** サイト100万Hit記念作品 ** 美菜と付き合いはじめて丸7年が過ぎた。 その7年の間に小さな喧嘩はあったけれど、美菜と離れようと思った事は一度も無い。 むしろ月日が流れるほど美菜への愛しさが増し、傍にいて欲しくて、俺にとっては一番の安らぎの場所となっていた。 俺は大学を卒業し、社会人となってそろそろ2年が過ぎようとしている。 仕事の内容にも随分慣れてきたし、このままこの仕事を続けて行けるという自信もついた。 給料も申し分なく、僅かだけれど学生時代からの分も合わせて貯えも出来た。 それでも、まだまだ未熟者だと言われるかもしれない。 だけど…… 3月26日の今日。 それは愛しい彼女の24回目の誕生日。 その彼女の誕生日を控え、数日前の仕事帰りに俺はある決意を胸に抱き、一軒の店に立ち寄っていた。 ショーウインドウに並ぶ煌びやかなモノ一つ一つに目を通し、彼女に似合いそうなものを探す。 いや…好きそうな、と言った方が正しいかもしれない。 俺は店員が横について色々説明してくるのにも関わらず、話半分でそれを聞き流し、愛しい彼女のにこやかに笑った顔を思い浮かべながら、その一つ一つを手にとって見比べていた。 こんなに真剣に悩んだのは初めてかもしれない。 だけど、これは俺にとって一生に一度しか贈る事の出来ないモノ。 誕生日やクリスマスにプレゼントするのとは意味合いが大きく違う。 だからコレと決めるまでに閉店間際までかかってしまった。 ――――気に入って受け取ってもらえるだろうか 数日後に出来上がると聞いていたから、今日の彼女との待ち合わせ場所へ行く途中に受け取った、それが入っている白いリボンがかけられた小さな箱。 それを掌の中に納め、感慨に耽りながらそれを見つめる。 彼女と出会っていなければ、俺はこうしてこの掌の中に納まるものを買う事は永遠に無かったかもしれない…。 放っておけない彼女だから…傍にいて護ってやりたくなる彼女だからこそ、俺の心を動かしてくれたんだと思う。 そう…戸田美菜だからこそ―――― 俺は小さい頃からどちらかと言うと『可愛くない子供』だった。 子供らしくない子供とでも言うのかな?何事にも冷めた目で見ていたし、大人達に愛想を振りまく事もしなかった。 多分、ずっと「鍵っ子」だったから…かな?年の離れた兄貴と2人、何をするにも自分達で解決しなきゃダメだったし、元々の俺の性格も伴ってか物心がつく頃には『冷めた子』が俺の代名詞となっていた。 それは中学になっても高校になっても変わらず、年を追う毎にそれに拍車がかかり『冷めた子』から『クールで冷たい人』と呼ばれるようになっていた。 別に、誰に何と言われようが俺には関係ない事だけど? 小学校の頃は俺もそれなりに女の子達と性別の分け隔てなく遊んでいたんだけど、中学に入った頃から異性として認識されるようになって、色んな子から告白されるようになって…。 正直、それが物凄く鬱陶しかった。 干渉されるのが大嫌いだったし、俺の領域に踏み込まれるのが許せなくて。 だから、俺は誰に告白されても冷たくあしらい自分の周りに壁を作っていた。 それでも告白してくる子は後を絶たなくて、中学3年間の間に何人に告白されたっけ? こんな俺なんて止めとけばいいのに…なんて思う事もシバシバ。 俺に告白してくる子は揃って学校でも目立つ存在の子らばっかりだったらしく、友人からはすごく羨ましがられたっけ。 でも、そういう子らってどこで覚えたのか甘えた声で色目を使ってくるし、何かと俺に纏わりついてくる。正直そういう面が嫌だったのかもしれない。 ――――もっと中学生らしくできねぇの?……って。 こんな俺だから『恋愛』なんて無関係だと思ってた。戸田 美菜と出会う前までは。 高校に進んで、昔から本が好きだった俺は図書委員になる事にしたんだ。 