――――――――――――――― 俺と君とあなたと台風?





 かたんと小さな音がした。
 脚の間から聞こえてくる水音に比べるとだいぶ小さな音だったのに、それはやけに頭に響く。
(……ああ、眼鏡落ちた)
 小道具のそれが落ちたのだと、頭の中だけは冷静なのはいつもの事だ。
 心と体が別物と言う言葉を体言する貴裕の本日の設定は『ロリショタ生徒会長』。
(何がロリショタだよ)
 とため息を吐きたくなりつつも、これは仕事だからと言い聞かせて貴裕は仕事に臨んだ。
 浅生貴裕は、確かに年齢より若く見られる外見をしている。真っ白い肌に、細い髪は耳を覆い隠すようにして伸びて、今は閉じているその目はアーモンド形で二重。輪郭はどちらかと言えば面長で、いくら若く見えると言えどどうやったって『ロリショタ』には見えない。
 よく綺麗と表現されるけれど、それは決してショタと言う意味ではないだろうし。
(パッケージ詐欺する気満々なんだろうな)
 どうせ修正入れまくって売るんだろうと決め付け、思考が散漫になりかけたところで貴裕は考えるのをやめた。
 目の前にあるカメラを意識すれば、反射で仕事モードになる。
「……っあ、やめて下さい先輩……っ!」
 脚の間で兆したものを、喉の奥まで吸われて悲鳴を上げる。
 2年の生徒会長が先輩に次々とやられていくと言うのが本日の設定。とにかく先輩先輩言いまくって頂戴、とは監督兼所長曰くだ。
『先輩設定ってよくあるけど、いざヤッてるシーンになるとあんあん喘ぐばっかりで先輩後輩の欠片もないのよねぇ』
 などとのたまったのは所長で、そんな部分に不満がおありの所長は、だから貴裕にそんな指示を出してきたのだ。
「そんな事言って、ココ、こんなにぐしょぐしょにしてんのにねえ?」
「あっ……はぁ……あ、あんあんあんっ!」
 ほらこんなにと笑いながら、突き入れたそれでぐるりとかき回されて声を上げ、体を仰け反らせると、ほら、とまた笑われた。
 腕をつかまれて逃げ場はどこにもなく、暴れまわっていた脚もやがて大人しくなり、ただ瘧のように体を震わせて、声を上げるしかできなくなる。
「毎回毎回ココ濡らして待ってるのだーれだ?」
「うっ……あっあっ!」
「ほら、言いなよ?」
 最初っからぐしょぐしょになってる癖に、と耳に舌を入れられて舐められる。
 自分でやったんだろ、そうじゃなきゃこんなにならないよねえ。
 演技とわかってはいても、さすがにぞっとなるのはとめられず、鳥肌を立てながら貴裕は抑えられている腕をどうにかしようともがかせる。
「いっ……やだ! や……あああっ!」
 奥まで突き上げられて、腿のあたりにざらりとした感触があった。
 毛が当たる、なんて直裁かつロマンの欠片もないような事を考えながら、必死に抵抗するフリをするのもわりと疲れるものだ。
 感じない訳ではない。感じていなければ勃起もしないから、自分はちゃんと感じているのだと思う。けれど、いつも頭のどこかは冷静で、そんな冷静な自分がビデオに撮られている自分を見下ろしていて、最終的にはその自分が勝っているからなんだかどんどん冷めていくだけだ。
 AV女優やってるコもこんな感じなのかなあと想像しつつ、頭と体は別の事ができるのはちょっとすごいんじゃないかなあとも思う。
 これで相手が浩隆なら、また別の結果が――。
(って、ああ、最後ヒロが相手だっけ)
 この後の仕事の予定を考えて、また訳わかんなくなっちゃうなあ、なんて貴裕はぼんやり思う。
 先日の恥ずかしいとしか言えない大泣き事件以来、どうも所長は貴裕と浩隆をくっつけて仕事をさせたがるのだ。
 しかも貴裕をハーレム状態にはしても、浩隆には貴裕以外の相手はさせないと言う徹底振り。どうにもあまり感情の動かない貴裕の涙のインパクトは、あの所長相手でも物凄い効果をもたらしたらしい。
(別にいいんだけどな……)
 泣いた後ではその言葉の信憑性は薄いだろうけれど、本当に別にいいのだ。見えなければ。
 あの時泣いてしまったのは『見て』しまったからと言うだけの理由であって、結局のところ、見えなければ何をしていたって関係ないと言うのが貴裕の持論だ。
 こんな事を仕事にしている以上、それは仕方がない。
 だから見えなければ何も関係ない。そう思えば気が楽だし――浩隆が貴裕を大事にしてくれているのは事実だから、その見える事実さえあれば、貴裕は幸せなのだ。
