―――――――― いい加減にしなさい!





(早く終わんねえかな。ちょっと痛いんだけど)
 ガタガタと音を立てて軋むベッド。こすられるシーツの感触と、突き動かされる感覚にそんな事を思いながら、吾桑貴裕あそうたかひろは目を閉じた。
 元々色素の薄い髪は淡い栗色で、睫も長いし肌も白い。背は平均の成人男性よりも数センチ上だが、線が細いせいなのか、画面越しに見られるとやたらと低く見られる。
 顔も母や姉にそっくりな女顔で、会ったばかりの人には八割以上の確立で背の高い女だと思われる。
 そんな貴裕の職業はAV男優。もっと言うとゲイビデオの男優で、いわゆるネコという部類に入る。
 最近は女の子たちの間でボーイズラブブームというものがおきているらしく、狭かったこの業界の世界もだいぶひろくなった。
 ネットの有料動画サイトでは女性向けのボーイズラブ系AVの特集が組まれたりと、色々と市場にも変化がおきているらしく、最近の貴裕は大忙しだ。
 らしいと言うのは、貴裕にとってAVは見るものではなく作る、と言うか『撮られる』ものであるから、よく知らないのだ。
 正直撮られている側が何を考えているのか予測がついてしまうビデオになど興味はわかないから、『需要』の側の実態はよく知らないし、知りたいとも思っていない。
 だが、需要が増えれば供給の側も増えるという訳で、最近の貴裕には仕事がよく舞い込んで来る。
 そして今日も、撮影中という訳だ。
「あ…んん…!」
 撮影中の低い喘ぎ声。自分のその声を他人事のように聞きながら、貴裕は早く終わらないかなと心の中で再度呟く。撮影中に出す声の殆どは演技で、気持ちがよくても悪くても、それなりに声は出さなくてはならないから大変だ。それなり、の基準は人によって違うけれど。
 これは通常のAVでも変わらず、大体は見た目重視の体位を取るために、撮影向けのセックスは快感ばかりを追いかけてはいられない。
 男同士の場合は正常位で入れられれば当然腰を上げなければいけないし、脚もおそろしいほどに持ち上げられて開かれる。無理のあるその体勢を長時間続けていれば疲れるのは当たり前で、だがそれをしなくてはならない。
 気を使ってくれる相手なら、同じ正常位でも苦労が少ないように注意を払ってくれるが、今回はそうではなかったようだ。正直言って、苦しいばかりであんまりよくない。
 AVというのは受け入れる側の苦労よりも『見せる』事に注意を払う。だから正直言って快感などを感じるよりも苦しい事の方が多かったりするのだ。
(こんなので興奮する奴の気が知れん…自分でやってみろよ)
 あ、あ、と声を上げながら、頭の中は冷静にそんな事を考えて、ああ早く終わってくれないかなとまた思った。
「ここ? ここがいい?」
「んん…いっ…いいっ!」
 突き上げられる動きに悲鳴を上げそうになって、だがそれを根性でねじまげて『よさそう』な声を上げた。
 煽るための声は、相手を煽るものではなくて『見ている誰か』を煽るためのものだ。
 だから自分には全く効果がない。それでも感じなければいけないのだからむちゃくちゃな職場だといつも思う。そりゃあこんな事をしていれば感じる事がない訳ではないけれど。
(…やるけどさ。お仕事だし)
 今の貴裕が食べていけるのも、結構お高いマンションに住んでいられるのも、この仕事のおかげだ。だからそれなりに売れて、金をもらっている限りはきちんと演技してやる。それが貴裕のプライドだ。
(でも早くおわんないかな…)
 ちょっと痛いんだよな、この人。
 とか思いながら感じるフリをしつつ、貴裕は息を吐き出した。




「おつかれさまでーす」
 そんな声がしたのは、夕方を数時間過ぎてからだった。
 撮影は昼前から始まり、色々とやらされて、開放されたのがどっぷりと日が暮れてから。
 今回の企画は女性向けAVらしく、どうにも雰囲気重視らしかった。演技をしなさいと、ドラマ仕立ての台本まで渡されるのはさほど珍しい訳ではなかったけれど、これがまたやたらと長かった。
 しかも今回は、何故か貴裕は高校生。
 ここ数年着ることのなかった学ランを着せられて、ひん剥かれて突っ込まれて、しかもどうにも相性が悪かったらしく腰のあたりがずきずきする。
 それでもなんとか笑顔を保ち、現場を去って家に向かう。
 ああ終わったと思えばどっと疲れがでて、いつもなら使わないタクシーを使って家に戻った。

 マンションを買ったのはつい最近の事だ。
 それまでは、他の同年代に比べれば多少裕福程度だったのだが、いつの間にやら業界の中でトップクラスに入るぐらいに人気が出てしまった貴裕の給料は、いつの間にやら結構な額になっていた。
 そんなこんなで貯金は増える一方で、だったら賃貸より買った方がいいだろうとマンションを購入したのである。
 まあどこぞのセレブのような趣味もないし、さすがにそんな金持ちほどのお金はないので、成城だとかそんなお高い所ではなく、至って普通の駅に徒歩5分の少しだけお高めな2LDK。


