パンダ仔パンダ


ドアを開けた時から「かわいいかわいい」とさわぐ声は聞こえていた。
ただいまと言うと、おかえりよりも先に妹達が携帯ストラップを自慢しにきた。
どうやら今日、お揃いで買ってきたらしい。
「ほら!かわいいでしょー」
「お兄ちゃんのもあるよ。いるー?」
普段なら「そんなもんいるか!」と言って「えーなんでー」と不平を言う妹達を適当にいなして終了、の流れだ。

が、今回は違った。

妹達が見せてきたストラップ。
生意気そうな顔した、コロコロ丸い体型のパンダのストラップ。
その顔が、クラスメイト兼チームメイトのあいつに似ている気がして。

「おー。じゃあ、もらう」
妹達が予想外の反応に驚いた顔をした。
ほれ、とばかりに手を差し出す。
渡されたパンダは偉そうに仁王立ちしていた。

翌日早朝。
ベンチで着替えながらバッグの上に置いた携帯を眺める。
正確には携帯についたストラップを。
……似ている。見れば見るほど似ている。
「はよー。何?機嫌いいね」
栄口が横にきながら声をかけてきた。
「おす。これ見てみろよ。誰かに似てねェ?」
栄口にだって、これが阿部に似てるってことはすぐ分かるだろう。
そうしたら二人で似てるなって笑ってやろう。
そう思っていたのに、栄口は首をかしげるばかり。

「えー誰だー?」
「オレも知ってるヤツ?七組の誰か、とかじゃなくて?」
「パンダっぽい子いたかなー?」

あれ?本気で思いつかないのか?
まさかそんな。こいつ結構似てるのに。
「ホラ、この垂れ目とか。思い出す奴いねェ?」
よく見ろ、とストラップを栄口の目の前に持ち上げる。
「もー分かんないよ。誰?」
困った顔でオレに尋ねる栄口に、少し不安になる。
もしかしてこのパンダ、阿部に似てるってのはオレの思い込みで本当は似てない…のか?
「あ…阿部に似てねェ?」
恐る恐る口にした名前をきいて、栄口は少しの間キョトンとした。
それからまたマジマジとパンダを見て、オレを見て。
「阿部はこんなに可愛くないでしょ?」
そう答えた。
「え……いや、こいつも可愛くねーだろ?!ほら、こんな生意気そうな…」
「生意気そうなのがまた可愛いってやつじゃないの、これ」
「いや…でも……」
オレの反論には聞く耳持たずで、栄口は着替えをはじめた。
「全く花井は阿部をどんだけ可愛いイキモノだと思ってんだか」
そんな言葉を呟きながら。

(別に阿部を可愛いって思ったわけじゃねーし……)
ただパンダのストラップに似てるって思っただけで。
そのストラップが一般的には可愛いものだったってだけで。
オレは別に……別に……。

「……別に可愛いとか……思ってねーし」
「はいはい。グラ整先行っとくからね、早く着替えなよ」
いつの間にか先に着替え終わった栄口がトンボを取りに歩きだす。
その後ろ姿を、嫌な事を気付かせやがってとうらみがましく見送った。

反論しようとすればするほど深みにはまっていく。
認めたくないが、可愛いパンダストラップを見て阿部を思い浮かべる程度には、阿部は可愛い。オレにとっては。
「あーくそ」
これ以上突き詰めていくと余計やばくなりそうで、深く考えるのを止めた。

今はまだ単なるクラスメイト兼チームメイトでいたいんだ。
何で阿部が可愛く見えるかなんてそんなこと、絶対絶対気付いてやらねェ。


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