*恋の予感 「カズ〜。まぁたフラれちゃったよぉ。」 「・・・・・またかよ、お前これで何回目?」 いつもの土手で2人肩を並べて腰を下ろし、カズが軽くため息をついて私を見る。 「さぁ・・・数えてないもん。私ってさぁ、男運ないのかなぁ?」 「じゃ、なくて男を見る目がねんだよ。ったく毎回毎回フラれる度に連絡よこしやがって、仕事早く切り上げてお前に付き合ってる俺の身にもなれよ。」 夕暮れの中、カズは缶ビールのプリリングをプシュッ。とあけて再びため息を付く。 ・・・いつもそう。私はフラれる度にカズに連絡して呼び出し、こうやって土手で話を聞いてもらってる。 大学の頃からずっと。 「だって、話聞いてくれるのってカズぐらいなんだもん。他の子はさ、彼氏とラブラブだし?この年になったら殆どが結婚しちゃってて、家事・育児に大変だから出て来てくんないのよ。その点、カズは暇人だから?」 「あのねぇ。俺だって色々忙しいんだよ。予定をキャンセルして美由紀に付き合ってやってんの。ありがたく思え。」 「嫌だったら断ってくれていいのに。」 「まぁ・・・惚れた弱みってヤツ?」 クスっ。と小さく笑って、カズは喉を鳴らしながらビールを煽る。 「またぁ。あんたって学生の頃からそういうノリよね。大体、私に惚れてるって言ってる癖にいっぱいいろんな子と付き合ってるじゃない。今もいるでしょ?彼女。」 「あぁ。別れた。」 「えぇ!!何でよ、この間付き合い出したばっかりじゃん。今度は結婚まで行くって思ってたのに・・・どうして?」 「お前が別れたから。他の女と付き合うのはその場しのぎだからさ。俺だって男だし?それなりに性欲はあるわけよ。」 ・・・・・お前が別れたから。えらく簡単に言うじゃない? 「ちょっと・・・それって酷くない?彼女を弄んでるって事でしょ?」 「別に。だって俺、付き合う前にちゃんと言ってんもん。好きなヤツがいるって。それでもいいからって言うから付き合ってんだよ。それよか、それを言うならお前の方が酷ぇだろ。俺の気持ち知ってて、毎回彼氏出来たの別れたのって報告してきてさ。別れたら別れたで俺が必ず来るの分かってて呼び出してんだろ?俺と付き合う気もねぇくせに、そっちの方が酷くねぇ?」 「・・・・・。」 カズの言葉に、言葉が詰まる。 だって間違ってないから。私はそう、カズの気持ちを利用してる。私に好意を持ってくれてるって知ってて、寂しい時だけ彼を呼び出す。 私って・・・・・酷いよね。 「美由紀もさぁ、そろそろ年貢の納め時なんじゃねぇの?来年はお互い三十路だし?これから相手見つけるのも大変じゃん。俺にしとけよ。」 「えぇ〜。カズぅ?だってカズは『男友達』としてしか見られないもん。無理だよ。それは、ずっと学生の頃から言ってるでしょ?」 「かれこれ10年経つぞ?そろそろ『いい男』っつうのが見極められてもいいんじゃねぇの?顔ばっかで選んでねぇでさ、中身を見れるようになれば?」 カズは缶ビールを飲み干し、ガシャッ。と缶を握りつぶす。 まぁ、今までの相手を思い返してみれば『顔』で選んでいたと言うのも間違いではないけれど・・・。 カズ・・・ねぇ。 カズとは大学1年の頃に知り合って、考え方や行動とか仕草までも何となく私と似てて一緒に居てて楽は楽なんだけど。 『恋愛対象』となると、どうも考えられないのよね。 フラれる度に「俺にしとけば?」って言ってくれるんだけど・・・いつもはぐらかして終わる。 「カズねぇ・・・。」 「俺にしとけって。大切にすんぞ?浮気もしねぇし、暴力も振るわねぇし。こまめに働くし?」 「あぁぁ〜・・・やっぱ無理!!カズは恋愛対象にならない。だってチューとかエッチとか考えらんないもん。」 「そんなのやってみなきゃ分かんねぇだろ?アバタもエクボ。無理だと思ってても好きになったら出来るようになんだよ。」 「別にあんたにはアバタなんてないじゃん。」 「・・・物の例えだ。ようは気持ちって事。そうそういねぇぞ?10年間も思い続ける男ってさ。」 「何気に自分を売り込んでる?」 「10年間ずっと売り込んでっけど?」 そう言われてもねぇ・・・。思考が付いていかない。だって無理だもん。 別に何が嫌っていう訳でもないんだけどね。 顔だって普通から見れば『カッコいい』方に入ると思うし、優しいし、小さな事にも気が付いてさりげなく行動してくれるし。趣味も合うし、価値観だって同じ。 そう考えると、カズでも全然問題ないんだけど・・・何故か「違う。」って思ってしまうのよね。 何なのかしら・・・? 「美由紀さぁ、俺の事『男』として見てねぇだろ。」 「あぁ・・・そうかも。」 