*あなたの温もり お互いに荒く息を吐きながら、キスを交わし、強く抱きしめあう。 「はぁ・・はぁ・・マジで、葵にイカされた気がする。」 俺の胸にぐったりと体を預ける葵の体を優しく撫でながら、ぼそっと呟くと、そんな事ないもん。と、葵が恥ずかしそうに小さく呟く。 「何度ヤっても飽きねぇな、お前とは。」 「もっ、もぅ。ユキちゃん!変な事言わないのぉ!!」 「本当の事だろーが。何なら、もっぺんヤっとく?」 意地悪く笑いながら耳元でそう囁くと、思いっきり首を振って拒否しやがった。 ・・・・・なんか、ムカツク。 そこまで本気で嫌がる事ねぇじゃねぇか。半分冗談なんだからよ・・・半分は本気だけど。 「なぁ・・・葵。」 俺は触り心地の良い葵の背中を撫でながら、ふと今朝ほどの夢を思い出す。 「んー、なぁに?」 「お前さぁ、俺のこと好きか?」 「うん。大好き。」 「それは・・・・・兄貴としてじゃなく?」 俺の中の小さくて大きな蟠り。 ずっとずっと拭い去れなかった俺の中のしこり。 葵から告られた時は、その言葉だけで舞い上がって確かめたかった葵の本当の気持ちを聞けないでいた・・・今日までずっと。 俺って小せぇよな、小学5年の葵に言われた言葉を今の今まで持ち続けてるなんてさ。 ――――『ユキちゃんはお兄ちゃんだから、好きなんだもん。』 「ううん。違うよ・・・ユキちゃんは一人の男の人として・・・好きだもん。」 「一人の男として・・・か。」 「ん。中学上がる前まではユキちゃんの事、「お兄ちゃん」として好きだったと思う。本当にユキちゃんに自分のお兄ちゃんになって欲しかったし・・・でも、今は違うよ?ユキちゃんといるとね、心臓がドキドキしちゃうし、何かね・・・幸せな気分になっちゃうの。」 「幸せ?」 「うん、幸せー。こうして抱きしめてもらえたり、キスしてもらえたり・・・葵って優しく呼んでくれる事が。」 ニッコリと可愛らしく微笑みかけてくる葵に、自然とこちらの顔にも笑みが浮かぶ。 「そっか。」 「ユキちゃんは?・・・ユキちゃんは私の事、妹みたいに思ってない?」 「思ってねぇよ。」 「ほんとにぃ?」 「あぁ。一度だって、葵の事を妹としてなんて見た事ねぇよ。言ったろ?中学の頃からお前を好きだったって・・・なのに、お前ときたら。事もあろうかこの俺を振って、他の男の所へ行きやがって。」 うにうに、と頬を摘んで動かしながらそう呟くと、葵の目が驚いたように丸くなる。 「うっ、嘘嘘嘘ぉぉぉ!!いつ?どこで??何歳の時???」 「お前・・・一気に質問しすぎ。ったく。あれはお前が小5で俺が中1。ちょうど玄関先で会った時かな・・・ずっと俺と一緒にいたいって言うから、居てやるよって。将来お嫁さんにしてやろうか?って言ったら、お前何て言ったと思う?」 「・・・・・ん〜・・・覚えてない・・・かも?」 「だろうな。葵は健太君が好きで、ユキちゃんはお兄ちゃんだから好きなんだって。」 「言ったの?・・・私が?」 「あぁ、はっきりと言いやがったね。しかも満面の笑みで!当初、すんげぇそれがショックで何度も何度も夢に出てきやがった。今だってそうだ・・・『ユキちゃんはお兄ちゃんだから好きなんだもん。』って。だから、俺は兄貴という存在でしか見られてねぇんだって、ずっとこの先もそうなんだって思ってた。こうなった今でさえ、もしかしたら?って、たまに思う。」 何か・・・不思議だけど。 一つ一つ言葉にする度に俺の中に張り巡らされている鎖が、一本ずつ切れていくような感覚に陥る。 「ユキちゃん・・・。」 「でも、今は違うんだよな?俺はお前にとって一人の男なんだよな?」 「うん、違うよ。ユキちゃんはお兄ちゃんじゃないもん。