――――――――――――――― ただいま。



 最悪だとひとしきり落ち込んだ一縷は今、例のメイド服を脱ぎ、メイクも一生懸命落としてシャワーを浴びてすっきりしていた。
 ただしすっきりしたのは外見だけで、心の中はずどんと奈落の底へ落ちている真っ最中だったが。
「あああ……」
 ここから出たらどういう顔をしたらいいんだろう。
 そんな事を悩みながら、脱衣所で頭を抱えて蹲る。
 まさかあのタイミングで店長が帰ってくるとは思わなかった。
 というか正直、三日目に帰ってくるとは思っていなかったのだ。
(3日店番て言うから、絶対4日目の朝に帰ってくると思ってたんだよ……)
 頭を抱えた今の気分は、壁に頭をがんがん打ち付けてやりたい感じだった。
 まさか、あの店長に、不可抗力とは言えあの女装姿を見られてしまうとは。
(一番見られたくなかったのに……)
 なんで俺はあそこで着替えるのを了承してしまったんだ。そんな後悔をしたところでもう遅い。
 見られてしまったのは、エスパーでもない一縷には、どうやっても消せない事実だ。いっそ自分が消えてしまいたいと思う。
 だがこうやってうずくまっていてもそんな願いが叶うはずもなく、そしてこのまま蹲り続けていれば、店長が心配するだろうという予想もついて、結局一縷に残された選択は、立ち上がって脱衣所を出て、店長の居るリビングに戻るという事だけだった。
「……ああ、ほんとにもう消えたい」
 ぼそぼそと呟きながら台所に立ち寄って飲み物を取り、店長が居るリビングに戻る。
 1時間前の10時で店は閉店していて、この家に居るのは一縷と店長のふたりだけだ。
 あれから店長は、茜と須々木に「いつもお世話になってます」と言うなんとも恥ずかしい挨拶をかましてくれて、その上色々と世間話やらお土産話やらで盛り上がってくれた。
 その間メイド服姿の一縷は放りっぱなしで、だが着替える事を茜が許してくれなかったから、まるで公開処刑される囚人のような気分を味わっていた。
 俺が何をしたと思いながらも、店長に
「せっかく着たのに着替えるの?」
 と言われてしまえば動けない。
 その店長はといえば、テーブルの上にお土産を積み上げてにこにこと一縷を待っていた。
 おかしの箱が大量。お守りに、縁結び○○と名のつく色々。
「……こんなに誰に渡すんですか」
 思わず突っ込むと、にこっと笑って店長は答える。
「一縷くん」
 にこっと笑って言われて、顎が外れるかと思った。
 お土産に総勢何万使ったんだこの人と考えた後、一縷は叫んだ。
「俺だけなのになんでそんなに大量!?」
「え、だっていっぱい売ってて目移りしちゃってさ。だったら全部買っていこうかなと思って」
「いやいやいや、ひとりに渡す量じゃないですよこれ」
「そう? お友達にわけてもいいんじゃないかな?」
 にこにこ笑いながらなんでもないような事を言われて、またしても一縷は頭を抱えた。
 なんだろうこの人。自分とこの店長ではものの価値観というものがまるっきり違うような気がしてきた。そもそも一縷にはこんな事をされる理由がないというのに。
「あ、でもお守りはひとつとっておいてほしいかな」
「え? 誰か渡す相手いるんですか?」
「うん。約束したから。あとは一縷くんにあげるね」
 にこにこと笑いながら、テーブルに並べられているお守りのうちのひとつを店長は取り上げる。
 約束とはなんぞや、誰に渡すんだとちょっと気になりもしたのだが、そんな事よりも。
「だったらその人にこれ半分渡してください。俺一人じゃ処理しきれませんて」
「ん? じゃあおかしもいっこつけようか」
「だから!」
 なんでこの人はこうなんだと思いながら、さっきまでの絶望感も忘れて一縷はぐちゃぐちゃと髪をかき回した。
 あああ、と唸り声を上げたあと、数秒して顔を上げる。
「店長」
「はい?」
「わかりました、今回はこれ全部俺がもらいます」
「うん」
 ちょっと凄んでみたりしたのだが、店長には全く効果なし。そして嬉しそうに笑うものだから力がぬけてしまった。
 だがこれだけは言っておかないとと決意して、一縷はだからと続ける。
「今回はちゃんともらいますけど、次回はあげる人ひとりに対してひとつにしてください。ひ、と、つ、で! いいですから」
 ひとつで、の部分に力を込めて一縷が言うと、店長はきょとんとした表情で座っているそこから、立っている一縷を見上げた。
 一体なんだと思っていたら、店長はその表情のまま首をかしげた。
「次回……?」
「へ?」
「つぎ?」
「……なんですか?」
 きょとんとしたまま問い掛けられて、意味がわからずとりあえず一縷も首をかしげた。
 しばらく無言が続いて、突然店長がへへ、と笑い出す。
「……なんスか」
「つぎ。そっか次か」
「……は?」
「あ、ううんなんでもないよ。ごめんね?」
「や、あやまらなくてもいいんですけど」
 一体何がそんなに嬉しいんだと首をかしげながら、一縷はテーブルの上にある大量のおかしをどうやって処理しようかと思う。
 おかきだのチョコレートだの地域限定ポッキーだのとある中に、縁結ばれもちだとか縁結び緑茶だとか恋の甘方薬(飴らしい)とか古代出雲縁結び米(米は嬉しい)だとか、随分とまああちらさんは縁結びで儲けているらしい。
「……ん? 島根って、行ったの出雲神社ですか?」
「うん。通ったよ」
「通ったって?」
「途中にあるからね」
「はぁ」
 相変わらずこの人の発言はよくわからない。
 とりあえず目的地に行く途中、神社に寄ったのは間違いないらしい。
「ねえ一縷くん」
「はい?」
「10月にまた行かないといけないみたいなんだ」
「ああ、はい。また店番ですか」
「うん、頼んでもいいかな?」
「どうぞ。でも土産はひとつで」
「はい」
 にこにこと嬉しそうに頷いた店長を見て、何がそんなに嬉しいんだろうと一縷は再び首をかしげる。
 まあ悲しまれるよりも喜んでくれるほうがいいし、悪い事ではないから別にいいのだが、やっぱり店長の思考は一縷には理解不能だ。
 理解しようとしているかと問われれば、していない訳なのだけれども。
「あ、そうだ。言い忘れてた」
「なんですか?」
「店番ありがとうございました。助かりましたご苦労さまです」
「ああ、はい。なんとかがんばりました。でもあとで色々報告とか聞きたいこととかあるんで、お願いします」
「はい」
 にこにこと笑う店長は幸せそうだったから、テーブルの上にある大量のお土産についてはまあいいかと一縷は思った。

