―――――――――――――――白い唄と




 沈む夕日に照らし出されて、白いシーツは橙に染まっていた。
 掌に、脚に、体全てでシーツに皺が作られていく。
 最初はぴしっと皺ひとつなかったシーツに皺が作られていく様は、今視線を上げた目に映る男のイメージにそぐわず、なんとなくおかしい。
「…っ、ん」
 自分でも白すぎると思う肌に、赤い痕が残る。そこまでしなくてもいいのにと思うのに、それでも嬉しいと思ってしまう自分がばかばかしすぎる。
 そもそも自分はそんな性格をしていなかったはずだ。
 なのにどうして、こんなに狂ったような感情を抱くのか自分で自分が理解できない。
「…ふ、う…あっ」
 ああもう何をされても感じる。
 手を絡めるように繋がれて、そこに唇を落とされるだけでも涙が出てきて、もうなんでもいいからと呟く事しかできない。


 白井悠は、ストリートミュージシャンだった。
 髪が白く、目の色は淡紅色。アルビノと言われるその症状を持つ悠は、短時間でも紫外線の下に居る事はできない。
 そのため彼の行動は主に夜で、アルバイトの合間を利用して、悠は歌っていた。
 ストリートミュージシャンと言ってもそんなに本格的なものではなく、気が向いた時に出向いて3、4曲歌う程度のものだ。しかも夜にしか外を出歩くことができなかったので聞いてくれる人数もほとんどいないに等しい。
 初めて外で歌ったのは20歳の時。そして今目の前に居る男と出会ったのがほんの数ヶ月前。22の誕生日。
 水城麻隆と名乗る男は、悠の数少ない観客だった。
 その日は珍しく2、3人の観客が付いていて、悠は談笑をしながらリクエストに答えて歌っていた。だがそれも長い間の事ではなく、5分もすればみんな時間に追われるようにして帰っていく。
 そうして聞く人が誰もいなくなり、それでもなんとなく帰る気にはなれなくてひとりで歌っていた。
 オリジナルの歌を歌う事は滅多にない。
 その日は本当に珍しい事が起きる日で、悠はたった一曲だけあるオリジナルの曲を歌っていた。
 その時に声をかけてきたのが麻隆だった。
 麻隆は一瞬ヤクザかと思うぐらいの強面で、びしりと着こなしたスーツのおかげでどこかの組のトップかなにかと勝手に想像してしまうぐらいだ。
 背も悠とは頭ひとつほども違うほど高く――悠も170センチはあるのだが――なんというか、強そうだ。
『下手くそ』
 そんな男に笑いながら呟かれたその言葉。それに思わずカッとなってじゃああんたが歌ってみろと怒鳴りつけてしまって悠は軽く慌てた。
 だが、悠の焦りなど歯牙にもかけず、その後見事な歌声を披露されて惨敗した挙句、帰らないのかと問われて「帰りたくない」と呟いてしまったのが悪かった。
 だったら来いと言われて何でついて行ってしまったのか。
 なんで全然拒まなかったのか。全く以って理解できない。
『あんた、ゲイ?』
 そんな悠の言葉に、いや、と笑って答えた麻隆のその行動にもよくわからないと首をかしげるしかできなかった。

 その後は予想に違わずホテルに連れ込まれ――けれどラブホテルではなくどうやら麻隆が暮らしているホテルのようだった――自分でも驚くほど散々喘がされた。
 自分はノーマルではなかったのか。男に組み敷かれて喜ぶなんておかしい。
 白すぎる肌が日焼け以外であんなに真っ赤になったのを自分でも初めて見て、朝日が差し込む頃に帰れと言われてその場から逃げ出したいような気持ちで一杯で、けれどホテルの部屋から自分の家までの距離を考え、外の天気を考えると帰りたくても帰れずに呆然としてしまった。
 外見も手伝って、日の下にはいられない、そういう病気なのだと納得してもらうのにさほど時間はかからなかった。
 そのまま仕事に行くという麻隆を見送って日が暮れるまでホテルで過ごし、麻隆がかえってくるよりも前に帰宅した。
 そのまま会う事もなくなるだろうと思っていた。
 それなのに、また彼は現れたのだ。何度も、何度も。





