ほんのり恋の味より

 『夏祭り』



「すんげぇ、可愛い!!」

篤の第一声に俄かに自分の頬が赤く染まる。

やっぱり、母親の言うとおり着てきてよかったかな……。




今日は、篤の町内の夏祭りだって言うから、母親に、

「彼氏と夏祭り行って来る。」

って、ぶっきらぼうに言ったらね、

「ちょっと!加奈子いつの間に彼氏なんて出来たの!?あなた…男に興味あったの?」

なんて失礼極まりない母親の言葉が返ってきた。

「うっ、うるさいなぁ。出来たモノは出来ちゃったんだから!兎に角、行って来る!!」

「ちょぉっと待った!折角彼氏と祭りに行くのに、その格好で行くつもり?もうちょっとお洒落しなさいよ。」


またか。

母親までも、人の服装に口を出してくる。

いいじゃない。人が何着て彼氏に会おうが……。


「お洒落って…十分お洒落な格好でしょう?」

「じゃ、なくて。祭りと言えば浴衣でしょう?はぁ、もう。何の為に浴衣を買い揃えてると思ってるの?あなたに彼氏が出来るだなんて思ってなかったからタンスの奥底にしまってあるけど…ちょっと待ってなさい。すぐに出して来てあげるから!!」


浴衣なんて買ってあったの、お母さん?

今の今まで知りませんでしたよ、私は。

まぁ……全然男の子にも興味なかったし、浴衣なんて着る機会もなかったけれどさ。



大急ぎで母親はタンスから浴衣を引っ張り出してくると、あれよあれよという間に着せられてしまって。

苦しいから嫌だ!って何度も言ったのに、聞き入れてもらえずに追い出されてしまった。


……どういう扱いだ!!


渋々ながら待ち合わせ場所で篤を待ってると、見た瞬間にすごく嬉しそうな顔と、先ほどの言葉が返ってきた。


――――すんげぇ、可愛い!!


手を繋いで歩いてるあいだ中、篤はニコニコと上機嫌。

それを見ているこっちまでコッソリ心浮かれてしまう。


「篤…上機嫌だね。」

「当たり前じゃん!加奈子が浴衣を着て来てくれたんだよ?まさか着てくるなんて思ってなかったからさぁ…しかも、すんげぇ似合ってるし。これが喜ばずしていれるかっつぅの。」