「ただいまあ…」
 よろよろとしながら家について、ドアを開けるなり覇気のない声で帰宅の挨拶をする。
 ひとりごとではなく、今現在一緒に暮らしている相手が、この言葉をかけないとやたらと不機嫌になるのだ。
 その挨拶をしてから数秒と経たないうちに、リビングからひょいと顔を覗かせた男。貴裕の髪とは正反対の、漆を塗りたくったような黒髪をした彼が、今の同居人。正しく言うなら、同棲相手の浅生浩隆あそうひろたか
 家の中ではぼさぼさで、前が見えているんだかいないんだかよくわからないような髪型をしているが、整えればそれなりに美形になる。
 背も高く、体格もがっちりで、精悍と言っていい顔立ちとくれば学校の人気ものでモテモテな二枚目くんの出来上がり……だと思うのだが、何故だかこの男もAV男優だったりする。
 はじめましては中学の頃。ただの顔見知りだった2人が再会したのは、あろうことか数年後のAVの撮影現場だった。
 その時はお互い目を丸くして驚いた。再会した場所もひたすら気まずかった。
 再会場所ははゲイビデオの撮影所となるホテルで、当然男優2人がそろえば相手はお互い。
 お互い漢字違いで読みは一緒の苗字に、一文字入れ替えれば同じ読みになる名前。
『あそう』と呼ばれて同じく振り返った記憶が何度かあって、再会した時に同級生だったと気がつくのは早かった。
 だがそんなこんなでも仕事は仕事だ。なんとなく気まずいような思いをしながら仕事をこなして、何故だか今、2人はお付き合いなんて事をしている。それもおままごとではなく、結構真剣だったりするから人生どうなるかわかったもんじゃない。
「おかえり」
 おつかれさん、と玄関まで迎えにきてくれる浩隆の腕に助けられながら家に入ってリビングに入るまでは、よかった。
 だが廊下からリビングに続くドアを開けて、聞こえてきた音に貴裕はぎょっとなる。
 あああ、と言う声と、ガタガタと音を立てている机の音。
 テレビから聞こえてくるそれは明らかにどう聞いてもAVの音声で、そしてそれは。
「…ちょっ…ヒロ、何見て」
「ん? タカくんの新作」
 スピーカーから聞こえるのは明らかに自分の声。そして自分の姿が映っている画面を見た瞬間、貴裕はそれまでの疲れなど吹き飛ばすように飛び退って浩隆の腕から逃げた。
 だがそれも一瞬で、すぐに壁際においつめられてしまう。
「なーんで逃げるのさ」
「だっ…へんなモン見てるから!」
「ヘンなもんて…お前、自分のだぞ」
「じ、自分のだから言うんだよ! 大体なに、お前それ…」
 明らかに目の前に居る彼とは別の男を相手にしているビデオを流されて、しかも平然と見られて、正気を保っていられるほど貴裕の神経は図太くない。
 顔を赤くしたらいいのか青くしたらいいのかわからなくて、表情が定まらなくなった。
「やー百面相。かーわいいねえ?」
「かわっ…いくないッ! なんでヒロはそう…!」
「そう?」
 首をかしげられて、上目遣いに浩隆の顔を見た後、貴裕は小さく溜息をつく。
 ああもうどうして、この男は。
「とにかく、ビデオ止めて」
「やーだ」
「…なんで」
「だって見とかないと。タカが、俺以外の前でどんな顔してんのか」
「…は!? ばっ…なに!?」
「だって腹立つじゃない? 俺が知らないタカがいんの。だから見ておかないと。ねえ?」
「ねえって…ヒロだっておんなじような事してるじゃないか。綺麗な女の子とセックスしてるくせに。」
 仕事なんだからと、じりじり距離をつめてくる胸を押し返そうとして、けれど考えていたよりも力が強くて押し返す事ができなかった。
 浩隆は貴裕と違ってそちら専門のAV男優ではなく、『普通』もこなしている。綺麗な女の子とセックスして、女の子のかわいい喘ぎ声や姿も見て知っている癖に、何が『見ておかないと』だ。
「そりゃ俺だってお仕事だし。しますよ。けど好きな奴とのセックスは別ものでしょうが」
「そりゃ、そうだけど。だからってわざわざ他の相手とやってるとこ見るとか」
「だーかーらぁ、俺の知らないタカが居るのは、嫌なの。言ったでしょうさっき」
「…い、言ったけど。でもあれは演技だし」
「演技とか別にどうでもいいよ。見ないと気がすまないだけだ」
「だっ…から、見られるこっちの身にも…んんっ!」
 なってくれと言おうとして、急に唇をふさがれて言葉が途切れた。
 こじ開けるようにして進入してきた舌が、無理やり貴裕の舌を吸って絡めてくる。そうして自分の中に入ってこいと、誘われるまま浩隆の口腔に、そっと自分の舌を忍ばせればやわらかく前歯で噛まれて腰のあたりにぞわりと何かが這うような感覚がする。
「んっ…ふ、ぅ…ひ、ろ…っ」
「わかれよ。俺だけのもんにしたくてたまんないのに、我慢してるんだから」
「我慢、て」
「今すぐ仕事やめて、俺のとこに居てって言うの。我慢してるから、これぐらいは許せよ」
 言って浩隆は苦しいぐらいに貴裕を抱きしめる。
 一瞬息を詰まらせた貴裕は咳き込んで、けれど抱きしめる腕を弱めてはくれなかった。
「ひろ…っ、わか…けほ……わかったから、ちょっと苦し」
「だめ。わかってない」
 そのまま耳朶を噛まれて、ぞわりと全身が総毛立つ。嫌だからではなく、まったく逆の理由で。
「…っ……ひ、ろ」
 抱きしめて視界を塞ぐ浩隆の後ろからは、ひっきりなしに機械越しの自分の声が聞こえてくる。いたたまれなくて、ぎゅっと目を閉じると「開けて」と乞われた。
「今日、どんな事してきたの」
「……んっ…なんか、学園ものっぽかった」
「ふうん。じゃ、ブレザーかなんか着た?」
 問いかける合間に、抱きしめている腕が背中をさすって背骨のあるくぼみを撫でてくる。
