〜 戸田家 〜




「こちら、高峰 いづみさん。俺の高校の教師で俺の彼女。」



シーンと静まり返る戸田家の和室。

私の隣に座る幸太郎の声がその静けさにすっと吸い込まれて消えた。

目の前では、時間と言うものを忘れてしまったかのように彼のご両親が一点を見つめて固まる。

「お〜い・・・聞いてんのかよ。」

幸太郎は首を傾げながら、ご両親に向かって掌をヒラヒラとさせる。

そりゃそうでしょうよ・・・あんな説明の仕方。

誰だって固まりもするっての。

私だってびっくりだわよ。

今日は彼女として紹介するからって事で、緊張しながらやってきたって言うのに。

いきなり『俺の高校の教師で俺の彼女。』は無いでしょう?

モノには順序ってものが・・・。

「・・・・・高校の教師で・・・何だって?」

暫くの沈黙を置いて、幸太郎の動きに少し反応をすると、お父さんが徐に口を開く。

お母さんは、ただお父さんの方を見つめたままで未だに固まってる様子。

・・・・・はぁ。何か空気が重い。

「だーから、俺の彼女だっつってんの。」

「彼女と言うのは?」

「は?彼女っつったら彼女だろ。俺といづみちゃんは付き合ってんの。」

そうにっこりと笑う幸太郎に、あんぐりと口を開くお父さん。

もう・・・帰りたい。

絶対こんな紹介の仕方じゃ、反対されるに決まってるじゃない。

ただでさえ私の方が年上で、反対される要素だっていうのに・・・おまけに教師だなんて言っちゃって。

もぅ、どうするのよぉ!

「あの・・・高峰さんとおっしゃいましたね?幸太郎の言ってる事は本当なんですか?」

「え・・あの・・・はい、本当の事です。」

突然私の方に向けられた言葉に焦りつつも、返事を返す。

こうなってしまっては、もうなるようにしかならない。私は本当の事を話すだけ・・・。

はぁ、もぅ。幸太郎のバカ。

「なんだよ親父。俺の言った事を疑ってんのかよ。」

「疑うも何も・・・当然の疑問だろう?教師と生徒と言えば、言わば・・・。」

「禁断の恋ってか?そーんな古臭い事言ってんなって。何で教師と生徒だったら恋愛しちゃいけねぇんだよ。たまたまそういう境遇になっちまっただけの事だろ?」

「それはそうかもしれんが・・・・・ぬぅ。母さん〜。」

「やっ・・ちょっと、私に話を振らないでくださいよ。」

お父さんから助け舟を求められたお母さんは、困った表情で眉を寄せる。

「何?2人共俺らが付き合ってる事に反対なわけ?俺は真剣にいづみちゃんと付き合って行きたいから、2人に紹介したんだぞ。」

まぁ・・・何て態度“L”(死語?)なのかしら、この子。

完全に、開き直ってる。

若いって恐ろしい。なんて自分の事でもあるのに頭の中で考える、私。

「開き直りおってからに。で、高峰さんも幸太郎が言うように、こやつと真剣に付き合ってると?」

「・・・はい。真剣にお付き合いさせていただいています。もちろん、教師と生徒という間柄でこのような関係になってはいけない事も分かっています。でも私はその枠を超えて、幸太郎さんの事が好きになってしまいました・・・とても理解できる事ではない事は重々承知の上ですが、お許し願えないでしょうか。」

私は腹を括り、出来る限りはっきりとした言葉で目の前に座るご両親を見つめる。

「そうですか・・・真剣にね。幸太郎がなぁ、教師とねぇ。」

「一応教師っつったけど、来年の4月からだしね。まだまだ半人前だぞ。いづみちゃんは。」

「ちょっと失礼ね。これでもちゃんと採用してもらえたんだから、4月からは列記とした教師なの!半人前はないでしょ、半人前は!!・・・あ、すいません。」

両親がいるにも関わらず、思わずいつもの調子で返してしまい、俄かに頬を染めながら慌てて俯く。

「クスクス。かっわいぃいづみちゃん。顔、真っ赤になっちゃってんよ?」

「うぅうるさいっ!あなたが変な事言うからでしょう?」

「えー。俺、別に何も言ってないじゃん。」

「言ったの!」

そんな私達のやり取りを見ていたご両親が、ふっ。と顔を見合わせて小さく笑う。

「な?いづみちゃんってすげぇ可愛いだろ?教師になんて見えねぇし・・・俺の彼女だって認めてよ。」

・・・・・忘れてた。そうよ、それが一番の問題なのよ。

ご両親に認めてもらえなければ、腹を括って戸田家にやってきた意味がなくなってしまう。

当初の予定としては、私が教師だという事をバラす事は入ってなかったけど。

私は幸太郎の言葉に再び黙り込むご両親を見て、ごくん。と喉を鳴らす。

「まぁなぁ。幸太郎がそう決めた相手なら・・・お前が自分の彼女だって改めて紹介してきたのも初めてだし。それだけ真剣だという事か?」

「あぁ。マジマジこの上なく真剣。」

真顔で言ってる割に、少し真剣さに欠ける幸太郎の言葉。

それでちゃんと真剣さが伝わるのかしら・・・『マジマジこの上なく真剣。』で。

「うむぅ。そこまでお前が真剣ならなぁ・・・母さんはどう思う?」

えっ・・・伝わったの?・・・今ので??

