――――――――――――――― キミと俺との再会劇::後編::
招かれたのは2LDKのマンションの一室だった。
ほんの少し前に買ったばかりだと言うその部屋は真新しく、ひとりで住むには少し広すぎるように感じた。
実際一部屋は使っていないと説明され、中も何もないままの真新しい部屋だった。
何に使うのかと聞いてみれば、そのうち本の置き場に困るからと答えられて一応納得したものの、それでもやはり広いと思う。
「……なんか寂しいな」
ぽつりと一言、浩隆が呟く事ができたのは、家主が風呂場へと姿を消しているからだった。
とても一人暮らしとは思えない2LDK。
通されたリビングは広く『多分』をつけなくても、これは家族用の間取りだと一目でわかる。
どうしてそんな場所を選んだのかと小首をかしげてみても、その問いに答える主はいないし、言ったとして答えてくれるかどうかも不明だ。
「……いやあれじゃどうやっても答えないな絶対」
うん、と腕を組んでうなずいたのは、さっきもそうだったけれど、いやによそよそしい空気に頑なな貴裕の様子を見たからだ。
警戒心むき出しというか、警戒と言うよりも怯えというか。
「昔はあそこまでひどかなかったよなぁ?」
うーん、と唸りながら浩隆の首の角度はどんどん深くなっていく。
離れていた数年、一体貴裕に何が起きていたのだろうか。いや、それよりも。
「そもそもあんまり知らねーか」
学校に居た頃、ほんの少しの間仲間内の中にひっそりと居た貴裕の姿しか浩隆は知らないのだ。たったそれだけの情報で、彼らしくないと思うのはどうだろう。
浩隆よりも貴裕の方がこの世界での芸暦は長い。だから貴裕の身に何が起きていてもおかしくはないと浩隆は思う。
最近はそうでもなくなってきたとは言え、やはり色々な事情を抱えている人がこの世界には多いのだ。
「どうしますかねぇ」
呟きながら浩隆はきょろきょろと辺りを見渡した。
部屋に入るなり浩隆を放置して風呂場へと消えた男は、好きにしていいよと言い残して言ったから部屋の中には特になにもないのだろう。それを物語るかのように、部屋の中には必要最低限の生活用品と、他に目立つものはと言えばCDと本だけだ。
(……クラシック好きなんかな)
そう思ったのは、積み上げられているCDケースがクラシックのCDばかりだったからだ。本はと言えば、ジャンルも作者もサイズもばらばらで何が好きなのか推測できなかった。
「あーあ」
なんでかなぁとため息をついたのは、この後どうしようかと戸惑っているからだった。
ここまで来る事を目標としてきたけれど、さてその目標が達成されてしまうとその先が見えない。
「……まさかいきなり、ねぇ、言う訳にもいかないっしょ」
ため息をついたのはここまで来て喜んだのもつかの間、この先どうしようかと言う難問が降りかかってきたからだ。
「最初から知ってたとか……ねぇ……」
実を言うと、浩隆が貴裕の仕事のことを知ったのは再会したあの時が初めてではないのだ。
大学時代のサークルで冗談半分で見たゲイビデオに映っていたのが貴裕だったのには心底驚いた。そして以降。
「追いかけてきたとか、そんなストーカーっぽいのなんか、ねえ?」
無理っしょあれは。と、そんな考えが自分の口から駄々漏れになっている事など知りもせず浩隆が考えているとだ。
「何だ、知ってたんだ」
そんな声が聞こえてばっと浩隆は振り返った。
目を見開いて勢いよく振り返ったそこには、ジーパンに上半身裸でタオルを首にひっかけた貴裕の姿があった。
色々な意味で驚いて口をぱくぱくさせていると、さっさと横を通りすぎた貴裕が、部屋の隅に置かれたカラーボックスからシャツを取り出して羽織る。
あまりにあっさりとした反応に、浩隆は何も言えずただ苦しそうな鯉のように口を動かすしかできない。
「……あ、ええと、あー」
「なに?」
何か言おうとしながら、それでも言葉が見つからず冷や汗をかいていると、さらりとした声で返事をしながら貴裕が振り返った。
ボタンも留めないままのシャツから肌が覗いている。何も着ていないよりもその方がやばいと思うのは気のせいなのだろうか。
ほんの一瞬、その肌に気をとられた浩隆が硬直していると、ああ、と貴裕が笑った。まるで誘うかのように、艶やかに。
「やりたい? いいよ? 別に」
「……はあ!?」