 びくりと反応しながら頭を振って、ぼんやりしはじめた頭で貴裕は続けた。
「が、学ラン、だった」
「ふーん。それで?」
「それで、て」
「内容」
「…え」
「相手とか」
「……っ!」
 どんなだったの、と耳打ちされながら、きわどい場所を撫でられてぶるりと体が震えた。体中を撫で回す手が、片方胸に届いて、しつこく服の上からそこだけを撫でて、一瞬目を瞑るけれど、開けてというさっきの言葉を思い出してそろそろと貴裕は目を開く。
「ね、どういうの」
「…んっ……なんか、教師だった。相手の名前、言う?」
「や、それはいいや。見ればわかるし」
「見れば…って、だからそれは」
「やめないよ? 絶対」
 にこりと笑顔で断言されて、そんなと思いながら唇を噛んだ。
 その唇を舐めるように舌を這わされキスされて、自然と力が抜けて口が開く。
「ん……んん、ん」
「それで? 気持ちよかった?」
「…んー、なんか相性悪いっぽくて」
「痛かった?」
「ちょっと。ていうか、疲れた」
 今回のコンセプトは学園もののオムニバス。貴裕の出るものはその中のひとつで、教師と生徒。ついでに言うと強姦もので、最後は気持ちよくなっちゃう、と言うAVにありがちな内容だった。
「へえ、強姦、ねえ?」
「…え? あ、ヒロ?」
 強姦と言う言葉をきいたとたん、ぐっと低くなった浩隆の声にぎくりとなる。嫌な予感を覚えた瞬間にはもう遅く、腕を引かれてリビングの中央にあるソファーまで連れてこられて、その上に押し倒された。
「ちょっ…なに、疲れたって」
「だめ。タカ撮影の後シャワー浴びてこないよな。絶対家で浴びるよな?」
「な、に。それがどうし…うわっ!?」
 いきなりシャツのボタンを中途半端にはずされて、中に手を突っ込まれる。ところどころ赤くなっているその痕を見つけては舌打ちして、浩隆は同じ場所に口付けて強く吸い上げてきた。
「ん! …っあ、ひろ…だから、つかれたっ、て…あ、やだ、なに」
 押しとどめる声も聞かず、貴裕のズボンのファスナーを下ろしていく浩隆は、ぺろりと自分の唇を舐めて、ためらうことなく唇を寄せた。
「ちょっ…いきなりなっ……あっ!」
 声を上げた瞬間、そこに顔を埋めていた浩隆が視線だけを上向ける。そうしてわざとらしく舌を出して先端に這わせて、ニヤリと口角を上げて見せた。
「…んん! あっ」
『あっ』
 テレビから聞こえてくる自分の声と、今のそれが重なって、頭が吹き飛んでしまいそうなほどに羞恥が襲い掛かってくる。
 気になって視線を向ければ、画面の中の自分も同じ事をされていて、貴裕は目を剥いた。
「こ…このっ……ば、っ…ああっ!」
 ちろちろと先端を舐めるそれがビデオと同じ動きで、何回見たんだこいつはと口を塞ぎながら貴裕は浩隆を睨んだ。
 それでも悪びれず、壮絶なほどに艶めいた笑みを浮かべながら、どっちがいいなんて聞いてくるからたまったものではない。
「ばっ…ああ、ああっ!」
 やめろと言いたいのに言えず、ずるずると後退る。だがすぐにソファーの肘掛に背中がぶつかって、逃げ道がなくなってしまった。
 膝で浩隆の頭を挟むように力をこめながら、何度も何度も首を振っていやだと告げた。だがその言葉は全部却下される。
「嘘言ってンなよ。気持ちよさそうじゃん?」
「ふぁっ…んん! や、やだ…いいから、やだって…!」
「じゃあ、このまま?」
 ちゅうっと音を立ててそこにキスされて、そのまま唇を離されてしまう。根元を揉みほぐすようにしていた手までも離れてしまって、完全に離れてしまった体が、一気に寒さを覚えた。
「あ…あ…ひ、ろ」
「何?」
 いやなんだろ、と言われてぐっと言葉に詰まった。いやだとは言ったけれど、明日の事とか色々を考えるといやだと言わなければいけないのはわかっているのだけれど。
「ひ、ろ……浩隆。…からだ、あつい」
 あついから、寒い。熱っぽい目で訴えるように視線を向ければ、ごくりと浩隆の喉が動くのを見た。
 テレビからは自分の喘ぐ声がずっと聞こえていて、他の人間にこれを見て興奮したと言われてもどちらかと言えば嫌悪するのに、浩隆に同じ事を言われたら喜んでしまう自分が居る事を貴裕は自覚する。
「あついよ……なあ、寒い。ヒロ」
 矛盾する言葉を吐き出して、濡れた視線を向けながらお願いだからと腕を伸ばした。それでも意地悪くするりと逃げられる。
「ひろ…?」
「ったくもう、タカは」
「なに? おれなんかした?」
「したした。俺にいっぱい、してる。おかしくなりそ」
 熱のこもった視線を向けられて、熱い息を吐き出す。
 覆いかぶさってくる浩隆にキスをされて、逃げる事なくそれ受け入れていた。
 疲れたが、もう止まらないのは知っているから諦める事にする。そうして目を閉じて、ズボンを脱がされる動きにもさからわず、その動き助けるように腰を上げる。
「んっ、んん…! あ、ひろ、ひろ…たかぁ」
 舌を出して、もっと吸ってとせがむとその通りにされて、シャツのボタンを全て外される。
 丁寧に脱がされたのはズボンだけで、下着はまだ中途半端に履いたままだ。微妙に脱がされたままのそこに、もう一度浩隆は顔を伏せて、そうして訪れた快楽に貴裕はかまわず浸る。
「あ、はぁっ……ひろ、ひろ…そこっそこっ…!」
 そこ、そこ、もっとして。テレビから卑猥な自分の声が聞こえて、同じことをせがむ。どうしたら貴裕が何をせがむのか、どんな反応をするのか。そんな事を全部知っている浩隆だからこそできる芸当なのだろう。
 あとは、こんなビデオの流れをこと細かく覚えてしまうほどしっかり見た、浩隆の記憶力。
