七夕の夜
『亜佐美ー。元気にしてる?』
携帯から届く、待ちわびていた愛しい彼の声。
その声を聞き漏らさないようにしっかりと耳に押し当てて、うん。元気よ。と、微笑む。
彼、山田 聡史(やまだ さとし)が転勤で海外へ行ってしまったのは、ちょうど私と彼が付き合って半年記念日の日だった。
聡史と離れたくなくて、別れ際泣きながら袖を引っ張る私に、
――――2年したら戻ってこれるから。
そう優しく頭を撫でてくれたのは、もう3年も前の事。
3年経った今も尚、戻ってこれる様子は無く……。
そして今日……7月7日は私たちが付き合って4回目の記念日。
ねぇ、聡史。いつになったら帰って来れる?
いつになったら……迎えに来てくれるのかな。
『昨日さぁ、軽くミスしちまって。ちょっと落ち込み気味・・・亜佐美、慰めて。』
「クスクス。営業成績抜群の聡史がどうしちゃったの?ミスなんて珍しい。」
『あー。多分、亜佐美の顔見てねぇからかなぁ。活力が出なくってさ。』
その言葉に胸がきゅん。と締め付けられる。
私だってそうだよ?聡史の顔が見れなくって、すごく淋しくて。
「そうだね、最近会えてないもんね。次は?次はいつ帰って来れそう?」
『なぁ亜佐美……今日は星、見えてる?』
聡史は私の問いには返事をせずに、ぼそっとそんな事を聞いてくる。
「え、星?…ちょっと待って……ん、今日は珍しく晴れてたから星が綺麗に見えるよ。七夕の日ってあまり星が見えてた事ないのにね。今日は織姫と彦星、会えたんだ……」
うらやましいな。と、ベランダから星を見上げならが小さく呟く。
私だって年に一度の記念日には愛しい彼に会いたいよ。
声だけじゃやっぱり物足りない……あなたの温もりに包まれたい。
じんわりと目頭が熱くなるのを堪えながら、はぁ。と小さなため息が洩れる。
『そっか。織姫と彦星、会えたか…じゃぁ、地上の彦星も織姫に会いに来なくちゃな?』
「……………え?」
聡史の言ってる意味が理解できなくて、携帯を握ったまま首を傾げる。
ピンポ〜ン
不意に玄関のチャイムが鳴り、思わずその音に体がビクッと震える。
やだ…こんな時間に誰かしら。
「聡史…こんな夜中に誰か来たみたい。どうしよう、怖いよ。」
『あぁ。きっと彦星が迎えに来たんじゃない?あけてみれば?』
「彦星って…何言ってるのよ。開けて変質者だったらどうする?私、一人暮らしなんだから誰も助けてくれないって。」
『だ〜いじょうぶだって。ほら、俺がいるじゃん。』
いるじゃんって……聡史は海を渡って遥か遠い外国にいるじゃない。
助けになんて来れないクセに。
それでも、早く開けてみれば?と、急かす聡史に、電話切らないでよ?と念を押して、携帯を握り締めたままゆっくりと玄関のドアを開く。
――――ただいま
ドアを開けた先には先程まで聞いていた愛しい彼の声と共に確かにある彼の存在。
私は暫くの間、この状況が掴めずに聡史を見つめたまま立っていた。
「亜佐美?おかえりってキスしてくれないの?」
「……さと…し?」
「今年の記念日は綺麗に星が出てたから、天の川を渡って亜佐美の所まで帰って来れたよ。」
「嘘……」
大好きな微笑みを向けられて、自分の瞳から幾筋もの涙が溢れ出す。
聡史をもっとよく見たいのに、涙で滲みシルエットが歪む。
「亜佐美…随分待たせてごめんな。ようやく迎えに来れたよ、亜佐美の事……結婚しよう?」
「聡史。」
「うん、って言ってくれないの?」
「だって……急に帰ってきて…急にそんな事言うんだもん……理解が…」
「じゃぁ、今晩じっくり時間をかけて理解してもらおうかな。俺がもう亜佐美の傍を離れないって事、お前を離さないって事を。」
聡史はニッコリと微笑むと私の体を強く抱きしめ熱く唇を重ねてくる。
聡史……
もう、離れ離れに暮らさなくてもいいの?
ずっとあなたの傍にいられるの?
ずっとずっとあなたの温もりに包まれていられるのね?
私は彼からの熱いキスに応えるように首に腕を回し、強く彼を抱きしめる。
聡史の存在を確認するように……離れてしまわないように。
7月7日 七夕の夜。
満天に輝く星空で織姫と彦星が会えたように、私の元へもずっと待っていた彼が迎えに来てくれた。
4回目の私たちの記念日は、私にとって忘れられない日となった。
――――亜佐美。僕と結婚してください。
――――はい。もちろん喜んで。
= FIN =
(旧)『ホタルの住む森』 朝美音柊花さまへサイト1000Hitのお祝いに♪
H17.7.7 神楽茉莉
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