 それから一縷はふと気付く。
 10月の別名はなんだったか。
(……あれ?)
 そしてその別名を、出雲では何と言うか。
(……んん?)
 ほんの数秒考えた後、にこにこと笑う店長の顔を見て
(まあいいか別に)
 自分には関係ないしまあいいかと思って、考えるのはやめた。
 とりあえず今一番の問題は、山積みにされた大量のおかしだ。
 どうやって処理しようかと思いながら、ふと明日の事も考える。
(朝飯なににしようかなぁ……)
 作る食事に制限がなかった三日間は終わりで、また明日から食べ物に悩まされる日々が戻ってくる。
 だがその日常が戻ってくるのがなんだか嬉しくもあり、一縷の口元にも自然と笑みが浮かんでいた。


「そうだ、店長」
「なにかな?」
「さっきはなんかあれだったんで。改めまして、おかえりなさい」
 改めて言って、ぺこりと頭を下げれば店長はまた虚を突かれたような表情をした後、小さな子供のように笑って答える。

「ただいま、一縷くん」

 その声がとても嬉しそうだったから、一縷は満足した。




 END






「ちゃんと約束のお守りも買ってきました」(by店長)
という訳でお約束していたあの方にあげたいそうです。


縁結び米とか甘方薬とかはほんとにあります。
出雲土産は縁結び○○だらけ。
お土産買うの初めてではしゃぎすぎた店長でした。