■Apologize■ わたしは、双児宮の入り口で、彼女を待った。 遠くから、彼女の足音が聞こえてくる。 女神――――――。 わたしは跪き、恭順の意を表して彼女が姿を現すのを待った。 軽く息をはずませ、彼女はわたしの前へとその姿を現した。 あれから、13年の時が経ったのだということを、わたしはまざまざと見せ付けられた。 あの夜、ただただ泣いているだけだった赤子は今、美しい少女へと成長した。 彼女は、輝かんばかりに美しい。 のびやかな手足はぬけるように白く、掴めば折れそうなほどに細い。女性とはこんなにも華奢なのか、と思わずにはいられなかった。これが、冥界の王ハーデスを破る、戦の女神アテナとはにわかには信じられない。 「あ…、あなたは?!」 わたしの姿を認めると、女神はその意思の強そうな、大きな瞳に驚きの色を滲ませ、そう声を上げた。 「わたしはサガ。十三年前、あなたを殺害しようとした男です」 わたしは、許しを得ることなく顔を上げることの無礼を知りつつ、顔を上げ、女神の瞳を見つめた。 「サ、サガ…。それではあなたが……」 女神は何を言おうとしたのだろう。 執拗に青銅聖闘士たちを殺そうとしたのはあなたか、と続けたかったのか。 それとも、教皇の名を騙り、聖域を不当に占有したことを糾弾したかったのか。 「女神…あなたにひとことおわびを申しあげたくここでお待ちしておりました」 わたしがどれほど謝罪したところで、もう、遅いことはわかっております。 全ては終わってしまった。 わたしに従った者たちは皆死にました。 彼らを従えていた、もうひとりのわたし―――わたしの心に巣食う悪魔もまた。 わたしはその悪魔の正体に気づいていながら、自分の力でどうすることも出来なかった。 遅いのです、女神。 もう、すべてがあまりに遅すぎる。 わたしは、わたし自身が恐ろしい。 それらはすべて、言い訳に過ぎない。 もう一人のわたしがしたことが、どれほど重大なものかはよくわかっております。 女神。 もしも、わたしが全てを投げ出して、あなたに救いを求めていたら、あなたはわたしを救ってくださったのか。 イージスの盾の光は、まるで五月の、わたしとわたしの弟が生まれた頃に射す日差しのように、まぶしく、まっすぐで、これ以上ないほど心地よかった。 あなたを信じ、あなたにこの血に汚れた身も、悪魔の巣食う心もすべてをさらけ出したら、あなたはわたしを救ってくださったのか。 重厚な緞帳が幾重にも張り巡らされた薄暗い教皇の間で、わたしが待ち続けたのものは何であったのか。それが今ならば分かる。 だが、もうすべてが遅すぎる。 双児宮。わたしの死に場所にふさわしい。 悪いのは、あなたじゃないわ。 わたしたちには、あなたの力が必要なのです。 あなたの心の声が伝わってくる。 許してくださるのですか。 女神、この大罪人たるわたしを、赦してくださるのですか。 わたしは己の拳に小宇宙を籠めると、己の胸へと放った。 あたりに血飛沫が散る。 「うう、女神、こんなことでわたしの罪が許されるとは思っておりません」 思いのほか痛みはなかった。 「で…でもこのサガ、ほんとうは正義のために生きたかったのです」 自分の拳を、生ぬるい己の血が伝い、地へと滴って行く。 「ど…どうかそれだけは信じてください………」 それはすでに見知った感触であった。流れる血の量と、自分が加えた衝撃の大きさから、わたしはわたしに残された時間がどのくらいであるのか、はっきりと分かっていた。 「サ…サガ……」 薄れ行く意識のなかで、わたしははっきりと女神のその声を聞いた。 「信じます」 女神の瞳が、涙で揺れていた。 女神は、まだ覚醒されたばかりだというのに、気丈にも取り乱すことなくわたしの手を握り、わたしにかける最期の言葉を必死で探してくださった。 「本当のあなたは、正義だったということを……」 まったく、人生というものは後悔が多すぎる。 あの赤子が、こんなにも強く、大きく育つとわかっていれば、わたしはあんなことはしなかった。強さとは、わたしの思っていた類のものだけではなかったのだ。しなやかで、やわらかく、けれども誰にも壊すことのできない強さを、彼女は確かに持っていた。 わたしは確信した。 待ち焦がれた救いは、今やっと訪れたのだ。 「あ…ありがとう……」 わたしは、今、やっと……、 やっと死ぬことが出来る………。 |