(……って突っ込まれながら考える話じゃないよな)
 冷静に考えながらも、貴裕の口からはあんあんと喘ぎ声が吐きだされていた。
 やめてと叫んでいた口からは、せんぱい、せんぱいと舌足らずな声を出して、最後にいくいくと叫べばいい。大抵はそれをすればOKをもらえる。
「やだ……もう、もういくっ……おく、やめ……やめてくださっ……ひぁっ!?」
「嘘つくなよ。奥がダイスキなんだよなぁ? ほら、こうやって、さあ?」
「あっあっあっ! も、だめ……せんぱ、いっ……たすけて、やめ、い、くっ……いっちゃ、あぅ、あン!」
 もうだめ、もうだめ、と何度も叫びながら開放された指を肩にかける。
 中途半端に脱いだ相手の服の中に手を入れながら、いくいく、と叫んだ瞬間、どろりと溶けるように吐き出し、吐き出されて、痙攣しながら座っていた机の上へ、背中から倒れた。
「んっ……」
 突き立てられていたものがずるりと抜け落ちる感覚に声を上げ、開いたままの脚から相手の体がなくなっていく。力なく床に落ちた脚をそのままにしていれば、その間からはぽたりと、注ぎ込まれた白濁が床に落ちた。
 よかったよ、なんて囁いた後、貴裕を放置して相手は去っていく。
 そして次にドアを開いて現れたのは、浩隆だ。


「……なに、やってんの」
 小さな声で問われて、はは、と笑う声は笑っていなかった。
 目を覆い、何やってんだろうねと返せば、近づいてくる足音がする。
 演技だとわかっていても、演技だと思っていても、情事の直後を恋人に見られるのはいたたまれなくて、貴裕の声は頼りない。
 そんな時、ふっとあの大泣きした日の出来事を思い出して、貴裕はさらにいたたまれなくなる。
「会長、なにされてんの」
 そう言えば今日の浩隆の役回りは、同い年の副会長だか書記だかだった。
 貴裕の乱れきった制服に対し、浩隆の制服には一分の隙もなく整えられている。メタルフレームの眼鏡なんてしているから、顔を見た一瞬は誰なのかよくわからなかった。
 体育会系のガタイをしている浩隆だけれど、こうしてきっちり服を着て眼鏡をかければ理系の頭よさげな男に見えるから不思議だ。人間見た目なんてどうにでもなるもんだと思い知らされる。
「なにって……セックス? されてた?」
 壊れたような声で言う台詞は指定されたものだけれど、演技の必要はなかった。
 いくら仕事だからと言っても、こう言う現場を恋人と呼べる人に見られるのは、やはりあまり気持ちがいいものではない。
「同意の上で?」
 近づきながら問われて、どうなんだろうねえとぼんやり答えた。
 最初は嫌で、でも無理矢理されるからせめてもの自衛のためにと自分で準備をしておくようになり、そして今は嫌がっているのかもよくわからなくなってきた。あんあんと声を上げるのが、無理矢理強制されてのものではなく、自然に口をついて出るようになってきたんだ。
 そんな風に現状を説明して見せると、痛いものを見るような目をされて抱きしめられる。もちろんどちらも決められた演技だけれど。
 離してくれ、と告げても離さない。
 ただ首を左右に振るだけの浩隆のそれは、指定されての行動だ。けれど、それでも貴裕は嬉しかった。
 浩隆に抱きしめられたりキスされたりする事は、貴裕の中では仕事とは別の次元にある。
 無条件で幸せだと感じてしまうそれは、仕事中だと案外やっかいなものだと実感したのは、本当につい最近の事だった。
「会長、もうそんなことしなくていいよ」
「……無理だよ」
 だってあいつら、追いかけてくる。
 そうやって首を振りながら、背中に縋る腕。抱きしめて欲しいと願うそれは、そうしろと指定されたものではなく、貴裕の気持ちそのままだった。
「無理じゃない。俺が護るから、もうこんなの、しなくていいよ」
 なんであんたがこんな事されなくちゃいけないんだよ。
 そう呟く声が震えていて、もし今起きているコレが事実で浩隆がこうやって助けてくれたら、自分は死ぬんだろうなと思った。
 何が起きてもおかしくないような世界に身をおいている自分に、本当に何かが起きたとして、最後に浩隆が一緒に居てくれればなんだっていいんだろうな。そんな風に考えて、こっそりと貴裕は微笑む。
「じゃ、じゃあ……さ」
