――――――――――――――― 涙と君と  後編





 からりとドアをあけると、部屋の隅で体育座りをしてがちがち震えている貴裕が居た。
 図書室を模したそこは、ここ数日ずっと舞台となっていた場所だった。
 並んだ本棚の一番奥、そこに蹲って貴裕は震えている。
 そこに近づく浩隆の姿を映すカメラがあるけれど、そんなことなどもう浩隆は考えていなかった。
 口元に柔らかい笑みを浮かべながら、浩隆は貴裕に近づいていく。
 その足音で浩隆だとわかったのだろう。貴裕はびくりと震えて、けれど顔を上げようとはしなかった。
「先生」
 撮影中だから、呼び方は先生のままだ。
 それでも浩隆は『貴裕』に向かって呼びかけていた。
 これからしようとする事に、きっと貴裕は驚くだろう。けれどやめる気はない。
 ちょっとした悪戯心も芽生えて、なんだか楽しいなぁと思いながら、浩隆は貴裕の前に座って言った。
「ねえ先生、ショックだった?」
 その言葉は台本どおりのものだったけれど、意味はまるで違うものになっている。どこまでも柔らかくなる自分の声に、ああやっぱりすきなんだなあと浩隆は思う。
(やっぱ貴裕がいいや……)
 普段全然そんなそぶりを見せてくれないくせに、ふいに、こんな風に好きだ好きだと全身で訴えてくる貴裕が好きだ。
 TPOがどうだとか、羞恥心がどうだとか、外聞にこだわる貴裕が、自分が原因でこんな風に取り乱す瞬間がとても好きだと思う。
(すごい、俺のって感じ)
 こんな時だけ、貴裕は自分のものになる気がする。
 本当はいつもそうであって欲しいと思うのだけれど、それでは貴裕が怒ってしまうから、こんな時ぐらいいい目を見てもいいんじゃないかな。
 そんな事を考えながらそっと貴裕に触れると、その手をぱしんと弾いた後に貴裕は顔を上げた。
「触るな……汚い……っ!」
 ぼろぼろと涙をこぼして服を濡らしている貴裕の言葉はきちんと『台詞』だったから何も傷つく事はなかった。
 今にも縋りつきそうなその衝動を堪えているのは一目見ただけでわかる。だから。
「ねえ先生、俺の事好きだよね?」
「……!?」
 笑って台本とは違う言葉を告げると、貴裕は目を見開いて驚いた。
 展開が違うとでも思っているのだろう。
 こんな時まで仕事をしようとするのは恐れ入るけれど、生憎浩隆はそうではないのだ。ごめんなと考えながら、浩隆は貴裕の手を取る。
「ねえ、好きだよね。流されてるのじゃなくて、先生俺のこと好きだろ?」
 目を見開いている貴裕の手を自分の頬に寄せて口付ける。その感触に怯えたように震えた貴裕の手が、おずおずと、触れている浩隆にしかわからないような微妙な動きで頬を撫でる。何かを確認するような仕草。
「先生、俺本当に先生の事が好きなんだよ」
「……っ、あんな、コト、してた癖に……っ」
「あれは遊びだし……というか、先生に、妬いてほしかっただけなんだけど」
 台本にはない台詞は、浩隆の本音だった。
 あっさりこの仕事をOKしたのは、現場を見た貴裕がちょっとぐらい嫉妬してくれたりしないかなあなどと思っていたからだ。
 貴裕の反応がこれほど大きかったのは予想外だったけれど。
「妬い……!?」
「だって先生、絶対俺のコト好きなのに違う違うって言うから、ああすれば本音、言ってくれるかなと」
 言わばショック療法という奴。と言って見せれば、貴裕が目を吊り上げた。
「不誠実な人間なんて、大嫌いだ……!」
「でも先生、俺のコト好きでしょう? セックスしてる時すごくイイし、よく俺の事見てた」
「……!?」
「バレるの怖いなら、犯して気持ちよくしてあげる。嫌がるフリすればいいよ。だけど否定しないで」
「……な、に言っ」