 カットされたぶんの時間はしっかりビデオを止めておくのを忘れないから、わざと『同じ』になるように振舞っているのは明白で、もうやめろと言いたいのに、何か言葉を発しようとするたびに快感を与えたり唇をふさがれたりして止められてしまった。
「んっんっ…は、ぁっ……ひろ、ひ、ろっ…」
 目を閉じて右手の甲を口に押し当てて、何度も何度も名前を呼ぶ。それがビデオとここに居る貴裕の一番の違いだろう。
 左手はずっと浩隆の髪の毛をかき回すように動いていて、柔らかい毛を必死に掴んでは離してを繰り返している。
 ひくつきながら揺れる腰は、浩隆の口の動きを助けるように動いて、そこから粘った音が絶えず聞こえてきた。
「んっ、んんん…! ああっ、そこ、もっと…」
「どうする?」
「んっ! ……吸って。なめて。くち、くちで……もっとそこっ」
 ちらちらと見せ付けるように舌を出しながら、先端から根元までを舐られる。そうして口の中に招くようにゆっくりと入れられて、熱くて溶けそうだと思っていると音を立てて吸われた。
「あっああっ! や、とけ…とける…っ……とけそ、う……っ、ひろ…ッ!」
 喉をそらせながらがくがくと腰を揺すっていると、脚を持ち上げられて浩隆の肩にかけられる。そのまま腰を持ち上げられて、その奥にある場所に触れられた瞬間、ビデオが再生されて、どちらの貴裕からも悲鳴がもれた。
「…っああ!」
 ぐ、と力を込めて入ってきた指。ゆっくりと送り込まれたそれがゆるゆると動く度に粘った水音がする。
「やっぱそっか」
「……え?」
 何かを確かめるような声に、半ば呆けたままの頭で首をかしげつつ貴裕は浩隆へと視線を向けた。
 熱くて溶けそうだと思っていた性器から唇を離されて、解放されたそこが冷たく感じる。何を言いたいと思って向けた視線の先、浩隆は指が入ったそこを凝視していて、ぎくりと貴裕の体が強張った。
「あ……っ」
 くちゃ、と音を立てて中から何かを掻き出すような動きをされる。ぶるりと体を震わせて貴裕はその動きに耐えて、大きく息を吐き出した。
「は…ぁっ…」
「なあ、貴裕」
「んっ…な、にっ……ぁ」
「中、出されただろ」
「……っ、んっ、あっあっ…!」
 まだ残ってる、と言いながら中をかき回すように指を動かされた。
「んぁ、うっ……あ、あ…ひろっ、や」
「やじゃない。全部出すぞ」
 掻き出すような動きに耐えられず、首を振ってやめてくれと懇願するのに、浩隆はやめようとしなかった。
 何度も何度も奥から浅い部分へと指が行き来して、その度に粘った音が耳にとどいてたまらない。
「やだ、ヒロ…っ…それ、それ」
「だめ。中に残してる貴裕が悪い」
 撮影現場で貴裕がシャワーを浴びて帰る事はあまりない。よほど汚れない限りは家に帰ってきて浴びるのが殆どで、今日もその例外ではなかった。
「シャワーぐらい浴びて帰ってこいよ。そう、すればこんな事、されずに、済むのに」
「んっんっ…だっ、て……あっ…家のが、いっ…あ、あ!」
「だからってなあ…いくらなんでもこれは、ちょっと」
 心が広い俺でもちょっと嫉妬しちゃうよ、と告げながらぐりっと奥を抉られて体が跳ねた。
「あっあっ…で、でも…出して、きたっ」
「あーのねー。ちゃんと突っ込んで掻き出さないと全部出る訳なんてないだろ。洗わないと残るの。そんぐらい知ってるでしょうが。何回やってんの」
「だっ…て!」
「もうほら、観念しなさい。今日の俺は執念深いよ?」
 大人しくいい子にしてたほうが身のためだぞと言われて、ぞっとするのに感じて体が震えた。
「はぁっ……ああ…」
「そう、いい子。ちゃんと全部出たら、中まで舐めて奥まで入れて、イイ事してやる」
 耳元で囁かれる声に、背中をぞくりと快感が駆け上がる。
 それを知っているかのように、背骨を指で下から上に指で辿られて、小さく声を上げながら、浩隆の胸を押し返して少しだけ拒んだ。
「もっ…そういう、ことはっ」
「ん?」
「さ、つえいの時、だけにしとけって……んん!」
「そういうことって?」
「よ、けーな事は、言わなくていっ、あっあっ!」
 頬にキスを落とされながら、ぐりぐりと抉る指が一本増える。
 もう掻き出すような動きではなく、奥までたどり着いたそれが、容赦なく中を抉られて、背中が勝手に仰け反った。
「じゃ、別の事言う?」
「べっ…つ、って……? んぁっ」
 目を閉じて顔をそむけた貴裕の頬を舐めてから、浩隆は耳朶を甘噛みしてくる。びくりと揺れた体を空いた手で撫でながら、ゆっくりと浩隆が囁いてくる。
「貴裕、すきだ…」
 囁かれた言葉に、何を言われるよりも恥ずかしくなって、顔が熱くなった。自分でも顔が真っ赤になっているのだとわかって、だが隠そうにもどうしようもなく、せめてそんな自分を見た浩隆の顔を見ないで済むようにと貴裕はきつく目を閉じる。
「たか、かわい」
「い、くないっ…あっ! そこ、そこやだ」
「んん、ここ? 奥のとこ?」
「あっ、やだっ、って…もっ……あっ、ばか、やだっ!」
「やだって、うっそだぁ。すっごいよさそう。こっちは?」
 何度も何度も体中に口付けを落としてくる浩隆が笑って指を引いて、入り口から少し入ったところでぐりぐりと動かしてくる。
 急な変化に一瞬反応しきれなかったそこは、そのすぐ後に大きく震えて貴裕の体を波打たせた。
「あっあっあっ…! だっ…め、あ、そこ…よわ…っ」
「ん? 両方しようか?」
「や、そんな…したら、い、く…っ」
 片方の指は折り曲げたまま手前にとどまって、もう一本が再度、奥までたどり着く。そうされて目を見開いた視線の先に、精悍な顔立ちを快楽に歪めている顔が見えてたまらなかった。
「あ、あ、あ…!」
 くい、と折り曲げられた指にそこを擦られて、呆気ないほど簡単に箍が外れてしまった。