初顔合わせの時、一人ずつ自己紹介をする事になってみんながスムーズに発言をする中、一人だけ物凄くいっぱいいっぱいになってる子が俺の隣に一人。 「あのっ…あの…はじめましてっ。1年C組の…ととっ戸田…っ美菜って言います。えと…私っ…物凄くドジなので…みなさんに…迷惑をかけちゃうかもですが…そのっよよよろしくお願いしますですっ!!」 ……でっかい声。 真っ赤な顔で俯きながら、それでも緊張しすぎてる為か必要以上に大きな声に周りからも、クスクス。といったような笑い声が小さく洩れてくる。 その子は続けてぺこり、と大きく頭を下げたもんだから、ゴンッ!と言う大きな音と共に机に強くおでこをぶつけてしまった。 「あぅっ!!」 それに周囲の子達が耐え切れずに笑い出し、俺も不覚にもぷっ。と噴出してしまった。 彼女はぶつけてしまったおでこを押さえながら、最大限真っ赤な顔になって慌てて腰を下ろそうとした―――― 「うにゃっ!!!」 が、きちんと椅子に座れずにそのまま床にシリモチをついてしまって。 大爆笑の中、恥ずかしさからか薄っすらと瞳に涙を溜めながらお尻をさすっている姿に、さすがの俺も笑いを堪えながらそっと手を差し伸べる。 「……大丈夫?」 「へっ?あっあわわっ…だっ大丈夫ですっ!!すっすいません…」 俺が腕を掴むと、ビクッと体を震わせて尻つぼみになっていく彼女の声。 そのまま腕を持って引き上げると、俯きながら椅子に腰をおろしもう一度、すいません。と聞こえた小さな彼女の声。 ……物凄くドジね…納得。 俺の美菜に対する第一印象はこんな感じだった。ドジな女の子…ただそれだけ。 最初の委員会が終わって、みんながぞろぞろと帰り出し、俺もカバンを持って帰ろうとしたところで後ろから小さな声が俺を呼び止める。 「あっあのっ…」 「………?」 不思議に思って振り返ると、さっき俺の隣に座っていた女の子。 何?と短く呟くと、一度視線を外してから俺に視線を合わせてくる。 「あの…さっきは助けてくれて…どうもありがとうございました」 「助けてって…別に何もしてないけど」 「ううん。みんなが笑ってるのに、あなただけが笑わずに手を貸してくれたから…そのっ、これから当番が一緒の時があると思うんですけど…ドジしちゃって迷惑かけちゃうかもですけどっ…どうぞ宜しくお願いします!!」 ………笑ってたけど。 少し彼女の言葉に負い目を感じながら、それでも俺の目を見てニッコリと微笑んでくる彼女の顔に心なしか自分の心が揺れたような気がした。 ……なんだ、今の? あぁ…今までの女の子の印象が強かったからこの子の仕草に面食らってるのか、俺。 それにしても同じ年なのに敬語で話してくるなんて……変わった子だよな。 それから数回、その子と同じになって一緒に作業をする事があった。 その間も幾度となく見せるドジっぷりに、いつしか自分の視線がいつも彼女を追っているようになって、気が付けば手を差し伸べてる自分がいた。 なんで、俺が?誰に対しても無関心だった俺が……どうしてこの子にだけ? だけどどうしても彼女の事が気になって、助けた後の照れたように小さく舌を出しながら、えへへっ。と笑う顔を見るたび、俺の中の彼女に対する見方が変わってきてるような気がした。 「――――…ちょっと、戸田さん?あなたのお陰で随分と処理が遅れてるんですけど。私、これから用事があるのよ、さっさと終わらせてくれない?」 ある日、2年の先輩がため息混じりにそう彼女に呟く。 「すっすいません!あの…後は私が全部やりますんで…先輩、先に上がってください」 「そう?じゃぁ、図書室の鍵ココに置いておくから。ちゃんとやっておいてよね。何かあったら私の責任になっちゃうんだから。長瀬君も自分の仕事終えたんでしょ?だったら先に帰ってもいいわよ」 「はぁ…でもまだ棚に返してない本がありますし…」 自分の責任になるっつぅんだったら、ボー。っと見てないで手伝えよ。