:ミツドモエモーション:
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――――基本的にマフィアは嫌いだ。 マフィア。自分に大きな傷と影を残した存在。 金と暴力にまみれた汚穢な存在。 この世でもっとも唾棄すべき存在。 よく映画やテレビで、マフィアはダークヒーローのように描かれているが、そんなものは所詮虚構にすぎない。 実際のマフィアなど、全て猥雑で下劣で邪悪なものだ。 全て滅ぶべき――――いや、滅ぶべきなのはマフィアだけではない。 そんなものを赦している人間という存在も、同時に消えるべきだ。 人間も嫌いだ。 人には知恵がある。己の汚さを隠すだけの狡猾さがある。だが、そんな狡猾さにたやすく騙されるほど愚かでもある。 この世でもっとも愚かで、下等で、野卑な存在。 かつて神によって引き起こされた洪水のように、ソドムとゴモラを焼き尽くした炎のように、バベルの塔を打ち崩した雷のように、人には今一度滅びの罰が必要なのだ。 そして人を生み出したこの世界も、やはり滅してしまえばいい。 総合すると、自分は世界が大嫌いだ。 だが、最近それよりも嫌いなものが出来た。 ――――自分の所有物に手を出すもの、だ。 「とっとと消えなよ。咬み殺すよ」 邪魔者が言う。 いつも表情のない顔で、目だけがこちらを苛立ち混じりに睨み付けている。 何故この男はこうも自分の邪魔をしたがるのかと、六道骸は呆れを吐息に変えた。 今の時間帯ならばどこでもそうだが、下校する生徒で賑わっているはずの並盛中学校門前はしんと静まりかえっていた。 ただ木々の葉擦れだけをBGMに、骸は邪魔者――――雲雀恭也と対峙していた。 いったい何が気に入らないのか、彼は自分を見るといつもトンファーを振りかざし「咬み殺す」とか何とか言いながら挑んでくる。 全く鬱陶しいことだ。このしつこさは金をせびるときのM・Mにも勝る。 骸本人としては彼に興味など小指の爪の先の垢ほども持ち合わせていないので、できればとっととここから消えて(出来れば、今後煩わされないようにこの世からも消えて)欲しいのだが、どうもそうはいかないらしい。 隙あらば飛びかかる気満々の男を前に、さてどうしたものかと骸は思い倦ねる。 長時間の実体化は髑髏の体に負担がかかる。それに勘のいい「彼」のことだ。こんな所でグズグズしていたら、自分が並盛にやってきているのを敏感に感じ取って逃げてしまう恐れがある。 いや、もしかしたら何をやっているんだと呆れながらも迎え入れてくれるかもしれない。 その時の困ったような笑顔を想像し、骸は忍び笑いを零した。 「彼」とは――――沢田綱吉とはそう言う甘い人間だ。 沢田綱吉と骸とは、いわゆる主従の関係にある。 しかしマフィアを忌む骸は、次期ボンゴレファミリーのボスである沢田綱吉に対して忠誠心などみじんも持ちあわせていない。 隙あらばその体を乗っ取り、マフィア壊滅の足がかりにしてやろうと思っている。 そう言った考えを骸は出会ったときから今までたびたび口にしているのだが、沢田綱吉はまったく意に介さず骸と骸を宿す髑髏を守護者として野放しにしている。 大物なのか、それともただ単に平和ボケしているだけか。 沢田綱吉の性格を思えば、おそらく後者だろう。 だいたい、自分の命を狙う男にあろう事か命を預けるなど正気の沙汰ではない。自分が同じ立場ならば、さっさと殺すなりして次の守護者を捜す、いや守護者などという足手まとい自体必要ないと、一度直接言ってみたことがある。 その時も、沢田綱吉は困ったような笑顔を浮かべ「なんでだろうなぁ……」と首を傾げた。 あげく「骸が辞めたいのなら守護者を辞めて貰ってもいいよ」とまで言った。 ――――愚かである。 「お前を狙っている」とはっきり宣言した男を目の前にしているのに、何故そんな風にへらへら笑えるのか。 だいたい辞めたいなど一度も言った覚えはない。勝手に前後の文を模造するのは止めて欲しい。 さらに、「だって俺、マフィアにはならないし」とも言っていた。 まったく感心するほどの愚か者である。 