〜*〜 スペシャルサンド 〜*〜




「あれ、高林(たかばやし)じゃん。どったの、こんな時間に。今帰り?」



空がオレンジ色に染まる、いつもより遅い部活からの帰り道。

一人トボトボと駅までの道を歩いていると、そんな声が背後から聞こえてくる。

その声に呼ばれて後ろを振り返り、ドキン。と一つ心臓が高鳴る。

「あ…い、今西(いまにし)君…う、うん。今帰りなの」

学校指定のカバンとは別に、大きなカバンを肩から提げて、ニッコリと眩しいくらいの笑みを見せる彼。

同じクラスで、サッカー部所属。

元気いっぱいの彼はクラスでも人気者の男の子。

私が密かに想いを寄せる人でもある。

「珍しいじゃん、こんな時間に帰るなんてさ。家庭科部って言ったら帰り早いんじゃないの?」

そう言いながら、彼は私の隣りに並ぶように少し足を速めて歩いてくる。

あれ、どうして私が家庭科部だって知ってるんだろう?

そう少し疑問に思ったけど、彼と話をするのに精一杯で、すぐにその疑問は私の頭の中から消えうせる。

「う、うん。そうなんだけど、今度の文化祭で出すモノを考えてたらこんな時間になっちゃって…」

「そうなんだ。家庭科部って言ったらさ、なんか食いモンとか出したりすんだよな?」

「うん。去年は屋台みたいな感じで色々出したんだけど、今回はサンドイッチとか出してカフェ風なものにしようかって話が出てて、ほぼそれに決まりそう」

「うわっ、マジで?カフェかぁ。いいじゃん、いいじゃん。サンドイッチって、高林が作ったりすんの?」

「え?あ、うん。私だけじゃないけど…うん、作るよ」

「そうなんだ。じゃあ…毒味しに行かなくちゃな。俺、絶対食いに行くよ」

「どっ毒味って酷いなぁ…でも、うん。気が向いたら来てね」

うわー。今西君と冗談なんか言い合っちゃってるよぉ。すごいんじゃない?私。

そう思いながらも今西君と話している間中、私の心臓はドキドキしっぱなしで、彼の顔はおろか前すらしっかり見れなくて、ずっと俯いたまま彼の隣りを歩いていた。



――――絶対食いに行くよ



すごく嬉しい言葉だった。

私はすごく人見知りが激しくて、クラスの女の子とも仲良くなるのに随分時間がかかってしまう。

それ故にクラスの中では、どちらかと言うと目立たない存在で、誰とでもすぐに仲良くなれる人気者の彼とは正反対の位置にいる私。

ずっとクラスが一緒になってから、彼に想いを寄せているけれど、話すどころか声をかける事すらできないでいる。

だから今、こうやって今西君の隣りを歩いている事も信じられないし、話をしている事なんて夢のような出来事で。

絶対食いに行くよって言ってくれた事も、彼にとってはごく当たり前の社交辞令のようなものだろうけれど、私にとってはすごくすごく嬉しい言葉。

だから、自然と自分の顔に笑みが浮かんでしまう。

「そういえばさ、高林って携帯持ってる?」

「え?あ、うん…あんまり使う事ないんだけど、一応持ってる」

言葉どおり、携帯の使い道と言えば、親との連絡を取るぐらいで、友達に使った事はあまりない。

私って友達少ないなぁ…。

携帯の登録件数を見るたびに、自分の性格を疎ましく思う。

「ね、番号教えてくんない?ついでにメルアドも」

「えっ?!」

「いやさぁ、あとクラスの中で番号知らないの、高林だけなんだよね。色々交流深めたいしさ」

「あ…」

なんだ、そういう事ね。だよね?そうだよね…一瞬私にだけ?、って思った事が恥ずかしくなる。

私ってば、おバカ。

私は真っ赤な顔でカバンから携帯を取り出して、彼との携帯番号とアドレスを交換し、それぞれの家に帰る為に別れた。



信じられない…自分の携帯に今西君の番号とアドレスが登録されてるなんて。

携帯を開き、じぃっと「今西君」と名前の入った番号とアドレスを眺めては笑みを漏らしてる私。

傍から見たら気持ち悪いかも…

この携帯に彼から電話やメールが来る事は多分ないだろうけれど、登録されてるって事だけで、なんだか幸せな気持ちになってくる。

自分からかける事は100%ないと思うし。

どれぐらい眺めているのか分からないけれど、それでも飽きもせずに彼の番号を眺めていると、突然携帯の着信音が鳴り響く。

「うわっ!!」

ディスプレー部には今の今まで眺めていた『今西君』の文字が表示されている。

「え…今西君?え…嘘っ!え、なんで??」

私は驚きのあまり、危うく携帯を落としそうになって、慌ててグッと握り締め、ドキドキしながら通話ボタンを押す。

「もっ、もしもし?」

『もしもし…高林?俺、今西だけど…』

「あ、うんうん…あの…どっどうしたの?」

うわー!ホントに今西君だよぉ。どっどうしよう…声、上ずってない?

