〜 バツ 〜 小さい頃から葵を護るのは俺の役目だった。 幼稚園の頃から何かと男からちょっかいを出されて泣いていた葵をいつも2つ年上の俺が逆にそいつ等を泣かせてた。 小学校の頃はスカート捲りが流行ってて、クラスの中で標的にされるのは大概決まって葵。 まぁ、ちょっかい出す男も葵の事が好きだったからそうやって苛めてたんだろうけど。 俺だって幼いなりに葵の事が好きだったし、そうやって葵の事を苛めて泣かせる奴等が許せなかった。 けど、本当に好きだという気持ちに気付いたのは、俺が中学に上がった頃。 その頃も葵は何かと苛められては、俺に泣きついてきてたっけ。 葵の事を異性として好きなんだと自覚してからは、葵を苛めるヤツを単に許せないという気持ちだけではなく、他のもっと違った感情が俺を駆り立てていた。 まだその頃の俺は手加減というものを知らなくて、葵を泣かせた男をぼっこぼこにしてしまって、何度お袋と一緒に相手の親の所まで謝りに行って、頭にたんこぶを作った事か。 そのお蔭かどうか俺の頭は最強に石頭になったという噂もある・・・余談だけど。 俺の変な蟠りのせいで、葵との距離が遠くなってしまった時期も、変わらずに葵に気付かれないように仕返しをしてたっけ。 親にチクられない程度に、程ほどにな。 高校に上がってからはまたこれが厄介で。 中学までのように、好きだからちょっと苛めてやろう。ってそんな可愛らしいもんじゃなくなるだろ? 葵を彼女にしたい、抱きしめたい、自分のモノにしたいって目をギラつかせながら葵に近づこうとしやがる。 俺だってそうだっつぅのに、葵に手も出せねぇし、近づく事すらできねぇ。 だけど、そんなヤツらに絶対葵を渡したくなくて、触れさせたくなくて・・・。 葵と同じクラスの後輩に見張らせて、少しでも葵に近づきそうな男がいたら、片っ端から呼び出してお説教を食らわしてやった。 まぁ、人によってはそれを「おどし」と呼ぶヤツもいるけれど?あ、言っとくけど暴力とかは振るってねぇぞ。多少声が大きくなる程度。 俺の普段の行いがいいのか悪いのか、一度お説教をすると真っ青な顔をして2度と葵に近づくヤローはいなかった。 2度と近づくヤローはいなくても、葵に近づこうとするやつが結構いてさ。 ったく、葵のヤツは無防備すぎるんだよ。 お前のその無垢な笑顔に何人の男が堕ちてると思ってんだっつうの!! 毎回毎回、お説教を食らわさなくちゃなんねぇ俺の身にもなれって。 ・・・・・って、全然当の本人は自分が男を惹き付けてるだなんて気付きもしてねぇだろうけど。 言ってる矢先にまただよ・・・葵のヤロー。 放課後一緒に帰る為に、葵の教室へ向かう途中の廊下。 俺の視線の先には楽しそうに笑う葵の姿と、それを嬉しそうに見つめる男の姿。 見ているだけでムカムカと腹の底が湧いてくる。 「葵!お前、何やってんだよ。」 「あ、ユキちゃん。もう帰れるの?」 俺が声をかけるとそれに反応して満面の笑みを浮かべながら、葵が可愛らしく俺に手を振ってくる。 「もう帰れるの?じゃねぇだろ。何やってんだって言ってんだよ。」 「何って・・・話してる?」 きょとんと首を傾げる葵に、俺の口から大きなため息が漏れる。 はぁぁぁ。コイツだけは・・・。 「楽しそうに笑ってんじゃねぇよ、お前は。男と話してもいいって許可した覚えはねぇぞ。」 「ぅっ・・・グループの子はいいって言った・・・よ?」 「それはグループの中での話しだろうが。2人だけで話していいとは言ってねぇ。」 「そんなぁ・・・。」 「おい、お前。まだ葵に用があんのかよ。」 俺が睨みをきかせながら、葵の前に立っていた男を見ると、途端に怯えたように縮こまって首を横に振る。 「あ、いえ・・・もう何も・・・。」 「だったら失せろ。」 低く鋭い声に、慌てた様子で男は体を翻し、走って教室に入って行った。 「ゆっ、ユキちゃん!!そんな言い方酷いよ。」 「うっせぇ、葵。大体、お前が楽しそうにヤローと話してんのが悪いんだろ。」 「楽しそうにって・・・面白かったんだもん。そんな変な話はしてないよ?」 ・・・・・ムカツク。 葵のその言葉にも、楽しそうに話してたヤローにも腹が立ってくる。 「葵・・・お前『ユキちゃん』って何回言いやがった?」 「あ゛・・・。」 しまった。とでも言いたそうな葵の表情。 俺は窓際に葵の身体を押し付けると、両手を葵の顔を挟むように壁につける。 廊下を行き交う生徒が、何事かと驚いた様子で俺等を見ていく。 「言ったよな、俺。ユキちゃんて呼びやがったらどこであろうとキスマークつけてやるって。忘れてねぇよな?」 「だぁぁっ!ごめんなさい・・・忘れてないけど・・・忘れてたぁ!!だけど、だけど・・・それだけは許して?みんな見てるもん。」 「見てるから何だよ。俺には関係ねぇ。忘れるお前が悪いんだろうが。」 「やだやだっ・・・もうユキちゃんて呼ばないから・・・幸久ってちゃんと呼ぶから!」 俺の腕の間で、だんだんと涙声になってくる葵。 ちょっと苛めすぎたか。だけど、ここで甘い顔を見せたら直るもんも直らねぇしな。 まぁとりあえず、逃げ道は作ってやるかな。 「お前が今後、俺以外の男と楽しそうに話さないって約束すんならここでつけるのは許してやってもいいけど?」 「ほんとに?」 「あぁ。お前がそう約束すんならな。けど、その約束を破れば今度はキスマークじゃ済まさねぇから。分かったか?次はねぇからな。」 「うん、分かった!!」 ・・・・・って、絶対分かってねぇだろその顔!! 安心しきった葵の顔に、可愛らしい笑みが浮かぶ。 コイツの無垢な笑みに堕ちてる男がここにも一人・・・か。 あぁ、もぅ・・・クソッ!すっげぇ抱きしめてぇ。 帰ったら即行で襲ってやる。 確かユキちゃんって言葉を3回出しやがったよな・・・っつぅ事は3つはつけていいわけだ。 後、男と楽しそうに話してやがったバツとしてもう後2つ増やしとくか。 ん?さっきの約束で許したんじゃねぇの、って? クスクス。あぁ、許してやったよ? ――――ここでつけてやるのはね。 top |