沢田綱吉本人がどう思おうが、もはや周りは彼を「ボンゴレファミリーの十代目」として見ている。 きわめて近くにうるさいくらい「十代目」「十代目」とわめき立てる犬がいるというのにまだ自覚していないらしい。 その愚鈍さには呆れを通り越して尊敬の念すら抱くほどだ。 このままいけば、遠からぬ未来骸が直接手を下さずとも命を落とすことだろう。 ――――それは許せない。 なぜなら彼の体は骸のモノだからだ。 マフィアの世界に多大なる影響力と勢力を持つボンゴレボスの体が手に入れば、骸の悲願が成就される日は近くなる。 いつか乗っ取るべき体。マフィア壊滅に必要な体。 だから、チャンスが巡ってくるその時まで。 (愚かで甘い君を護っていてあげましょう、沢田綱吉) にやりと口元に笑みを浮かべた骸は昇降口をくぐった。 ――――雲雀恭也はうまく幻術に引っかかってくれているらしい。 ちらりと窓から盗み見た、場から微動だにせぬ雲雀恭也の姿に口元の笑みがさらに濃くなる。 雲雀が今対峙しているのは骸が作り上げた幻の「骸」だ。 本当は髑髏の負担が大きくなるので(同時に骸が表に出られる時間も限られてくるので)こんなつまらないことに使いたくはなかったのだが、雲雀恭也相手では致し方あるまい。 これで多少は時間稼ぎが出来るだろう。 あとは沢田綱吉を見つけ、自宅まで保護する。 骸は頭の中でもう一度これからの帰路をシミュレーションしながら、沢田綱吉の教室を目指した。 骸の通う黒曜中とは違いゴミ一つ落ちていない清潔で明るい廊下を進む。 思い切り他校の、それも不良校として有名な黒曜の制服を着た人間が紛れ込んでいるのに生徒達はおろか教師さえも骸に声を掛ける者は居ない。 まったく、沢田綱吉には似合いの緊張感がない学校だ。 これでは敵に襲われても対処しきれないだろうなと、骸は痛むこめかみに手をやった。 沢田綱吉の周囲にはよく腰巾着が侍っているが、はっきり言って一人は口先ばかりで全く頼りにならないし、もう一人は善人の笑顔ですべてをコーティングしていて何を考えているのか骸にもよく分からない。 実力的にボヴィーノの子供は論外。アルコバレーノの家庭教師は生徒を危険に陥れることを楽しんでいる節があるので選考外。守護者の意味を解さず沢田綱吉を置き去りに暴走しやすい晴れの守護者などは完全に問題外。 雲雀恭也はそもそも普段の態度から見て一考するにも値しない。 故に不本意ながら。本当に不本意ながら骸くらいしかまともに沢田綱吉を護れる人間はいないのだ。 (仕方がないですね。いつか乗っ取るあの体。妙な輩に傷つけられても困りますし……) それに、自分は一応。 とりあえず。 暫定的に。 まったく興味も関心も自覚もないのだが、守護者だ。 守護者が主を護るのは至極当然のこと。 さらにここで骸の心証を良くしておけばもっと沢田綱吉に近づくことが出来る。油断を誘うことも出来る。 これは、いつか沢田綱吉の体を乗っ取りマフィアを壊滅させるために必要な手順なのだ。 一つも無駄ではないし、おろそかにも出来ない。 (まぁ、こちらには髑髏がいるんです。心証云々はけして他の守護者達に比べ、悪くはないでしょう) 自分の中、眠りについている髑髏に意識を向ける。 沢田綱吉は女性に弱い。 別にそれと知っていて体を共有した訳ではないが、それでも髑髏を選んだのは正解だったらしい。それとも、初対面のキスがきいているのだろうか。 沢田綱吉の髑髏に対する心証はすこぶるいい。 同時に、髑髏の沢田綱吉に対する心証もとてもいい。 何故かはよく分からないが、髑髏は沢田綱吉に懐いている。 沢田綱吉に会うとき。沢田綱吉と話しているとき。沢田綱吉のことを考えているとき、髑髏の心は弾んでいる。 けして面には出さないが、髑髏は沢田綱吉の近くにいることが嬉しくてたまらないらしい。 今日並盛までやってきたのも、実は髑髏が進言したためだ。 ――――ボスの役に立ちたい。 髑髏はよくそんなことを口にする。 具体的にどう役に立つつもりなのかはよく分からないらしいが、とにかくその思いだけで、わざわざ隣町まで出張ってくるとはご苦労なことだ。 皮肉混じりに感心する。 