 台詞が違う、という言葉が貴裕の顔にありありと浮かんでいた。
 どうしたらいいのかわからないという表情に、大丈夫だからと笑みだけで答えて、浩隆は続けた。
「ねえ先生、俺ずっと無理やりやってきたけど、本当に好きなんだ。たまには俺の言葉、信じてよ」
 お願いだからと言いながら、貴裕の事を抱きしめる。
 未だ震える体をなだめるようにさすり、誰にも聞こえない声で大丈夫、と囁いた。
「……な、に言って」
「先生、俺真剣だから、先生もちゃんと答えてくれよ」
「……だっ、だって!」
「だってじゃなくて、俺の事、好きでしょう?」
 違う? と問いかけて浩隆は答えを待つ。今の貴裕なら、自分が望む答えをくれると確信していた。そしてそれは気のせいなどでないのだと、背中に回された腕で知る。それでもなお、貴裕は好きだとは言わなかった。
「でも……お前と俺じゃ」
 だんだん浩隆が考えている事が理解できてきたのだろう。台詞にアドリブが入り、焦らしてくる。もう震えも涙も止まっていて、代わりに貴裕は背中に回した腕に、痛いほどの力に乗せて文句を伝えてくる。
「だから、バレたら俺が無理やりってことにしていいよ。それに第一、バレなければいいんだし」
「そんな……っ!?」
「どっちにしろ、俺が卒業したって誰にも言えないんだし、それ考えたら、そんなのどってことない」
「そんなこと……っ」
「全部俺のせいにしていいよ。そうしたら先生、なんにも傷つかなくて済む」
 悪いことは全部俺にかぶせてしまえばいい。それは常日頃から浩隆が考えている事だった。そんな事を言ったら貴裕には殴り飛ばされるだろうけれど、貴裕が傷つくぐらいならそれでかまわないと思う。
 自分が何されても、貴裕が無事ならいい。貴裕が一番大事だと言う言葉は、嘘でもなんでもなく、事実だ。
 ふ、と口元に浮かべた笑みを見て、貴裕の目が見開かれる。そしてその後、貴裕は腕をつっぱって浩隆から離れていった。
「俺がっ」
 叫んで貴裕は一度止まり、大きく息を吸い込んでもう一度叫ぶ。
「俺、が! 生徒に全部をなすりつける人間だと、思ったのか……!」
「そうじゃない」
「でもそうだろう! 今お前が言ったのは、そう言う事だろう!?」
 悲愴なまでの叫びに、また貴裕の目からは涙がこぼれた。
 今この状況全てを、自分のせいにしてしまえと考えていた浩隆の思考を貴裕は完全に理解して、怒っている。
「違う」
「何が違う!? 俺が……俺がお前の事好きなの知ってる癖に、お前に全部被せて知らないふりしろって言うのか!」
 そんなの無理だと小さな声で言って、貴裕は顔を伏せる。
 何度も何度も零れ落ちる涙を手で拭って、しかしそれは止まらない。
 しゃくりあげるほどになった時に、浩隆はその頬に手を寄せて顎を上向かせ、唇を奪う。
「……っ」
 軽く啄ばんだだけのキスに貴裕は酷く驚き、そのせいで涙もひっこんだ。
 視線を合わせた浩隆はにやりと笑って、言ったなと言う。
「……え?」
「俺を好きだって、言った」
 言質はとったぞと言う顔をして、腕を取って引き寄せる。
 大人しく抱きしめられた貴裕の背中をなで、そのまま首筋に指先を滑らせれば、びくりと震えて潤んだ目を浩隆に向けてくる。
「もう一回言ってよ」
「な、にを……?」
「好きだって。俺も言うから」
「……っ」
「早く」
 そしたらキスしてあげると笑って言うと、顔を赤く染めながら貴裕は目を閉じる。そして小さな声で好きだと言った。
「……んん!」
 勢いづいて唇を重ねて、薄く開いた唇の中に舌を忍ばせれば答えてくる。
 うなじに指先を這わせてやると小さく震えるのは感じているからで、ひきよせ、押し付けあった腰はもう熱を持っていた。
(……ちょろいなぁ、俺も)
 貴裕に対してだとこんなにも簡単に火がつく。