 ゲイではないとはっきりと告げた麻隆だったけれど、ベッドでの経験は豊富のようだった。
 その証拠に、初めての時も今も、麻隆の行動には躊躇いというものがない。
 したいと思った事を即実行するタイプのようで、彼の愛撫は毎回順番が違っていてどんなに構えていても無駄だった。
「…っ…ちょ、もう、しつこ…っ」
 震える手でシーツを握りしめながら、悠は涙目でもういい加減にしてくれと訴えた。しかしそれは見事に無視されて、もう何度目かわからないぐらいに犯され続けている。
 体は汗で濡れていて、シーツには夕方から続いたこのろくでもない行為の後が染みになっていたが、乾く暇などないほどに後から後から濡れていく。
「んっ…やだ、ああ…っ!」
 中ほどまで突き立てられて、押し付けるように腰をうごかされる。もうとっくに力が抜けて意のままにならなくなった体はなされるがままで、口からはひっきりなしに声が漏れている。
 それでもなんとかやめさせようと、必死に嫌だと言い続けているのに、それは全て無視された。
「久しぶりなんだから、やめない」
「ちょっ…ん、んん…あん、た、そんな…性格してなかっ…」
 久しぶりだからやだなどとそんな性格をしている男ではなかったはずだ。
 少なくとも前回会った時はここまでしつこい性格をしていた覚えはなかったはずなのに。
「…っ、う、あ…あああっ!」
 後ろから何度も奥まで突かれて、悲鳴に似た声が上がってシーツに新しい皺が刻まれる。
 外はもう真っ暗で、一体何度すれば気が済むんだと、ほんの少しだけ残った冷静な意識がそんな事を考えた。
「あっ…も、や…奥、おく…っ」
「奥が? 何?」
「い、やだっ…そんな、突いたら…あっあっ…」
「またいきそう?」
「んっ…んんっ…も、やだ…ふ、深…いッ」
 ほら答えて、と言われてまた突き上げられる。もうそこは何度も何度も放たれた精液でいっぱいで、突き上げられるたびに卑猥な音を立てながら、白いものがあふれ出してくるほどだ。
 もう何度もされたおかげで力の入らない体は男を苦もなく受け入れていて、中で動かれる度に体が大きく震えるほどの快楽を与えられる。
 麻隆が「また」と告げたとおり、悠はもう何度かわからないぐらいに絶頂を味わった。そのおかげで、感じても感じてもいく事ができずに、もう地獄と言えるぐらいに長い時間この感覚を与えられていた。
「あっ、あっ、あっ…も、やだ…んん、あ、うッ」
「だから、ほら、早く言って」
「だっ…て、まだっまだっ…」
 いきたいのに、そこまで行くにはまだ刺激が足りない。
 何度もいかされたおかげで、神経がどこかおかしくなってしまったかのように体が鈍ってしまっている。それでも快楽だけはやってくるからなおのこときつい。
「いやだ…やだ…もっ…もっと…!」
 涙を流しながら、ついに快楽に負けて悠はねだる。
 早くしてくれ、壊していいからと半分以上悲鳴のような声で麻隆にせがんだ。
「どこを?」
 どうして欲しい、と問う麻隆の動きは緩やかで、悠の望んだものではない。
 頼むからもっと早くしてくれと、自分から腰を揺らして麻隆を睨み、わかっているのにしてくれない男に向かって口を開く。
「もっ…と、おくまで、激しく…つい…ああああっ!」
 突いて、動いて。と言う前に、口元に笑みを浮かべた麻隆の動きが激しいものに変わった。
 奥まで一気に進んで、かき回すようにして動かれればもう意味のある言葉など出てこない。
「あっあっ、も、もっと…はや、あっんっ…やだ、そこ、そこっ」
「こっち? それともこう?」
「どっち、もっ…んぅ、あっあっ、きもちい…ッ」
 はやくどうにかしてほしい。もっと奥まで入って、いかせて。
 まともな思考などもうとっくになくして、悠は両手でシーツをつかみながら必死に耐える。
 自分はこんなになっているのに、余裕そうにしている麻隆が恨めしくて悔しくて、それでも与えられる感覚に耐えられずに腰が揺れてしまう。
 そんな悠に覆いかぶさるようにして耳朶を軽く噛みながら、麻隆は今のこの状況に相応しくない事柄を問いかける。
「どうしてあんな所で歌ってる?」
「…んっ、あ、な…なに…? ああっ」
「なんで、歌ってた?」
「なん、で…て…なに…んぁっ!? やっやっ…やだっ…もっとおく…ッ」
「言えよ。そしたら言うとおりにしてやる」
「んっんっ…あっ…だっ、て…夜、しか…」
 出られないから、と呟いたが麻隆はその言葉を欲していた訳ではなかったようだ。
 「そうじゃない」と呟いた麻隆が浅いところで小刻みに揺れる動きが激しくなって、けれど決定打にまでは至らずに悠は首を左右に振る。
 もういきたくてしかたがなくて、内壁も収縮を繰り返しているのに、与えられる刺激は決定打に欠けていてどうにもならずに涙が出た。
「んっんっ…あ、なん、なんで…っ」
「俺が聞きたいのは、なんで、あんなに目立たないところで…歌ってるかって、事だ」
「うぁっ…あっ…だっ…だって、んっあっ」
「だって、何?」
「あそこ、しか…なかっ…あう、あっ!」
「今は別に、開いてるだろ」
 悠がストリートミュージシャンを始めた時、もうすでに沢山の同類が場所を取っていて、静かに歌える場所は、今悠が持ち場にしている陸橋の下だけだった。
 人通りが多い場所ではないけれど、人が全く通らない訳ではないし、それに何より人に聞いてもらいたくて歌っている訳ではなかったからそれでよかったのだ。
 そして、他のストリートミュージシャンたちが去っても、悠は持ち場を変える事もなくひっそりと歌い続けていた。
「んっ…んっ…別に、どこでもい…からっ……な、んで…そ、なこと…っ」