 ねえ、と告げながら貴裕は浩隆の手を取って脚の間に引き寄せる。そこは自分が吐き出したものと吐き出されたものでまだ濡れていて、指先が触れただけでびくりと体が跳ね上がった。
「……んっ……俺と、して?」
 お願い、と呟けば浩隆が後ずさる。
 指定された動きだとわかっていてもそれが寂しくて、手を伸ばして手首を捕まえた。
「……こ、ここ……気持ち悪い……たすけて」
 ねえ、と呟きながら片腕を浩隆の首に回して、もう片方の指先を自分のそこへと含ませてぐちゃりと音を立てる。
「んん……っ」
 目を閉じながら指先を動かすと、溶けるアイスのように中から吐き出された精液が出てきて指を汚した。ごくりと唾を飲み込む音が耳元で聞こえて、その音に貴裕は小さく微笑む。
「……ココ、足りなくて……ねぇ」
 ぐちゃぐちゃになりたい。もっと欲しい。
 淫蕩としか言いようのない声で囁いて、濡れた指先で浩隆の腕を掴み自分のそこへと再度触れさせる。
「ああ……」
 少し触れるだけでも声が出る。そのまま指を入れられてしまえば尚の事。
「……っ、いい、の?」
「あ、あっ……んッ……いっ、あ!」
 ゆっくりと入り込む指が曲げられて内壁を抉るようにして動いた。
 貴裕の脚はゆっくりと開いて浩隆の体を挟み込む。首に回した手がするりとすべり背中に当てられ、服の上から体を辿るようにして首元へ回った。
 最初のうちは片手で浩隆の首元のボタンを外そうとした。けれど上手くいかなくて、もう片方の手も伸ばして、震えながらひとつふたつとボタンを外したところでもどかしくなり、開いたそこに口付ける。
「……っ」
 くっきりとした鎖骨に舌を這わせて辿ると、浩隆が目を眇めた。
 吐き出された息に満足して、もう少しと思いながらもうひとつボタンを外す。
「ちょっ……と……」
 浩隆が一瞬びくりと震えたのに気をよくして、中途半端にボタンを外したシャツを大きく開けて、貴裕はその中へと唇を寄せた。
 うっすらと赤いそこへそろりと舌を乗せれば、小さな声が聞こえてくる。
「……ん、っ」
「……!」
 それと同時に体の中に入り込んだ指がお返しだとばかりにぐるりと回され、貴裕は声なく震えた。
 中に入っているものを掻きだされ、内壁をゆっくりと撫でられ、時折抉るように酷くされる。
 ぐちゃぐちゃと立つ音がだんだん酷くなっていくにつれて、浩隆に施す愛撫が途切れ途切れになっていく。
「っん、あ……あ……」
 小さく声を上げながら、それでも乳首を舐める舌を離す事はしなかった。
 夢中になってしゃぶるように舌と唇を動かしながら、両手が下へと向かう。その後音を立てたのはベルトのバックル。
 与えられる感覚に体を震わせ、何度も何度も止まりながら、ゆっくりとベルトを外して前立てを開いた。
「っは……ぁ……」
 もう熱を持っているそこに触れるだけでもうだめだった。
「あ、あ……っ……もっ、あ……いっ、い……!」
 抜き差しされる指の感覚に目を閉じ、荒い息を吐き出しながら感覚に耐え切れずに身を捩る。その動きでまた当たる場所が変わって悲鳴を上げて、貴裕はもうだめだと叫んだ。
「ああっ、あ、あ……だ、め……だめ、いく」
「会長?」
 ゆるく中をかき回されて、それだけでもうだめだと思うその反応は、相手が浩隆だからこそだ。
 少し前にも同じことをされたけれど、ここまで反応はしていない。
 過剰なほどでいいと言われているから余計にその反応には拍車がかかって体が震えてしまう。
「あ、ああっ、や……だめ、こ、これ……これっ」
 反射で何度も腰を震わせながら、取り出した浩隆の硬直を握り締める。
 もうだめだと思いながらも喉が鳴って、上目に浩隆を見れば彼もまた同じような視線を向けながら、顔を近づけて目を閉じた。
「……ふ、う……んんっ」
 入り込んでくる舌を受け止めながら、貴裕も必死に浩隆のそれを擦り上げる。
 中を弄る指はその間も止まらないから何度も何度も中断しかけて、その度に首を振って声をあげた。
「ああ、あっ」
「……かいちょ……こんなこと、して……っ」
 いいのかな。そんな声が耳元に届いて、もう何もわからずにこくこくと貴裕は頷く。
「あっ、いっ……イイ、いい……もち、いっ……あっあっ」
 気付かないうちに貴裕は痛いほどに張り詰めた互いのそれを握り締めて擦り合わせていた。
 どろりと先走りを滲ませるそこを何度も擦り付けて、しゃくりあげるような声を出す。
「……ちょ、かいちょ、なにしてっ」