私はユキちゃんが・・・相田 幸久が好きなんだもん。」 「・・・・・葵。」 葵のその一言で、ぷちんっ。と、最後の鎖が切れたような気がした。 ――――ユキちゃんはお兄ちゃんじゃないもん。相田 幸久が好きなんだもん。 「クスクス。でも、そっかぁ。そんな事があったんだぁ、覚えてないや私。健太君・・・そうそう、いたいた!同じクラスの健太君。スポーツが得意で女の子に人気があったんだよねぇ。中学上がる前に転校しちゃったんだったよね、確か。うわー。どうしてるかなぁ、健太君。」 「お前・・・それ知ってどうする気だ。」 俄かに俺の顔に陰りが差したのを悟った葵は慌てた様子で首を振る。 「あ、いやっ・・・違うの。どうしてるかなー。って思っただけで・・・別に何も思ってないよ?」 「思ってなくても、今そいつの顔を思い浮かべただろ。俺の傷口に塩を塗るようなマネしやがって・・・ただじゃおかねぇ。」 「えっえっ・・・ちがっ・・・思い浮かべてなぃ〜。ほらっほらっ。私の頭の中はユキちゃんでいっぱいだよ?」 「お前の頭ン中なんて見れねぇし。」 「ホントにホントにユキちゃんでいっぱいなんだからぁ。」 必死になってそう訴えてくる葵が堪らなく可愛くて。 ついつい苛めたい衝動に駆られてしまう。 「大体、なんでその健太は『君』付けで、俺は『ちゃん』なんだよ。おかしいだろ。ちゃん付けの方が格下みてぇじゃねぇか。」 「や〜ん、そんな事ないってぇ。大体、ユキちゃんは昔から『ユキちゃん』だもん。」 昔からユキちゃん・・・・・。 そうだよな、昔と変わらず葵にユキちゃんだなんて呼ばせてるから、あんな夢がいつまで経っても出てくるんだ。 そうだよな・・・・・。 「決めた。」 「・・・へ?」 鎖が切れた今、コイツにも昔の『ユキちゃん』から卒業してもらわねぇとな。 俺は不思議そうに首を傾げる葵の頬に手を当てて、ちゅっと音を立てて軽くキスをする。 「葵、これから俺を呼ぶ時は『幸久』って呼べ。『ユキちゃん』て呼びやがったら、どこであろうがバツとしてキスマークつけてやる。」 「えっ?えっ?!うそ・・・やだぁ。そんな急に無理だもん〜。」 「無理でも俺がそう決めたんだから、それに従う・・・OK?」 「やだぁー。」 「やだとか言ってんじゃねぇって。うっし、そうと決まれば、葵。用意して出掛けっぞ。今日は買い物すんだっけ?あぁ、そういや俺見たい映画があったんだよな。買い物の後は映画でも見るか。」 「え、ちょっ・・・ちょっと待って。用意・・・用意!!」 葵と共に起き上がり、急いで支度をし始める葵に、クス。っと小さく笑いながら、俺も出かける準備を済ます。 「葵、用意できたか?早くしろよー。」 「あ〜ん、待って。うん・・・準備完了!」 「クスクス。髪の毛、乱れなくてよかったな。すげぇ可愛いよ、葵。でも、俺の上では結構乱れてたけど?」 ドアの前に立つ俺の元へ寄って来る葵に向かってそう呟くと、途端に真っ赤に頬を染め上げながら葵が軽く睨んでくる。 「もっ、もぅ!そんな事ないもん・・・っ!!」 腕を上げて胸を叩いてこようとするその腕を掴んで自分の方へ引き寄せると、抱きしめて唇を塞ぐ。 昔からずっと好きだった葵。 自分の中のちっぽけな蟠りのせいで、自ら大切なモノを遠ざけてた愚かな自分。 けどまた今日、葵からの言葉で本当の自分になれた気がする。 『お兄ちゃん』と言う存在では無く、『相田 幸久』と言う一人の男に。 ・・・・・もう、あんな夢にうなされる事もなくなるよな。 ――――葵・・・大好きだよ。 唇を離し葵の耳元で囁いてから、俺は部屋のドアを開けた。
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