――――――――――――――― 幸福記念日





 とにかく浩隆は幸せの絶頂だった。
 幸せすぎておかしな夢を見るほどには。





 *   *   *





 嫌だと拒む声を無視してその体を棚へと押しつける。
 押さえつけるように脚の間へと無理矢理体を押しつけてキスをすれば、嫌だと言いつつも貴裕は拒まない。
「……んん!」
 時刻は6時を過ぎて、図書室の使用時間はもう過ぎた。
 残っているのは浩隆と貴裕のふたりだけで、夕日の差し込むその中には、ごまかしようもない空気が漂っていた。
「ちょっ……浩隆、やめっ……!」
 口付けをほどいてボタンをはずしにかかる腕を止められるが、元々の体格差などが幸いして、浩隆にとっては些細な抵抗にすぎなかった。
 無理矢理に近いながらも、最後の最後で貴裕が抵抗をしない事を知っているから、浩隆は強気だ。
「なあ、貴裕……しよ?」
 すっごいしたい。そう耳元で囁くと、ばか、と弱々しく文句があった。
 未だ抵抗は続いているけれど、あと少ししたら落ちると言う自信がある。
 ボタンを外す手は途中で止まり、開いたそこに現れた乳首に指を這わせれば、小さく呻きながら貴裕は目を閉じる。
 嫌だと言いながら、本当はしたがっている事なんてバレバレだ。
 それでも抵抗するのはここが学校だからだろう。
 そんな事、と思いながら浩隆は貴裕の背中に腕を回して、腰から下へと手のひらを移動させながら耳にキスをする。
 ちゅうっと吸い付くそれに貴裕の体が震えて、小さな、本当に小さな悲鳴が上がった。
「……っ、ひろ、たか……も、やめ……」
「やだ。するよ」
 俺したい。
 断言しながら、合わさった腰を擦り付けて動かすと、もうごまかしようもない声があがった。
「……っあ!」
 びくりと震えて揺れた腰に気を良くした浩隆は、ゆるゆると腰を動かしながら、耳を食んで手のひらを開いたシャツの中に入れて肌を撫で回す。
「……っ、ん、んん……や、め……」
「もう誰もいないから」
 そんな問題じゃないと切れ切れに反論されて、でももう止まらないしと悪びれずに宣言して、今度はベルトを外しにかかる。
 息を荒くし始めていた貴裕は、嫌だと小さく告げながら、外そうとする浩隆の手に自分の手を重ねて、止めようとしているのか促しているのかわからない力加減で押さえてくる。
「もういいじゃん。腰振ってるの誰? ほら、脱いで」
「……んん! でも……あ……っ」
「でもじゃない。ほら早く」
 ズボン下ろして、と囁けば、もう貴裕は逆らわずに手を離した。
 そのまま下着も下ろせばそこはもう熱を持って湿っていて、触れた瞬間に貴裕が背中を反らせる。
 自分のズボンも下ろし、同じようになったそれを擦り合わせれば、唇をかみ締めた貴裕の口から、堪えきれない声が漏れる。
「……っぁ、ああ……あ……」
 落ちた、と思ったのはその目が虚ろになりはじめたからだ。
 どろりと溶けそうな視線を送る先は、ふたりの体の間。擦り付け合うそれを見ながら小さく唾を飲み込む姿は、普段教室で見かけるような清廉な印象とは真逆の艶かしさがある。
「あ……あー……も、もう……」
「ん?」
「も、だめ、だ……っ」
「もう?」
 立っていられないと浩隆の腕に縋りながら、貴裕はがくがくと脚を震わせていた。
 握っているそこからはどろどろと溢れるものが増えて限界を訴えていて、ぬるつく音も酷くなる。
「も、でる……はな、はなせ……っァ!」
 手を離せと言う声も聞かず腰を揺する動きを強くすれば、呆気なく貴裕は射精した。
 どろりとした白濁が浩隆の手に流れて、そのまま呆然となった貴裕は、浩隆にしがみついていなければそのまま床にへたりこんだだろう。
「はは、いっぱい出た」
 手についたそれを見て笑いながら言えば、ばちんと頬を叩かれる。
 いたいよと言いつつも笑ったのは、正直言えばさして痛くもなかったからだ。
 そのまま力尽きて立っているのがやっとの貴裕の腰に腕を回し、濡れた手を奥へと進めれば、弾かれたように貴裕が目を見開いた。
「……っあ! だっ、やめっ……!」
 それは本当にやめろと激しく抵抗しだす貴裕を押さえつけながら、貴裕が濡らした指先をゆっくりと埋めていく。
「あ……あ……!」
 体を押しつけて抵抗を抑えているから顔が見えないのが残念だった。
 それでも耳元で聞こえる艶かしい声に満足しながら性急に指を動かして中を拡げる。
「……んン!」
 声を堪えるために抵抗ができないのをいい事に、浩隆は口元に笑みを浮かべながら指を動かした。
「……ア……はぁっ」
「貴裕、な……いい?」
 もう入れたい。そう告げると、もう我慢ができなくなったのか貴裕もこくこくと頷く。
「も、もう……だ……あぁ、あ……」
「ん」
 少し腰をかがめて、拡げた貴裕の脚の間、その奥へと腰を進めていく。
 濡れたその場所を先端でつついて押し進めようとして―――……。