「そんな似合ってるかな。」


自分ではそんなにって思ってしまうんだけど。


「だーかーら、すんげぇ似合ってるって!!髪の毛もアップしてるしさ…なんつーか、色っぽい。」


――――このまま俺ん家にお持ち帰りしたいくらい。


篤はくいっと私の手を引っ張って距離を縮めると、耳元でそう囁いてくる。


「あっ、篤?!」

「ん?何だよ、正直に言ったまでだけど。」

「スケベ!!」

「ぶははっ!あー、かもね。俺ってそこまで自分ではスケベって思ってなかったんだけどさ、どーも違うみたい。加奈子見ると襲いたくなっちゃう。」

「だー!もぅ変態!!」


真っ赤になって篤の胸を軽く叩こうとしたら、篤はおかしそうに笑ってそれを避ける。


変な事言わないでよ、何か……意識しちゃうじゃない。

先日重ねた肌の温もりを思い出し、密かに頬を染める私。

町内のお祭りだって聞いてたから、小規模なのかと思ってたら、結構本格的に夜店などがずらっと並んでいて驚いてしまう。

「うわー。結構本格的なんだね、すごい人。」

「だろだろ?あぁー。何か俺、すげぇいい気分。」

「え、なんで?」

「ん?だってさー、横にこ〜んな綺麗な彼女連れて歩いてんだぜ?ほら、みんな加奈子の事見てる。いいだろ〜って感じ。」

「なにそれ。そんな…誰も見てないと思うけど?」

「見てるってぇ。ほら、アイツも振り返った。な?」


加奈子って目を惹くよなぁ。なんて、嬉しそうに篤は言うけれど…篤の方が女の子に見られてるんじゃない?ほら、あの子達も見てるし。

通りすがりに篤の方に視線を向けて、カッコイイね。何て言い合っている女の子達をチラっと見る。


まぁ、傍から見ればこう言いあってるのってノロケにしか聞こえないのかもしれないけど……。

以前の私ならこんな事すら思い浮かばなかったのに。

あぁ、お恥ずかしい。


「加奈子、リンゴ飴とか食う?」

「あ!うんうん、食べるー!!」

「あははっ!やぁっぱ加奈子は色気より食い気だよな。食い物の話になると目の色が違う。」

「失礼な!悪い?色気より食い気に走っちゃ。」

「いんや、全然。そっちの方が加奈子らしくっていいよ。俺はそういう加奈子が好き。っつぅか、大好き。」

「……………ぅ。」


そういう言葉をさらっと言わないで欲しい。

………言葉に詰まっちゃうじゃない。


「ほらほら、そんな真っ赤な可愛い顔してないで。何食う?リンゴ飴?綿菓子?たこ焼き?」

「ふんだ。全部食ってやる。」

「あはははっ!りょーかい。じゃぁ全部制覇すっか?」

「嘘っ?!」


私達は色んな話をしながら、夜店で色んな買い物をして、色んなゲームをして心行くまで遊んだ。

すごく篤といる時間って楽しい。

ずっとこのまま一緒にいたいな、って思えてくるから不思議。


***** ***** ***** ***** *****



「あたっ……いたたたたっ。」

「加奈子、どうした?」


慣れない下駄で歩いていたから、鼻緒の部分が擦れて皮が捲れはじめていた。


「足の皮が捲れてきた…痛いー。」

「大丈夫?うわっ、マジで捲れてるじゃん。歩ける?加奈子。」

「ん、何とか。慣れない履物を履くもんじゃないわね。あー、痛い。」


ぴょこん、ぴょこん。と、片足を庇って歩く私を、心配そうに篤が見る。

暫く私を支えながら黙って歩いてたかと思ったら、急に立ち止まり私の前に篤がしゃがみ込む。


「篤?」

「おんぶしてやるよ。」

「は?え…いっ、いいよ。大した事ないし……恥ずかしい。」

「大した事じゃないって。痛々しいもん。ちょっとこの先の石段の所まで行って一休みしようよ。そこまでおぶってってあげる。」

「えーっ!!ホント、いいって。自分で歩けるから。」

「いいから、早くする。じゃないと、血が出てきちゃうよ?」


むぅ。


私は篤にせっつかれて、渋々真っ赤に頬を染めながら彼に体を預ける。

篤は軽々と私を担ぐと、石段の方まで歩き始めた。


「ねぇ…重くない?」

「全然。加奈子はもっと食わなきゃダメだって。軽すぎ。」

「いっぱい食べてるけど…。」

「よっと、到着ー。ちょっとだけココで待ってて。俺、すぐそこの薬局で絆創膏買ってくっから。」

「え…やっ、ホント大丈夫だから。いいって。」

「いいっていいって。ちょっと待ってて。すぐに帰ってくるし、ここならちょうど死角になっててナンパされる事もないし、ね?」


そういって可愛らしい笑みを浮かべると、篤は走って行ってしまった。


石段の中腹辺りのちょうど曲がり角。

私はそこに一人ぽつんと取り残される。

言葉通り、すぐに帰って来た篤は息を切らしながら私の隣りに腰を下ろす。

「おまたー。一人で心細かった?」

「………ちょっと。」

だって突然行っちゃうんだもん。

こんな真っ暗な中、心細くないわけがないじゃない。

篤はごめんね、と呟くと、ちゅっと頬にキスをする。

「なっ?!」

「クスクス。寂しい思いをさせたお詫び。ほら、絆創膏買って来てあげたから…貼ってあげる。」

「やっあの…それぐらい自分で出来るから。」

「いいの、いいの。浴衣だと帯が邪魔でやりにくいだろ?俺が貼ってあげるって。足出して?」


ニッコリ笑って箱から絆創膏を取り出し、私の前に屈みこむ。

本当に。どうして篤は私の為にここまでしてくれちゃうの?