「んんッ……ん、きもち、い……これ、これぇ……っ!」
 先端を擦り合わせながら重ねた両手を使って扱いて、指先を絡ませて全て違う動きで上下させて、輪を作った指に力を篭めたり、もう思いつく限りの手淫を施した。
 ぐちゅぐちゅと聞こえてくる音はその手が施す音だけでなく、浩隆の指が奥まで入り込んだ場所からもひっきりなしに聞こえてくる。
「すご、すごいぃ……もっ、なん、なんで……あ、やだ……こんな、こんなのっ!」
 こんなのおかしい。たどたどしく告げながら濡れて汚れた右手を浩隆の背中に回す。
 借り物なのか作ったのか知らないけれど、何も言われていないのだから別に汚れたってかまわないだろう。そんな風に思いながら貴裕はブレザーにしがみついて、再び重なってくる唇を弱く噛んで舌を誘った。
「んん……んっ……ふ、は……ぁっ」
 浩隆は空いた手を首に当てて、仰け反る貴裕の体を支えてゆっくりと倒れこむ。
「あ……っ!」
 その間も指は中に入れられたままで、変わる角度に体を震わせた貴裕はきつく目を閉じてその感覚に耐える。
 がくがくと震える体はまともに自分の体重を支えられず、そのまま床に崩れ落ちて浩隆の目に全てさらけ出してしまう。
 今さらのようだけれど、貴裕はこの状態が自分にとって非常に色々とまずいのだと知っている。何がまずいのかと言えば、この、服装がだ。
(ブレザー……とか)
 以前の撮影で知った事だけれど、どうも学生の格好をされると、自分たちが学生だった時の事を思い出して非常にいたたまれなくなるのだ。
 青春と言うに相応しいようなきらきらとした学生生活を送っていた浩隆を、自分のどうしようもない欲望が汚しているような錯覚に陥って、恥ずかしいを通り越していたたまれない。
 そんな事を目を閉じた貴裕が考えていたら、耳元にふっと温かい息を感じて、その後そこに生ぬるい感触があった。
「ひァッ!?」
 耳に舌を入れられて、いきなりの事に貴裕の目は見開かれる。
 びくりと反った背中に手を入れられゆっくりとさすられて、それすらも愛撫として受け止める体は反応して振るえてしまう。
 そんな貴裕の耳元に、貴裕にしか聞こえない声が届く。
「なーに考えてるのかなー?」
 ぼそりと告げる浩隆には、貴裕の考えなどお見通しのようだ。
 視線を合わせればにっこりと笑顔を浮かべていて、その後ふっと浩隆の顔が貴裕の視界から消えてしまう。
 どこに行ったと思う間もなく、ぬるりと舌が這う感覚を太腿に感じて、貴裕は震える体を叱咤して上半身を起き上がらせる。やめろと言う間もなく貴裕の視界に入ってきたのは、僅かに化粧を施された浩隆の唇が、自分の屹立へと触れる瞬間だ。
「……っ!」
 視界に入った映像と、下肢に感じた感覚がシンクロして脳の奥にまで快楽の信号が送られてくるようだった。
 がくんと顎を仰け反らせて、声も無く悲鳴を上げた貴裕は、一度起き上がらせた上半身を、またずるずると床に落としていく。
「……っあ! あ……ああ……!」
 腰だけでなく、もう全身をがくがくと震わせながら貴裕は床のタイルをひっかいた。
 タイルの隙間に強く爪を挟んだおかげで先が少し欠けた気がしたけれど、そんな事にかまってなどいられない。
 ずるりと浩隆に飲み込まれたそこは、嬉しげにひくひくと震えながら体積を増していく。そしてそれを丁寧に舐めしゃぶる唇と舌の動きがたまらなかった。
「ひ、あっ……あっ! ああ……っ」
 根元から先端までをゆっくりと吸われてあまりの快楽に首を振りながら体を捻って逃げようとしたが許されず、指を抜かれて濡れた手で腰を捕まれて引き戻される。そしてそれまで以上に酷く、音が立たないほどに吸い上げられて、白い頬には涙が筋を作った。
 ぽたぽたと頬から落ちた涙が手の甲を濡らし、それすらも快楽を煽る糧になってしまうからまずい。嫌だと首を振りながら尚も逃げようとすれば。
「……ひ、ぃあっ……あああー……っ」
 一度引き抜いた指を、再び一気に押し込まれて口が開いたまま閉じられなくなった。
 脚の間に伏せられたままの頭を撫でたり髪を引っ張るようにして指を差し入れながら、もうその動きがねだる仕草でしかない事に気付く。
 息を吐き出す口からは何かをねだるように舌が出て、飲み込みきれない唾液が口の端を伝って落ちていく。
「も、やだ……ああ、い、く……いっちゃ、いくいく」
「んん?」
