〜恭一&千鶴〜 あ〜ぁ、サイアク。 え・・・何がサイアクかって? ちょっと聞いてもらえる?あのね、今日はうちの父親は出張で一泊してくるから帰って来ないの。で、母親もタイミングのいい事にお店の人達と慰安旅行に出かけたの。 と、いう事はよ?今夜は私一人なわけよ。塾も今日は無い日だし・・・と、なると自然と愛しい先生と長い時間一緒にいられるー!って期待するじゃない? なのにね、なのにさ・・・先生ってば、今日は職員会議の後に他の先生達との飲み会とやらがあって、遅くなるらしいの。 親睦会みたいなモノだから、断るに断れなくて、折角なのにごめんね。って申し訳なさそうな声で先生は謝ってた。 絶好調にバッドタイミングじゃない?これって。 いつもならもう帰って来てる時間なのに、今日はまだまだ帰ってこない。 はぁ〜・・・折角親が2人共出かけてる絶好のチャンスなのになぁ。 夜中にだって抜け出せちゃうかもしれないのに、先生自体がいつ帰ってくるか分からないから予定の立てようがない。 私は壁にかけてある大きな時計に目をやりながら、ベッドの上で大きくため息を付く。 こんな事なら、先生から合鍵とかもらっとけばよかった。 そうしたら、いつまででも先生の帰りをチーと一緒に待っていられるのに。 もう一度自分の口からため息が漏れた所で、静かだった自分の部屋に携帯の着信音が高々と鳴り響く。 「うぁっ!・・・びっ、びっくりした・・・あ、先生だ。もしもし、先生?」 彼用の着信音を確認すると、途端に自分の顔から笑みが漏れる。 ・・・・・もしかして、もう帰って来れるとか? ドキドキと期待を膨らませて、大好きな先生の声に耳を傾ける。 『もしもし、千鶴?一人で大丈夫?寂しくない?』 「先生ぇ〜・・・寂しいよ。もう、帰ってこれる?」 一人は慣れてるハズなのに、先生の声を聞いちゃうとダメみたい。 電話口から聞こえてくる穏やかな優しい声に、途端に寂しさが募ってくる。 『ごめんね、千鶴。まだもうちょっと帰れそうにない・・・かな。さっき職員会議が終わってさ。これからなんだ、食事会と言うか飲み会?』 「嘘ぉー。これから?もう10時半だよ・・・これから移動して、食べて飲んでってしたら・・・何時に帰ってこれるかなぁ?」 もうちょっと帰れそうにない。・・・その言葉で小さく気分がしぼんでいく。 『ねぇ?俺も出来たら行きたくないんだけど・・・ほら、教頭先生とかも一緒だしね。断れなくて。帰る時また連絡するから・・・鍵、ちゃんと掛けなきゃダメだよ?』 「うん、掛けてるよ。チェーンはお父さんが前壊しちゃったから掛けてないんだけど。」 『そっか。なるべく早く帰るようにするけど・・・結構遅くなりそう。ごめんね、千鶴。』 「ううん・・・仕方ないよね。それもお仕事って言ったらお仕事でしょ?待ってる、先生が帰ってくるまで・・・って、寝ちゃうかもしれないけど。」 見えない相手に肩を竦めながら、ペロッと舌を出してみる。 起きてる自信はあるけれど、一人でいると知らない間に寝てる事が多いんだよね、私。 『クスクス。うん、待ってて。でも、寝ててくれてもいいよ・・・寝てても会えるし。』 「・・・・・え?」 先生の言ってる意味がイマイチ理解できなくて、自然と自分の首が傾く。 だけど、先生はそれについては触れずに、じゃぁまた後でね。と言う言葉で電話を切った。 なんだろう・・・寝てても?って。 私が眠ってしまったら、夢の中に先生が出てくるとでも言うのかな? そりゃ、たまに先生が出てくる事はあっても本当に極まれにだよ。 でも、あの先生の言い方って断言に近かった。 ・・・・・どういう意味だろう? 電話で起こすから?それもちょと意味が違う気がするし・・・・・・・・・・? ん、まぁ。考えても答えが見つからないから・・・勉強でもしようかな。一応受験生だし?先生もうるさいし。 私はベッドの上から勉強机に移動して、受験に向けての問題集を開く。 シーン、と静まり返った部屋に、カチッカチッ。と時計の秒針が動く音だけが響き渡る。 やっばいなぁ・・・眠い。 どうしてこう、勉強すると眠たくなるのかしらね? ・・・・・・現実逃避? 1時間程問題集を解いたところで、私はペンを机に置いて大きく、う〜ん。と伸びをする。 11時半過ぎか・・・まだ先生は帰ってこないよね? ちょっとだけ寝ちゃおうかな。どうせ、先生が連絡をくれるんだからその時に起きられるんだし・・・。 背後にあるベッドを意識しながら、吸い寄せられるように勉強机から離れる。 ばふっ。と身をベッドに投げると、何ともいえない心地よい安心感に包まれた。 