『奏でられた旋律に言葉を』 おまけ
自分のベッドですやすやと眠っている悠の姿を見て、アキラはにたにたとした視線を麻隆に向けていた。
それを受けるせなかはなんだかちょっとバツが悪そうに丸まっていて、珍しく伯父を打ち任せそうな雰囲気にアキラはご機嫌だった。
「ちょこっと聞いてはいたけど、本当に真っ白だなあ」
でもなんだか顔色が悪い気がするんだけど、とにやにや笑いながらつぶやいてみせれば、キッチンで何か飲んでいたらしい麻隆が盛大に噎せている。
今更だろうに、と思いながらアキラはベッド脇に移動して、まじまじと悠を眺める。
高架下の薄明かりで初めて見た瞬間にも思った事だが、真っ白だなあと言うのが一番の感想だ。
綺麗だなあ、と思う。
PVの撮影やらで白いカツラを被った事もあるし、赤いコンタクトも入れた事があるけれど、こんな風に綺麗にはならなかった。
透けるような白とはこんな色を言うのだろう。肌は綺麗な乳白色で、髪は綺麗なプラチナブロンド。透けるような色をした髪は絶対に作り物では表現できないような光り方をしている。
「いいなぁ……」
綺麗でいいなあ、とぽつりと呟いたその頭を、ぱしんと殴られる。
たまりに溜まったスコアはそれなりに量があって、それで殴られたのだからそれなりに痛かった。
「いた……何すんの伯父さん」
「お前が不謹慎な事言うからだ。絶対におきてる時に言うな」
絶対だぞと睨んでくる麻隆の目は仕事の鬼モードで、そんな時の麻隆の恐ろしさは嫌と言うほど思い知っているから、アキラはごめんなさい、と反射で謝る。
(……うう、怖ぇ……久しぶりに見た)
この顔を見て芸能人をやめようとした事が何度あるか知れない。
情け容赦という言葉を黙殺しているこの伯父はとにかく厳しくて、甥だからと言って優しくしてくれるような人ではなかったのだ。
「……でもさ、綺麗なのは綺麗だと思うんだけど」
「本人がどう思ってるかが問題だろう」
「本人はそう思ってないって事? 綺麗なのに」
「昼間に外を出歩けない、長袖しか切られない。自由にできる事が少ない。それでも良いと思えるか?」
言われて想像してみて、うう、とアキラは唸る。
「それは確かに……無理かも」
「だからだ。もう言うな」
「はい」
今度は心の底から頷いてみせる。
綺麗だとは思うけれど、それを告げて悠が傷つくと言うのであれば黙っていようと思う。
伯父が初めて恋をしたという相手だ。
今まで伯父にべったりで甘えていた分、自分もその相手を大切にしてやりたいと思う。恩返しという訳ではないけれど。
「ねえ伯父さん、悠って呼んでもいい?」
「本人に聞け」
「だって伯父さん結構独占欲激しそうじゃん? そんなんで伯父さんに許可取らずに呼んで睨まれるの俺やだよ」
にたにた笑いながら、ほんの悪戯心でそう言ってみれば、伯父の目は釣りあがる。ちょっと怯えもしたが、それでもなお勝ち誇った笑みを湛えられたのは、多分この伯父がこの手のネタでは自分に勝てないだろうと踏んでいたからだ。
その予想は全くその通りで、目を吊り上げたものの溜息ひとつで許された。
「……悠が良いなら別にいいさ」
「おっしゃ。言質とったからな。文句言うなよ?」
「俺は子供か」
「いーじゃん。伯父さん若返ったよ?」
「からかうのもいい加減にしろ」
「もうちょっとだけ付き合ってくれたっていいじゃん。俺そーゆー人間っぽい伯父さん好きだし」
「……ぽいってお前」
俺はいつ人間じゃなくなったんだと文句を言ってくる男に向かって、ほらほらそう言うところが人間ぽくなったーと笑ってやる。
