〜 思い出 〜




「ご馳走様でした。」

「クスクス。ちぃー。この曜日だけは本当にお弁当食べるの早いよねぇ。」

「ごめんね、優実。でもでも、一分一秒でも長く一緒にいたいんだもん。」

「はいはい。分かってるって。ほら、早くお弁当片付けて行ってらっしゃい。」

週の真ん中の水曜日の昼休み。

私はいつもこの曜日だけは優実との会話もそこそこにお弁当を食べ終えてしまう。

理由はただ一つ。

少ない時間だけど、大好きな先生と2人だけの時間を過ごせるから。

水曜はね、先生は午後イチの授業が入ってないの。だから、少し時間をずらしてお昼を取るようにして、昼休みの時間帯は視聴覚室で仕事をするようにしてる。

『ほら、そうしたら少しの時間だけど誰にも邪魔されずに2人だけで話せるでしょ?』

って。

普通の学生同士のカップルじゃないから、会える時間が少ないし、少しでも千鶴と一緒にいられる時間を作れるようにって、先生がそう言ってくれたの。

その言葉を聞いた時、本当に嬉しかった。

色々とリスクが大きい中で、先生はいつも私の事を考えてくれてて・・・。

週に1度しかない私達の秘密の時間。

だから一分一秒でも早く先生に会いたくて、私はいつものようにお弁当を片付けると急いで視聴覚室へ向かった。



パタパタパタッ。と足音を鳴らしながら、毎週足を運んでいる視聴覚室へ辿り着く。

この扉の向こうに先生が待っててくれてるんだ。

そう思うだけで自然と自分の顔に笑みが浮かんできちゃう。

ドアの手前で一呼吸おいて、満面の笑みでドアを開けた私の顔が一瞬にして固まる。

「せ〜んせ・・・・・ぇ。」

私の視界には、教室の一番前に座る愛しい彼とその横に座る綺麗な存在。

私はドアを開けたままの体勢で暫しの間止まっていた。

「・・・狭山さん。」

「あ、恭一先輩の生徒さんですか?こんにちはー。」

「え・・・・・あ・・・こんにちは。」

先生の隣りに座る綺麗な女性はにこやかに笑みを浮かべて挨拶をしてくる。

私もこの状況に戸惑いながら、ぎこちなく挨拶を返す。

・・・・・恭一先輩?誰、この人。

「あっと・・・狭山さんは知らないんだよね。今日から2週間教育実習生としてこの学校に来てる高杉 洋子先生。1年のクラスを受け持ってるんだ。で、俺の大学時代の後輩。」

先生は、ごめんね。と言うような表情を浮かべて私を見ながら、隣りの女性を紹介してくる。

2人だけの時間なのに・・・。

この状況に少し寂しく思いながら、そうなんですかぁ。と、少し笑って2人の元へ足を運ぶ。

「もぅ、先輩。生徒さんの前で『俺』って言っちゃダメじゃないですか。」

「え?あ・・・クスクス。ごめんごめん・・・ついつい地が・・・。」

「もー。先輩ってばそういう所、昔と変わらないんだから。」

高杉先生はクスクスっと笑いながら、彼の背中をぽんっと叩く。

なんか・・・なんか。馴れ馴れしくないですか?そりゃ、大学時代の後輩だから普通なのかもしれないけど・・・。

彼女でもある私の前で、そんな親しげにして欲しくない・・・って、言えないから悔しい。

若干、胸の奥がムカムカとしつつ、合わせるように自分もクスクス。っと笑ってみる。

「あ、ねぇねぇ。狭山さんだっけ?恭一先輩どう?ちゃんと先生してる?」

「うわっ、なにそれ。そういう質問するかなぁ。」

「えー。いいじゃないですか。先輩ってどんな教師なのか興味あるし。」

「俺は普通の優しい教師ですー。」

「私は狭山さんに聞いてるんですー。恭一先輩は黙っててくださいよ。で、狭山さん。どんな感じ?」

「え?あ・・・優しい先生ですよ?進路の相談にも乗ってくれるし、色んなアドバイスもしてくれるし・・・素敵な先生だと思います。」

「きゃー。素敵な先生だってぇ、恭一先輩。よかったねぇ?」

「だーから、言っただろ?優しい教師だって。」

「クスクス。うんうん、分かる分かるー。恭一先輩って優しいもんね?頼りがいもあるし。女子高生にも人気があるんじゃないですか?大学の頃も結構モテてましたもんね、先輩。」