 がくがくと震えながらもうだめだと訴えたけれど、そこでとめてもらえるはずなどなかった。
 音が立たなくなるほど強く吸われて、悲鳴を上げる暇もなかった。
 失墜するような感覚を味わい、その後すぐにふわりと水に浮くような感覚へとそれは変わる。脚の間から浩隆が顔を上げたとき、その口元から顎を伝う白濁と、嚥下する動きを見せる喉の動きを見つけて目を反らした。
「会長?」
 どうしたの、と声をかけられても肩を上下させながら首を振るだけで答えられない。息が上がって声が出せないのもそうだし、それ以上に何かとんでもないものを――こんな事はいつもの事なのに――見たような気分になったからだ。
「会長、もうこれで終わりにしていい?」
 床に両手を突いて、逃げ場をなくすように貴裕に覆いかぶさりながら、浩隆は問いかけてくる。
 そんな彼に言葉で答える代わりに震える腕を伸ばして、その眼鏡を外して指先で唇と顎を拭う。
 それが合図になって、肘を折った浩隆の唇が再び重なってきた。
(苦い……あとしょっぱい)
 自分の味がする口の中を味がしなくなるまで舐めて、どちらも服がぐちゃぐちゃになるのも構わずに肌をまさぐった。
「……んっ」
 キスを解いた浩隆が胸に頭を埋めるようにして舌を這わせたのは心臓の真上で、それよりも前からずっと尖りきったままの乳首に歯を立てられて、体中に電流が走ったかのような衝撃があった。
 貴裕は小刻みに震えながら、胸の上にある浩隆の頭を抱きしめる。
「……っ、く……ぁ、あ……は……」
 もう助けてとも言えず、小さく声を漏らすしかできなかった。
 浩隆の手が肌を滑って下肢にたどり着くのにも気付かず、きつく目を閉じながら体を丸めているしかできない。そして。
「……っひ、あ!」
 たどり着いた奥に指先で再び触れられて、目を瞠った貴裕の全身が一瞬硬直したあとに解けていく。その耳元に浩隆は唇を寄せて、問いかけてくる。
「ね、もういい? 会長」
 貴裕と同じく、浩隆は「会長会長いいまくってちょうだい」とでも言われているに違いない。
 やたら言われる単語には違和感が付きまとうけれど、それでももうなんでもよかった。
 指先しか入れてもらえないのがもどかしくて何度も首を縦に振る。
「はや……っ、はやく……もっ」
 これいれて、と手を伸ばして浩隆の脚の間にある硬直を撫でると、ひくりと浩隆が疼くのを感じた。それに気をよくした貴裕が微笑むと、それはないでしょうと呟いた浩隆が、その余裕顔を崩してぐっと腰を押し付けてくる。
「……んんっ、ん……ア……アァ」
 散々弄られた中は、浩隆を拒絶することなくあっさりと飲み込んでいく。
 ぐちゃりと音を立てて入りこんだそれを、嬉しそうに自分の体が飲み込んで蠢くのを感じると、貴裕の口からはひっきりなしに喘ぎ声が洩れる。
「も、そんな腰、動かして……いいの? 会長」
「んっ……んん、いっ……ああ、ヒロ、の……すごっ」
 ヒロイ、と浩隆の芸名を呟くのには慣れていないから、どうしても常の愛称が口を突いて出る。まあその事を考えて互いをどう呼ぶかを決めていたから、支障はないのだけれど、だからこそ仕事とプライベートの境界線が薄れてまずいなあとも思った。
(なんか、いつもより……)
 いつもよりすごい気がするのはどうしてだろうと思って、ああこれのせいかなと思った。
 これと言うのは服装の事で、言ってしまえばコスプレのこの現状に、浩隆が興奮するのも無理ないかと貴裕は頭の隅で考える。
(変態趣向だしなあ……)
 浩隆は、貴裕ならなんでもいいときっぱり言い切るほどの『貴裕マニア』だと自分で宣言した事もあるが、こんな状況が大好きなあたり、どこか変態じみていると思う。
(制服とか大好きだし……まあ、いいけど)
 そんな一言で済ませてしまうあたり、貴裕も結構な『浩隆マニア』なのだが、本人に今いちその自覚がない。
 ぐちぐちと中で動く太くて硬くてやわらかいその感触を感じながら、貴裕はこの仕事が早く終わらないかなあと、最終的にそんな事を考えた。
 結局仕事になってしまうとこうして気が散ってしまうから、家に帰ってちゃんとしたいと思うのだ。感じるのなら演技交じりのそれよりも、何も考えずにいられるほうがいいに決まっている。
「……かい、ちょっ……なに、考えてんの?」
「え……あ……ああっ!? な、なん、もかんがえてなっ……あっあっ!」
