いい大人、かわいい人2


 青軍の総大将をしていたのは、ついこの間のことだ。
青い鎧に身を包み、青軍の旗印の下、戦場を駆け巡った。
剣を振るい、馬を駆って人の命をとっていたのはついこの間の話なのに、こうして貴沙烙と共に過ごしているとまるで夢のようだと、ため息を付く。
(俺は、何をしているのだろう)
貴沙烙から出された課題をこなしていると、今、こうしている事に疑問を持つことが多々ある。
別に貴沙烙に、問題があるわけでも、出される課題に疑問があるわけでもない。ただ、こうして平和に過ごしている己が間違っているのではないかと、心に帳を下ろすのだ。
(俺は何をしているのだろう)
日々、戦いを忘れて過ごす数日で、心の中に焦りが生まれている。それが何をして、ここまで不安なのか解けないまま、問題だけが増えている気がする、今日この頃。
簡単には、解決できないようである。


最終的な戦いが始まる前に、俺は貴沙烙に抱かれた。
そのことを後悔したことなど無いが、しかし、それ以来貴沙烙の想いに答えることが一度も出来ない。
抱かれることが、苦痛だけではないことを知っている。
いつもは抱きしめられるだけの貴沙烙を、受け入れることの喜びもそのときに教えられた。
それがどれだけ、幸せなことか、俺ははっきりと覚えている。
でも、それでも。
俺は貴沙烙を、受け入れることが出来ない。
普段は真面目な顔などしない貴沙烙。
それが俺を抱こうと手を伸ばしてくる時だけ、顔の表情が『男』を匂わせる。
俺は、それが怖いのだと思う。
(男の俺が、男の貴沙烙の、性的な対象に……)
貴沙烙に恋愛を仕掛けられたときから、己がそういう対象として見られていることは判っている。
否、わかっているつもりだった。
(でも、俺は逃げたんだ)
最終戦が終わり、後事の処理もほぼ終わったあの日。
久しぶりに遊郭来て、ふたりでゆるりと酒を煽っていた。
その時、不意に貴沙烙が立ち上がったかと思うと、俺の隣に腰をかけて囁くように名を呼んだ。
『青樺……』
体の奥が震えるような声音に、うっとりとしながら顔を上げて俺はいつもは見ることのできない貴沙烙の本気の顔、を見る。
その瞬間、俺は軽い悲鳴を上げながら、貴沙烙の腕の中で暴れた。
怖かった、貴沙烙が知らない人になったようで、怖かったのだ。
『やぁぁあぁ』
小さいとは言え、本気で上げる悲鳴に貴沙烙の顔色が変わる。パニックに陥った俺が判るほど貴沙烙の顔は引きつっていた。その、痛々しい表情にしてはいけないことを、したのだと言うことが、判った。
『きしゃらく。きしゃらく、きしゃらくぅ……!!』
我に返り、引き離そうと抵抗していたその腕で俺は貴沙烙を抱きしめる。
(ちがうんだ、好きだよ、好き、好きなのに!!)
貴沙烙と、すがりつくようにきつく抱きしめる。
好きだから、俺の貴沙烙に向ける思いはほんの少しも変わってないから、だからそんな顔しないで!!
『青樺』
一方的に抱きしめていた俺の体を、貴沙烙がきつく抱きしめ返してくれたのはそれからさほど立たないうちだった。
『すまん、青樺』
だから、耳元で囁かれた貴沙烙の謝罪の言葉に俺は驚いて、意味の無い声を上げる。
『そんな、だって、それは!!』
うまく言葉を操ることの出来ない俺の唇を、貴沙烙の唇で優しく塞ぐと、儚い、消えてしまいそうな笑顔を浮べる。思わず、それに見惚れる俺の目を覗き込みながら、貴沙烙は言葉をつむぐ。
『急いだ、俺が悪いんだ。もう少し、ゆっくり進むことにしような』
男の顔をして、俺を抱きしめた貴沙烙。
儚い笑みを浮べて、優しく抱きしめてくれる、貴沙烙。
どちらも、本当の貴沙烙なのに俺はなぜ、こんなに恐怖を覚えるのだろう。


緩やかに空を漂う雲を窓から見上げて、俺は貴沙烙が出した課題の竹簡から顔を上げて大きなため息を付く。
(本当に、俺は何をしてるのだろう)
貴沙烙を拒否し、この屋敷にいる己を否定する心の中。
受け入れることも、ここを出て行くことも出来ないのに、何を悩むと言うのか。
「貴沙烙と共に……、生涯をともに過ごすと決めたのに」
決心は換わりはしないが、それでも俺の心の闇が本当に晴れることは無い。
(俺が、自分でここに残り貴沙烙と共に皇帝を支えたいと決めたではないか!!)
ここにいることに、悩むことも疑問を感じることも無い。
(なのに、俺はどうしてもここで生活している己が認められない……)
貴沙烙を受け入れることも出来ないくせに、どうして当たり前の顔をして住んでいるのか。
その想いが、どうしても心から離れない。
(俺は、どうしてこんなに身勝手なのだろう……)

ゆるりと流れる雲を見て、何度目かのため息を俺は付くのだった。


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2005/01/15脱稿


■あとがき■
ということで、「いい大人、かわいい人」の第二段をお送りします。が、ごめんなさい!!
貴沙烙様、回想でしか出てきません。それにこれって、前回の話のフォローしかしてない気がします。
……きっと、間違いではない。間違いではないことが、なんとも悲しいです。
しくしく(泣)それでも、何とか続きを上げることが出来ました。
あと、次回こそは長い話を書きたいものですね!!





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