「え、先生って大学の頃、モテてたんですか?」

高杉先生の言葉にすばやく反応をして、私の口から思わず声が出る。

「モテてないって。高杉、変な事言わなくていいから。」

「先輩はそういう性格だから分からないだけだって。サークルの中でもね、結構モテてたんだよ?優しいし、気配り上手だし、教師になってから眼鏡にしちゃったから、狭山さん知らないだろうけど、眼鏡外すとカッコイイのよ?」

知ってる・・・知ってるけど、それは私だけだと思ってた。

そうなんだ。先生、大学の頃は眼鏡じゃなかったんだ。

ずーん。と沈んだ気持ちを抱えていると、先生が慌てた様子で言葉を挟む。

「もー、高杉。余計な事を話しすぎ!ほら、職員室に帰って色々やる事あるだろ?さっさとやってしまわないと、教職取れなくなっちゃうよ?」

「えぇ〜。久し振りに恭一先輩に会ったから、色々と話したいことあったのにぃ。あ!先輩、今日の夜飲みに行きましょうよ。他の友達とかも呼んで。」

「ごめん、ちょっと暫くは進路の事とか色々考えなくちゃいけない事があるから行けないな。また今度ね。」

「また今度、また今度って。最近ずっとそうじゃないですか。いつになったら大丈夫なんですか?」

「んー・・・さぁ?」

「付き合い悪いなぁ。前はオールで飲んだりしてたのになぁ。クスクス。酔っ払っては友達の家になだれ込んで、雑魚寝なんてしょっちゅうだったもんね。私が失恋した時は、みんながバタバタ寝て行くのに、恭一先輩だけが最後まで慰めてくれたり。あ〜ぁ。私の彼氏が恭一先輩だったらよかったのになぁ。」

「こーら。生徒の前で、そういう内輪話はしないの。それに俺は高杉に興味はない・・・ほら、職員室に行った行った。」

「あん、もぅ。冗談も通じないんだから!はいはい、分かりましたー。恭一先輩は?まだココにいるんですか?」

「うん。これから狭山さんの進路相談。誰かさんが延々と話をするもんだから、相談の時間が短くなっちゃったけどね?」

「うわっ。ホント?ごめんなさい。大事な時期だもんね、ごめんね狭山さん余計な雑談しちゃって。」

「あ・・・いえ。」

高杉先生は申し訳なさそうに謝ってから、視聴覚室を出て行った。

先生はそれを見届けてから、はぁ。と深いため息をついてから、私に視線を合わせてくる。

「ごめんね、千鶴。せっかくの水曜日だったのに。」

「ううん・・・大丈夫。」

私は力なく首を横に振り、先程高杉先生が腰を下ろしていた席に座ると、先生が心配そうな表情で覗いてくる。

「千鶴。元気・・・ない?」

「先生・・・モテるんだ。」

「え?・・・あぁ、あれは高杉の言い方が大袈裟なんだって。モテるわけないでしょ?」

「だって、先生は眼鏡外すとカッコいいもん。大学の頃は眼鏡じゃなかったんでしょ?だったら・・・」

「千鶴?大学の頃は大学の頃。もう昔の事でしょ?気にしなくても大丈夫。」

「大丈夫じゃないもん・・・気になるもん。私は大人じゃないから、一緒に先生と飲みにだって行けないし、一緒に寝ることだって出来ない。高杉先生が話してた大学時代の先生を私は知らないんだもん。高杉先生と話してる先生、すごく楽しそうで・・・会話にも入れないし、なんか・・・すごい寂しい。」

先生の昔を知らない事がすごく悲しくて・・・すごく悔しい。

「そう言われると、俺も辛いな・・・昔に戻れるわけじゃないからね。でもね、これから先はずっとずっと一緒でしょ?俺にとっては昔よりも千鶴といる今が大切だからさ。これから一緒に思い出もいっぱい作って行けばいいんじゃないかな?」