 頭の中で別の事を考えている間にも、口からはひっきりなしに喘ぎ声がもれていたと言うのに、浩隆は貴裕の意識が別の場所に行っている事をわかっていたようだ。
 うそ、と言いながらずんと奥まで突き上げられて一瞬息が止まる。目を見開いたその視界の中に浩隆の顔が映り、涙にぼやけるそれをみあげながら大きく息を吐き出すと、ゆっくりと腰を揺すりながら両手を繋がれた。
「ああ、あ……んっ……あんン……はぁっ……あっあっ……あっ!?」
 奥を小刻みに突いた後ずるりと抜き出されて、追いかけるように腰が浮いた。
「や、やぁ……いれ、て」
「なにを?」
 お願いだからと縋る声を出せば、ねとりと耳を舐めた浩隆が問いかけてくる。
 そのままぱくりと耳を食べられて、耳に直接響く水音を聞きながら貴裕は喘ぐ。
「……もっ、だっ……ああ、あっ……それ、それぇっ」
「それ、ってなに? わかんないよ」
「なか、なかはいってるの……かたい、やつ……あっ」
「かたいやつってなに?」
 ほら早く言ってといいながら、浅い入り口をぎりぎりのところで抜き差しされると、跳ね上がる腰が止められなくなる。
 両手を床に縫い付けるようにして手をつながれているから逃げる事もできず、決定的なものをもらうこともできないから苦しくて、貴裕は喘ぎ声にまじりながら直截な単語を口にした。
「……――ん、いれ、てっ」
「きこえない」
 もう一回。と言われて首を振る。
 だが嫌だと首を振って涙目で見上げても許されず、ついにはどこに何を入れると言う事を直截な言葉をいくつも使って言わされた。
「もう、も……っくぁ、あ、あ……!」
 もう言ったから入れて欲しいと視線で訴えたすぐ後に、ゆっくりと中に入り込んでくる熱がある。その硬直を感じた貴裕は目を見開いたまま背中を仰け反らせて、びくりと腕を跳ね上げた。
「いっ……あっ! あ! んん……!」
 指先を本棚にぶつけて目を閉じた瞬間、大きく突き上げられた。
 そのまま打ち付けるようにして揺さぶられて、肌がぶつかる音と粘つく水音がひっきりなしに耳に届く。
 あたりまえだがその音に比例して、中で動かれればそのぶん快楽も増していく。
 中で脈打つそれを締め付けてしまうのはもう無意識で、痙攣じみた動きを繰り返しながら貴裕の腰は揺れていた。
「ああ、あっ……あん……あっ、んん……んぅ……ん、ん!」
 喘ぐ口を塞がれて、舌を吸われる。息苦しさと突き上げられるその感覚に耐え切れずに涙が零れて、その涙は貴裕の首筋を濡らした。
「かい、ちょ……こっち」
「……え? あ、あ……」
 ぐっと腰を持ち上げられて、脚の位置を変えられて、横から。
「……っあああ! あ! っは、あぁ、あっ!?」
 当たる位置が変わって、そうしようと思っていなくても勝手に体が逃げようとした。
「ん、ふ……ぅ……あっあっ、ああっ!」
 伸びる指先に自分の指先を絡めた浩隆が、耳朶を噛みながら「だめ」と呟き、ゆっくりとぎりぎりまで引き抜いた後一気に突き入れてくる。
「んん……ぅ、っ……んんん!」
 指を口に含まされながら突き上げられ、必死にその指をしゃぶっていれば、ぐるりと中を回した後再び位置を変えられた。
 後ろから奥まで突き入れた後、中でぬるまったぬめる液体を掻き出すように、音を立てながら動かれて腰を抱かれた。
「あ、っは……はぁ、あァ、ア……んン……!」
 手前に来た本棚に指をかけて上体を持ち上げると、そのまま抱き起こされて口に指を含まされながら浩隆の上に座らされた。予期していなかったそれに体を支えきれずそのままずぶずぶと奥まで入り込まれて、かはっと息を吐き出しながら衝撃に近い快感をなんとか耐える。
「あ……あ、だめ、まっ……ああっ、あんン! んっ……っふ、あ、あ、あ」
「やめない。会長ここすごく気持ちイイよ。音してるの、聞こえてる?」
 ぐちゃぐちゃと腰を回しながらぱくりと耳を口に含んだ浩隆に言われて、涙をこぼす目をうっすらと開きながら貴裕はこくこくと頷いた。
「も、もお……いく……いっ、あ、あ、あ」
 首を左右に振りながら腕を伸ばして、掴んだ先にあったのは棚ではなく本の背表紙だった。
 角の部分を掴んでしまい、床に音を立てて本が落ちる。
 支えを失いがくんと落ちた体を浩隆が支えて、首筋に唇を押し当てた。
「もうちょっと、我慢して」
「……っ! や……やめ……」
