〜 弄られキャラ 〜 ユキちゃんと付き合いはじめてから、竹下先輩が言ってたように結構な嫌がらせを受けた。 直接嫌味を言ってくる人や、こっそりと私のノートなどにマジックで《ブス!!》とかって書いてくる人などなど。 直接文句を言われる方がまだいい、誰がどう思ってるのかって分かるし何とか対処のしようもある。 だけど、移動教室の間に誰かが自分のノートに落書きをしているって考えると対処のしようがなくて怖くなってくる。 顔も分からない誰かに恨まれてるって考えると。 でもね、そんな時いつも私を元気付けてくれるのはクラスで一番仲のいい沙智率いる同じグループの子達。 「相田先輩は学年が違うからいつも葵を護ってあげられないもんね。だから、相田先輩がいない間は私達が一緒にいるから。ね?負けちゃダメよ、葵。やっと思いが通じたんだから。」 なんて、いつもそう言って元気付けてくれる。 沙智は私がユキちゃんと付き合い始めたって聞いた時は、すっごく驚いて、『葵、それでいいの?泣かされちゃうかもしれないよ?』って何度も聞いてきたけれど。 皆さんもご存知の通り、私に対してのユキちゃんの態度を見てから考えが変わったらしい。 「葵も幸せ者ねぇ。あんなカッコいい先輩を惚れ込ませちゃうなんて♪」 だって。 ……確かに。 ユキちゃんは本当に私の事を好きでいてくれるって思うんだけど……結構違う意味でなかされちゃってるんだよ?知ってた?? って、恥ずかしすぎてそんな事沙智に言えないんだけど。 放課後、ユキちゃんの迎えを待ちながら帰り支度をしていると、教室のドアから私の名前を呼ぶ声が聞こえてくる。 「ちょっと。井上 葵ってどの子?」 その声に反射的に顔を向けて、はい。と返事をしてしまう。 うわっ……3年の先輩達だ。しかも結構この学校で有名な不良チックな面々。 私と付き合う前まで、よくユキちゃんの仲いいグループと一緒にいる所を見たことがある。 ユキちゃんの家にみんなで遊びに来てたのも何度か見かけたことあるし。 私はその先輩達を前に徐々に体が固まり出す。 あぁ…もう怖いなぁ。絶対ユキちゃんとの事で言いたい事があるんだ。 どうしよう。シメられちゃう(ユキちゃんがよく使う言葉)のかなぁ。 でもでも私はユキちゃんの事が好きだから、負けたくないし。 ぞろぞろと連なってコチラに向かってくる先輩達を見ながら、脇で小さく拳を握る。 「あんたが井上葵?」 金髪のサラサラなロングヘアー。化粧もバッチリ決まっていて凄く綺麗な先輩が私を見ながらそう呟く。 綺麗さ故に怖さ倍増って感じ。 私が蚊の鳴くような小さな声で、はい。と呟くと、へぇあんたが。と少し驚いた様子の声が返ってくる。 「あんたがねぇ。相田を溺れさせた女?ふっつーじゃん。」 「ホント。どこがいいんだろ、こんな普通の女の。まぁ、可愛いっちゃぁ可愛いかもだけど、華がないよね。綺麗って程でもないし。あたしらの方が断然いい女じゃんね?」 「まぁ。とりあえず、顔貸してくれる?あんたが相田にふさわしい女かどうかあたしらが見極めてやっからさ。」 「見極めるって……どうして先輩達に見極めてもらわなくちゃならないんですか?そんなの……必要ないと思います。」 よっ、よくぞ言ったぞ葵!! 震える足で何とか自分を支えて、自分のありったけの勇気を振り絞って彼女達を見据える。 「クスクス。へぇー、あたしらに口答えするんだ。生意気ぃ。」 「やっぱシメとかなきゃだよね、こういう子は。」 ……やっぱりシメられちゃうの、私。 「とりあえず一緒に来な。話はそこでだ。」 そう言って先輩の中の一人が私の腕を掴んだ所で、背後から声が聞こえてくる。 「ちょっと。葵を連れてどこ行く気ですか?用があるならここでいいじゃないですか。私たちも一緒に聞きます。」 そう言って私達の間に入って来てくれたのは友人の沙智達。 沙智は私を庇うように一歩前へ進むと先輩達を睨みつける。 「あんたらには関係ないんだよ。あたし達が話があんのはコイツなんだから。」 