『あのさ、さっき言い忘れてたんだけど…』

「う、うん…」

『言い忘れてたって言うか、言えなかったって言うか…』

「え?…あ、うん…」

『あのさ。付き合ってるヤツいなかったら…俺と付き合って欲しいんだけど』

「………………へ?」

今西君の突然の言葉に、私の脳がついていかなくて、少し間を置いてから素っ頓狂な声が出る。

『ずっと好きだったんだけど、なんか告る勇気がなくってさ。今日の帰りに校舎から高林が帰って行くのを偶然見かけて、もう無我夢中で追いかけて声かけたんだけど、やっぱ顔みたらすげー緊張しちゃってさ。とりあえず何でもいいから繋げときたくって、携帯番号聞いてないの、あと高林だけだって嘘ついて番号聞き出したんだ』

「う、嘘」

『ホント。面と向かって告白できない情けない俺だけど…よかったら付き合って欲しいんだ』

「え…冗談?」

『あのね。今もすげー緊張して告ってんの。こんな事冗談で言えるわけないっしょ?』

「だっだって…そんな急に…」

『無理…かな』

「むっ無理なんかじゃ全然ないよ!!」

思わずそう叫んでしまって、慌てて口元を手で押さえる。

「ごっごめん…あの…私も今西君の事ずっと好き…だったの…片思いだって思ってて。だから、今西君からそう言ってもらえた事がその…信じられなくて」

『嘘…マジで?』

「うん…マジで」

『嘘…え、マジ?うわー、信じらんねぇ…すっげ…うわー、何だよ。すげー嬉しいんだけど、俺』

私はもっともっと信じられないし、嬉しすぎるんだけど…

夢でも見てるんじゃないかって思って、自分の頬を摘んでしまう。

痛い…から夢じゃないんだよね?

『あのさ…明後日の日曜にサッカーの練習試合があるんだよね』

「……うん」

『そん時さ…見に来てくんない?』

「え…い、いいの?私が見に言っても」

『見に来て欲しいんだ…高林に。その…彼女として』

「かっ…」

彼女?!…その言葉にボッと瞬く間に頬が赤く染まっていく。

『高林の手作り弁当なんてあったりすっと尚更嬉しかったりすんだけど…』

「おっお弁当?持って行ってもいいの?お腹壊しちゃうかもしれないけど…」

『高林は家庭科部だろ?期待してるよ。そうだ、ほら。文化祭でサンドイッチとか作るって言ってたじゃん。あれ、文化祭でみんなに食われる前に高林が作ったの、一番に食いたいからそれがいいかも』

「サンドイッチ…あの、あの。文化祭で作るのはハムとかタマゴとか入った簡単なヤツばっかりなんだけど…それでいいの?」

『それでもいいし、高林特製のスペシャルサンドでも全然おっけー。な、お願いしてもいい?』

「え、あ…あぁ、うんうん!あの…頑張って作って見に行く」

『マジで?!すっげー嬉しい。俺、高林が見に来てくれたらゴール決められそう。じゃ、約束な!』

「うん、約束!!」



今西君とそれから暫く話をして、携帯を切ってからの私は放心状態。

うわー…信じられない。私が今西君の彼女になっちゃったなんて。

今もドキドキが納まらない胸を手で押さえて、ふぅ。と息を吐き自分を落ち着かせる。



――――高林特製のスペシャルサンドでも全然おっけー



こうしちゃいられない!!

私は急いで私服に着替えると、慌しく階段を駆け下りる。

「お母さん、ちょっと本屋さんに行ってくる!!」

今西君の為に飛びっきりのスペシャルサンド、作ってあげなきゃ!!

私は高鳴る鼓動と共に自転車に乗り、勢いよくペダルを踏み込んだ。




++ FIN ++




H17.09.12 神楽茉莉


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