*Obedient You




  言葉の威力  




「ね、今年はいくつチョコもらった?」

あま〜い香りの漂う恵子の部屋に胡坐をかいてテレビを見ていると、恵子がその上に座りながらそんな事を聞いてくる。

「え?全部断ったけど?」

「うっそ?!全部断っちゃったの?どうしてよ。」

「どうしてって・・・去年それで喧嘩したじゃねぇか。だから、今回は全部断ったんだよ。」

そう、去年のバレンタインデーに何の迷いも無く、渡された数々のチョコレートをカバンの中に突っ込んでたら、恵子がそれを見つけて阿修羅の形相で怒り出してさ。なだめるのに必死だったから、今年は絶対貰うまいと心に誓ってたんだ。

「なんだぁ、直人が貰ったチョコ。私が食べようって思ってたのにぃ。」

なんて言いながら嬉しそうに笑う恵子。

・・・・・ったく。これで俺が去年のように貰って帰ってきたらすっげぇ怒るくせに。

俺は心の中でため息を付いて、再びテレビに視線を移す。

「ねぇ、今年は何人に渡されかけたの?」

「ん〜・・・数えてねぇ。」

「そんなにいっぱいあったわけ?」

チラッと殺気が伺えて、慌てて恵子の身体を抱きしめる。

「な〜に言ってんだよ。んなにあるわけねぇじゃん?俺は恵子のしかいらねぇし、貰わないから。そんな事気にすんな。」

「ふ〜ん、別にいいんだけどね。」

「なんだよ、恵子ちゃんヤキモチかぁ?」

「ちっ違うわよ!!」

途端に頬を真っ赤に染める恵子を見て、思わず笑いがこみ上げてくる。

「恵子ちゃ〜ん、顔まっか。かっわいい♪」

「もお!直人、からかわないでよ。そっそういえば、長瀬・・・長瀬はどうしてた?チョコ貰ってたの?」

「はぁ?修吾か?・・・あいつが他の女の子からチョコなんて貰うと思うか?手渡す以前に視線でシャットアウトだぞ。俺、何人かに頼まれたもん。長瀬君に渡してくれない?って。」

「・・・・・で、どうしたの?」

「嫌。って言っといた。渡したいなら自分で渡せば?って。美菜ちゃんを裏切りたくないし、恨まれても嫌だし。」

「えらい!直人!!それでこそ、私の彼氏だわ。」

「だろだろ〜?」

「でも、美菜も幸せ者よねぇ。長瀬にすっごい愛されてるって感じだもん。」

「お前・・・それって俺がお前を愛してないみてぇじゃん。」

ジト目で恵子を見ると、たははっ。と空笑いをする。

「そういう意味で言ったんじゃないって。十分愛されてる。」

「お前も愛してる?」

「・・・・・さて、チョコの様子でも見てこようかな。・・・ひゃっ!!」

そそくさと立ち上がろうとする恵子の体を抱き寄せると、ぎゅっ。と腕に力を込める。

「おい〜。無視かよ・・・一度ぐらい言ってもいいだろ?今日はバレンタインだぞ?女から愛を告白する日じゃねぇの?恵子の口から聞きたい〜。」

「そっそれは片思いの子がするもんでしょ?ちゃんとチョコ作ったんだから。待ってて、今取って来る。」

「恵子!!」

恵子は俺の腕からすり抜けると、パタパタッ。と階段を下りて行ってしまった。

恵子の部屋に一人残された俺。

・・・・・っつうか、マジで多少落ち込むんですけど。

照れるにしたって、どうしてあそこまで頑なに嫌がるんだよ。

そんなに嫌か?『好き』って言葉に出して言う事がさ。

不思議でたまらん。

俺なんて恵子と付き合い出してから、何百・・否、何千?回と『好き』って言ってんぞ?

俺は、はぁ。っと軽くため息を付いて、恵子のベッドに横たわる。

「直人ぉ〜。チョコ出来たよ!!出来立て食べて♪」

そう言って恵子はお皿に出来立てのトリュフチョコを持ってくると、俺の目の前に、はい。と差し出す。

「うっわ、美味そうじゃん♪いぇ〜い、いっただき〜。」

「クスクス。どうぞ〜。直人、チョコ好きだもんね。珍しいよね、男の子でチョコ好きなのって。」

「ほうかぁ〜?けっこーいんぞ?・・・うっま〜♪このチョコすっげぇ美味い。」

「そう?よかったぁ。」

俺の座った目の前で、ぺちゃんこ座りをしながら恵子が嬉しそうに微笑む。

ほんと、すっげぇ美味い。

2つ目を食おうと、チョコを摘み上げて口に咥えた時、恵子がボソッ。と呟く。

「・・・・・直人?」

「お〜?」

チョコを咥えたまま返事を返すと、真っ赤に頬を染め上げる恵子の顔。

「・・・・・?」

「・・・・・大好きよ。」

「・・・・・へ。」

小さくだけど、はっきりと聞こえた恵子からの『大好きよ。』って言葉。

あまりの衝撃に、俺の口からチョコが落ちる。

「もっもぅ言わないからね・・・って、ひゃっ?!」

更に頬を赤く染めて俯く恵子を、思わず俺は強く抱きしめて、何度も唇を重ねる。

「すっげ・・・すっげぇ嬉しい!!うわぁ〜・・・もう絶対忘れねぇぞ。恵子、俺も好き、大好き、愛してる!!」

「や〜ん、もう直人!!わっ・・・ちょっチョコがっ・・・んんっ!甘いってぇ!!」

「俺の幸せのお裾分け。あぁ〜・・幸せ。俺、もういつ死んでもいい。」

「ちょっと・・・大袈裟でしょ?」

「大袈裟じゃねぇよ。マジで嬉しいもん・・・あぁ、すげぇな言葉の威力って。」

「・・・・・直人?」

恵子は不思議そうに首を傾げるけど・・・マジすごい言葉の威力。

何百、何千と『好き』って言うのもいいけど、たった一度の『大好き』ってのも、ずしんと心に響いてくる。

あぁ。今、すっごく恵子からの愛を感じたぞ。

俺は口から落ちたチョコを拾い上げると、そっと口に含み目を閉じてそれを味わう。

――――『・・・・・大好きよ。』

俺も恵子がすっげぇ好き。

今度いつ、恵子から『大好き。』って言ってもらえるか分かんねぇけど、それでもいいや。って思えてくる。

俺はチョコから溢れ出してくる恵子からの気持ちを噛み締めながら、彼女の体を力いっぱい抱きしめた。

+ +  Fin + +





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