 それは誇らしくもあり、また困ったものでもある。
 貴裕には言えないが、彼の出演AVをやたらと見るのは、本人にそれを向けないための抑制でもあるのだ。きっと全部を向けたら、貴裕の体は耐えられないだろうから。
 ぷちぷちとボタンを外していくのはふたり同時だった。
 切羽詰ったように服を脱がせて、現れた肌に忙しなく口付ける。
 吸い付いて痕を残せば小さく声を上げて貴裕はしがみついてくる。早くも息が上がって、潤んだ目は情欲で濁っていた。
「……も、だめだ……し、して」
 頼むから、と腰をこすりつけてくる動作に喉が鳴る。
 こんな風に求められるのは本当に久しぶりで、こっちの方が参ってしまいそうだと思いながら、浩隆は貴裕の体を押し倒して噛み付くようにキスをした。






 その後はもう、カメラの存在も忘れてしまいそうなぐらいにどちらも夢中になってセックスをした。
 貴裕の脚の間にある性器を口に含めば、そこらの女よりも色っぽい声が聞こえてくる。ああ、ああ、と何度も喘ぐそれに煽られながら、硬くなったそれを口で扱いて舌で丁寧に舐め上げていく。
「あっ……ああ、ん……ぁん、ん……そ、こ……っ!」
 ぬぎかけのままのシャツを握り締めながら貴裕は首を振り、腰をがくがくと揺らしている。
 突き上げてくるようなその動きに合わせて口を動かしながら、言われた場所を執拗に舐めると、助けてと貴裕は言う。
「や……っ、い、く……いきそ……っだめ……っあ! あ!」
 だめ、だめと何度も首を振りながら髪の毛をつかまれて、痛いと顔を上げると、ひくひくと腹を痙攣させながら貴裕はもうだめだからと泣いてせがんできた。
「も、いれ……いれて」
 我慢できないと言う、後ろの奥に指を這わせれば、それだけで貴裕の体はびくりと震えて応えた。
 白い体は浩隆の指が触れるだけで感じるようで、びくびくと体を跳ね上げながら全身で浩隆を誘ってくる。
「あ……ああ、は……はいる……」
「入れるよ」
「……んっ、うん、ん……あああ……ああ……」
 指先に力を込めて押し込めば、そこは吸い付くようにうねって浩隆の指を絡め取るように動いた。吸い込むような動きを内壁が見せて、浩隆の指は力をこめなくてもゆっくりと奥に入っていく。
「ああ……あ……」
 貴裕は目を閉じながら浩隆の腕を手で撫でて、何度も喘ぐ声と息を吐き出して震えた。
 くちゃくちゃと音を立てて指を動かし、貴裕が好きな場所へと指を進めていく。このへん、と指を動かした場所は正解で、辿り着いた瞬間に貴裕は悲鳴のような声を上げた。
「あああっ!? あっあっ! だ、めっ……ああっ、あーっ!」
「せんせ声大きい。見つかるよ」
 少し声小さくして、と囁いても貴裕は首を左右に振るばかりだ。
 自分ではコントロールできなくなっているらしく、浩隆にしがみついているその指先が、時折引っ掻くように背中の上を動いている。
「じゃあキスしよう」
 口塞ごう、と告げて唇を重ねた。
 舌を出してきたのは貴裕の方で、ぱくりと食べるように口の中に含んで、いいように絡めて、ほんの少しだけ歯を立てる。
 その間も後ろに埋めた指は中を擦り上げて、キスの最中に三本まで増やした。
「あっ、あっ……や……だ、もっ……もういっ……もういいっ!」
 指で広げたそこはひくひくと痙攣をして、さらに大きなものを求めて疼いている。きゅうと締め付ける動きを指に感じると、浩隆も我慢がきかなくなってきた。
「ね……先生、してくんない?」
 これ、と示したのは張り詰めたズボンの中身。
 ふっとそこに視線を寄せた貴裕は、文句を言う事なくそのファスナーを下ろして前をくつろげ、現れた屹立に舌を這わせていく。