 なんで今そんな事聞くんだと問いかけても答えはなく、右腕を取られて深いところまで入られた。
「ひ、あっあっ!?」
 背中を仰け反らせながら目を瞠り、その一瞬後に耐えられなくなって目をきつく閉じる。
 開いた左腕で前をいじりながら耳朶を噛まれ、もうなにがなんだかわからずに涙をながすしかできない。
「あ、うっ……ん、んん…ッ」
 ぐちゃぐちゃと音を立てているのが前なのか後ろなのかもうわからない。
 奥を突かれた後にゆっくりとぎりぎりまで引き抜かれて腕を離されベッドに落ちるようにうつぶせになってしまう。
 完全に抜かれればどうしてと恨めしい目で睨むしかできなくて、そんな悠の視線にも目の前の男は笑みを返すだけだ。
 脚を広げられて、体をひっくり返されて麻隆の正面を向く。
 緩慢になってしまった思考では、もうどうされるのかも予想がつかない。
「あ、あ、あ…」
 入り口にぴたりと押し当てられて、けれどそれ以上は入らずにただゆるゆると動かされた。
 ひくひくと痙攣のような動きを繰り返すそこは、早くしてくれとせがんでいるのに何もされず、もう泣き喚くしかなかい。
「も、やだ…はや、早く…ッ…いれ、いれて…!」
 おかしくなりそうだと涙をこぼしながら腰を揺すって誘い込むようにする。
 擦れるだけで体がびくりと震えて、悠は何もしない麻隆を睨むようにしながら自分で手を添えて望むものを誘い込もうと腰を進めていく。
「ん、ん…んんッ」
 麻隆は何もしないだけで悠の動きを拒もうとはしない。
 したいようにすればいいと言外に告げる表情を涙目で睨みつけながら、それでも待ちわびた場所へたどり着くように、脚を開いて押し付ける。
「…ふ…っ、あ、あ、あ…んっ、あっあっ、ああっ!?」
 やっと最奥にたどり着こうとしたところで、麻隆に突き入れられて悲鳴が上がる。
 奥に突き入れられると同時に中が自分でも驚くほどの淫猥な動きを繰り返す。
 締め付けて、もっと奥に誘うように広がって、また締まる。ゆるゆると動く腰の動きにあわせて擦れるそれが、たまらないような快感をもたらしてくる。
「はぁっ…あっ、ん…んんん…ッ…ふ、あ…やだ、奥、おく…ッ」
「奥? なに?」
「中、なかで…こ、こすれ、て…い…い…ッ…い、いや、やだ…ああああッ!」
 奥を擦られるその動きにも、ぐちゅぐちゅと鳴る水音にも煽られて、もうなにがなんだかわからないと悠は首を左右に振る。
 いやだと叫んだそれは反射で、本当はそんな事はないと知っているくせに、その言葉をきいた麻隆はにやりと笑って問いかけてきた。
「いやだ? じゃあやめようか」
「やだ、やだっ…それは、やだッ…もっと、も…っと…あう…あっあっ!」
 両手をシーツに縫い付けられるように押さえられて動きを止められて「もっと」という言葉に答えるように腰を使われた。
 突き入れた後にぐるりと回されて、悲鳴のような喘ぎがもれる。かと思えばゆっくりと引き抜かれて一気に突き入れられ、息もできないような感覚に襲われて目を見開く。
「ふ、ぅ…あ、あ…んッ…っ…はぁ、あっ! あっ!」
「もういけそう? いく?」
「ん…あっあっ、い、いきそ…あ、もう、少し…っ」
 ゆるく左右に首を振りながら、感じ入る。
 麻隆の動きだけでなく、悠の動きも加わってそこは大きな音を立てた。
 何度も何度も繰り返す蠢動が、目の前の男にどんな刺激を与えているのかもわからないまま、止まらない止まらないと何度も呟いてびくびくと体を震わせる。
「奥がいい? 浅いのがいい?」
 ほら早く、と言われるままに、されたいことを口に出して必死にせがむ。
「おく、奥がい…っ…つい、ついてっ…奥、はや…く、アァッ!」
「じゃあしてやるから早くいって」
「んっんっ…や、あああっ…あっあっ、も、だめ、だめ…あっ、おかしく、なりそっ…」
 いつでもこの男は余裕そうで悔しい。
 自分はこんなになっているというのに、この男だって中で膨れ上がって張り詰めているというのに、なんでこんなにも余裕そうに話すのだろうか。悔しい。
 破れてしまいそうなほどにシーツを握り絞めて、悔しいと何度も思いながら、それでも動く腰を止められない。
 自分が望む動きを求めて揺れながら、何度も何度も背中を仰け反らせる。
「う、あっ…ん…あっ、なに、また…でっかく…ッ」
「しょうがないだろ…っ」
「んっんっ…や、やだ…も、これいじょ…ああっあっ! やだ、いく、いきそ…っ」
「んっ…俺も、いく」
 珍しく余裕のない声が聞こえたと思った。そのすぐ後に熱いものが流れ込んでくる。
 出された、と思った瞬間最高潮に感じて、それを追うようにして悠にも限界が訪れた。
「あ、あっあっ、あああ、や、いやだ…っ…あー…っ!」
 何度も何度も犯され続けた体は限界なのに、いつも以上に感じて激しく震えた。限界を超えた快楽は射精をもたらさず、それなのに中が激しく収縮していつも以上の感覚をもたらしてそのまま果てる。
 びくびくと震え続ける体は、達した感覚を保ち続けて辛いぐらいだ。
「…ふ、う…あ、あ…やだ、うごか」
 それなのに、出したはずの男は動き続けるものだから、感覚は余計にひどくなって悠は涙を流した。
「や…だ、また、またいく…っ…な、これ…これ、なん…っ…ああっ!」
 ぴんと爪先を張り詰めてシーツを引っ張り、それからしばらく男の動きに合わせて何度も何度も追い上げられた。
 なんでこんなに何度も。そう思うのに止まらなくて、何がなんだかわからない。
 意識が何度も飛びかけて、本当に飛んでしまうと泣き叫んでやっと止めてもらうまで、一体どれぐらいの時間があっただろうか。



