■you were gone■ うそだろう。 カノンは、サガの死をすぐ目の前で起きた出来事のように感じた。 海底神殿から見る空は、いつもと変わらぬ、たゆたう銀色の光を湛えていた。 音のない、静かな海底の世界に、ゆらめく光が満ちていた。 サガの小宇宙は、静かに永遠の別れを告げた。 カノンは、サガの来訪を待ち侘びていた。 お前が聖域を平らげたのち、俺たちは会いまみえるのだ。 陸と、海の将として。 そしてお互いがそれぞれの世界の頂点にいることを認め合うのだ。 世界は、俺たちのものだ。俺たち二人のものだ。 必要とあらば、人間どもを粛清しよう。 大津波で穢れたすべてを洗い流してしまえばいい。 神話の時代のように、世界を聖域から治めればいい。 カノンは、時が来るのを今や遅しと待ち望んでいたのだった。 サガ、何をぐずぐずしている。 早く聖域を我が物としてしまえ。 何を恐れている? 反旗を翻した青銅どもなど、気に掛ける必要もない。 あんな古い時代の遺物の仮面など、早く外してしまえ。 前時代の怪物の名を騙る必要など、もうないではないか。 白日の下にその顔を晒し、お前はお前として、聖域に君臨すれば良い。 そして、海に君臨する俺にゆるしを乞うがいい。 あの日の己の行いは過ちであったと。 お前の実力を見縊っていた。 二人で、ともにこの世界を支配しようと。 それはもう目前の出来事であったはずだ。 それが潰えるなど、起こるはずがない。 うそだ、これは何かの間違いだ。 サガ、なぜお前は自害など! お前が死に、聖域に俺が必要とされるときは訪れない。 お前の力は強大で、お前を倒せる者などこの世には存在しないからだ。 この俺が死力を尽くしてはじめて、相討ちへ持ち込めるかどうかだ。 そうだったはずだ。 事実そうだったのだ。 なのに、なぜお前は自害など。 サガ!サガ!! うそだ、お前が死んでしまうなど。 兄さん! 俺を認めてくれ! 兄さん! 俺に謝ってくれ、ひどい仕打ちをしたと。 どうか俺に語って欲しい。 許してほしい。 わたしは認めるべきだった、 お前はわたしに勝るとも劣らぬ勇猛果敢な戦士だ、と。 そして、 お前の語った夢は、わたしの夢であったのだと。 今こそ、この世界を二人で支配しよう、と。 カノンは、その時が来るのを待ち望んでいたのだ。 この、誰もいない海底神殿で。 雨が振ることもなく、風が猛ることもない、静寂が支配するこの海の底で、ただただその時を待ち望んでいたのだ。 カノンは、絞り出すようにつぶやいた。 うそだろう? あのときが永遠の別れだったなんて。 冷たい鉄格子。握ると錆びてぼろぼろと崩れる赤い粉の感触がひどく不愉快だった。 黄金の鎧越しに見たお前の横顔。 うそだ、どうしてそんなに冷たい目で俺を見るのだ。 お前がこんな仕打ちをするわけがない。 俺は確かに聖域の人間にあるまじき振る舞いをしたかもしれない。 でも、でもお前は俺を決して見捨てたりしない。 お前だけは俺を捨てることなど出来はしない。 お前は、俺の半身であり、俺は、お前の半身なのだ。 お互いがいなければ、俺たちは存在し得ない。 俺たちは、お互いのために創られた存在ではないか。 うそに決まっている。 背を向けて、去って行くお前の後ろ姿が永遠の決別だったなど――――――。 俺は、 俺はいったい今まで何のために……。 |