「思い出も?」

「そう。俺と千鶴の2人だけの思い出をね。これから大人になって、一緒に飲みにだって行けるだろうし、旅行にだって行くでしょ?いっぱい色んな所に行って、色んな思い出をいっぱい作って。ああだったね、こうだったねって過去形で話すだけじゃなくて、千鶴とあんな所に行きたいな、こんな事したいな。って、未来の話もしたい。大学の頃の話はもう過ぎてしまった過去の事。昔の事を話すのは確かに懐かしくて楽しいけど、それよりも俺は千鶴と色んな事について話してる方が、数倍楽しいけど?」

千鶴はそうじゃない?と、頬を撫でられながら囁かれて、暫く考えてから顔を上げる。

「私も・・・先生と色んな話をしてる時が一番楽しい。」

「高校入学した時の話とか、中学の頃の事を話すのは?」

「んー。楽しいけど・・・。」

「けど、別にどうこうしたいって感じじゃないでしょ?」

そう言われれば・・・

「そうかもしれない。」

「俺にとっても大学時代の話はその程度のモノ。あぁ、楽しかったよな。で、終り。でも、千鶴とは違うよね?あぁ、楽しかったから次はどうしようか。ってなる・・・それじゃダメ?」

過去の事より未来の事・・・

そうだよね。いくら頑張ったって、私が先生と同じ大学生に戻れる訳がないんだから。

そんな昔の事をくよくよ考えるより、先生との未来の方が大事だよね。

私は先生を見上げて、ニッコリと微笑む。

「ん。それでいい・・・いっぱいいっぱい先生と思い出作りたい。」

「クスクス。うん、いっぱい作ろうね。でもよかった、千鶴が笑ってくれて。高杉が話すたびにどんどん表情が暗くなって行くから、どうしようかって内心焦ってたんだって。俺は大学の頃の話なんてどうでもいいのにーって。早く2人で話したいんだから、さっさと職員室行けよーって思ってた。」

先生のその話し方がすごく面白くて、思わず噴出してしまう。

「あははっ。先生ってば・・・でも私もちょっとそう思ってた。」

「ちょっとぉ?」

「・・・・・・いっぱい。」

バツが悪くて、ペロっと小さく舌を出すと、今度は先生がそれを見ておかしそうに笑う。

「でも、先生?さっき高杉先生が言ってた、『付き合い悪くなった。』って言うのって・・・私のせい?私と夜はいつも会ってるから飲み会とかも行けないでいるの?」

「ん?違うよ。千鶴のせいじゃなくて、俺がそうしたいからそうしてるの。」

「・・・先生。でも、行かなくてもいいの?もっともっと付き合い悪いって言われちゃうよ?」

「いいよ、別に。サークルの男友達とは時たま会ってるからそれで。なぁに、千鶴は行って欲しいの?」

「ううん。できれば行って欲しくない。だって、高杉先生綺麗だもん。」

「ん?綺麗って?」

「綺麗だし、大人だし・・・そんな人の近くにいたら、先生取られちゃうって思っちゃう。私の先生なのにって。」

私にはまだまだ程遠い、大人の女性。

だから余計に悲しかったのかもしれない・・・あんな綺麗な女性と楽しく話をしてる事が。

「クスクス。ヤキモチ焼いてくれてたんだ。でも、心配ご無用。大学時代から彼女の事をそういう対象として見たことないから。それに!そういう場合は、私の彼氏なのにって言って欲しいなぁ。先生、じゃなくて。」

「あ・・・・・。」

銀縁の眼鏡の奥から、ジト目で見られて、思わず口を手で覆う。

仕方ないじゃない・・・『彼氏』って言葉に慣れてないんだから。

「まぁ・・・それは仕方ないか。慣れてないもんね。でも千鶴、これだけは忘れないでね。俺はずっとずっと千鶴の傍にいるし、千鶴の事が大好きだから。」

「うん。私も先生が・・・恭一さんが大好き。ずっとずっと傍にいたい。」

先生は優しく微笑むと、いっぱい思い出作ろうね、って囁いて、私の頬に手を当て唇を重ねてくる。

とろけてしまいそうな先生からの優しいキス。

先生と私の2人だけの思い出。

――――また一つ、今日も2人だけの思い出が増えたって事だよね。




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