〜*〜 本当の気持ち 〜*〜
私と大輔が付き合い出したのは、高校1年の2学期。
大輔から醸し出されるのんびりとした安心できる空間と、太陽のような笑顔に惹かれて告白したのは私の方。
彼の返事は、結果的にはOKだったんだけど、『明日香が俺の事を好きって言ってくれるなら…』と言う何とも曖昧なモノだった。
実のところ大輔が本当に私の事を好きになって付き合ってくれているのかっていうのが、半年経った今でも分からなかったりする。
いや…ちゃんと大輔の口から、「好きだよ」って言う言葉は何度もこの耳で聞いているのよ?
聞いてはいるんだけど、その言い方が私の不安を誘う。
――――明日香が好きなら、俺も好き
みたいな言い方が。
絶対私が先に言わないと言ってくれないし、キスだって、して?って言わないとしてくれない。
それって、私の気持ちあっての大輔の気持ちなの?って不安にならない?
もしも、私の気持ちが無くなっちゃったら、大輔も同じように無くなっちゃうの?って。
我侭な言い分かもしれないけれど…自分よりも相手の気持ちの方が勝ってて欲しいって思うのは…私だけなのかなぁ。
「ねぇ大輔、今度の週末、2人共バイトないからさ、どこかへ行こうよ!」
「んー?別にいいよぉ」
「じゃあ、大輔は何処へ行きたい?」
「明日香の行きたい所だったらどこでもいいよ?」
まただ。
大輔お決まりの言葉、『明日香の行きたい所だったらどこでもいいよ…』
たまには、ここに行きたい!とか、これしたい!って言って欲しいんだけど。
「もー!どうして、いっつもそうやってどーでもいいような返事をするの?」
いつものように学校帰りに大輔の家に寄って、彼の部屋でくつろいでいた私は、彼からの気のない返事にぶすっと頬を膨らます。
いっつもそう。
明日香が行きたいんなら…明日香の行きたい所へ…どこだっていいから決めてくれ。みたいな、のんびりした気のない返事。
自分だけが勢い余って空回りしてるんじゃないかって気にさえなってしまう。
「そんなつもりで返事してる訳じゃないんだけどなぁ。俺の意見を通すより、明日香が行きたい所へ行った方が楽しいだろ?」
「そりゃそうだけど…たまには大輔の意見だって聞きたいじゃない。いっつもいっつも私ばっかりが意見してさ。まるで我侭ムスメみたい…」
「あははっ!我侭ムスメって…俺がそれでいいって言ってるんだから、それは我侭にならないだろ?明日香がしたい事をすればいいんだって。それで俺は満足なんだから」
「でも、ヤなの!毎回毎回、お互いにバイトが無い日は私の行きたい所に行って、ご飯だって私の好きな場所でばっかり食べて。半年も付き合ってるのに、私なんにも大輔の事知らない気がするんだもん!何が好きでとか、どういう事したら楽しいんだろうとか…大輔は趣味とかそういうの、何かないの?」
「趣味?…ん〜…趣味ねぇ。特にコレ、って言うのはないかなぁ」
ベッドの上にごろんと寝転がって天井を見上げながら、大輔はボソっと呟く。
それを聞いて、更に私の頬がぶぅっと膨らむ。
「何か一つはあるでしょ?そうやって私の意見にばっか左右されてて楽しい?明日香が行きたいなら、明日香がするなら、明日香が好きならって…私の気持ちばっかり優先で大輔の気持ちがわかんない!!」
言ってるうちに、どんどん感傷的になってきて、今まで内に秘めてたモノがつるつると口から溢れてくる。
でも、色々口から出てるけど、本当に私が知りたいのは一つだけ…
――――大輔は本当はどう思ってるの?