あぁ、ダメ。寝ちゃう・・・意思弱いなぁ、私。 そのまま暫く目を閉じてると、知らない間に深い眠りについていた。 ――――ん・・・誰かに頭を撫でられてる気がする。 遠い意識が呼び戻されるように、薄っすらと意識が戻ってくる。 「ん・・・誰?」 「千鶴・・・ただいま。遅くなってごめんね。」 嘘・・・先生? ううん、そんなハズないよね。だって、先生はうちの鍵なんて持ってないんだもん。 あぁ。これ、夢?さっき先生が寝てても会えるし。なんて、変な事言ったから夢見ちゃってるんだ、私。 夢の中の私はゆっくりと目を開けて、その存在を確認する。 銀縁の眼鏡の奥の優しい瞳で見つめながら、先生は私の髪を撫でている。 「先生・・・夢?さっき・・・先生が変な事言うから・・・私。」 「クスクス。千鶴、寝ぼけてるね。夢じゃなくて現実だよ?」 「えー?だって、先生はうちの鍵持ってないじゃない・・・どうしてここにいるの?」 「あのね、本当は昨日に千鶴のお母さんが鍵を貸してくれてたんだ。今日は2人共が留守だから、お父さんには内緒だけど鍵を預けておくから千鶴の事よろしくね、って。」 「うそぉー。だったら昨日の内にそう言ってくれればいいのに。」 「あははっ。ごめん、ごめん。千鶴を驚かせようと思ってね・・・もしかしたら、可愛い寝顔も見れるかもしれないと思ったし?」 携帯で連絡せずに直でこの家に来たんだよ。って、先生は優しく笑いながら、私の頬を撫でてくる。 あぁー。だから寝てても会えるだなんて言ったんだ? だけど、私の脳はまだ眠ったままらしく、どうも現実と夢との区別がついてない。 ふわふわとする頭で、先生を見つめ返し自分も彼の頬に手を寄せる。 「先生・・・私、寝ちゃってた。」 「うん。すごく寝顔可愛かったよ・・・暫く見惚れちゃってたもん。」 「やだぁ・・・すぐに起こしてくれてもいいのに。」 「そうそう見れないからね、その可愛い寝顔は。結局は起こしちゃったけど・・・でも、もう遅いからこのまま寝よう?千鶴。」 「先生も一緒に寝てくれるの?」 「クスクス。流石にそれはできないかな・・・でも、千鶴が寝るまでここにこうして居てあげるから。ね?」 何か、ずっと夢のような気がしてて、このまま先生の傍で眠れるんなら・・・ってそう思ってしまう私。 あぁ、私の頭よ・・・しっかりと働いてよね。 ちゃんと起きたら、もっともっと先生と話ができるんだよ?だけど、今はどうやら眠気の方が若干勝っているらしく。 「じゃぁ・・・お休みのキスしてくれる?」 なんて言葉が自分の口から出てくる。 先生の頬に手を当てたまま少し首を傾げると、先生は、もちろん。って笑ってベッドの縁に腰掛けると、身体を屈ませてちゅっと軽く唇を合わせた。 「先生・・・もっと長く・・・。」 「んー・・ごめんね。ちょっとお酒も入ってるし、これ以上キスしちゃうと止まらなさそうだから・・・今日はこれだけ。」 「やだ・・・。」 「やだとか言わないで?ほら、目を瞑って・・・手を握っててあげるから。」 困ったような表情で私の手を握ってくる先生に、あいた片方の手を差し伸べる。 「止まらなくてもいいから・・・もっとちゃんとキスして欲しい。」 って・・・凄い大胆な事を言ってる?私。 「・・・千鶴。」 「・・・・・ダメ?」 「ダメ・・・・・って、はぁもう千鶴は・・・そんな顔されたらダメって言えないでしょ?」 先生は困った顔のまま、それでもどこか嬉しそうな表情で、私の前髪を手で上げると、ちゅっと額にキスをして、頬に、瞼に、鼻先にと順に軽く唇を当ててから、しっかりと今度は私の唇を塞いできた。 柔らかい唇の感触と、少しのアルコールの香り。 私は先生のキスを受け止めながら、自分の腕を彼の首の後ろにまわす。 先生も私の体を抱きしめてくると、舌で私の唇を割って中に入りキスを深くしてくる。 「んっ・・・んっ・・・センセッ・・・。」 「千鶴・・・そんな色っぽい声出さないで・・・本当に止まらなくなりそう・・・。」 「止めなくて・・・いいもん。」 と、言うより止めて欲しくない。 先生だってきっと気持ちは同じハズ。 だってほら。先生の表情が色っぽいモノに変わってきてる。 私しか知らない早乙女恭一という男の人のモノに。 先生が家に来てくれるだなんて思ってもいなかったし、話せてもちょっとだけだろうって思ってたから、余計に彼を求めてしまうのかもしれない。 今、確かに私の傍にいるって事を確かめたくて。 でももしこれが夢の続きなら・・・・・もうすこしこのまま醒めないでいてほしい。 |