カズの言葉に妙に納得する。そうだわ、きっとカズの事を異性として見てないんだ、私。 だから無理なんだ。 「だったらさ、一度キスしてみる?」 「・・・・・はっ?!何で、カズとキスなんかしなくちゃいけないの?」 「そうすれば俺が『男』だって認識できるんじゃねぇの?」 「だからって・・・そんな急に・・・んっ!!」 カズの突然の言葉にうろたえていると、急に目の前に影ができて気が付いた時にはカズの唇が私の唇に重なっていた。 何度も角度を変えて浴びせられるキス。次第に深くなり、呼吸もままならないほど心臓が高鳴り胸が熱くなる。 「・・・んっ。」 キスの合間に洩れ始めた自分の声に戸惑いながら、それでもカズからされるキスが嫌じゃなかった。 自然に自分の腕がカズの首にまわり、次第にお互いを求めるようなキスに変わる。 カズはゆっくりと唇を離すと、私の身体を抱きしめてきた。 「・・・これ以上無理。俺、自制利かなくなっから。けど、嫌だったかよ。俺とすんの。」 「・・・・・嫌・・・じゃなかった。」 「だろ?美由紀が勝手に俺は無理だって決めつけっからダメなんだよ。これで第一関門通過ね。第二関門はっと。」 「何よ、その第一関門とか第二関門とかって。」 私が首を傾げると、クスクス。とおかしそうにカズが笑う。 「ん?俺が美由紀を手に入れる為の関門。第一関門は美由紀に『男』として見てもらう事。第二関門は、美由紀に俺の良さを分かってもらう事・・・っつう事で、俺と付き合え。」 「・・・・・ごり押し。」 「当たり前。こっちだって必死なんだ。多分・・・これが最後のチャンスだと思うから。」 「・・・・・え?」 少し声のトーンが落ちたカズを見上げる。 「今度さ、美由紀が誰かと付き合ったら、そいつと結婚しちまうだろうな。って思うから。そうなったら俺はもう手が出せねぇし?コレが最後かな・・・って。」 「・・・カズ。どうしてそこまで私を?」 「さぁ?どうしてだろうな。惚れちまったもん仕方ねぇじゃん?美由紀がいいって言うまで俺は襲わないからさ、付き合おう?絶対悲しい思いはさせない。な?」 「ん〜・・・。」 「まだ渋るか。」 カズの言葉に、クスクス。と笑いながら意地悪く呟く。 「襲わないって言って、今襲ったじゃない。」 「あのねぇ。キスぐらいさせろって。エッチはお前がOKを出してからじゃないとしねぇから。これは約束する。」 「ほんとにぃ?」 「マジマジ。俺、こう見えても結構耐える男だから。ま、今までの女に美由紀重ねて抱いてたけど?」 「・・・・・あんたねぇ。」 「なんだよ、仕方ねぇだろ?叶わぬ想いならせめて性欲だけでもって思うじゃん。」 「でもこれからは本気で禁欲だよ?」 「あぁ。耐えてやらぁ。すぐに俺の良さに気付いて美由紀から欲しいってねだってくっからさ。それまでの間ぐらいどってことないね。」 「気付かなかったら?」 「絶対気付く。だって俺が美由紀に本気で惚れてんだもん。絶対美由紀も俺に惚れる。」 「すっごい自信。」 「ったりまえだ。それだけお前に本気で惚れてるって事だよ。っつう事で、これからヨロシク。俺の愛する美由紀さん。」 「え・・・あ、こちらこそ。」 ・・・・・何で? 驚くほどすんなりと出た言葉に自分で首を傾げる。 ・・・っていう事は何?私はこれからカズと付き合うって事? いつの間にこんな展開になっちゃってるのかしら。 でも、前ほど「無理」って思わなかった。きっとそれはカズを『男』として見れたからかな。 ずっと遠くから見守ってくれてたカズ。いつだってすぐに駆けつけてくれたカズ。 抱きしめられた腕に身を任せながら、何だって今まで気付かなかったんだろう?って、情けなくなってくる。 こんなに近くにいて、ずっと私を支えてくれてたイイ男がいたのに。 ほんっと、私って男を見る目がなかったのかもしれないね。 「――――ねぇ、カズ。今度の休み、どっか連れてってよ。」 「あぁ、いいよ。わがままお姫様のおっしゃる所なら何処へでもお連れいたします。どこ行きたい?」 「ん〜と、南極。」 「・・・・・。本気だな?北極でも南極でも、俺はマジでお前を連れてくぞ。」 うにうにっ。と頬っぺたを抓られて、思わず口から笑いが漏れる。 「クスクス。嘘に決まってんでしょ?カズに任せる。」 「オッケイ。飛び切りのデートコース用意してやるよ。そのままお泊りでもいいし?」 「ダメに決まってるでしょ?まだまだ禁欲だからね!!」 「えぇ〜。まだまだかよ・・・。」 「当たり前じゃない。」 ・・・だって私の恋はまだ始まったばかりなんだもん。 本物になるまでは、もう少しの我慢ね。 = FIN = |