アキラが子供の頃はもっと笑ったり怒ったりする人だったのだが、アキラが芸能界入りする頃には、『水城麻隆』は人形というか、能面のような顔で仕事をする人になっていた。笑う事もあったけれど、それも作り物めいていて。
何をどうやってそんな人になったのか、アキラはよく知らないのだが、それでも昔から大好きな伯父さんだったのでついてきた。
でも最近それが、ふとした拍子に昔の笑顔を見せるようになったのだ。それが嬉しくないはずがない。
「俺そういうムキになってる伯父さんの方が好きだなぁ」
「……あのなあ、人をからかうのもいい加減に」
しなさい、と言おうとした麻隆の注意が、一瞬にしてアキラからそれる。
なんだかそれがちょっと悔しくもあり、けれどそれ以上に嬉しくて面白かった。
「おはよう」
にこっと笑って、伯父の注意を引いた人物に向かってそう告げる。
すると細く開いていた目がばちっと音を立てたように見開いて、そのまま悠はがばりと上半身を起こした。
「……っ!?」
何が心配だったのか、悠はきょろきょろと辺りを見回してついで自分の体を見る。
(あー…)
その行動にはなんだか恥ずかしくなって苦笑して、アキラは大丈夫大丈夫と笑って見せる。
「伯父さんそこまで恥知らずじゃないって。とりあえず落ち着いて深呼吸ー」
「……恥知らずって」
お前はそんな風に俺を見ていたのかとうなだれた伯父さんは放っておいて、アキラは悠の背中をさすって落ち着かせてやる。
「あ、あの、ごめんなさい」
「んん? なんで謝るの?」
「いやあの、ベッド」
「あははは、気にしない気にしない」
俺は気にしてないから安心してと笑うと、ほっとしたように悠が息を吐き出して、その後に伯父を睨んだ。
(うお、なんか大物かも)
素面の状態であの伯父を睨む事ができる人間などなかなかお目にかかれない。
伯父よりも偉くて年上ならまだしも、この悠は自分よりも年下だと聞いた。そんな子があの伯父を睨むなんていい度胸だなあと思いながら、アキラはなんだか面白くて笑ってしまう。
(なんだ、心配する事なかったな)
あの伯父が引き篭もってしまうぐらいに悩んでいるのだから相当こじれているのだろうと思っていたのだが、なんて事はない、伯父が勝手に悩んでいただけで、相思相愛だったと言う訳か。
なぁんだと思いながら、アキラは笑う。
その様子を見て戸惑う悠がおかしくてさらに笑って、あーあと呟きながら腹を抱えて笑った。
悠も麻隆も困ったようにしていて、顔を見合わせてふたりで首をかしげた。それを見てなんだか嬉しくなって、笑って出てきた涙を拭いながらアキラは悠に向かって右手を差し出してみせる。
「おはよ。とりあえず昨日も会ったんだけど、改めて初めまして。アキラです」
「……え、あ、ええと……悠です、白井、悠」
「悩んでひきこもっちゃうようなヘタレだけど、麻隆さんの事見捨てないでやってね。一応良い人だから」
「一応ってなんだ一応って」
「だって伯父さんコワイしね」
くすくす笑いながら振り返る。そのアキラの笑顔を見た麻隆は一瞬息を呑み、その後すぐに、昔はよく見せてくれていた優しい笑みを見せる。
「それから俺とも仲良くしてくれると嬉しいなー」
ね? と首をかしげてみせると、なぜか悠はきょとんとした表情を見せて、そうして数秒した後に、感極まったような表情でうなずいた。
「はい。よろしく、おねがいします」
そうして握り返された手が震えていて、アキラはそっとその上にあいていた手を重ねた。
これが伯父さんを本気にした子かと、なんとなくその理由がわかった気がする。
多分きっと、彼は大事にされるのだろう。
自分たちとは違う、もっと別の意味で。
いいなあ、と少し羨ましくなりながら、アキラは笑うのだった。
END
アキラくんは伯父さんっこ。