 体が痙攣して、熱いと思った瞬間に白いものが吐き出される。
 溢れた精液は浩隆の腕にかかって、そのすぐあとにゆっくりと指が引き抜かれた。
「あーあ、でちゃった」
「でっ…て、ヒロのせいだろ!」
「うん。そだけどね」
 にっと笑った浩隆は、近くに置いてあったティッシュボックスを手に取って、腕にかかったそれをふき取っていく。
 力のはいらないままその様子を見ていたら、横から再び声が聞こえてきてどきっとした。
 ああ、ああ、と叫ぶ声は確かに自分の声なのに、こうしてテレビ越しに聞いてみると他人のもののようだ。
「……もういい加減これ消して」
 自分の姿が映る画面を指し示すと、ええーと不服そうな顔をされた。
「なんで。楽しいじゃん。変態っぽくて」
「ぽくて、じゃなくて変態だっての! リモコン貸せ!」
「やーだ。そんな事より、続きしよ。続き」
「ちょ、やめっ…こら!」
 あれよあれよと言う間に起き上がった上半身を再び押し倒されて、中途半端に残したままのシャツのボタンを外された。
 首筋に手を当てて、脈を確かめるような動作を見せた後に、浩隆は笑う。
「あーこれは、なんかそそるねー」
「…は?」
「なんかすっごくえっちいよ。タカ」
 ボタンの外れたシャツに、中途半端に脱がされた下着。
 乱れた息で上下する胸が、半端ないほどの艶を放っているのだと、貴裕は自覚できないまま首を傾げた。
 すごいねーとなんだかやたら感心されて、貴裕は笑う浩隆がかわいく思えて、その頬に手を伸ばす。そのまますり、と顔を寄せてきた浩隆に微笑みかけながら、顔を近づけてキスをした。
 そのまま押し倒されて、このまましよっかなどと浩隆が言うから、その前にこれだけは、と貴裕は胸を押し返して浩隆をにらみつけた。
「ビデオ、消さなきゃやんない」
「ええー」
「ええー、じゃない。いい加減にしなさい」
「今回のやつちょっと似てて、好きなのに」
 リモコンを渡せと手を差し伸べると不服そうな顔をされて、いい加減にしろともう一度手を突き出せば、その手を握られて手の甲にキスを落とされる。
「似てるって、何が」
「んー? 俺とやってるときの、タカと。撮ってる時気持ちよかった?」
 問われた言葉に瞬間的に頭に血が上って、気がつけば浩隆を殴っていた。だが力の入らない腕でそんな事をしてもたいしたダメージにならず、浩隆はニヤニヤと笑っている。
「否定しないって事は図星?」
「なっ、ち、ちがっ…」
「あわてちゃってもー。別にいいんだよ? お仕事なんだし、全く何も感じない訳ないだろ。人間なんだから」
「だっ、なに、なん」
「俺だってね、撮影中に感じる事いっぱいあるよ。じゃなきゃそれこそ仕事できないし。だからおあいこだろ」
 そんな事を笑いながら言って、頬に首にとキスを降らせてくる。
「別の奴にされてんのは好きじゃないけどね、あの顔見んのは、好き」
「だ、っからって…見ながらするのは、趣味じゃない」
「…じゃ、消すから」
 その代わり目を開けて、顔をよく見せてと言われた。
「ちゃんと消すなら、いい」
「ん。じゃあちゅーしよう」
 了解を得るよりも早く、目を閉じた顔が近づいてきて貴裕も目を閉じる。唇の温かさを感じると同時に、ずっと聞こえていたビデオの音がぷつんと途切れて、ようやく貴裕は安堵の息を吐き出す。
「ん、んん…は」
 口の中では飽き足らず、唇を離した後も舌を絡めて啜って、ようやく離れた時には息が上がりきっていた。
「すぐいい? あーでも乾いちゃったか」
「んっ」
 そろそろと指を這わせてくる動きは優しくいたわるようで、痛みなど感じない。だが会話している間に中が乾きかけていたのも事実で、このまますれば痛いかもしれないと貴裕は訴えた。
「じゃあちょっと濡らしとこ」
 痛いのも痛がられるのも嫌だしね、と言う浩隆が笑って、てっきりローションを取ってくるものだと思っていた貴裕は、浩隆の顔が下肢に降りてきて目を見開いた。
「ちょっ…ひろ、それは」
「んー? よくない?」
 好きだろこれ、と言いながら腰を持ち上げられてそこに舌を這わされる。音を立てながら、わざとらしく見えるようにされて、目を閉じてやりたいのに、閉じるなと言われたから閉じられない。
「んっ…んん! や、あっ…部屋、に…ローションあるだ、ろっ」
「取りに行く時間がもったいない。俺明日朝イチで仕事だし」
「だっ、たら……早く寝ろよ」
「往生際悪いなあ。こんなんで寝られる訳ないでしょうが」
 手を引かれて押し付けられたのは、既に硬くなっている浩隆のそれだ。触れた瞬間にびくりと反応するそこはもう張り詰めていて、ズボンを押し上げるそれが苦しそうだと貴裕は息を呑む。
「貴裕と離れてるのはヤだから、今はこれで我慢して」
「…ん、ふ……ひ、ろ…だか、て…これ…これは、くるしいから」
 膝が肩につくほどに体を折り曲げられて、股間に顔を埋められて舐められるなんて撮影以外ではちょっとごめんだ。浩隆にされれば感じない訳はないけれど、苦しいもんは苦しい。
「あ、ごめんごめん。じゃ後ろ向いて?」
 その方が楽だからと言いながら、うつぶせにされて腰を持ち上げられる。そのままそこに舌を這わされて、さっき宣言された言葉どおり、中まで舐めて、奥まで入れてを実行された。
「……っあ、ああっ、あ!」
 握った拳に唇を押し付けて声を堪えようとするが、止まらない。ぴちゃぴちゃと音を立てる舌が、本当に中までで入り込んで動くから、跳ね上がる腰が止まらなかった。
 中に入り込んでくる舌と、濡らすために押し込められる唾液の熱だけでおかしくなって舌を噛んでしまいそうで、貴裕は必死に自分の人差し指を噛んでそれを堪える。
「ひ、ろっ…ひろ、も、もういい…もういいから」