「話があるって、相田先輩との事でしょう?私達に関係ないって言うんだったら、先輩達にも関係ないんじゃないんですか?人の恋路を引っ掻き回すのってよくないと思いますけど。」 すごいよ、沙智。怖そうな先輩達を前にしても凛とした態度で言い返してる。 沙智と先輩との間で火花が散りそうなのをドギマギしながら見てる私。 ……ちょっと情けない。 「うるさいねぇ。とっとと失せないとあんたらも一緒にボコボコにするよ?」 「――――ボコボコにされんのはお前らの方だ。」 突然ドア付近から聞きなれた声と共に、一人の人物がこちらに歩み寄ってくる。 その表情は険しく、瞳は鋭く冷たい。 「ユキちゃん?!」 「相田……。」 「相田先輩。」 口々にそう名前を呼び、一斉に視線がユキちゃんに集まる。 「ったく。お前はまたユキちゃんって呼びやがって。黒田……悪いな、いつも葵の事を護らせて。」 「いいですよ。葵は私達にとっても大切な友達だから。相田先輩が傍にいられない間は私達が葵を護ります。」 ほら、この子天然だから危なっかしいでしょ?と、言葉を付け加えて沙智は私を見る。 ……一言余計な気が。 ユキちゃんもユキちゃんで、そうだよなぁ。とため息混じりに言葉を漏らしながら、私の頭を撫でる。 いや、だから。ユキちゃんまでそんな事言うかなぁ。 「で、だ。お前ら、葵に何の用だ。俺と葵を無理矢理別れさせようってんならこの場で一人ずつ殴って行くけど?」 少し綻ばしていた顔を引き締めてから、ユキちゃんは先輩達に向き直る。 途端に先輩達は表情を固めて、一歩引く。 「ちっ、違うって。あたしらはこの子があんたにふさわしい女かどうか見極めてやろうと思っただけだよ。」 「お前らに見極められなくても、葵は俺の女だ。俺がそう言ってんだ……文句ある?」 「だけど、こんな普通の……」 「俺が葵しか考えらんねぇって言ってんだ!お前らが文句を言う筋合いじゃねぇだろっ!!」 一際大きく響くユキちゃんの声に、一同がビクッと体を震わせる。 有無を言わせぬその威圧感。 目の前の先輩達が、ぐっと息を呑むのが分かる。 怒らせたらヤバイ。そう言い合ってるような先輩達の送りあう視線。 「今までの女は本気じゃなかったから、お前らが何しようと口を出さなかった。それぐらい耐えられる女じゃないとこんな俺とは付き合えないだろうとも思ったし?だけど葵は違う。ガキの頃からコイツだけは大切に護ってきたんだ。その葵を少しでも傷つけようもんなら俺は女だろうが何だろうが容赦はしねぇ。」 「それだけ本気だと……?」 「あぁ、そうだ。信じられねぇなら今から俺の本気見せてやるよ。」 そう言って私の顔を見るユキちゃん。 な〜んか……嫌な予感がするんだけど? 私の顔が微妙に引き攣った途端、ユキちゃんの手が私の顎を捉えてそのまま彼の唇が私の唇に重なる。 「っ?!」 一瞬みんなが息を呑んだのが分かった。 恥ずかしさのあまり私の顔が真っ赤に染め上がるのも関係なく、ユキちゃんは何度も角度を変えてキスを浴びせてくる。 息つく暇も与えてもらえず、僅かにあいたところからユキちゃんの舌が中に入り蠢き出す。 「んっ!?んんんんんんーーーっ?!!」 ちょっ、ちょっと待って。ちょっと待ってぇぇぇ!!! ジタバタと暴れる私の体をがっちりと抱え、唇を離された時はもう何も考えられなくなってユキちゃんの腕の中に納まるだけだった。 「これで分かったかよ、俺の本気。お前等も知ってるよな?俺からキスはしねぇって。これ以上は勿体無いからお前らには見せてやらねぇけど。俺をここまで溺れさせるのは誰でもない葵だけだ。」 分かったかよ。と、もう一度ユキちゃんが先輩達に向かって呟くと、先輩達は真っ赤な顔をして何も言わずに教室を出て行った。 腕の中からチラッと周りを見てみると、同じように沙智達が真っ赤な顔をしてニヤニヤと笑っている。 ………笑ってくれるな。そして、見なかった事にしといて欲しい。 誰もいなくなった教室で、ユキちゃんは席に腰を下ろし膝の上に私を座らせる。 