Magical hand−番外編−




□ −自信ー



内藤幸一と付き合い始めて、私の人生は180度と言っていいほど変わったと思う。

どこか人の目を気にしながら、俯き加減に歩き、物事を卑屈に捉えていた少し前の私。

友人達の彼氏自慢。

街角ですれ違う幸せそうなカップル。

それを心の中で指を咥えながら、羨んでいた。

彼女達の隣に素敵な彼氏が笑っているのは、みんな女の子が可愛くて、華奢で、スラリとモデルのようなスタイルだから。

それに引き換え、私はチビでデブでブスだから、誰からも相手にされないんだ、と。

『チビデブス』というあだ名で呼ばれ続け、影で笑われ罵られ生きてきた10年間。

私は一生涯こうして笑われながら一人で生きて行くんだ。と本気で悩んで涙した日もあった。

だけど、今。

こうして私の目の前には誰よりもカッコよくてお洒落で、素敵な彼が笑っていてくれる。

少なくとも私はそう思ってる…自分の彼氏がこの世で一番だ、と。


彼は『チビデブス』だった時の私に恋をしてくれた。

彼は私に恋をしてくれたばかりでなく、その気持ちを隠してまで私の恋の応援をしてくれて、この上なく綺麗な女に仕立ててくれた。

人生何が起こるかわからないと言うけれど、本当にその通りだと思う。

だって、こんな私にも素敵な彼氏が出来たんだから。

その彼と一緒に過ごす毎日は本当に幸せで、あの頃指を咥えて見ていた幸せそうなカップル達に負けないくらい幸せだと思う今日この頃。



「明美ってさ、最近笑顔でいる事が多くなってきたよな?」

美容室独特の香りに包まれた部屋で、私の髪を器用に指先でロッドに巻き付けながら、幸一が鏡越しにニッコリと笑いかけてくる。

「そうかなぁ?前から努力して笑顔でいるようにしてたけど…」

「ん〜。なんつーのかな。その努力して笑顔を作ってるんじゃなくて、自然に笑顔になってるって感じ?」

「あ……」


なるほど。

そう言われればそうかもしれない。

以前の私は少しでも好印象になればと、毎日割り箸を口に咥えて口角を上げる練習をして、なるべく笑顔でいれるようにと努力していたから。

でも、幸一が言うように、最近はそんな事をしなくても笑顔になってる気がする。

それはやっぱり毎日が心の底から幸せだって思えてる証拠だろうか?


「それにさ、歩く時とかの姿勢も良くなったよな?」

「そう…かな。ん〜、でもそうかもしれない。前までは人目を気にして俯いて歩くのがクセみたいになってたから…」

「って事は、少しは自分に自信がついてきたって事か?」

最後の一束をロッドに巻き終わって、よし。と呟きながら、幸一はポンと肩を叩いてくる。

それに暫く考え込んでから、ううん。と首を横に振る。

「幸一がこうして私を綺麗にしてくれてるって言う自信はあるけど…自分自身にはまだないよ」

「なあ明美、綺麗になる秘訣の一つは自分に自信を持つ事だって知ってる?」

「自分に?」

「そう、自分に自信を持つ事。自分の中のポテンシャルを高めて行く事で実際にもそうなるって事だよ」

「でも…」

「ほら、もうお前を『チビデブス』だなんて呼ぶヤツなんていなくなったろ?可愛いとか綺麗とか言われるようになったろ?」

「……ん…そうだけど…」


確かに。

私の事をあの嫌なあだ名で呼ぶ男の子はいなくなった。

だけど代わりに、その今まで無感情に「須藤さん」と呼んでいた男の子達が、
「須藤ちゃん」とか「明美ちゃん」と満面の笑みで呼びかけて来る事に、最近は鳥肌が立っている。


あんたら、態度が違いすぎるでしょう?…と。


その彼らにいくら「可愛い」とか「綺麗」とか言われても、ちっとも嬉しく感じないのは、まだ私の中に卑屈な感情が残っているのだろうか、とさえ思ってしまう。

「だからさ、もっと自信を持てよ。須藤明美は、すごく綺麗で可愛くて、スタイルも抜群な俺の自慢の彼女なんだからさ」

そう言ってニッコリと笑いかけてくる幸一の顔を見て、俄かに自分の頬がボッと音を立てて紅く染まったように感じた。

「お…お…おだて過ぎだってば!恥ずかしいから、そういう事言わないでよ!!」

どんなに周りの男の子から言われても嬉しく感じなかった言葉も、幸一に言われると心底嬉しくなって、涙が出てきそうになるから不思議。

紅く染まった頬を両手で覆って幸一を見上げると、クスクス。と声を立てて笑われる。


な、なによ…。


「そういうとこ、すごい可愛くて好きだよ?俺さ、毎日が幸せなんだよね。傍に明美がいて、俺が手を加える事によってどんどん綺麗になって行くから。街でさ、可愛い髪形とか見ると即行で明美に試したくなるんだよな…こんな風に」