 舌と一緒に指まで入れて、中に入ったそれをひっきりなしに締め付ける自分の動きに耐え切れず涙を浮かべた視線を向けると、笑みを浮かべた浩隆が、キスをしながら動かしていた指をゆっくりと抜き取っていった。
 ゆっくりと抜け落ちていく指を追いかけるようにして中が閉じるのがわかる。だが指が抜けてしまうと、何かを求めるように疼いて止まらなくなった。
「ん、んん…ぅ、は……ひ、ろ……も、いいから…はやく」
「ちょっと待って。すぐ、するから」
 指を抜かれたそこは開いたままで、早くしてほしいと貴裕が訴える以上に疼いている。
 熱を持った浩隆が触れてくればたまらず、なんとか肘で支えられていた体は、一気に力を失ってくたりとソファーに崩れ落ちた。
 腰だけ持ち上げられて、もうどうにでもしてくれと啜り泣いて訴えて、軽く先端を押し当てられただけで喘ぐ声が止まらなくなる。
「…ああ、ああ…っ」
「貴裕、力抜いて。はいらないから」
「んっ! はぁ…は……ん、あッ!」
 大きな手でわき腹を撫でられて、感じた体が勝手に跳ね上がった。
 それと同時にぐぐ、と浩隆が中まで入り込んできて、貴裕は目を瞠る。
「んんん…! あ、あ…あっ」
「痛くない? 大丈夫?」
「…うん、だい、じょぶ……ひろ、は?」
「すっごくいい。動いてもいい?」
「ん、いい……あっあっ」
 返事をするよりも早く動かれて、視界が揺れた。
 首を左右に振って、見えた部屋の隅にはテレビがあって、そこにはもう何も映っていない事に安堵する。
 ひろ、ひろ、と何度も名前を呼びながら、自分でも腰を振って中に居る浩隆を締め付けた。
 背中に唇を落としながら、ゆっくりと抉ってくるそれに声を上げると、耳朶を噛んできた浩隆が問いかけてくる。
「どういうのがいい?」
「んっんっ…ど、いう、って」
「これとか」
「あっあっ!?」
 ゆっくりしていた動きがいきなり早まって、入り口から奥へと激しく突き上げられた。肉がぶつかる音がして、奥の奥まで入り込まれて目がちかちかする。
「ああっ…あっ、あ、は……んっんっ、ひ、ろっ」
「さっきの、ゆっくりと、こういうのと」
 どっちがいい? と吐息交じりに問われて、どっちもいいと答えた。
 浩隆にされるのは何でも感じる。初めての時からそれは変わらず、だからこうして疲れていても、だめだとわかっていても拒みきれないのだ。
「どっちも? じゃあこれは?」
 背後の男が笑ったような気配がして、持ち上げられていた腰が落とされた。
 正座のまま上半身を倒されるような格好にされて、入り口のあたりだけを小刻みに刺激される。
「あっ、は、ああっ! んん、んっ…や、ひろ…それ、それ!」
 撮影でもしたことがない事をされて、ソファーの肘掛を引っ掻くようにつかみながら悲鳴を上げた。
 ぐりぐりと抉るそれが奥まで入った瞬間堪えきれず吐精して、ぴたりとくっついていた腹と膝に、どろりと粘った感覚が残る。
「んん、ん…」
「うわ、すご。いっちゃった?」
「んっ、はぁ……あっ……なに、今の…」
 そんなんされた事ないと告げると、じゃあ俺が一番ねと嬉しそうに言われて憮然となる。質問に答えろと背後を睨んで、だがその後すぐに中でぞろりと動いたそれに、意識を持っていかれた。
「あ、あ」
「な、こっち」
 足が痺れるだろうからと伸ばされ横抱きにされて、中途半端に履いたままだった下着を脱がされる。
 しゃぶっててと命じられるままに浩隆の指を口の中に招き入れると、ゆっくりと横から体を重ねられた。
「んん…んっんっ…」
「ああ、すごい……んっ、たか、ひろ」
「はぁっ……んん、っひろ、ひろ」
 貪るように体を動かして繋げて、わけがわからなくなるぐらいに感じた。
 自分の唾液に濡れた指先で、再び熱を持ち始めたそこに触れられて悲鳴を上げて、おかしくなると叫ぶのに前も後ろも動きを止めてもらえない。
 いやだと叫ぶのに、体の奥はひっきりなしに浩隆を締め付けて押し揉むような動きを見せて、そのたびに浩隆が膨れあがる。
「やっ…あ、あ…も、無理……これ以上っ」
「無理じゃない。いつももっとしてるから」
「いや、も、やだ…あっあっ……ひろ、たす、け…!」
「大丈夫、ちゃんと居るから。ほら、感じて?」
 顎を持ち上げられながらキスをされて、苦しくてしょうがないのに自ら舌を絡めていく。
 横抱きの状態では一番奥まで入るのは難しく、それがもどかしい。
 感じているのに足りなくて、お願いだからと腕を後ろに回して貴裕は泣いてせがんだ。
「前、まえから…して。奥入れて、突いて」
 もっとすごい事をして、ちゃんといかせて。
 涙目の懇願に、浩隆は一瞬呆けたような顔を見せた後、言われた通りに体勢を入れ替えた。
 足を開かされて、腰を支えられながら中に浩隆を迎え入れて、望みどおり一番奥までたどり着かれた瞬間に、甘ったるい声が漏れる。
「あああ、ああっ…ひろ…ひ…お、き…すごっ」
 中がおかしくなる。動いて、締まって、止まらない。
 感じた事全てを吐き出すと、浩隆の熱がぐんと上がって、動きが激しくなっていく。
「も、だめ…だめ……あ、ひろ。もっと」
「してあげる。だからもっとエロい顔して? あと、言って」
「んっんっ…や…ああっ……かた、かたい…よ……おっき」
 言えと言われると逆らえない。どうして欲しいのといわれて、奥まで突いた後ゆっくりしてほしいと望みを訴えて、その通りにされて、演技ではない感じ入った声を何度も何度も上げた。
「うぁっ…あっあっあっ、ひ、ろ…っ…んん!」
 揺れる視界。その視線の先には浩隆の顔があって、貴裕は必死に腕を伸ばして頬に手を寄せる。
 すりよせるような動きを見せながら、貴裕は決して腰の動きを緩める事なく、何度も何度も突き上げて抉って、さすって、訳がわからなくさせられた。