さっきから自分じゃ軽くて簡単な仕事しかしてねぇじゃん。 少し先輩に対して憤りのような感情を抱いていると、慌てた様子で彼女が呟く。 「あっあの。長瀬君もお先にどうぞ…私が残しちゃった仕事ばかりなので…後は私がやります。すいません、迷惑かけちゃって…」 「別に迷惑じゃないけど」 「そうよ、長瀬君。助けてばっかりじゃこの子の為にもならないんだから、あなたも先に帰ったらいいから。じゃぁ、戸田さん。後は頼んだからね」 「あ、はい。お疲れ様でした!!」 先輩は図書室の鍵をポン。とカウンターに置くと、そのまま帰って行ってしまった。 っつぅか、残ってる仕事って…すげぇ分厚い本の整理ばっかなんだけど。あいつ、わざとこの子にそんな仕事ばかりを押し付けてるんじゃ。 俺が暫くその場で立っていると、彼女がにっこりと微笑んでくる。 「あのっ、本当に先に帰ってくださいね。私、ちゃんとやっておきますから」 「でも分厚い本ばっかだよ?それも上段のヤツばっかりだし…いいよ、俺も残って手伝うから」 「いっいいです、いいです!そんなっ…申し訳ないので。それに、私の仕事ですから」 彼女は大袈裟と言っていいほど首と手をプルプルッ。と左右に振る。 ・・・・・でもなぁ。 そう思いながらも彼女に促されて、俺はカバンを持って帰る準備をする。 「へにゃっっ?!」 ちょうど図書室を出ようとしたところで奇妙な声と共に、バサバサ、ドスンッ!と濁った音が部屋に響き渡る。 慌てて振り向くと、床に散らばった本と一緒に倒れこむ彼女の姿。 「え…大丈夫?」 彼女に駆け寄ると、彼女はゆっくりと体を起こしぺちゃんこ座りをして、薄っすらと瞳に涙を浮かべる。 「もぉ…やだぁ」 「……え?」 「いっつもいっつも何もない所で転んじゃうんだもん…みんなにもっ…迷惑かけちゃうし…先輩にはおっ怒られちゃうし…自分が自分で情けないぃぃ」 次第に彼女の瞳から涙が溢れ出し、幾筋もの雫が頬を伝って流れ落ちる。 初めて彼女の素の部分に触れたような気がしたけど… 「ぶっっ!」 いや、笑っちゃいけない場面だってのはわかってるんだけど…その、転んだ時についたであろう床の汚れが彼女の鼻のてっぺんにへばりついてて、それが何とも可愛らしく思えて思わず噴出していた。 「なっなんで笑うんですかっ!!」 「クスクス。ごめん…鼻のてっぺん、黒くなってるから」 「え、うぅ嘘っ!!やっやだぁ」 慌てて鼻をこすったから、消えるどころかそれが大きく広がる。 「あはははっ。ダメだって、それじゃ広がっちゃってるよ?」 「えっえっ…うっ嘘、嘘っ!とっ取れた?」 彼女は何度も何度も鼻をこすり、その度に、取れた?って俺に向かって聞いてくる。 なんか、そんな様子の彼女を見てるとすごく愛しい感情が芽生えてきて。 俺、誰かに笑わされたのって彼女が初めてかもしれない。 俺が声を出して笑ったのも・・・。 彼女には俺の何かを惹きつける、そういう魅力があるのかもしれない。 まだまだ俺の知らないこの子を知りたい。傍にいてこの子を護ってあげたい…頬を流れた涙の痕をそのままに一生懸命鼻をこする彼女を見ながら、そんな感情さえ芽生えてくる。 恋愛とは無関係だと思ってた俺。 もし、この感情が『好き』って言う気持ちなら、俺は戸田 美菜って子が好きになったんだと思う。 …人を好きになるのなんて、理屈じゃないんだ。 俺は床に座り込む彼女の頭を優しく撫でて、初めて人に対して素直に微笑む。 「ほら、俺も手伝うから。一緒に片付けよう?2人でやれば仕事も早く終わるからさ」 「えっ…えっ…でもでも…」 「早くしないと、全部俺がやっちゃうよ?」 「わっわわっ!待って待って……私がやりますっ!!」 散らばった本をまとめて持って歩き出すと、慌てた様子で立ち上がり俺の後を追ってくる彼女。 その彼女の存在を背中で感じながら、俺は今までに感じた事のない穏やかな気持ちになっていた。 ――――そう…あの時からなんだよな。俺が美菜に対して特別な感情を抱いたのは。 彼女といると、何をしでかすか気が気じゃないんだけど、何故か傍にいるだけで穏やかになれた。 あの時すぐに気持ちを伝える事が出来ていたら…。 もっと長く彼女の傍にいられたのに…と、今更ながらに少しだけ後悔する事もある。 それから図書委員で一緒と言う最大のチャンスを生かす事が出来ずに俺は2年になった。 こう言うとキザなヤツだと思われるかもしれないけれど、2年になって彼女と同じクラスになったのは、運命だったんじゃないかと思う。 俺と彼女が結ばれる為に。 その2年の合宿の時に思いが通じて、俺は美菜と付き合う事が出来た。 先に俺が告ろうと思ってたのに、まさか美菜に先を越されるとは思わなかったけど… 事の成り行きで、初めて布団の中で彼女を抱きしめた時の感触も彼女の甘い香りも、今も鮮明に覚えている。 そして、心の底から嬉しかった言葉も… 『長瀬君…寝てるの?あのね、私…長瀬君の事が…好き。一年の時からずっと…』 あの時、一瞬自分の耳を疑ったのを覚えている。 今、確かに戸田さんは俺の事を好き。って言ったよな?え、マジで…?……って。 だから、思ってもみなかった彼女の気持ちにすぐに返事が出来なかった。 ホント、情けなかったよな俺。 でも合宿が終わる前までに自分の想いも伝える事が出来て、初めて彼女とキスをした。 美菜の柔らかい唇、脳を刺激させられる初めての感覚に、何度も重ねたいという欲望さえ生まれた。 それは今でも変わらない…何度も重ねたくなる唇。 ――――何度も重ねた唇。 人間と言う生き物は底知れぬ欲望の塊だと思う。 思いが通じたら、キスをしたくなって…キスをしたら抱きしめたくなって…美菜の全てを自分のモノにしたいと言う欲望までもが俺を支配した。 『独占欲』と言う醜い嫉妬心が自分の中にもあるのだと知ったのも、彼女と付き合いはじめてからだ。 何色にも染まっていない美菜を変えてしまうのは嫌なのに、大切にしたいのに…『俺色』に染めようとしている俺がいて。 誰にも渡したくない、触れさせたくないと…俺の腕の中だけに閉じ込めておきたいとさえ思い始めた。 だから、その欲望を阻止するのに必死だったあの頃の俺。 今じゃそれを抑止する箍がなくなってしまったけれど? そうして必死に抑えてきた気持ちだったから、初めて彼女と結ばれた日の事は一生忘れない。 その日はいつも使っている自分の部屋なのに、彼女がいるだけで何故か全然別のどこか違う部屋にいるかのように思えた。 いつも自分が寝ている場所で、愛しい彼女の肌に触れて、一つになれた事。 今、思い出しても胸が熱くなる。 ずっとずっと待ち望んでいた事だったから。 彼女と知り合って、彼女と共に歩んできた数年間。 目を瞑れば走馬灯のように彼女と過ごした日々が次々と浮かび上がってくる。 遊園地に行ったことや、水族館へ行ったこと。 海水浴にも行ったし、クリスマスや新年は必ず一緒に過ごしてきた。 全てが俺の大切な大切な宝物。 俺にとって彼女はかけがえのない存在で、なくてはならない大切な存在で。 彼女が俺の前から居なくなってしまったら……俺は呼吸の仕方さえ分からないくらい、魂のない抜け殻になってしまうだろう。 それぐらい、彼女は俺にとって必要な存在で、俺の中の一部と化している。 そんな彼女とずっと一緒に居るために…ずっとずっと傍に居る為に…… ずっと昔から約束していた事を、今日果たす事が出来る。 「ごめんね、美菜。待った?」 待ち合わせの場所まで辿り着くと彼女はもう先に着ていて、俺の声に反応をしてニッコリとした可愛らしい笑みを浮かべて振り返る。 その笑顔を見ただけで、ホッと気が緩んで落ち着く。 あぁ…やっぱりこの笑顔だよな、って。 「あ、修吾君。ううん、全然待ってないよ?それよりも、お仕事お疲れさまでした。