嫌よ嫌よも……


だから、嫌なんだ。
事前に今度いつやるって言ってくれりゃ、浣腸だって自分一人で済ませてしまえるのに。

うまいこと皆と時間ずらして田島と二人きりになった帰り道。
あっ、とわざとらしい声が隣から聞こえてきた。
「阿部と歩いてたら勃ってきちゃった」
どーしよー、と困った顔で言われてもな、オレは普通に歩いてただけだ。
無邪気さ装った顔ん中、目ん玉だけは今にも食いつかんばかりにギラギラさせやがって。
「あのさ、阿部」
「だめ。何の用意もしてねえし」
途端、輝く田島の顔。
「大丈夫!オレ全部持ってるから!浣腸だろ、ローションだろ、ゴムに…」
指折り数え始めるのを慌てて止めた。
「待て!持ってるってどういう事だ?!」
「いつでもできるように部室に置いてんの!で、今日は阿部と帰るから持って帰ってんの!」
「はあぁ!?」

詳しく聞き出すと、つまりこういう事だった。
田島は健康すぎるほど健康な男児なので、好きなやつが隣にいたらやりたくなる。
でも、田島の恋人であるオレは何の用意もしてないとセックスをさせてくれない。
ゴムならコンビニで買えるからすぐ用意できる。けど、浣腸やローションはそうはいかない。
男同士で何の準備もなくセックスするのはオレに多大な負担がかかる。それも分かるから、強く言えない。
ならば、いつでもできるように道具を揃えておけばいい。
一先ず部室に置いておいて、二人になれそうな時はバッグに入れて持ち歩けば完璧だ。

「…何が完璧だよ」
思わず深い溜め息をついた。
大体道具が揃ってたとして、どこで使う気だ。
「いーじゃん。オレだって阿部の事、精一杯考えたんだぞ!それとも…」
それとも、の後を言いあぐねて田島が俯く。
項垂れた姿が叱られたバカ犬みたいで可愛い。
やばいな、これ。オレの犬好き心が刺激されてる。気をしっかり持てオレ。
「それとも…阿部はオレとセックスすんの、嫌い?今までも嫌々やってた?」
くぅーん、という鳴き声まで聞こえそうな悄気犬っぷり。
いやいや、だめだオレ。ここで甘やかしたら躾失敗だぞ。
「…い…嫌では…ない」
「本当ぉっ?!」
パッと顔を上げるな。目をキラキラさせるな。
あーくそ、マジバカ犬みてえ。
「じゃあさ、そこの公園寄ろ!多目的トイレが超綺麗だから!」
何でそんな事知ってんだよ。わざわざ調べて回ったのか?何その情熱。
呆れた目をして田島を見る。
満面の笑みを浮かべた田島の後ろに、パタパタと振られる尻尾までもが見えそうだ。
いや、耐えろオレ。甘やかしちゃダメだっつうの。
「な、阿部。早く早く!」
そうだ、ここは早く毅然とノーを言うんだ。オレはできる!頑張れオレ!
「あ…うん。おぉ」
あぁ、ダメだった。
田島がバカ犬ならオレは甘やかすばっかりのダメ飼い主だな。