「貴裕、いいよ…くそ、も、俺もやば」
「んぅ…あっ、は……い、いって。ひろ、も…いって…!」
「うん、いくよ。いく…んん」
 それまでの比ではなく浩隆の動きが激しく変化して、自身の快感を得るためだけに動いているのだと知る。
 中で抉る動きと同じように、輪を作った手で貴裕のそれを扱き上げながら、浩隆は何度も何度も名前を呼んだ。
「貴裕、たか……好き。すごい、ああ、いい」
「んっ…いい、もっと……あっあっ、いく…いくっ」
「んん!」
 浩隆の腹筋がびくりと震えて、その後すぐに中で脈打つそれが熱を放った。粘った何かがぶつかるような感覚のすぐ後に、どろりと広がるそれが熱くて、貴裕も追いかけるように絶頂を迎える。
「あっあっ!」
 握り締める手の中に白濁を溢れさせて、ひとしきり震えた後に息を吐き出して浩隆を抱きしめた。
「はげし…」
「よくなかった?」
「い、けど…つかれた」
 今日はもう無理、と言いながらお互いからだを離そうとはせず、抱きしめる腕に力を込めた。
「明日、朝イチって何時から…?」
「ええと、確か朝6時ぐらいに集合」
「…もう寝ろよ、今何時だと思ってんの」
 時計に視線を向ければ、もう深夜を回っている。
 行くまでの時間を考えて、睡眠時間はあまり残っていないじゃないかと背中を叩いても、抱擁の腕はゆるまなかった。
「もったいないから、あとちょっとだけ。そしたら明日がんばれる」
「がんばれる…って。っつーかやって大丈夫だったのか? 残ってる?」
「大丈夫だいじょーぶ。俺絶倫て言われた事ある」
 それは褒め言葉なのかと眉根を顰めると、そりゃもちろん違うでしょうと笑って返された。
「まあそのへんの心配はしなくて大丈夫だから。それより、離れる?」
「…んン、…離れないと明日、辛い…のはヒロの方だろ」
「俺は大丈夫なんだけど」
「寝ないと」
「んー…このままぬくい方が俺的には幸せというか」
「……いい加減にしなさい。いい大人だろ。疲れたし、そろそろ痛くなってきたから」
 脚を開いたままの状態を続けていたおかげで、そろそろ足の付け根が痺れてきた。
 離れろと言えば浩隆はするりと離れる。
「ちゅーは?」
「はいはい。いいよ」
 笑って許せば、両手を頬に当ててゆっくりと唇を重ねられる。さきほどまでの荒々しいそれではなく、優しく押し当てるだけのキスに唇の端を上げて貴裕は微笑み、ゆっくりと浩隆の首に自分の腕を巻きつけた。
「ああ、やっぱいいね。貴裕はあったかい」
「おれは寒い。そろそろ服着たい。シャワー浴びたい」
「ああうん。ごめんね?」
「謝るくらいなら最初からやるなよ。ばかだなあ」
 くすくすと笑いながら、自分からもう一度唇を重ねた。
「気持ちいいのは好きだよ。でも、ああ言うのはごめんだ」
 ビデオと合わせて同じことをするなんて悪趣味にも程がある。
 そんな事をされてやる趣味はない。セックスするのであれば、お互いの事だけ考えて、どうすればよくなるかをきちんと考えて、それだけを考えてしたい。
「…ビデオ見るのもだめ?」
「あんまり見てほしくないけど」
「どうしても? だめ?」
「…せめて俺の前ではやめてくれよ。悪趣味だ」
「はあい」
「あとさっきみたいなのは、ごめんだ」
 するならちゃんとして、気持ちいいのがいいよと告げてその額にキスをする。そうして肩を押し返すと、呆気なく浩隆は離れた。
 ソファーに座りなおして、床に落ちた服を手に取って立ち上がる。少しだけよろけて浩隆に支えられた。
「シャワー浴びてくるから、寝てていいよ」
「嫌だ」
「…ヒロ。ちゃんと寝ないと」
「ちゃんと寝るよ。だから早くね」
 ひらひらと手を振って、一度だけ唇を盗んだ浩隆は寝室へと消えていく。
 なんとなくよたよたしながらシャワールームへと入って体を洗い、パジャマを着込んで浩隆の寝室のドアを開ける。
「おっそーい」
「10分で出てきたんだから褒めてほしいぐらいだ」
「うん。じゃ、早かった。おいで」
 にこにこと笑顔で手招きされて『じゃ』ってなんだと思いながらそれでも首を振ることなく浩隆の寝ているベッドに潜り込む。そのまま抱きしめられて、首筋に鼻を埋められた。
「いい匂い」
「なんにもつけてない。盛ってないで早く寝る」
「はーいはい。ねまーす。おやすみ」
 額にキスをして、おとなしく浩隆は目を閉じる。ほどなく聞こえてきた寝息に、貴裕は軽く息を吐き出してその頭を撫でた。
「寝顔だけは可愛いんだよなあ」
 あーあと呟きながら髪の毛をかき混ぜるようにしてなで続ける。
 一度寝てしまえば何をしても浩隆は起きない。それをいい事に髪を弄ってキスをして、もう一度貴裕はあーあと呟いた。
「いい加減にしろ、は、ひろが言うべきかな」
 さてどうしよう。もう一度シャワーを浴びに行くべきか。
 そう考え迷ったところで腰に腕が巻きついてきて、動けなくなってしまう。「たかひろ」と舌足らずな声で名前を呼ばれて、シャワーに行くのは諦めた。
「ああもう、ばかだね。おれもお前も」
 離れられないのはわかりきっている。もうきっと、ずっと前からそうだったのに気がつかなかっただけだ。
 抱きしめられれば拒めないのに、ふりだけして、中途半端に大人でいようとする。
「…すきだよ、ひろ。だいすき」
 小さく呟いて口付けると、わかっていると言うように抱きしめてくる腕が強くなる。そのまま眠ってしまえればよかったのだけれど、どうにも。
「……どうしようかな」
 はあ、と溜息をついて、熱が戻ってきた体をどう宥めるかを考えた。だがこの状態ではどうにも方法がなく、放っておくしか結局はできなかった。