くすくす笑いながら、来たばかりのシャツを脱ごうとするその姿に目を瞠りながら、何だそれはと立ち上がって脱ごうとする貴裕の腕を掴むと、掴まれた貴裕が首をかしげた。
「なに?」
「なに……って、お前それ俺の台詞だから」
何いきなり脱いでんの、と早口に言えばだってと貴裕は言う。
「したいんじゃなくて? セックス」
「は?」
「俺んち来たヤツみんなそうだけど」
そうじゃないの? と笑う貴裕の姿に浩隆は衝撃を受けた。
なんだそれは、と思う。そんな奴らと一緒にするなと叫ぼうとして、けれど何か壊れたような笑みを浮かべる貴裕には言えなかった。
艶やかな笑みではあったけれど、貴裕の目には失望のようなものが浮かんでいた。
お前もそうかと言われているようで悔しくもあり、けれどその姿は浩隆の目には痛々しくも映る。
「貴裕」
「なに」
「……」
「何? 黙ってるなら離してくれよ」
これ、と貴裕が視線で示したのは掴んだ腕。離す事ができずに唇をかみ締めて、その後浩隆は問いかけた。
「お前今までなにしてきたの」
その問いかけに、ほんの一瞬だけ貴裕は目を瞠り、けれどまた笑って知ってるじゃんと答えた。
「AV撮ってるよ。ゲイ専門のネコで」
「そう言う話じゃないってわかってんだろ」
こっちは真剣に聞いてる。と、微妙に視線をずらして笑っている貴裕の顎を掴んで引き上げ、無理矢理視線を合わせたらその顔に浮かんでいた笑みが凍りついた。
「……じゃ、どう言う話したら満足するんだよ?」
「そんなの知るか。っつーか俺がほんとに言いたいのはそのクソむかつく笑い方やめろって話だよ。なんだその体目的のヤリチンみたいな扱い。人の純情踏みにじるってなら俺も怒るっての!」
昔の俺知っててその扱いかよと吐き捨ててみれば、貴裕は今度こそ驚いたように目を瞠る。そして「純情って」と呟くから、やけくそになった浩隆は言った。
「何だよ悪いかよ。ゲイビデオ見てお前に勃って今更みたいに自覚して、追いかけてやっとここまで来たんだよ! 体目的で何年も追いかける必要がどこにあんだよ! セックスなんか年中やってるんだよAV男優なんだから!」
それぐらいわかれよばかじゃないのお前、と叫んだ声に、貴裕はぽかんとした顔になった。
そのまま何も言わずにただ固まっているから、掴んでいた顎を離した手の甲で軽く叩く。
「わかったか? ばか貴裕」
ぽかんと口を開いたままの下唇を引っ張ってやりながら笑えば、その手を払った後にようやく貴裕は口を閉じる。
「……わかったけど、じゃあなんで?」
セックスしたいんじゃなければ、なんで来たのと貴裕は言った。
その言葉に浩隆の眉はぴくりと跳ねる。ここまできてそれを言うかと再び怒鳴りかけて、しかし貴裕の表情に浩隆の怒りは寸でのところでなりを潜めた。
「お前まさかまだわかってないとか言う?」
「なにを」
きょとんと見上げてくる貴裕の視線に、浩隆は困った。これは困った。
まさかここまで言って理解されないとは思いもしなかったのだ。
「……いや、えーと、あー……まじで?」
そう言う天然くんだった訳? と言えば、何を言っているのかわからないと言う表情までされてしまった。何だそりゃと頭を抱えれば、なんだよと言われる。
後から思えばこれは、貴裕の長年の経験で染み付いた無自覚な思い込みによるものだったのだろうけれど、今の浩隆にはそれを知る術もなく、ただがっくりとうな垂れた。
「……うん、まあいいや、うん」
「だから、何」
「あー……なんつーか拍子抜けしたっつーかね?」
「は?」
「とにかくもう、あのね、俺別にお前とセックスしたくて来たわけじゃないから」
そりゃできればしたいけど、とそんな事を考えたのは秘密にしておく事にした。言ってしまえばまたややこしい事になるに違いない。
「ふうん。じゃ、なにしにきたの?」
痛いから離してと言いながら、貴裕は未だ掴まれたままの腕をはらってあっさりと浩隆から逃れて背を向けた。
その時動いた貴裕の唇の動きに、浩隆は目を瞠る。
* * *
よかった、と無意識に貴裕は唇を動かしていた。
今にも泣き出しそうになったのを堪えて浩隆に背を向けた。
(なんだよ……なにこれ)
誰かに対して安堵を覚えた事など何年ぶりだろうかと思うほどに久しぶりのことだった。
ましてや泣きたくなるぐらいに「よかった」と思った経験などないに等しい。