「こらこら、なんか話が変な方に行ってない?…って、ちょっ…泣いてるの?!」
「だって……」
大輔の気持ちが分からないんだもん。
半年間積もり積もった不安が一気に押し出されるように、私の瞳から大粒の涙が溢れ出す。
その姿に慌てた様子で、大輔は私をベッドに引き上げて、ぎゅっと抱きしめて髪を撫でる。
「どうしたの、明日香?」
「どうしたの?じゃ、なくて!不安なの…大輔がどう思ってるかって…私の事を本当に好きなのかって…不安で不安で仕方ないの」
「いつも言ってるのに、明日香が好きだって。それでも不安なの?」
「不安!だって、それは私が大輔の事を好きだから、大輔も私の事を好きなんでしょ?」
「うん、間違ってないね」
「それって私の気持ちが無かったら大輔は私の事を好きじゃないって事でしょ?」
「それはちょっと違うけど…まぁ…明日香の気持ちがなければ付き合ってない訳だし……」
大輔は少し、う〜ん。と首を捻りながら、そうなるのかなぁ。とボソっと小さく呟く。
「それがイヤなの、不安なの!これって超我侭な事を言ってるって分かってるけど、大輔の今の気持ちって、私に合わせて言ってるみたいじゃない。それじゃダメなの…大輔の本当の気持ちが聞きたいの。ねぇ、大輔の本当の気持ちは?どう思ってるの?」
「好きだよ」
「本当に?」
なみだ目のまま大輔を見上げると、こんな事嘘ついてどうするの?と呟いて、ニッコリと微笑を向けられる。
それから一つ軽い息を吐くと、真っ直ぐに私の事を見つめてくる。
「あのさ、なんで俺が明日香のしたい事とか行きたい所を優先するか分かる?」
「……分からない」
分からないからこんなにまで不安が募っちゃったんだもん。
私は頬を伝う涙をそのままに、大輔の腕の中で小さく首を横に振る。
「もっともっと明日香の事を知りたいから」
「え…私の事?」
「そうそう、明日香の事をね。明日香が行きたい所へ一緒に行って、明日香が見ている景色を自分も一緒になって見て、明日香が感じてるモノを一緒に感じてさ。明日香が食いたいモノを一緒に食って、あぁ明日香はこういうモノが好きなんだって知って、こういう雰囲気が好きなんだって感じて…一つ一つ明日香の事を知って行きたいから、いつも明日香の意見を優先するの」
「そんなの…それだったら私だって一緒だよ?もっと大輔の事知りたいのに…」
「あはは!そっか…でもさ、俺、明日香みたいに好奇心旺盛じゃないからさ、あそこ行きたいとか何したいとかってとりわけないんだよね。だから、明日香がここ行きたい!とかって言ってくれるのが嬉しかったりする。一緒に出かけたりして共感できる部分とかいっぱいあってさ、新たな自分を発見したりするし」
そう言って、大輔はクスクスとおかしそうに笑う。
それならそうと、ちゃんと言ってくれなきゃ分からないじゃない。
自分だけで新たな自分を発見しちゃったりしてさ……
「そういう事…ちゃんと言ってくれなきゃ分からないよ」
「ん、そだね。ごめんね、明日香…」
大輔は頬に残る涙の筋をそっと親指で拭いながら、目を細めて優しく微笑む。
「それとさ、明日香に合わせて好きって言ってるみたいって言ったよね?」
「……ん」
「それ、違うから。いくら俺が相手に合わせるからって言っても、好きでもない子に好きだなんて言葉使わないから」
先程まで笑っていた大輔の表情が突然真顔になるから、思わずドキンと胸が高鳴ってしまう。
え、何急に?……って。
「でも、いっつも私が好きって言わないと好きって言ってくれないじゃない…キスだって…して?って言わなきゃしてくれないし…」
「そりゃあ、だって。自分からし始めたら歯止めが効かなくなっちゃうだろ?好きって言ったら抱きしめたくなるし、キスしたらその先にだって進みたくなる…そうなったら大変になるのは明日香の方なんだよ?分かってる?」
「え…」
分からない…かも?
きょとんと首を傾げる私に、大輔はまた、クスクス。と笑って親指で私の瞳に残った雫を拭い取ると、そっと耳に唇を寄せて囁いてくる。
「さっきの明日香の我侭の続きだけど…あれって結局は明日香の気持ちよりも俺の気持ちの方が上回って欲しいって言ってるんだよね?」
「え…や、あの…その…」
改めてそう言われると、本当に自分が我侭を言ってる気がして恥ずかしくなってくる。
いや、つまりはその通りなんだけど…
「じゃあ、希望通り本当の俺を見せてあげる。けど、後悔しないでね?」
「え…それどういう意味?」
本当の大輔って…今までのは偽りの大輔だったって事?
後悔って…もしかして豹変しちゃうとか?!
ど、どうしよう。ちょっと怖くなって来たかも…
少し恐怖の色を醸し出すと、大輔はそれを見ておかしそうに笑い出す。
「あはははっ!そんな構えないでよ。基本的には俺は俺のままだから…けど、明日香が大変になるって事だけは覚悟しといてね。今まで抑えてた分の俺の気持ちを一気に解放しちゃうから」
「だい…すけ?」
「どれだけ俺が明日香に惚れてると思ってる?今まで明日香と対等の気持ちでいようって、自分を抑えるのに必死だったんだからね?だけど、もう抑える事はしないから。だって明日香がそう望んだんだから…」
「まっ、待って…私と対等の気持ちって…どういう意味?」
私は大輔の言っている意味が理解出来なくて、首を傾げて彼を見上げる。
すると、大輔は少し意地悪めいた笑みを浮かべながら、表情とは対象的に人差し指の背で私の頬を優しく撫でる。
「分からない?」
「全然」
「俺の方が数倍明日香に惚れてるって事。本当はこう見えて、結構独占欲が強いんだよね、俺。そういう醜い部分を明日香にさらけ出すのが嫌だったし、嫌われたくなかったから必死で我慢してたんだ。自分の気持ちばっかり押し付けるのも嫌だったし…だからちょっぴり自分の気持ちを隠してた」
「え…嘘」
それって、大輔の方が私よりも好きな気持ちが大きいって言いたいの?