こんなに早く帰ってきちゃって大丈夫だった?」 「当たり前でしょ?今日は大事な日なんだから」 美菜にとっても…俺にとってもね? 「そ、そんな。私の誕生日の事なら気にしなくていいのに…お仕事の方が大切なんだから」 「いいの。今日は美菜の誕生日でしょ?こっちの方が大切なんだから…さぁ、ご飯食べに行こうか?お腹減っちゃった」 もう一つの意味合いを込めて言った言葉に、当然の事ながら美菜は気付いていなくて、俺が手を繋いで歩きだすと嬉しそうにはにかみながら横を歩く。 美菜…もう、ずっと一緒にいられるからね?待たせてごめんね。 予約を取っておいたお店で食事を取り、そこではたわいない話で盛り上がる。 美菜は専門学校を卒業してから、暫くバイトとして行っていたケーキ屋にそのまま正規の社員として働いていた。 料理が得意で、お菓子作りも大好きだった美菜には最高の働き場所だったようで、毎日する電話の中でも、今日はこんなケーキを作ったんだとか、今度は修吾君にこんなケーキを作ってあげるね、とか楽しそうに話してくれる。 そんなたわいない話を美菜とするのが好きだ。 電話口からでも、今、目の前で見せてくれるように、コロコロと表情を変えて楽しそうに話してくれるのが分かるから。 これからは電話を通してではなく、こうして目の前でその豊かな表情を見られるのかと思うと、自然と顔から笑みが漏れる。 「あ〜。すっごく美味しかったぁ…修吾君、ご馳走様でした。本当にありがとう」 「満足してくれた?」 「うん!も〜、大満足!!料理も美味しかったし、お腹もいっぱいになったし」 そう言ってこの上なく可愛らしい笑みを見せてくれる美菜に、自分も同じように微笑み返す。 でも、まだまだ満足してもらっちゃ困るんだけどね? 「美菜?これから遊園地に行こうか?」 「へ?遊園地??」 俺の突然の提案に、美菜は不思議そうに首を傾げながら俺を見上げてくる。 「うん、遊園地。ホラ、初めてデートした時に行った遊園地…まあ、デートって言っても直人とかも一緒だったからアレだけど」 「あぁ!あの遊園地?でも、まだやってるの?こんな時間だけど…」 美菜は自分の腕時計を見ながら、心配そうに尋ねてくる。 そういう事はちゃんと確認済みだから、心配しなくていいよ?美菜。 「大丈夫。閉園時間までまだ時間あるからね…あそこの観覧車に乗りに行こう?夜景がきっと綺麗だよ…美菜、夜景見るの好きでしょ?」 「わぁ!夜景?うんうん、見たい見たい!!あそこからだったら綺麗に見えそうだもんね?観覧車乗るぐらいの時間はあるよね」 「うん。じゃあ、行こうか?」 「うん!!」 色々考えて決めた場所。 付き合って初めて美菜と一緒に出かけた遊園地。 2人きりではなかったけれど、初めて俺が美菜と一緒に学校ではない場所で会った所だったし、観覧車に乗った時に嬉しそうに景色を眺めていた美菜の顔が今も脳裏に焼きついているから。 食事をした場所から、歩いて10分程の所にある遊園地。 昼間の雰囲気とはまた違って、イルミネーションで飾られた遊具が煌びやかに楽しげに光っている。 当然子供の姿はなく、カップルばかりが目立つその中を俺は美菜と一緒に観覧車へと向かって歩く。 「うわぁ〜!すごい綺麗だね?ちょっとイルミネーションとかで雰囲気は違うけど、あの時のまま…変わってない」 「ホントだね?クスクス。そういえば、あの時美菜はお化け屋敷に入って腰抜かしたんだったっけ?」 「うにゃっ!?へっ…変な事を思い出さないでください!!もぅ…恥ずかしいよぉ」 「あははっ!可愛かったけどなぁ、あの時の美菜。あ…今も凄く可愛いけどね?」 「なっ!?」 どうしてもついつい弄りたくなってしまう美菜の事。 俺がこう言うと、彼女が顔を真っ赤にして恥ずかしがる事を知ってて敢えて口にするんだから…。 ほら、今も頬を紅く染めて恥ずかしそうに繋いだ手で顔を隠したりして。 ホント…相変わらず可愛すぎ。 