浩隆の独り言を聞いた瞬間、ああまたかと思ったのだ。
ここ数年は誰ひとりとして自分の部屋に上げたことなどなかった。
外ではやさしい人が、自分だけの空間に招き入れた瞬間に豹変する事があると知って以降、滅多に貴裕はそれをしなくなった。それでも時折人恋しさで飢えて助けを求めれば、なぜかまた同じ結果に陥った。
そんな事ばかりが続いて、さすがにもうだめだと学習してからは、誰一人として自分だけの空間に入れる事はなかった。もう自分だけの場所には誰も入れないと決めていたくせに――そうだ、そんな決意をしていた癖に、どうしてかあの時貴裕はそれを忘れて、浩隆を部屋に招いた。
もしかしたら高校の頃の、あの僅かに楽しかった記憶が脳裏をちらついてトリップしていたのかもしれない。あの頃の記憶は――たとえ友人たちと距離を置いていたとしても――楽しくてとても大切だったから、きっと警戒が緩んでしまったのだ。
そして心のどこかで今度は大丈夫だと思って部屋に入れてみたらあの台詞で。
やっぱり同じかと絶望して、知っているんだったら再会したあの時の会話は縁起だった訳かと思った。
元々そのために来たんだったら、現状が酷く変化してしまう前に差し出してしまえばいいと、最悪一歩手前で被害を留める手段を学んだのはいつの事だったか。
自暴自棄とも言える貴裕の態度に、だが何故か浩隆は怒った。
怒って否定してくれたことが嬉しくて、何故か顔が火を吹きそうなぐらいに熱くなる。
なぜかぶるりと震えた体を暖めるように手でさすって、貴裕は涙を堪えた。
怒った後の、がっくりと肩を落とした浩隆の言葉の意味がよくわからなくて、でもそれどころではなくて、貴裕は浩隆に背を向けたまま動けない。
(……なにこれ、顔熱い)
何かおかしいと思った。
こんな経験は終ぞした事がなかった。ただただ嬉しくて泣きそうで、でもどうして嬉しいのか、どうして泣きそうなのか意味がわからなかった。
(どうしよう、どうしよう)
振り返れない。何も言えない。
これでは浩隆が不振がるだろうに、何も言えない。何もできない。
誰かどうすればこの場が丸く収まるのか教えてくれと心の中で叫んでも、教えてくれる人が居るはずもなく、ただ沈黙だけがその場を支配していた。
そして何秒、何分経ったのかもわからなかったけれど、その沈黙を破ったのは浩隆の方だった。
「あのさあ」
「……なに?」
「俺ね」
振り返れないまま、返事だけはしなくてはと出した声はそっけなく、仕事場で愛想を振りまくのは得意なくせに、こういう所ではまるで役に立たないと落ち込みかけているその背中に、浩隆はなぜかすっきりとしたような晴れやかな声で続けた。
「貴裕の事、好きなんだよ」
聞こえた声には、ただただ目を瞠る事しかできなかった。
* * *
言ってしまおうと決意をするよりも早く、かってに言葉は口から漏れていた。
だってなんかほら、かわいく思えちゃったりしたのだ。貴裕が。
(いや好きだとは思ったけどさ。かわいいと思ったのは初めてだわ)
なにこれ、と思ったらするりと言葉が出てしまっていた。
俺ね、と呟いた後に返ってきたのはそっけないぐらいの声だったけれど、何かを堪えているような震えに気づいたから、何を思うよりもほほえましくなった。
貴裕の事、好きなんだよ。
そう言った瞬間にびくりと震えて、多分驚いているんだろうなと思いながらおかしくなって浩隆は笑った。
直前までは告白しようなんて微塵も考えていなくて、むしろどうしようとうろたえていたくらいなのに、何故かするりと出た声には自分でも驚いた。
多分言っても大丈夫だろうと意味不明な確信を、浩隆は持っていた。
貴裕の気持ちなんてこれっぽっちも知れないが、多分自分は大丈夫な気がした。
(なんか、いいや別に)
自分が好きなだけでもなんとなく満足できてしまう気がした。
とりあえず言っておきたかったんだなと後から納得して、ふうと息を吐き出した後に、おそるおそると言った様子で振り返った貴裕と目が合う。
思わず反射で微笑めば、ぎっと貴裕はにらみ返してきて、なんだなんだと思っていれば、一歩踏み出した貴裕に胸倉を掴まれた。
「……なにそれ」
恐ろしく低い声で問われた声に、浩隆はすっきりした気分のまま答えた。
「うん? 言った通りだよ。俺お前の事好きなの」
