このことだけで、有頂天になっていた私は、本当に何も知らないお子様だったと思う。 「じゃあ、まず初めの特権として、俺のキスの味でも覚えとく?」 「…っ!?」 先輩の声が耳に届いたときには、既に肩を抱き寄せられて、重なっていた唇。 突然過ぎて、私の脳はついていかなかった。 え…なに…私、今…どうなってるの… いきなりの展開に、目を見開いたままの私。 僅かに唇が触れた状態のまま、先輩がおかしそうに小さく、クスクス。と、笑う。 「里悠?キスするときは、目、閉じろよ?」 「えっ…えっ!?あ…は、はい」 先輩の口から発せられる自分の名前にドギマギしながらも、その声に素直に従い、目を閉じる私。 それに、また先輩が小さく笑い、更に呟く。 「いいねぇ、こういう反応も。俺の言うことなら、何でも聞きそうだな、里悠は。特権の与えがいがあるよ。でも、ま。こんなのに時間かけてたら、チェリーが熟れる前に卒業になっちまうからな。入門コースはこれぐらいで、段階飛ばして中級コース、いっとく?」 「ぇ…んっ!?」 そんな言葉と共に、突然後頭部に手を添えられて、引き寄せられたかと思ったら、私の唇を割って、口内に何かが入り込んでくる。 蠢く何か、自分の舌に絡みつく何か。 それが先輩の舌だと理解するのに、結構な時間を費やしてしまった。 唇に感じる柔らかい感触。舌に感じる生暖かい妙な感触。 初めて重ねる唇が、憧れていた蒼斗先輩のものだと言うことと、キスをしているというこの事態に直面して、私の心臓は破裂しそうなくらいに高鳴り、呼吸の仕方すら忘れて息苦しくなってくる。 ど…しよ。私、このまま死んじゃうかも… 先輩のシャツをギュッと握り、意識が半分遠のいた頃。 チュッと音を立てて、蒼斗先輩の唇がゆっくりと離れていく。 「どう?マスコットになる特権。悪くないだろ?」 体を抱き寄せられて、耳元で囁かれる蒼斗先輩の掠れた色っぽい声。 私は、ボーっとしたまま、コクン。と、一つ、頷くことしかできなかった。 蒼斗先輩と、キス…しちゃった。 しかも、なんか…すごいキスだ。 「里悠のチェリーが食べごろになんのは、いつだろうな?クスクス。すげー楽しみ」 この蒼斗先輩の言った言葉が、何を意味するのか。 この時の私には理解できるはずもなく。 この先に待ち構えている、私のマスコットとしての壮絶なる日々を想像することなど、到底無理な話だった。 そう…誰に対しても優しい蒼斗先輩は、実は、誰よりも意地悪な先輩だったなんて。 |