「うわぁ〜。やっぱり観覧車は人気あるね?カップルばっかり〜」 「ホントだ。少し待って乗らなきゃダメみたいだね?」 少し列の出来た最後尾に並ぶと、俺の前に立った美菜が、ふぅ〜。と俺の手を挟むように両手で覆うと温かい息を吹きかけてくる。 「美菜?」 「こうしたらちょっとは暖かくない?」 そう言って可愛らしく微笑んでくるもんだから、思わずその体を抱き寄せてしまう。 「ひゃっ!?しゅっ…修吾君?」 こんな可愛い顔で可愛い事されたら…ねぇ? 誰だってこういう行動に出るでしょ。 俺は腕の中の美菜の体の向きを変えて、後ろから腰に腕をまわして抱きしめる格好にすると、そっと耳元に唇を寄せて息を吹きかけるように囁く。 「寒いの?美菜…こうして抱きしめてた方が暖かいでしょ?」 「あっ…あのっ…でも…恥ずか…」 「ん?寒い?もっとぎゅってしてあげようか?」 ――――恥ずかしい。 と、美菜の口から出終わる前に、俺は更に意地悪な事を耳元で囁く。 耳まで真っ赤になってるんじゃないかと思える程、紅く染まる美菜の頬。 それに対してクスクスと小さく笑っていると、むぅ。と呟きながら横目でチラッと睨まれてしまった。 こればっかりは直りそうにないから、許してね? 暫く待ってやって来た俺達の番。 開かれたドアから俺が先に乗って、美菜が後から乗り込んでくる。 当然、座る席は向かい合ってじゃなく隣り同士。 初めてこの観覧車に乗った時も隣りに座るように促すと、美菜は恥ずかしそうに頬を染めて俺の隣りで俯いてたっけ? 今もほら…恥ずかしそうに俯いている。 あの時と全然変わらない美菜の姿。 歳を重ねて少し大人っぽくはなったけど、やっぱり知り合った頃の彼女のままで。 そういう部分が凄く嬉しかったりする。 変わらない態度…変わらない姿…変わらない…気持ち。 「美菜…ほら、夜景が綺麗に見えるよ?」 昇り始めた観覧車の窓から、少しずつ夜景が広がっていく。 真っ黒なキャンバスの上に散りばめられた宝石のようにキラキラと光る夜景。 わぁ〜、綺麗。と、感嘆の声を漏らしながら、美菜は窓の外に視線が釘付けになる。 あの時と一緒だ。 恥ずかしそうに俯いていた美菜に、景色がすごく綺麗だよ?と言って窓の外を指差したら、ぱぁっと明るく笑みを漏らして遠くの方まで見える景色に見入ってたっけ。 そんな彼女が愛しくて、後ろから抱きしめてキスしたんだったよな。 後でそれを直人達から指摘されて、真っ赤に頬を染めて恥ずかしがっていた美菜。 そんな彼女の姿を思い出しながら、俺はあの時と同じように後ろから彼女を抱きしめる。 「ひゃっ?!修吾君っ…」 「ほら、あの時もこうして景色に見惚れてる美菜を後ろから抱きしめたなぁって思って。再現してみた」 「さ、再現って…恥ずかしいよ?」 「誰も見てないのに?」 「ま…まだ上ってる途中だから、上から見えるもん…」 運良く俺達が今日の最後のお客だったようで、後ろから乗ってくる人はいなかったけれど、前に乗ってる人はいるわけで。 あの時、直人達から見られてた事を思い出したようで、そんな事を言ってくる。 「いいじゃない?別に見られたって。前に乗ってるのもカップルなんだから…人の事なんて構ってられないって」 「だけどぉ…」 「あ、美菜は俺に抱きしめられるのが嫌なの?」 「あぅ。またそういう言い方をする〜…嫌…なワケないでしょう?」 「だったらいいじゃない?こうしてる方があったかいし」 「……ん」 美菜はそう小さく呟くと、俺の腕に手を添えてきゅっと握り締めてくる。 観覧車はそうしている間にもゆっくりと昇り続けていて、ちょうど頂上に達する手前までやってきた。 俺は頃合を見計らって、コートのポケットに忍ばせていた小さな箱をそっと取り出し、彼女の前に翳してみせる。 「え?…な…に?」 美菜は少し驚いた様子で、俺の顔を見上げてくる。 「開けてみて?」 