「いいんじゃないですか?幸太郎がここまで真剣に言ってくるんだから、許してあげても。」

「そうだな。高峰さんが教師と思うから、話がややこしくなるんだな。この際、うちではそういう事は一切取り払うか?」

がははっ。と大きな口を開けて笑い始めるお父さん。

ごっ、豪快な笑い。

でも、取っ払うって言うって事は、付き合うことを認められたって事なのかしら。

私が不安そうに幸太郎を見ると、彼は二タッと笑ってからお父さんの方へ視線を向ける。

「親父も何気に最初からいづみちゃんの事気に入ってたんじゃねぇの?可愛いし。」

「バカ言っちゃいかんよ。私は母さんがいればそれでいい。」

「お父さん・・・幸太郎はそういう意味で言ったんじゃないでしょう?」

「んぐっ。」

「ま、とりあえず。俺といづみちゃんが付き合う事は認められたって事だよな?」

「うちでは認めはしたが、外では教師と生徒という関係上、お前もしっかりとした態度でいなくてはいかんのだぞ?」

「わぁってるって。バレないようにって事だろ?」

「軽率な行動を取るなと言う事だ。」

「同じような事じゃねぇか。」

「・・・・・・・・・・。高峰さんもだよ?」

「はい。」

私はお父さんの言葉に大きく頷く。

よかった、許してもらえて・・・もっと大反対されるかと思ってたから、ちょっと拍子抜けかも。

ほっと胸を撫で下ろし、私は幸太郎と顔を見合わせて微笑み合う。

私の髪を優しく撫でながら嬉しそうに微笑む幸太郎。よかったね、と小さく口が動く。

「ところで、いづみさん。」

「・・・・・・・・・・え?」

アレ?今お父さん、私の事名前で呼んだ?さっきまでは、高峰さん。だったよね?

「お酒は飲める口かな?」

「お酒・・・ですか?えぇまあ一応は好きな方ではありますけど・・・。」

「ほほぅ、そうかね。で、日本酒は?」

「えぇ・・・好きですけど。」

「母さん、今日の晩飯は何だね?」

「今日?今日はてんぷらですよ、お父さん。」

「そうかそうか。じゃぁ人数が一人増えたところで問題ないな。」

「クスクス。そうですね。お父さん、今日は修吾君の時のように飲みすぎないでくださいね。」

「あぁ。あの時も酒が美味かったからなぁ・・・今日は飲みすぎないように気をつけねばな。幸太郎、どうせそのつもりだったんだろ?」

「へへ〜。当たり前じゃん。いづみちゃん、今日の晩飯てんぷらだって。いづみちゃんはてんぷら大丈夫だよね?」

「え?あの・・・晩飯って?てんぷら・・・もちろん好きだけど。」

私には戸田家の方々の会話が見えない。

お酒が好きなのと、てんぷらが好きなのと・・・何だって言うの?

「じゃぁ、夕飯の時間まで俺の部屋でゆっくりしようぜ。」

「えっ?えっ?!あのっ???」

幸太郎はにっこりと笑うと、私の手を引き和室を出て行こうとする。

「美菜が修吾君の所でよく晩飯を食うようになってから、ちょっと寂しかったけど・・・また楽しくなりそうだな。母さん。」

「クスクス。お父さんてば寂しかったんだ。」

「そりゃ、お前・・・。」

背後から聞こえてきたそんな2人の会話。

そのまま続けて、お母さんの少し大きな声が耳に届く。

「幸太郎〜・・許してもらえたからって有頂天になって、部屋でいづみちゃんに変な事しちゃダメよ〜。」

「あははっ。わぁってるってぇ!晩飯できたら呼んで〜。」

おいで、いづみちゃん。そう言って幸太郎は手を繋いだまま階段を駆け上がる。

「え・・ちょっと、幸太郎。晩飯って何?ご馳走になって帰るって事?」

「うん、そうだけど。」

「そんな・・・突然。いいの?」

「いいって、いいって。そんなの気にしなくても。親父もお袋もいづみちゃんの事、『高峰さん』から『いづみちゃん』になってたろ?気に入ったって言う証拠。よかったね、いづみちゃん。」

よかったのか・・・どうなのか。

いや、もちろんすごく嬉しい事なんだけど。いきなり過ぎて、ちょっと。

戸田家って、温かい家庭のような・・・ざっくばらんな家族のような・・・放任主義って感じで。

少し変わった家庭のような気もするけれど、すごく居心地のいい家でもある気がする。

この家で育った幸太郎だからこそ、一緒にいて安心できるのかもしれない。

幸太郎からにっこりと屈託の無い笑みを向けられて、私はふとそんな事を思った。



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