額に薄っすらと汗を滲ませて、私の足に絆創膏を貼ってくれる篤に申し訳ない思いと、それとは別の愛しい気持ちが重なる。

「篤……ごめんね。」

「んー?何が?」

「…私の為に色々と。」

「俺がそうしたいんだから、別に加奈子が謝ることじゃないって……ほい、完成。これでちょっとはマシになると思うけど。」

「ありがとう、篤。お礼しなくちゃだね。」

「そう?じゃぁ加奈子の身体で宜しく♪」

「はぁっ?!」

ドサクサ紛れに何言っちゃってくれてるのかしら、この人は!!

「あはははっ!!そ〜んな眉間にシワを寄せなくても……結構マジで言ってんだけど?」

「なっ…もっ、もぅ。こんな所でそんな事言わないでよ!」

「さっきも言ったじゃん。加奈子見てると襲いたくなるって。一線越えちゃったら歯止めが利かなくなったみたい、俺。」


なぁぁぁっ!そんな言葉をそんな真顔で言わないでって!!

言われるこっちの身にもなって欲しい。

絶対顔が真っ赤で、頭から湯気が出てるわよ。


「まぁ。ここでは流石に無理だから…」


――――加奈子からキスして?


そう耳元から聞こえる篤の声。


「………?!」


言葉にならない声が私の口から漏れて、思いっきり目が開く。


「ダメ?お礼にって事で。」

「あのぉ…いやぁー…そのぉ…お礼とは言ったけど…その…」

口ごもる私に篤は、はい。と言って瞳を閉じる。


いや。はい、ってあなた……拒否権なし?

私は暫く固まったままだったけど、一向に目を開きそうにない篤に根負け。

ゆっくりと自分の頬を彼に寄せ、柔らかい唇に自分の唇を重ねた。


――――ほんの一瞬だけ。


ほんの一瞬だけ。

そのつもりだったのに、篤の手がそれを許さなかった。

いつの間にか後頭部にまわされていた篤の掌。

重なったと同時にもう片方の腕でぎゅっと体を抱きしめられてしまって。

何度も角度を変えて啄ばむようなキスを繰り返す。


「加奈子…好きだよ。」


僅かに唇を離して囁かれる篤からの言葉。

その言葉で私の体は一気に上昇し、身体の芯が熱くなる。

開いた唇から篤の舌が割って入ってきて、口内を弄る。


「……んっ」


まだまだ聞きなれない自分の甘い声。

それでも自然に出てしまう声に戸惑ってしまう。

長い長い篤からの熱いキス。

呼吸の仕方を忘れてしまったかのように、息苦しい。

自分の頭がぼーっと白い霧に覆われた頃、突如としてそれは消え去った。


「ママぁー!お兄ちゃんとお姉ちゃんが、チュッチュしてるーっ!!」


ちゅっ…チュッチュ?!


その声に2人共がビクっと体を震わせて、パッと身体を離す。

声の方に視線を向けると、幼稚園児ぐらいの男の子とバッチリ視線が合ってしまった。


うーわ。見られた?!


『こらこら。そういう事は声に出して言わないの!ほら、邪魔しちゃダメでしょ?こっち来なさい。』


いや、あなたもですよ?

聞こえるように大きな声で言わないで欲しい。

きゃはははっ。と、無邪気な笑い声を立てながら、親の所までかけて行った子を見送りながら、2人共が気まずくなって俯いてしまった。


「見られちゃったな。」

「………だね。」

「あっと……そろそろ、行く?」

「え……どちらへ?」

「俺の家。」

「……………え?」

ニッコリ笑って、私の手を取って立ち上がるけど。

え。篤の家に行ってどうするの?

今日は…むっ、無理だよ?

浴衣だし?勝負下着もつけてないし??

脱いじゃったら着方も分からないんだからね?

篤……分かってる?

そんな表情の私を無視して、篤は浮かれ気分で歩きだした。



++ FIN ++



(旧)『ホタルの住む森』 朝美音柊花さまへサイト開設のお祝いに♪
H17.09.10 神楽茉莉


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