 許容量を超える快楽と疲労のおかげで、悠はそのままぐったりと気絶するように眠りに落ちた。
 事後の始末なんて考える暇もないぐらいに疲れて、瞼はずしりと重く、睡眠の誘惑には勝つ事ができなかった。自分が一体何を経験したのかも考えられず、ただ今はもうだめだと深い深い眠りにつく。
 そんな悠を見ながら、麻隆は小さく苦笑して髪に口付ける。
 普段なら絶対にやらないような甘い仕草は、悠が寝ているからこそできる事だ。
「もっと歌いたいって言えば、そうしてやるのに…」
 好きなくせに、バカな奴だと言葉は続く。
 バイトの合間を縫うようにして、わざわざ3、4曲のためだけに歌うだなんて。
 そんなに好きならもっと目立つ場所でやればいいものを。
「もうちょっと世間を知ったらどうなんだ。バカ」
 そうしたらお前の力になってやるから、と麻隆は口元に笑みをうかべながら告げる。
 そして自身もあくびをひとつして、ゆっくりと目を閉じる。
 眠りにつく前に思い出すのは、初めて聞いた歌声。
 自分よりも下手だとは思った。けれど、どこか人を魅了してしまう歌。
 きっとこれからもっと成長する可能性を秘めたダイヤの原石のような。
 いいものを発見したものだと思ったけれど、それを人目に出す気になれないのは、柄にもなく惚れてしまったからなのだろう。
 バカはお互い様かと苦笑しながら、『signA』という人気バンドを筆頭に、数ある有名アーティストを手がけた音楽プロデューサーは眠りについた。

 悠がその男の正体を知るのは、もう少し先の事だ。









END