 浩隆はその舌の感触にびくりと腰を震わせ目を眇めた後に、入れたままだった指を動かしその中をゆっくりと拡げるように動かしていく。
「……っん! んん! ぅん!」
 淫らに腰を蠢かせながら、それでも貴裕は口を離すことはなかった。
 派手な水音を立てながら、見せ付けるように口を上下させる。
 普段とやり方が違うのは、カメラがあるせいなのだろう。
 貴裕のセックスは、仕事とプライベートに結構な差がある。
 本人はあまり意識していないのだろうが、カメラがあると『見せる』ためのセックスになってしまうのだ。反応が大げさだったり、声が大きくなったり。
(それも、いいんだけど……)
 やっぱり自分だけ見てくれるいつものがいいなぁと思いながら、浩隆は後ろに含ませていた指を引き抜く。
「……んぁっ!」
 ぬるまったジェルの糸を引きながら離れた指を貴裕の顎に当てて、そこから頬を撫でた。自分を含んだままの唇を撫でれば、当たる指が気持ちいい。
「もっと音、出して吸って?」
 いつものがいいとは思うのだが、一応お仕事なのでやることはやっておかねばなるまいと注文をつければ、貴裕はその通りにする。
「……っ、あ……せん、せ」
 吐き出す息に混ぜて上を見てと言うと貴裕は首を振り、逆に俯いてしまう。
 うずうずと腰が揺れたのを浩隆は見逃さず、じゃあもういいからこっち見てと笑うと、頷いた貴裕は口を離し、ほんの少しだけ息を荒くしながら浩隆を見た。
「……んっ、は……ぁ、も、もう」
「入れたい?」
 唇を拭く貴裕に問い掛ければ、小さく頷いて答える。
 笑みをうかべた浩隆がキスをしようとするが、貴裕は眉を寄せながら顔を背けてしまう。どうしてと思えば、小さく。
「舐めた、から」
 だめだと言って貴裕は浩隆の唇をその手で塞いでしまう。
 その手を掴んでどかしながら、その腰を引き寄せて、貴裕が拒むよりも前に口付ける。
「……ん! っだ、めだ」
「だめじゃない。ちゃんと、入れてあげるから」
 だからキスしようと笑って、唇を重ねる。
 今度は拒むことなく受け入れられて、何度か啄ばんだ後に貴裕を押し倒す。
 自然と貴裕の手が背中に回り、きゅうと抱きしめられる。
 あやすように頭を撫でた後に、ゆっくりと浩隆は腰を押し進めていく。
「あ……ああ……き、もち……い」
「せんせ、入るよ……っ中、すご……っ」
「んんん……!」
 吸い込まれるようにして入る中は、びくびくと震えて浩隆を飲み込んでいくようだった。
 奥まで入り込んだ後、浩隆は腰を打ち付ける。好きだよと何度も呟いて、ぼろぼろと涙をこぼす貴裕の頬を拭い、これがふたりきりだったらもっとよかったのにと思う。
 ごめんなと囁くとなんでと貴裕に問われ、浩隆はただ笑う。

 やっぱり貴裕がいちばん好きだ。

 そう思って口付け、貴裕の深い場所を味わうように腰を揺らした。
 悲鳴を上げるように貴裕は喘いで、自らも腰を揺らして答えて、その背中に縋ってくる。
 もっとしてという声に煽られながら、勢いが止まらず、強引に抜き差しを繰り返して、貴裕の声を聞きながら同時に果てた。
 荒い息を繰り返す貴裕の唇に何度も口付けて味わう。
 肩を上下させる貴裕が視線を向けて、泣き濡れた顔のまま笑った瞬間に、死ぬかと思うぐらいに嬉しいと思った。






 ところで、撮影現場でのやりとりはしっかりスタッフたちに見られていて、事情説明をしようにもどう言ったらいいのかわからずしどろもどろになっていたら、所長にふたりの関係を暴露されてしまい、ふたりはそろって目を見開いた。
「ちょっ……所長!?」
 笑ってけろっと「おつきあいしてるんだからしょうがないわよね」なんて言った所長に貴裕が食いつこうとするが、よろけて浩隆に支えられ、あらお熱いなどと逆にからかわれてしまう。