「起・き・ろ・コラァ!!」





 *   *   *





「うわあああああっ!?」
 耳元で聞こえた貴裕の声に驚いて悲鳴をあげつつ、浩隆はがばっと勢いよく起き上がって目を覚ました。
「……あ、あれ?」
 ぱちぱちと瞬きをして辺りを見ると、何故か枕を手にぜぇはぁと肩で息をしている貴裕の姿。
「あ……あー……ええと、タカくん怖い顔」
 えへへ、と笑ってごまかすように告げたのは、今まで見ていたものが夢で、さらにその夢の内容が貴裕に筒抜けになっていただろう事が容易に想像できたからだった。
「言いたい事はそれだけか」
 ずしんと響く重低音。貴裕の機嫌は最悪のようで、ぽいっと枕をほおった彼は仁王立ちで見下ろしてくる。
「ああ……ええと、ごめんなさい?」
 あははは、と乾いた笑いを漏らしながら浩隆は頭を下げた。
 ほんとごめんなさい、と妄想垂れ流しの夢を見たことを詫びれば、はぁとため息をついた貴裕がベッドの脇に腰掛ける。
「それで? 今度は何考えてたんだよ」
「え? あー……あはは、いやその」
「珍しく名前ちゃんと呼んでたけど。何、学生時代にでも戻った?」
「あ、あははは〜」
 笑いながら否定しないのは、その通りだったからだ。
 指摘された通り、最近のふたりは互いを「ヒロ」「タカ」と呼ぶ。呼びなれたそれでなく、貴裕と呼んでいたのは学生時代の間だった。
 付き合い始めて一週間。もしも学生時代に告白して付き合っていたら、色々アレやコレやできてたんだろうなあと思ってしまったらこれだ。
 我ながら想像力たくましい。と言うか、その妄想を見事に当てる貴裕も何と言うか。
「俺って愛されてる?」
 にやけながら呟けば、どこかに置いたはずだった枕が飛んできて思いっきりぶつかった。
「ぶっ。ひっどーい」
「ひどいのはお前だろ? 勝手に妄想でもしてオナってろばーか」
 言葉とは裏腹に楽しそうに、貴裕は部屋から出て行ってしまう。
 その背中を見送った後に枕を拾っていたら、キッチンの方からいい匂いがしてきて、貴裕が朝食を作ってくれていたのだと知った。
「……ふふふふ」
 一緒に暮らすようになって一週間。
 案外と普通で、しかも色々文句が多く遠慮がない貴裕を見ていると、ラブラブ気分だったのは自分だけかと思っていたのだが。
「なあんだ。うん、そうかそうか」
 ぐへへへ、と相好を崩しながら枕を抱きしめて笑うと、再び足音が聞こえた。
「なにがそうかそうか、だって?」
 フライ返しを手に戻ってきた貴裕がため息交じりにそんな事を言って、早く来いと促してくる。
 はあいと返事をして立ち上がり適当に服をひっつかんで着替え、顔を洗ってリビングに行けば、テーブルの上でいい匂いをさせるベーコンエッグとサラダが待ち構えていた。
 席につくと同時にトースターが音を立てて、焼きたてのパンが現れる。
「毎度の事ながら神業だねぇ」
 一緒に暮らし始めてから3日ほど経った日から、毎度毎度このタイミングでパンが焼きあがるようになったのだ。
「ヒロはいつも行動が同じだからわかりやすいだけだよ。起きたら一回呆けて、俺が呼びに行った後にパン焼けばその間に起き出してくる」