うきうきした田島の横で、ぎぐしゃぐしながら歩いた先。
確かにそこは綺麗だし、広くて快適そうな便所だった。
一回深い息を吐いて、覚悟を決めて浣腸を受けとる。
そうして田島が出ていくのを待つ、が一向に出ていく気配がない。
「……おい」
「何ー?」
「早く外行けよ」
これ使えねえじゃん、と手の中の浣腸を軽く振る。
きょとんとした田島の顔が、ゆっくり、にぃっと歪んだ。
「オレの前でしてみせて」
「は?」
何を言っているんだ、こいつは。
「だーかーらー、オレの前で浣腸してみせて」
そう言って田島はどっかりと蓋の閉まった便器に座った。
「言っとくけど、オレは別に阿部の中にうんこ詰まったまんまでも構わねえんだからな」
ただ阿部が嫌がるからさぁ、とまるでオレが我が儘みたいな物言いをされる。
「ねえ、浣腸するの?しないの?しないならもう指突っ込んでいい?」
よくよく考えれば、ふざけるな、と便所から飛び出しても良かったはずだった。
なのに、田島に見つめられて、さも当然って言い方されて、何だか逆らってはいけない気がした。
多分、いや絶対オレを見る田島の瞳の熱が、オレから冷静な判断力を奪ってったんだ。
くそったれ、と胸の内で舌打ちして、ゆっくりズボンを下ろし始める。
その動作を楽しそうに田島が見つめている。
「…あんま見んな」
顔が熱い。汗がじわり、と滲む。
脱いだズボンを床に置いた。
汚いかとも思ったが、他に置き場もないし掃除も行き届いてそうだし構わない事にする。
そして、ボクサーパンツに手をかける。
これを脱いだら、田島の前で浣腸しないといけないんだよな。
「くそっ」
改めてその光景を想像してみる。
やっぱり無理だろ、と考えるより早く、ズクリと股間が疼いた。
「…なっ」
まさか、だってオレは嫌々田島の言う事聞いてやってるだけで、なのに、こんな反応おかしいだろ。
「どうしたの、阿部」
「い、いや。何でも…ない」
「ふーん」
段々飽きてきたのか、田島が足をばたつかせ始めた。
「ねー、阿部まだー」
「ちょっ、まだ!待てって」
「遅えよー、ウズウズするー!!」
その様子に、本当に指を突っ込んでくるんじゃないか、と焦って下着を脱ぎ捨てた。
「あ、阿部勃ちかけてる?」
心臓を握りつぶされそうな一言。
「ちが…っ、これは!」
ドクドクと脈が五月蝿い音を立てだした。
と共に、股間がまた熱を持つ。
「へー、阿部は恥ずかしいのが好きなんだな」
うっすら涙目になりながら、何とか反論の余地がないか考える。
しかし、オレのモノが緩やかに反応してるのは確かだ。しかも下半身裸のこの状況ではそれを隠すことすら出来ない。
ぎりっ、と音が聞こえそうなほど歯軋りをして、反論を諦める。
そして、浣腸をケツに持っていく。
浣腸なんてセックス前にはいつも行っている行為のはずなのに、体の芯が妙に熱くなった。
まるで、田島の指を、田島のモノを受け入れる時みたいに、ケツの穴がヒクヒクと動く。
(た…田島が、見てるから…田島のせいだ)
穴に誘われるままに、可能な限り深く無花果形のそれを差し込んだ。
「んぁ…」
思わず声が漏れる。慌てて口を閉じるが、手遅れだった。
「やらしいね、阿部。いっつもそんな声出して浣腸してんの?」
楽しそうな田島の声。
「違う…お前が、見るから」
「見られて興奮したんだ?阿部、羞恥プレイ好きなんだな」
悔しいのと体が熱いのとで、頭の中がごちゃごちゃになった。
もう絶対に反応なんかするものか、と思うのに腸内にニュルリと入ってくるクリームの冷たさに小さく肩が跳ねる。
こんなちょっとのクリームで、こんなにも反応してしまうなんて、オレの体がオレのじゃないみたいだ。
(今からこんなんじゃ、これから田島のが入ったらオレどうなるんだ?)
過敏な己の体に戸惑いながら、容器の中身を全てケツの穴へ移し終える。
「田島。終わった…から、そこ退け」
「やだ」
うっすら霧のかかりだした頭で、田島の返事を反芻する。
──やだ?何が?何で?だって、田島の座ってるとこが使えなきゃ、オレ…。
「田島?」
真意を測りかねて、田島の表情を伺う。