「ごめんな、葵。みんなの前でキスして。ああでもしなきゃあいつ等納得しねえからさ…。」 「もぉ!すっごい恥ずかしかったんだからっ!!沙智とかも見てたんだよ?明日その事で何言われるか……。」 考えただけでも頭痛が。 「言いたいヤツには言わせとけばいい。俺がどれだけ葵に対して本気なのかってのが伝われば。」 「ユキちゃん。」 「あれは最初で最後!もう人前でキスなんてしねぇから。」 「当たり前!!絶対、嫌だからね?」 「クスクス。わぁってるって。そうじゃなきゃ、人前でも自制利かなくてそのまま葵を襲いそうだし。さっきもヤバかった、すんげぇ押し倒したかったもん。」 「やっ?!もぅ、ユキちゃんの変態!!」 「葵がそうさせるのが悪い。」 「私のせい?」 「そ。葵のせい……って、事で。でも、黒田には感謝しねぇとな。葵の事を護ってくれた訳だし。」 「うん。沙智には凄く感謝してる。あの時沙智がああ言って止めてくれなかったら、今頃シメられてたもん。」 本当に、今日ほど沙智が友達でよかったと思う事はない。 明日、一番にお礼言おうっと。今日はお礼をいう間も無く、みんなしてキャーキャー。言いながら帰っちゃったし。今頃どこかでお茶しながら騒いでるんだろうか。 そう思うと一抹の不安も過ぎる。と、言うより恥ずかしさが上回る。 「シメられるって。お前がそういう言葉を使うんじゃねぇの。」 「だって、ユキちゃんがいっつも使ってる言葉だもん。他に何て言うの?殴られる?」 「いぢめられる。」 お前にぴったりの言葉だな。と笑いながら私の頭を優しく撫でる。 「……苛められてないもん。私はそういうキャラじゃな〜い!!」 「あれ。お前、自分で自覚してねぇの?どこをどう見たって弄られキャラだろ。」 違う。絶対に違う………ハズ。 「でも。ありがとうユキちゃん。助けてもらったというよりも逆に襲われたような気もするけど。ちょっと嬉しかった。」 「キスされた事が?」 ……じゃ、なくて。みんなに自分が本気だって事を分からせようとしてくれた事が。 ユキちゃんも分かってるクセにそうやって話をはぐらかすんだから。 「クスクス。まぁ、ちょっと調子乗りすぎたよな。俺も落ちるとこまで落ちたよな。本気を知らしめる為に人前で濃厚キスをするなんて。」 「調子乗りすぎだもん。」 「仕方ねぇじゃん。本気で葵に惚れてんだから。」 ユキちゃんは真っ直ぐ私の瞳を捉えると、ゆっくりと頬を寄せてくる。 先ほどのように強引なキスではなく、優しく触れられるキス。 啄ばむように重ねられるユキちゃんの唇に、次第に自分の体温が上がってくる。 「んっ……ユキちゃ……。」 自然に彼の首の後ろにまわる自分の腕。今度は迎え入れるように舌を絡ませ口内を行き交う。 「葵……そんな色っぽい声を出すんじゃねぇよ……止めたくなくなるだろ。」 「だって……んっ…。」 「あぁもう限界。ダッシュで帰るぞ葵!今日も家に寄ってくんだろ?」 「え…ダッシュって。あ、うん。今日はママが遅出だからユキちゃんの家にいときなさいって。」 「うしっ!うちのババアも中番で8時ぐらいにしか帰ってこねえし……これから帰って3時間弱か。まぁ、それなりに楽しめるな。」 そう言って意地悪そうに笑みを浮かべるユキちゃんの表情を見て、俄かに自分の顔が引き攣る。 「それなりに……楽しめるって?」 聞いてはいけない事を聞いたかもしれない。 けど、もう口にしてしまった言葉は戻ってこなくて。 「ユキちゃんってなぁー。何回言ったっけなぁ?数えらんねぇな。」 「わっ!そっ、それはもういいって言ったもん。バツは無しーっ!!」 「ん?俺、バツって言ってねぇけど。何回言ったっけ?って言っただけ。クスクス。おら、葵。帰るぞ。」 ユキちゃんはおかしそうに笑いながら、ちゅっと額にキスを落としてから私と共に席を立つと、手を引き歩き出す。 意地悪な笑みを浮かべながら歩くユキちゃんを見て、やっぱり私は弄られキャラかもしれない。と、心の片隅で思っていた。 top |