 首筋に唇を押し当てたまま、脊髄に響くような声を出されてぞくぞくした。
 そのまま腰を支える腕が強くなり、立ち上がらせるように気がついて貴裕ははっと目を見開かせる。
「や、だ……っ、たっ、立って、とか……そと、見えっ……あっああ!」
 がくがくと震える足はろくに立つ事もできず、浩隆に支えられてその動きと同じように体も揺れている。
 必死にしがみつく場所は本の入っている棚の一部だけで、指先しかかけられない貴裕がその不安定さに怯えながら振り返れば、唇を塞がれた。
 窓の外は運動場と言う設定で、じっさい撮影所の前にも運動場がある。そこでは別の撮影が行われているらしく、わいわいと声が聞こえてきた。
「んん……んっ、ん!」
 無理な角度でのキスは苦しく、きつく目を閉じていれば腰を支えている腕が胸のあたりまで上がってきて、貴裕を立ち上がらせた。
「あ……な、なに……? や……」
 中で存在を訴える硬直を引き抜かれて振り向かせられて、抜くのは嫌だと訴える。
「すぐするから……手、こっち」
 腕を首に回してと言われてその通りにすると、右足を抱えられた。
「あ……あああ……んんッ!」
 そしてぐっと押し込まれていく感触に喉を反らせて声を上げると、左足にも手は伸びて抱え上げられる。
「……え……あ、あっ……ああ、あああッ!」
 両足を抱え上げられて、貴裕の体は再びがくりと沈んだ。
 一気に入り込んだその衝撃に貴裕は目を瞠り、その後しばらく声も出ない様子でがくがくと震える。その脚の間には白濁が流れ落ち、それを見た浩隆は小さく笑った後、貴裕をすぐ後ろにある机へと下ろした。
「もうちょっと我慢って、言ったのに」
「……っあ、ごめ……っん!」
 肌に落ちた白濁を指で掬い取られた。汚れた指先を舐める仕草を見ていられずに、捕まる必要のなくなった両手で目を塞ぐ。だがそれを見た浩隆は、面白くないと言うような気配を漂わせてぐっと腰を押し付けてきた。
「……っぁ! や……」
「会長、まだ俺、おわってない」
 まだしても平気? と耳元で問いかけられ両足を抱えられて、もう首を縦に振るしかできない。
「……ひ、ァ……! あっ、あっ、あっ!」
 がたがたと机が音を立てて動くほどに揺さぶられて、貴裕はきつくその机の端を掴む。
 中に取り込んだそれが熱くて硬くて、ずるりと擦り上げてくる感覚がたまらず、口が「あ」の形に開いたまま閉じられない。
「会長、かいちょ……ねえ、これ、どう?」
「……んっ、んっ、あ……や、おく……奥、あつ、あつ……い……!」
 ぐっと押し付けられたそこはぴったりと重なっている。下生えの感触があって、最奥まで入り込んでいるのを知って、貴裕の体はたまらず大きくしなり、机の端を掴んでいた右手が浩隆の腕を掴む。
 そのままぐちゃりと音を立てて腰を回されて、ゆったりとした動きであるにもかかわらず、衝撃を受けたかのように体ががくんと大きく震えた。
「あっ、あ……ん! あっあっあっあっ……や、お……き」
「きもちいい?」
「んっんっ、んん……いっ、いい……あ、イイ……っそこ、そこ」
「どこ? いっぱいしてるからわからないよ会長」
 もっとかき回して欲しいと泣きながら腰を浮かせて自分で回した。
 ぷつりと立ち上がったままもどらない胸の上を舐められて声を上げ、自分で吐き出した体液でぬめる脚の間を弄り回されて喘ぎは悲鳴に変わる。
「ひァッ……や、あっ、も、だめ……ま、また……アッ、も……や、いっ、いって……ッア!」
「ん、あと、少し」
 がくがくと揺さぶられ震えながら、助けてと叫べばキスで口を塞がれた。
 差し出した舌を甘く噛まれて喉声を上げる。上からも下からも水音が聞こえて、それすら煽る材料になる。
 抜き差しを繰り返されるたびに体は震え、抜ける瞬間には体内にある硬直を逃がすまいと内壁が狭まり、入ってくるとそれを喜んで締め付ける。
「あっ……あ、も……だっ……んん、ん! や、いく、いくいく……ああっ、いく、いっちゃ……うぁっ、あ、あうっ!」
 ずるずると中を擦り上げるそれも膨れ上がって、限界を訴えるように震えるのがわかった。
 浩隆も額に汗を浮かべながら眉を寄せて、もう自身を追い上げるためだけに腰を揺らしている。
 がくがくと揺さぶられながら細く開けた目で浩隆の顔を見上げて、その瞬間なぜか酷く穏やかな気持ちになった貴裕の顔には、セックスの最中とは思えないような柔らかい笑みが浮かぶ。