が、そこには読めない笑顔があるだけだった。
全く動こうとしない田島を見て、冷や汗が背を伝う。
「田島。オレがどういう状況か分かってるよな?」
バカにされたと思ったのか、田島がムッと口を尖らせた。
「分かってんよ。オレが退かなきゃ、阿部うんこ漏らしちゃうんだろ?」
「なら退けって!」
今はまだ平気だけど、もう少ししたら便意が来る。
そん時にまだ田島が退いてくれなかったら…。
「退いてもいいけど」
殴りたいのを堪えていると、呑気そうな声で田島が言った。
「オレのも口でイカせてよ」
こいつは何回オレを驚愕させれば気がすむんだ。
「何…言ってんだよ」
頼むから分かるように話をしてくれ。
「だって今、阿部ばっか気持ち良さそうじゃん。オレだって良くなりたい」
「な…何それ」
気持ち良さそうも何も今のこの状況は田島が作ったんじゃないか。
オレのせいじゃないのに、何でオレが責められてんの?
「ね、阿部。イカしてくれたら退いてあげるから」
ボロッと大粒の涙が零れた。
悔しくて腹が立って仕方がない。
「泣かないでよ、阿部」
ほら、とズボンの窓を開け、田島が己のモノを取り出した。
そこはへにゃりとして、まだ何の反応も示していない。
それを見て、田島を見て、もう一回それを見て、最後にまた田島の顔を見て。
譲歩しそうにない田島を前に、泣いた顔のまま柔らかいモノを口に含んだ。
唇でやわやわと挟んで、舌で皮から少し顔を出した亀頭をくすぐるように舐める。
うわ、と小さく呟く声が聞こえた。と同時にグンと口の中のモノが固く熱く膨らんだ。
「阿部可愛い。気持ち良いよ」
ナデナデと頭を撫でられる。
その手が快くて少しだけ気が落ち着いた。それでも涙は直ぐには止まらなかったけれど。
もっと根本まで舐めてやろうと腰を浮かす。
─ぎゅる。
「…!!」
慌てて肛門に力を入れ、地べたに座り直す。
やばいやばいやばい!
「うおっ。どうした?」
「なっ、何でもない!」
どうしよう、浣腸が効き出したみたいだ。
今はまだ予兆みたいなモンで済んでるけど、もう少ししたら本格的に大変な事態になる。
(早く田島をイカさなきゃ)
もう、撫でられて快い、なんて悠長なことは言っていられない。
「うぅ…んぐ、ん」
咽そうなのを我慢して、口の奥まで田島のモノを咥えジュルジュルと音を立てて吸った。
そうして少しずつ角度を変えて舌で裏筋や割れ目をチロチロと舐めながら吸うのを繰り返す。
唾液が顎を伝ってもそのままに、とにかく早くイかそうと必死だった。
なのに田島の先からは、透明なカウパー液しか出てこない。
「阿部?どうしたの?」
「ふ、はん…もふぁい」
何でもない、と口を離してしっかり発音する間さえ惜しい。
早くイけ、とそればかりが頭の中で渦巻く。
しっかと屹立しているのに、中々イく気配を見せない口中のモノに、どんどん焦りが募る。
(何でイかねえんだよ)
やっとおさまりかけていた涙がまた出てきそうだ。
ぎゅるる、ぎゅる、と腹ん中ではヤバい音が鳴っている。
「阿部、もしかしてそろそろ漏れそうなの?」
小首をかしげて田島が聞いてきた。瞳が心配そうに揺れている。
これなら…。正直に頷けばもしかしたらこんな馬鹿げた事止めて、今座っている場所を譲ってくれるかもしれない。
「ふ…うぐ…ふっ…」
口の中で熱くなっていくモノを咥えたまま小さく頷く。
そっかー、と思案顔で呟いた後、田島の体が動いた。
やった!やっぱりギリギリになれば田島だって無茶は言わないんだ。
そう思ってホッとしたのも束の間。飛び出してきた言葉はオレの涙を更に誘うものだった。
「じゃ、これ尻の下に敷いとかねえと。床汚しちゃ駄目だもんな!」
田島が脇に置いていたバッグの中身を漁って取り出したのは、コンビニのビニール袋。
帰りがけに買って喰った惣菜パンの袋が中に入っている。
「ほら、阿部。ちょこっとケツ上げて」
待て、何故そうなるんだ。
信じられないもの、いや、未知の生物を見るような目で田島を見上げる。
オレの視線に気付いて、田島が口を尖らせた。
「だってオレまだイッてねえもん。」