「こ、れは仕事で……!」
「やーねぇ、仕事なんてまるっきり忘れてたくせに」
「忘れてませんっ!」
 激しくてよかったわぁーなんて体をくねくねしながら言ってほしくない。周りもそう思ったようで、さり気なくスタッフたちの視線は反らされていく。
「そーお? ま、こっちとしては売れてくれればそれでいいんだけどね」
 いいもの撮れたわよ、と所長は笑いながら貴裕に歩み寄り、その頬にちゅうっと吸い付いてきて、驚いたのは本人ともうひとり。
「なっ……!?」
 貴裕を支えている浩隆も目を丸くして、なにやってんですかと叫ぶと、じゃあヒロちゃんにもなどと笑って、所長は首筋に吸い付いてきた。
「いっ……!?」
 強く吸われて痛みを感じ慌てて所長から離れると、支えられていた貴裕が目を見開いて驚いたあとに、その目をきつく吊り上げた。睨まれながら、今のは俺が悪いんじゃないぞと浩隆は同じく視線で訴える。
「なにすんですかっ!」
「お詫びのしるしってやつよ」
「は?」
 にやっと笑った所長は、だがその後すぐに表情を改めて貴裕へと向き直った。
「タカちゃん、ごめんなさいね」
「……や、所長は悪くはないです」
「ううん、デリカシーに欠けてたわ。この埋め合わせはちゃんとするから、許してね」
 ごめんなさいと謝られ、貴裕の方こそ気まずそうにすみませんと頭を下げた。いつかはこうなるだろうと予測していたのに、我慢できなかったのは自分だと。
「それはいいですから……自己管理できなくて、申し訳ないです」
 すみませんとうな垂れた貴裕の髪を、所長はゆっくりと優しく撫でた。いいのよ、と言われて貴裕は所長の顔を不思議そうな目で見る。
「恋愛にはトチ狂っていいのよ。そういうの嫌いじゃないわ」
「……所長」
「もう帰っていいから、今日ぐらい甘えなさい」
 ご苦労様。そう笑って所長はふたりから離れていく。
 ひらひらと手を振って部屋から出て行き、それを見送ったふたりは顔を見合わせて苦笑した。
「あの……ごめん、ヒロ」
「んー? なんで?」
「いつも偉そうな事言ってるくせに、仕事もちゃんとできなくて」
 心底申し訳なさそうに眉を下げる貴裕を見て、かわいいなぁと思う。
 嬉しかったのだから、そんなに謝らなくてもいいのに。
「あのさ、タカ」
「なに……?」
「家、帰ろうか」
「え……? うん」
「それでいっぱい、色々しよう」
 セックスだけではなくて、話もしたいし、沢山やりたい事はある。
 今日ぐらいは甘えてしまえという所長の言葉に、貴裕は頷いてくれるだろうか。
(……今日ぐらいは、いいよな)
 べったべたに甘やかして、どこにもいかないようにしたって文句を言われないだろう。あとは本人次第で、できれば拒まないでほしいなぁと浩隆は考える。
(飯食って、いっぱいいちゃいちゃしよう。そんで、ちゃんとしよう)
 撮影ではなくて、いつも通りに貴裕を抱いて、滅茶苦茶になるまで感じさせてやりたい。名前を呼べるセックスがしたい。
「んじゃ、おつかれさまということで」
「え、ちょっ、うわっ!?」
 うん、と頷いた貴裕を抱きかかえて、おつかれさまーとスタッフの間をすり抜けていく。
 未だ驚きの抜け切っていないスタッフたちは、あわててお疲れと返してきて、それがおかしくて笑ってしまった。
 多分今後何か言われたりもするのだろうが、貴裕が傷つかなければそれでいいと浩隆は思う。
(ほんと俺、貴裕が一番すき)
 いちばん大事。
 そう思いながら、おろせおろせと叫ぶ貴裕の声を無視して、貴裕は笑いながら自分の車のある駐車場へと向かう。
 帰ったら嬉しかったと言ってやろうと思う。
 また貴裕は泣くかもしれないけど。




 END



意外と純情な貴裕くん。