「……好き?」
「そー。浅生浩隆は吾桑貴裕の事が大好き、です。」
にこにこ笑って言えば、ぐり、と手首を捻って、掴んだ服がねじられた。
「ちょ、くるしいって」
離せと言っても貴裕は聞かない。
両手を肩にかければ、びくりと貴裕は震えた。
「な、苦しいから離してくんない?」
俺なにもしないよと言いながら、腕をはずそうとするりと移動させれば、その感触に驚いたように、弾くようにして貴裕は腕を離した。
その反応に拒絶を見て、浩隆はほんの少しだけ眉を下げる。
「あー……えーと、うん、俺帰るわ」
「え?」
戸惑うような声に、浩隆は少しだけ無理をしつつ、笑顔で答えた。
「無理言って悪かったよ。なんか昔みたいでちょっとハイになったんだ」
再会したあの瞬間に、学生時代の感覚を思い出して家に行きたいなんて言ってしまった。思い出してみれば結構迷惑な行為だったと気持ちは沈んで、ついでにあの拒絶するような離れ方にさらに追い討ちをかけられて、よくよく考えてみれば自分でも断ると思って落ち込んだ。
自分が好きならそれでいいとは思うけれど、やっぱり断られるのは怖かった。
だからとりあえず、言うだけ言って去ってしまおうと思ったのに。
「……あれ?」
つん、と服がひっぱられて、背を向けて去ろうとした浩隆は立ち止まる。
ひっぱられた場所を見れば、右肘のあたりの服を白い手がつまむようにして持っていて、そのまま腕を辿って顔を見れば、何故か貴裕は真っ赤になっていた。
(あれ……?)
なんだこれはと驚くよりも早く、服を掴んでいた手が一度離れて、今度はがしっと腕を掴み、浩隆の体を引き寄せる。
「……!?」
こらえる事もできずにたたらを踏んでよろければ、今度は両手で頬を挟まれて視界がさえぎられた。何で視界がさえぎられたのかわからないまま硬直していれば、あたたかい。
(なんで……ってああ、キスしてんのか……って、あれ?)
唇が重なっているのにぼんやり気がついて、一瞬後に目を瞠る。
見開いた目に映ったのは肌色で、それが誰のものなのかは言うまでもない。
ほどなくして離れた貴裕は、怒ったような顔で視線をそらせた。
それが照れ隠しであると反射で感じ取って、今度は浩隆がぽかんと口をひらいたまま動けなくなった。
「……あれ?」
ようやく出た声がそんな間抜けなもので、二枚目が売りの男が形無しだと、自分の中の冷静な自分が言う。
「えっと……?」
何も言わない貴裕に、浩隆は困り果てた声を出した。
今の行為は自分にとって都合のいいものとして受け取ってもいいものか。
「……ええと、貴裕」
「……」
「聞いちゃっても、い?」
「……」
何も言わない貴裕に向かって、どきどきしながら浩隆は続けた。
「あのさ」
つまり、あれか。
さっき弾き飛ばすようにして離れたのは、拒絶ではなくて。
「貴裕は、俺の事……」
そこまで言ったところで、びくりと貴裕は震えた。そしておそるおそる向けられた視線に、浩隆は思う。
(俺の都合のいいように取っていいんだよな?)
いいって言え。そんな風に思いながら浩隆は聞きたい最後の一言を続けた。
「どう思ってる?」
どきどきした。
小さい頃、初恋の子に告白した時みたいに。
ほんの少しだけ前かがみになって顔を覗き込んで、確信と一緒に答えを待った。
視線をうろうろさせて困ったような表情を浮かべた貴裕に向かって笑ってみせれば、びっくりしたような表情を見せて、それから腕を伸ばしてくる。
それと同時に貴裕の唇が動くのを見て、浩隆は多分今までで一番の笑みを浮かべた。
伸びてくる腕を捕まえて、耳元で聞いた言葉は浩隆がここ数年ずっと夢に見ていた言葉とは違ったけれど、嬉しいものだった。
まさかこんなに早く夢が叶うなんて思わなかったと笑いながら、浩隆はしがみついてくる貴裕の背中を叩く。
顔を見るなと押し付けられた場所は、じわじわと温かいものが滲んできて、濡らすなと笑う。
「なあなあこれって両思い?」
笑いながら言えば、腕が伸びてきて頬を抓られた。
「いひゃい」
文句を言いながらも笑っていれば、顔を上げた貴裕にさらにもう片方の手も加えて抓られる。なあにと目顔で訴えれば、貴裕が怒ったような顔のままで答えた。
「そうだよ!」
涙にぬれる服に顔を押し付けたまま貴裕は叫んで、震えたままのその声に浩隆は笑った。
とにかく幸せで笑った。