オレをイカせたら退いてあげるって言ったじゃん、とぶすくれた声で言われる。
その言葉に、ぼろり。大粒の涙が零れた。一粒零れたのを切っ掛けに、涙は後から後から零れ落ちた。
「…ふ…むぐぅ…」
屈辱に嗚咽が漏れる。田島のを咥えたままの喉の奥が、ヒクリと震えた。
しかし床を汚物で汚すわけにもいかない。キュルと鳴る腹を抑えて尻の下に袋を広げる。ガサガサと言う音が余計に情けなさに拍車をかけた。
何で、目の前に便器があるのに…こんな格好しなきゃいけないんだ。
余りにも涙が止まらないせいだろうか。田島が優しく頭を撫でてくれた。
「阿部が泣くと喉の奥がヒクッてなって締まんのな。気持ちいい」
撫でながらそんな事を言う。声がいつものやんちゃ坊主なものじゃなくて男のものになっている。
いつもなら聞き惚れる、田島のオスの声。
でも今は脂汗がにじんで、頭の中までぎゅって締め付けられるみたいに痛くて、下半身が震えてそれどころじゃない。
一瞬でも気を抜いたら漏れてしまいそうだ。もう限界が近い。
「は…ぐぅ、ん…ん」
舌を動かしたりしないと、と思っても体が言うことを聞かない。尻の穴を締めるのと、嗚咽で誤って田島のを噛まないようにするので精一杯だ。
それが気に喰わなかったのだろう。イキナリ田島が俺の頭を掴んで前後に振り出した。
「オレ、そんなんじゃイかねえよ。ほら、こうだろ?」
力の加減なんてされていないんじゃないか。そう思うほど乱暴に動かされるオレの頭。
「ぐっ…がふっ、た…ひあぁ」
田島の名前を呼んで止めろと伝えたかった。のに、口の中の肉棒が邪魔をする。
意識が下半身から逸れた。と、同時に尻の穴が緩んだ。
「うわ、すっげえ出てるー!」
大便のにおいが辺りに充満する。ビニール袋に触れてガサリと不愉快な音がする。
「あ…うあぁ……や、だ」
田島の手が離れてやっと口が開放された。
けど、もう尻の穴は緩んでしまっていて、オレは田島の目の前でコンビニの袋の中に排便をしている最中で。
何もかもが手遅れだった。
今更止めろと言えるようになっても、舌を上手く動かせるようになっても意味がない。
屈辱に震える体と、止まらない涙と無理矢理口を行き来されたせいで零れた涎でグチャグチャな顔。
早く逃げてしまいたい。家に帰って今日のこと全部夢って事にして布団の中でぬくぬくと明日の事考えて寝てしまいたい。
「くっせー!浣腸おもしれー!」
「へ〜、ウンコ出す時って尻の穴こうなんのか」
何が楽しいのか、オレの上から田島が排便の様子を実況しだした。
「や…だ。たじ…う…あぅ…っく。み…んなぁ!」
田島を見上げて、命令形で懇願する。
「何で?」
目の前には悪魔のように楽しそうな田島の顔。オレの泣き顔さえ面白いのだろう。満面の笑みだ。
「恥ずかしい?今更だろ?もっと見せてよ」
そう、懇願の形の命令で返された。
もうやだ、こんなの。恥ずかしいどころじゃない。オレの尊厳なんてどこにもない。悔しい悲しい上手く頭が働かない。
「ね、阿部。大好き」
やだやだやだやだ。
本気で嫌で、感情も何もかも真っ白になってて嫌だってそれだけしか考えられない。
なのに。
「オレ、どんな阿部も好き。ゲンミツに愛してる!」
「た…じまぁ。や…やだ…オレ。うっく」
こんな状況でも、その言葉一言だけで快感を拾ってしまう。
やだ、しか言えないオレの頭を、田島が嬉しそうに愛しそうにゆっくりと撫でた。

だから田島とのセックスは嫌なんだ。
事前に言ってくれれば汚い準備なんて一人で済ませて、綺麗なオレだけ見せてやれるのに。
オレだって綺麗なオレだけ見せていたいのに。汚いところなんか見て欲しくないのに。
平気でそれを踏みにじって、いっつも突然襲ってきやがって。
オレが逆らえないのを知っているから尚性質が悪い。

――でも一番嫌なのは、愛してるって言葉で喜んで全て許してしまえる浅ましいオレ。

尻から落ちた便がコンビニ袋に入った。
一際大きく鳴るガサッという音。
田島の子供みたいな笑い声が響いた。


便をするだけの話
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