その言葉に躊躇いがちに箱を受け取ると、美菜はゆっくりとその箱を開ける。 箱の中から出してきたモノを手に取り、中身を確認した美菜の体が僅かに震えたのが感じられた。 「………コレ…」 小さく耳に届いた美菜の声。 その声も微かに震えているようで…。 俺は美菜にまわした腕に力を込めて、ぎゅっと強く抱きしめると、そっと耳元に囁きかける。 「美菜、待たせてごめんね……結婚しよう?」 俺のその言葉を聞いて、美菜の体が小刻みに震え出す。 美菜……? 「ふぇっ…しゅ…ご君…」 そんな微かな声と共に、ポタポタっと音を立てて俺のコートの袖に美菜の瞳から溢れ出した雫が痕を残して広がっていく。 「み〜な?泣かないで?…返事、聞かせてくれないかな」 俺は抱きしめた腕に更に力を込めて彼女の体を強く抱きしめる。 「いい…の?こんな私で…本当に…いいんですか?」 「ずっとずっと約束してきた事でしょう?昔も今もこの先も、俺の隣りにいて欲しいのは…俺の隣りにいなきゃダメなのは美菜だけだって決まってるから…俺には美菜しか考えられないから…俺が愛しているのは、美菜だけだよ?知ってるでしょう?」 「ありっ…がと…修吾くっ…こんな私を好きにっ…なってくれてっ…傍に…ずっと居てくれてっ…護ってくれてっ…」 「これからもずっと傍にいるし、ずっと護って行くから。この右手にはめてくれてる指輪をあげた時に約束したよね…いつか美菜の左手の薬指に指輪がはめられるように、頑張って一人前の男になるから、って。あれから随分待たせちゃって…本当にごめんね?やっと左手にはめてあげられる」 高校生活最後の年のクリスマスに贈った俺とお揃いのペアリング。 今も彼女の右手の薬指にはそれがはまっていて…。 それを指でなぞりながら囁くと声にならない彼女は、何度も何度も腕の中で首を振る。 俺は彼女の掌の上に乗っている小さなケースからそれを取り出し、美菜の左手を取ってそっとそれを指に通す。 ――――ダイヤモンドが月夜に照らされてキラキラと輝き、彼女のように可愛らしくて優しい雰囲気のエンゲージリング。 そして、抱きしめていた腕を解いて美菜を真正面から捕らえると、その彼女に向かって優しく微笑みかける。 「美菜?誕生日おめでとう。それから、僕と結婚してください」 「ありがとう…修吾君。それから…宜しくお願いします」 「うん。こちらこそ、宜しくお願いします」 俺がニッコリと微笑んで、美菜の頬を伝って流れる涙をそっと親指の平で拭い取ると、えへへ。と可愛らしく照れ笑いを見せてくれる。 俺の好きな表情の一つ。 その表情を視界に捉えながら、彼女の視線を真っ直ぐに見つめる。 「愛してるよ、美菜」 「ん…私も、愛してる」 俺はそっと美菜の頬に手を添えるとゆっくりと顔を近づけて、その何度でも重ねたくなる唇に自分の唇を重ねた。 恋愛とは無縁だと思っていた美菜と出会うまでの俺。 彼女と出会って、人を愛する喜びを知り、人を護る強さを知った。 それを教えてくれた彼女と共に、俺はこの先もずっと歩いて行く。 愛する彼女の傍で、いつまでも穏やかな日々を送れる事に思いを馳せて…―――― 『結婚して子供が出来たら、いつかは広い家に住みたいね』 『あ、うんうん。お庭にね、いっぱいガーデニングとかしたい!!』 『休日とかは家族でバーベキューとかしたり?』 『わぁ!うんうん、いいね。家の中の内装はカントリー風とか可愛いのがいいなぁ』 『うん、美菜っぽい。内装は美菜に任せようかな』 『えー、私センスないから止めた方がいいと思うよ?修吾君に任せる』 『じゃぁ、一緒に考えようね』 『うん!可愛いお家でね、リビングで修吾君が子供に絵本を読んでて、それを見ながら私がご飯の支度をして…って、そんなのがいいなぁ』 『きっとそうなるよ』 そう……いつだったか美菜と一緒に描いた将来の夢。 それが現実となる日が、もうすぐ俺の手に届く… |