暫くの間私の髪に巻かれていたホットカーラーの熱が冷めた事を確認すると、今度は手際よくそれを外して行く。

それを鏡越しに眺めながら、私は小さくツッコミを入れてみた。

「可愛い髪形じゃなくて、可愛い子を見ると…じゃなくて?」

「あははっ!なに…ヤキモチ妬いてくれんの?」

「だって…」

「あのね。俺は人を見てるんじゃなくて、髪型を見てんの。どの女の子を見たって、いつも顔は明美だから…心配すんなって」

幸一はそう言って軽く頬にキスをすると、楽しそうに鼻歌を歌いながらくるっくるに巻かれている髪を弄り出す。

頬に送られたキスを少し身を捩りながら受けて、その楽しそうな幸一の様子に自分までも楽しい気分になってくる。

「幸一って、本当に楽しそうに作業するよね?」

「ん〜?そりゃ、すげー楽しいもん。自分の髪を弄るより、人形の髪を弄るより、明美の髪を弄ってる時が一番楽しいし、幸せ」

「幸一…」

「おっし、完成〜。どう?俺の力作」

そう言ってあっと言う間に仕上がってしまった本日の髪型。

前髪をポンパドールにして、おろしていた後ろの髪を2つに分けてラフに三つ編みで纏めて垂らし、サイドの少し垂れた髪がいい感じにクルンとウェーブを描いている。

その鏡に映る自分の姿に、暫く見入ってしまう。

「うわ〜。可愛い!!…って、髪型だけどね?」

「違うって。明美が可愛いから、髪型も可愛いんだよ。やっぱ俺の想像通り!すげー似合ってる」

「あ、ありがと。幸一にそう言って貰えると凄く嬉しいよ」

「な?鏡をよく見てみろよ。すごい綺麗で可愛い女が映ってんだろ?」

そう言いながら、幸一は椅子を通して後ろから抱きしめてくると、鏡越しに視線を合わせてくる。


照れるから、そういう事言わないで欲しいんだけど…。


私は頬を紅く染めながら、自分にまわされた腕にそっと手を添える。

「それは…幸一がこうやってお洒落な髪型にしてくれるからだってば」

「まだ自信持てない?」

「そう言われても…」

「じゃあさ、俺が自信を持てるように魔法をかけてやるよ」

「魔法?」

幸一の言葉に首を傾げると、ニヤリとした笑みを見せてから突然椅子をくるっと反転させられる。

途端に目の前に現れる鏡越しじゃないリアルな幸一の顔。

それにドギマギと視線を泳がせていると、目の前でしゃがみ込み幸一が私を見上げてくる。

「須藤明美はこの世で一番綺麗で可愛い女。中身も最高だし、いう事ナシ!」

「こっ…幸一…」

「好きだよ、明美」

幸一はニッコリと可愛らしい笑みを見せてから、少し体を浮かせると優しく唇を重ねてくる。

きゅん。と一つ高鳴る私の鼓動。

何度も角度を変えながら、啄ばむように繰り返されるキスに、本当に魔法がかかったようにうっとりとした気分になってくる。


幸一の言葉って、絶対的な威力があるから不思議。

本当に私は自信を持ってもいいんじゃないか、と自惚れた感情さえ芽生えてきそうにるんだもん。

だけど、まだまだ『チビデブス』だったあの頃の私が抜けきれてなくて、自分に自信なんて持てないけれど、違う自信は持っている。


「好き…私も幸一が大好きよ」


こうしていつも私を綺麗にしてくれて、いつも勇気付けてくれる幸一を、世界中の誰よりも一番好きだって言う自信は誰にも負けないんだから。



** FIN **




『Happy☆Days』 ハルヒさまへ相互リンク記念作品を頂いたお礼に♪

H17.12.1 神楽茉莉


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