 そして後日、防音効果の高いマンションの一室に怒声が響き渡る事になる。


「いい加減にしろーッ!」


 その後、怒り狂った貴裕がせっかく買ってきたばかりの新作DVDを叩き割ったのは、浩隆の中で忘れられない思い出となるだろう。
 もしも浩隆が日記をつけていたら、きっとこんな事を書いただろう。

『怒った貴裕は怖い。一生忘れない』

 この日以降、浩隆の悪癖は形を潜めたのだとか。
 それでもやっぱりたまに姿を見せて、うまくやり込める日もあれば、怒らせて一日家を閉め出される日もあったり。

 それでもまあ、順風満帆なお付き合い。
 よほどのことがない限りはこうして喧嘩をしたりしながら、仲良く生きていくのだろうと、ふたりで笑う。
 50年後は渋い緑茶を縁側で並んで飲みながら、日向ぼっこができるといい。















おしまい。








あとがき。



脳内で考えていたのはもっと長い話でしたがAV業界の事を
調べる術がないので断念。とりあえずエロだけ抜粋(笑)
よく名前を混乱して間違えます。もっと違う名前にしときゃよかった。


AV女優の出演料は高い人で一本100万を越すらしいですが
男優さんの出演料は高くて十云万円だとか聞きました。
とりあえずフィクションなので、貴裕の出演料はお高めという設定になってます。
ちなみに浩隆の出演料は普通なので、貴裕の方がお金持ち。


この文章書いてる現在も名前を間違えました。畜生orz



ちなみに女性向けゲイ動画特集があるというのは、本当の話(笑)