「……っう」
「あ!」
 その笑顔を見た瞬間、驚いたような顔を浩隆は見せて、きつく目を閉じる。
 その瞬間中でぐっと膨れたそれがぬめって熱いものを溢れさせて、貴裕も同じものを再び溢れさせた。
 力尽きたように覆いかぶさってきた浩隆が、貴裕だけに聞こえる声で反則だと呟いてくるのには笑ってしまった。





 *   *   *





 撮影が終了すると、おつかれさまーと声をかけられた。
 机の上から浩隆に手をひっぱって起こされつつ声の方向を見れば、浩隆の前に相手をしていた男――確かこの人の名前は『浅都』だった気がする――が身支度を整えた状態でひらひらと手を振っていた。
「おつかれさまです」
 未だ半分以上裸の貴裕は、疲れたからだでのろのろと服を着替えながら頭を下げた。
 もう彼は帰ってもよかったはずなのにと思っていれば、その答えをくれる質問を浩隆がした。
「あれ、別の仕事はいってました?」
 笑顔だったけれど、浩隆の声には「なんでここに居るんだ」と言う含みがある。
 独占欲が強すぎるのも問題だと思いながらも、それがわかるのは自分だけだからと何も言わず、貴裕は答えを待つ。まさか待っていたなんて事はないだろうと思っていたのだけれども。
「いいやー、仕事相手に挨拶は基本だろ?」
 そのまさかだったようで、それを告げられた男ふたりは目を見合わせる。
「いやあ、いい顔するよねー。なんか俺本気になっちゃいそうだったよー」
 あははははと笑いながら語る浅都の言葉に、一瞬浩隆の目がぎらりと光ったような気がしたが、見えないように蹴ってやったら治まった。
 仕事相手に対する単なる冗談だろうと視線で訴えれば、でも、とうろつくのが見えたけれど、それは無視して貴裕は笑ってみせる。
「ありがとうございます。浅都さんもおつかれさまでした」
 にこりと浮かべる笑顔は余所行き顔で、浩隆に向けてはあまりしない顔だ。
 それを向けられた男は一瞬驚いたような顔をしたけれど、その後すぐに笑って言う。
「まあ次回もまた、よろしく」
「はあ……」
 まるで次が決まっているかのような言い方だと思ったが、とりあえず曖昧に頷いておけば、それじゃ、とあっさり去っていく。
「……タカ、あいつと次の仕事きまってんの?」
 案の定と言うか、振り返れば浩隆は不機嫌そうな顔をしていた。
 だがそんな予定はないので首を横に振れば、浩隆は振り返って浅都が消えていったドアを睨みつける。
「……なんにもしてないだろ。喧嘩売るなよ、ヒロ」
「しねえよ」
 ドアを睨みつけながら否定したところで全く信用できない答えを返されて、貴裕は腕を組んで苦笑する。
 浩隆と言う男はとにかく貴裕に対しての独占欲がひどい。
 だから何をするか不安にもなりつつ、だがそれだけのものを抱いてくれていると言うのが少しだけ心地よくもあるから厄介だ。
「……タカはおれのだかんな」
「はいはい」
「言い寄られても捕まっちゃだめだかんな」
「はいはい。帰るぞ」
「危なくなったらちゃんと俺に言えよ?」
「わかったわかった。おつかれさまー」
 少ないスタッフに手を振りながら貴裕が歩き出せば、後から浩隆もついてきてなにかぼそぼそと言っているが全て無視した。
 あまりにも煩くて廊下の途中で振り返れば、いきなりの貴裕の行動に驚いた浩隆がいっぽ後じさる。
「……ヒロくん」
 にっこーりと笑顔を浮かべてみせれば、さらに一歩後ろに下がるから、一歩前に出て貴裕はずいっと顔を近づけてやった。
「そんなに心配なら今すぐここで別れてやるからついてくるな。それが嫌なら黙って帰る。どっちかにしろ?」
 そう言ってやれば、浩隆はこくこくと頷いた後もう言いませんと両手で口を塞ぐから、今度は機嫌の良い笑みを浮かべて貴裕は再び踵を返す。
「なんか買って帰ろう。腹減ったよ」
「じゃああれだよ、駅中に美味そうな惣菜屋ができたからそことか」
「なんでもいいよ。荷物よろしく」
 くすくす笑いながら、貴裕は疲れたからと荷物を全部浩隆に放り投げる。
 変な事言ったからこれぐらいはかまわないだろうと、バッグを抱えて追いかけてくる浩隆にむかって早く来いと笑いながら手を振った。



 幸せな彼等にひと騒動起きるのは、もう少し先のこと。
 もちろん今の彼等がそれを知る由もない。




 END