 ただそれだけ。と、さも当たり前の事のように言うが、それでも神業だと思うのだ。
 他人をよく見ていなければそんな芸当ができるはずもない。それとも、相手が自分だからだろうか、とそんな事を考えてまた顔が崩れる。
 そんな浩隆の顔を見た貴裕が
「売れっ子男優が台無しだな」
 しれっとそんな事を言ってパンをかじる。
「タカの前だからに決まってるだろ。少しは幸せかみ締めさせてくれよ」
「俺が見てない所でだったらいいよ」
「つれないなあ。……うんまあ、おいおいでいっか」
 とりあえず今はいただきまあすと両手を合わせて、浩隆はいい匂いをさせているベーコンエッグをパンにのせてかじりついた。
「ん、美味いね」
 一口を味わって飲み込んだ後、にこりと笑ってみせれば何故か貴裕は気まずそうに視線を逸らし、その意味を知っている浩隆はひとつ笑った後に次の一口をかじる。
 貴裕はどうも褒められたり、好意を直接ぶつけられたりするのが苦手らしい。
 生来の性質と言うよりも、色々な状況からそうならざるを得なかったという印象を受けたのだが、その原因がなんなのかはまだ浩隆は知らない。
 それについてもまあおいおいで、とりあえずは今そんな表情を見られる幸せをかみ締めようかと思う。
「なあなあタカ。今度遊園地行こうか遊園地」
「なんで?」
「恋人記念と言う事で。ここはやっぱデートのひとつでもしなきゃ男が廃るってもんだろ?」
 色々な段階をすっ飛ばして同棲まで至ったから、デートもしないままだった。
 そんな事をふと思い出しての提案だったのだけれど、シャイな貴裕くんは一瞬だけ笑みを浮かべてこんな事を言う。
「はいはい、いつかね」
 はぐらかすようにしながら立ち上がり、さっさと食器を片付けてしまう貴裕は、もう朝食を食べ終えていた。
 浩隆も残りを3口で食べて立ち上がり、食器を片付けてからいいじゃんいいじゃんと繰り返したけれど、結局約束をとりつける事はできなかった。



「それじゃ当面の目標はタカくんと一緒にデートをすると言う事で」



 そんな宣言をしながら、浩隆は仕事に向かう。
 行ってらっしゃいのちゅーをねだってみたら殴られて、背中を押されながら外に出れば、バタンと音を立ててドアが閉められる。さらにがちゃんと鍵まで閉められて。
「あーあ締め出されちゃった」
 笑いながらそんな事を呟きつつ、いってきまーすとドアの向こうに立っているだろう貴裕に向かって挨拶をして、スキップしそうな機嫌のよさで浩隆は仕事に向かった。
 ついでに携帯を取り出して、カチカチと打ち込んでメールを送信。



【いってきまーす チュッ( ´з`)ノ⌒☆】



 その数時間後にメールが返ってくることになるのだが、それを見た浩隆は見た瞬間に腹を抱えて「最高!」と叫びながら笑い転げた。
【阿呆】と一言。それだけかとおもいきや。
 スクロールしないと見えないほどに改行された最後の行に



【いってらっしゃい (ノ_-;)ハア…】



 の文字。
 とりあえずこれだけで丼3杯はいけると思う。

 そんな今日は、幸福記念日と言う事で自分の手帳に書きとめておく事にしよう。






 END