* * *
「なあんてこともあったねぇ?」
くすくす笑いながら浩隆が呟いたのはベッドの上で、その声を聞いた貴裕は、浩隆の下からべちんとその顔を殴った。
ベッドの脇にはカメラがあって、一年前再会劇の再来のような状況だ。
違うのはこれが再会ではないことと、ふたりの気持ちのありようだろう。
「いやあまさかタカとこうなるとは思わなかった」
「それは俺の台詞だよ」
「うん?」
「まさかクラスメートが同業になってるなんて思わないだろ? 普通」
「ん? まあそりゃそうだろね。俺ストーカーだから」
くすくす笑いながら服を脱がせて、軽くキスをした。
カメラが回ってしまえば貴裕が仕事モードに切り替わってしまうのを知っているから、いちゃいちゃできるのもそれまでだ。
「……前から思ってたんだけど、ヒロってバカだよな」
「愛に生きる男と呼んでくれたまえ?」
「それがバカだっつってんだよ。ばーか」
「だって事実だし? っつかタカくんこそよくあそこで俺と両思いだとか言えたよな。普通断るって絶対」
「……あー、それはー」
くすくす笑いながら耳元に倒れこんで言ったあと、気まずそうな声がして浩隆はさらに笑った。
未だあの再会劇を思い出すと、貴裕は恥ずかしがるのだ。なにやら色々思い出す事があるらしいのだが、何をどう恥ずかしがっているのか聞いても教えてくれない。
その辺りかわいいなあなんて思いながら、ちゅうと首筋に吸い付くとすぐに頭を叩かれた。
「あイテ」
「このくそバカ。仕事にならなくなったらどうしてくれる」
「んー? 俺としてはそっちの方が燃えちゃうんだけどなあ?」
「阿呆! いい加減にしろ!」
「あいててて、おいおい今度は本気で俺が仕事できなくなるからヤメテお願い!」
にやにや笑ってした会話のあとに、ぼかすか殴ってくる貴裕の拳を止めようと腕を動かしながら、浩隆はあはははと笑っていた。
がんばってよかったなあとしみじみ過去の自分を褒めつつ、これからも仕事を続ける限り色々あるだろうなと思って、これからの事に不安もよぎった。
だけど多分、目の前に居る男は非常に頑固で実は人見知りで警戒心が強いから、なんとかなっちゃったりもするんだろうなと思ってにへらと相好を崩すと貴裕に睨まれてしまう。
「なにその顔」
しまりのない顔に、貴裕は眉間に皺を作ってみせて、そっちこそこれ何よと、その皺を押してやると、視線を合わせてお互い笑った。
「あーもうしゃべってると時間無駄にするからお前黙れ」
「やーだよー。タカくんがお仕事モードになりきらないようにもっとしゃべりますー」
「こら!」
べちんと貴裕の開いた両手が浩隆の頬を襲って、イテ、と叫ぶと貴裕がにやりと笑って、浩隆がぎくりとすると、くすくす笑って耳元で囁いた。
「いい子にしてたらご褒美あげるから、仕事しなさい」
笑った貴裕が、腕を伸ばしてカメラのスイッチを押す。
赤く点滅するランプが録画が始まったことを教えて、貴裕の表情は変わってしまった。ゆっくりと目を閉じるそれは、すっかりお仕事モードの表情だ。
あーあと残念に思いつつも、しょうがないと浩隆も頭を切り替える。
それでもほんの少し悪戯心が芽生えちゃったりとかして。
「タカ、大好き」
小声でそんな事を呟いたら、殴れない代わりにむすっとした声で「仕事しろ」と返された。
なんだかなあなあのような、よくわからないような状態でくっついたふたりは、とりあえず一年経った今でもこんな感じで仲良くしている。
先のことを考えると不安だらけのような気もするが、結構凸凹うまい具合に嵌っている気がするのだ。なんとなく。
「ま、とりあえず俺がタカ好きだって思ってれば問題ないっしょ」
とは浩隆曰く。
「とりあえずヒロ以外家に入れる気はないし」
とは貴裕曰く。
まあなんだかんだで、砂を吐くような甘さと言う訳で。
どちらの「あそう」も日々幸せをかみ締めていたりする。
基本的に怒号の飛び交う部屋だったりするけれど、まあそこは愛のなせるわざと言う事で。
とりあえずの予定は、今後もずっと幸せだと言う事だ。
END
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実は浩隆が追いかけてましたと言う話。
無自覚なだけでどっちも学生時代から好きだった訳であります。
勢いだけでくっつきました。