そんなの信じられないよ…だって、今まで一度だってそんな素振り見せなかったんだよ?
私は疑心暗鬼のまま、じっと大輔の綺麗な茶色い瞳を見つめる。
「ホント。惚れたのだって、明日香は自分の方が先だって思ってると思うけど、実際は俺の方が先に惚れてたんだよ?なのに、告ろうと思った日に逆に明日香から告られてさ…びっくりしたと同時に飛び上がるくらい嬉しくて…」
「でも、あの時大輔は私が好きって言ってくれるなら…みたいな曖昧な返事だったじゃない」
そうよ、そうよ。結構アレ、尾を引いてるんだからね?
アレがきっかけで、今までの不安があるようなもんなんだもん。
「あぁ。だってマジでびっくりしたんだもん。え、俺が告られてる?って。告る時の言葉しか考えてなかったから、咄嗟にあの言葉しか出てこなくて」
「だったらどうしてその事をもっと早くに言ってくれなかったの?私、ずっと不安だったんだよ?自分ばっかりが大輔の事を好きなんじゃないかって…」
「ごめんね。でも、俺の気持ちに追いつくぐらいもっと明日香に俺の事を好きになってもらいたかったから…ちょっとだけ仮面を被ってた」
そう言って大輔は少し照れたように小さく笑う。
そんな事しなくても、私は大輔をすっごくすっごく好きなのに…
「もう…大輔のバカ」
「ごめんって。だけど、明日香も明日香だよ?そんなに泣くまで不安を溜めないでよ。泣いてる明日香なんて見たくないんだから」
「だって、それは…だから、大輔が自分の気持ちを隠すからいけないんでしょ?も〜…ほらぁ、また涙が出てきたぁ!」
「あー、もう。泣かないでって…不安にさせてごめんね。これからはそんな不安にはさせないから、ね?」
大輔は子供をあやすように、少し甘い声を響かせて私の頭を優しく撫でる。
私はその撫でられている心地よさに瞳を閉じてから、また視線を大輔に向ける。
「じゃあ、ちゃんと自分のしたい事とか、思ってる事とか…言ってくれる?」
「うん、ちゃんと言う。明日香が好きだって事もね」
視線を絡ませて、そうハッキリと言われた言葉に俄かに自分の頬が赤く染まる。
そして、言葉が詰まる…
「ぅ…うん。じゃ、じゃあ改めて…今度の週末はどうしたい?今回は大輔の言う通りにするから」
「そう?どんな事でも?」
少し意地悪の入った彼の笑み。
微妙に大輔のキャラが変わった気がするのは…私だけでしょうか。
「え?…あぁ、うん…どんな事でも…」
「じゃあ…今週末は、明日香はずっと俺の腕の中ね?この場所で」
「え?!ちょっ…ど、どういう意味?」
うっ腕の中って…この場所って…え??
今までになかった大輔の言動に自分の胸がドキドキと高鳴る。
「ん?そういう意味。あ、拒否権はないからね?明日香は誰とでも気軽に話す傾向があるから、ちゃんと俺のモノだって事を自覚してもらわないと」
「あ、いや…ちょっ、ちょっと待って?」
「あれ、俺、拒否権はないって言わなかったっけ?それに、独占欲も強いって言ったよね。忘れちゃった?」
「いや、あの…忘れてはいないけど…」
なんか…ある意味豹変?
大輔って本当はこういうキャラだったの?は…初めて知ったかも。
独占欲の強い、意地悪…キャラ
でも、嫌じゃなかった…こうやって大輔の気持ちを全面に出してくれる事が。
いや…むしろもっと大輔の事が好きになったかもしれない。
「じゃあ、週末は覚悟しといてね。嫌って言うほど俺の気持ちを分からせてあげるから」
そうニッコリと笑って大輔は私の頬に手を添えて、ゆっくりと顔を近づけてくる。
「大…輔」
「好きだよ、明日香。明日香も俺の事が好き?」
「ん…大好き」
「ありがと。だけど、俺の方がずっと明日香の事が好きだから…早く追いついてね?」
ゆっくりと優しく触れてくる大輔の唇。
その温もりと初めて先に言われた彼の気持ちを受け止めながら、私はそっと瞳を閉じた。
そして、この瞬間から『主導権は明日香』と言う私達の立場が逆転していた事など、この時の私はまだ気付けないでいた――――。
++ FIN ++
『Special Ice Cream』 sakurae okieさまへ一周年お祝いをいただいたお礼に♪
H17.09.21 神楽茉莉
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