☆愛なき大地に
この星から生物がいなくなって、どれだけの時間が過ぎていったのだろう。
何年、何十年、何百年、・・・
自分の中の計器が、最後の1つとなった生命体が死亡した瞬間からの経過時間を正確に刻み続けているのだが、今やそれを尋ねる者も、伝えるべき相手も存在しない。
目の前に広がるは枯れた大地。
数百メートル前方に1つの機械がある。
ちょうど、昔この星に生息していたという“ヒト”と言う種(しゅ)の“メス”のような形態をしている。
“ヒト”というのは、その昔この星に棲息していた、哺乳綱の中の霊長類に属する生物である。
この星の生物の中で最も知能が優れていたらしい。
しかし、その知能の高さが災いし、全ての生命が死に絶える事態を引き起こしてしまった。
そして今ここに残ったのは、“ヒト”が作った機械のみだ。
『そちらへ向かえ』
自身の中にある知能部分から命令が出る。
脚部を一歩、また一歩と踏み出し、その機械へと近づいていく。
目の前の機械もまた、前進しようとしているのかアーム部分と脚部を前へ前へと出そうとしている。
しかし、故障してしまっているのだろう、ギィギィと不快な音が機械の内部から聞こえてくる。
自分の算出では、あの機械はあと十数分で完全に故障してしまうだろう。
「アイ・・・ガ・・・ホ・・・シイ・・・ノ・・・」
機械は、何度も同じ言葉を繰り返している。
この種のように生物を真似て造られた機械は、例外を除いて
“メス”は“オス”を、“オス”は“メス”を求めて動く性質があるという。
この機械も、例にも漏れず“オス”を探し求めている最中と思われる。
中でも
この“ヒト”をかたどった機械は特殊であり、“愛”というものが動力となっているらしい。
それは、この機械を開発した“ヒト”が“愛”というものを必要とした己の種(しゅ)を忠実に再現したためだ、という説がある。
現段階ではそこまでは解明されているが、肝心の“愛”そのものが一体何であるか、いまだ解明はされていない。
「アイ・・・ガ・・・ホ・・・シ・・・・・・」
前にのばされていたアーム部分がガクンと音を立てて、ブラリと垂れ下がる。
ギ、ギ、ギ、と鈍い音が鳴る。
今すぐに同種の「オス」の機械の元へ運ぶことができれば修理できるかもしれない。
しかし自分の機動力を持ってしても、さすがに間に合わない。
「・・・ア・・・・・・イ・・・・・・」
目の前の機械が大きな音を立て、白煙を上げる。
地面へと倒れいくのを、何とかアーム部分で支えようとした。
が、崩れゆくのをとめることはできず、枯れ果てた大地に機械の破片が四方に飛び散っていくのをただ見ていた。
なす術なく、しばらくそのまま動かずにいたが、ようやく体勢を整え、辺りを見回す。
足元に落ちていた部品が風に吹かれて、コロコロとさまよっている。
いまだ“愛”というものを探し求めているかのようだ。
アーム部分を下に伸ばして、その部品を掴み、解析する。
どうやらこの機械の記憶装置の一部で、崩壊時の傷は残ってはいるものの、データの破損は免れたらしい。
“ヒト”という生物がどのようなものであったのか追究すべく、そのデータを読み取ることにした。
・・・これは何だ。
何体かの“ヒト”が、長い音に乗せて、言葉を、声を重ねている。
なぜだかそれは、いつまでも聞いていたいと思わせる。
どうしてだろうか、自分の知能部分か、もしくはモーター部分か、どちらかに異常が出てきているようだ。
何かが足りない。何かを欲している。そんな感覚が生まれつつある。
しかし、それが何なのか、知能部分を高速で働かせて解析を試みるも、回答は いっこうに得られそうにない。
アームに掴んでいるパーツからは、幾重にも重なった“ヒト”の声が
なおも聞こえてくる。
その声を聞きながら、飛び散ったパーツを1つ残らず拾い集めていく。
この集めた部品があれば、自分の頭部右側の“アンテナ”の欠損が修理できるだろう。
そして修理が終わる頃までには、今答えが出せなかったすべての事象に答えを見つけたい―――そう思った。
END