もっとも、急きすぎて疲れはて、目的の並盛中を前にして骸とバトンタッチする羽目になった事に対してはさすがに呆れてしまうが……。 だがそろそろ起こした方がいいかもしれない。 もうじき、沢田綱吉のいる教室に着く。自分よりも、髑髏が出ている方が沢田綱吉も安心するだろう。 そう考えて、骸は小さくため息をついた。 チリ……と、ほんの一瞬胸が焦げる。 去来したのは、いつか見た、楽しげに笑う沢田綱吉の姿。 髑髏の目を通してみる彼はまるで、友人達と一緒にいるときのように安心しきった顔をしていた。 警戒心など、欠片も見あたらぬ微笑み。 自分と一緒にいるときにはけして見ることの出来ない笑顔に、骸は何とも言えぬもやもやしたものを抱えた。 骸が姿を現す時、彼は決まって脅えた顔をする。 いくら沢田綱吉自身が骸を敵視していないと言っても、やはり根底にはかつて生死のやりとりをした者への緊張があった。 あの戦いで骸から受けた仕打ちを完全になかったことに出来るほど、沢田綱吉は楽天家ではないし聖人でもないと見える。 まぁ、それでもなお骸を側に置けるほどには、彼は能天気で愚からしいが。 たいして髑髏の場合、助けられた恩はあっても怨はない。 さらに髑髏は沢田綱吉を慕っていることを、表情にこそ出さないが態度には過ぎるほど表している。その懐きっぷりは自称右腕といい勝負だ。 沢田綱吉にとってどちらが安心できる存在か、言うまでもないだろう。 そこまで考えて、骸は再び胸が焦げるのを感じた。今度は苛立ちもプラスされている。 骸は苛立ちを紛らわせるように静かに、長く息を吐いた。 一体なぜなのだろう。沢田綱吉の事を考えるといつもこういう気持ちになる。 胸がちくちく痛むような、じくじく膿むような、どくどく走るような、そんな経験したことのないもので埋め尽くされる。 ――――もしかしてこれが嫉妬という奴なのだろうか。 あまり自分に馴染みのない言葉がぽっと頭に浮ぶ。 髑髏を――――自分の保護下にある人間を取られてしまうのではないかという、いわゆる親心。 親を知らない自分がこんな感情を持つのはおかしな話だが、これ以外考えられない。 まれに他の守護者が沢田綱吉と接しているときも似たような感情を抱くことがあるが、これはただ単純に沢田綱吉の警戒心のなさを軽蔑してのことだろう。 嵐の守護者や雨の守護者ならともかく、あのいかにも百害あって一利なしな雲雀恭也を守護者としているのだから、その無防備さはもはや表彰ものだ。 もっとも、そんな甘さがなければ沢田綱吉とは言えないし、その警戒心のなさのおかげで骸は彼の側にいれる訳だが。 まぁ、彼の無防備で甘ったるいところは自分がフォローすればいい。 そしてフォローするため近づくには……、 (……骸様、あの) (起きたんですね、髑髏。ええ、沢田綱吉の教室はすぐですよ) ――――髑髏を使えばいい。 完全に気を許している髑髏を使えば、たやすく沢田綱吉の懐に潜り込める。 潜り込めればしめたもの。徐々に外堀を埋めてゆき、やがてボンゴレ十代目の体を己が物とする。 その為にも今は、せいぜい大人しく模範的な守護者を演じていてやろう。 ふ、と見上げた先に沢田綱吉がいるはずの教室が見えて、骸は笑みを深くする。 さて、彼は一体どんな顔で出迎えてくれるだろう。 驚きか、呆れか、あるいは笑顔か。 いずれにせよ、自分を慕う者を無下に扱うなどあの沢田綱吉に出来るはずがない。 骸は自分の中で言葉なく入れ替わることを急かす髑髏を宥めつつ、教室の扉に手を ――――かけたところでとっさに身構えた。 廊下の向こうから、ゆっくりと凝り固まった殺気がこちらに向かってやってくる。 (骸様……) (分かっていますよ、髑髏) 不安げに揺れる髑髏の声。髑髏にも近づいてくる殺気の正体が分かっているらしい。 まぁ、骸の知る限り、ここまで無造作に殺気を垂れ流す人間など一人しかいない。 皆かかる祟りを恐れているのか。 さっきまで確かにあった生徒達の声も姿ももはやなく、学校の中はまるで死に絶えたかのようにしんと静まりかえっている。 「思ったより早かったですねぇ」 軽口を叩きながら三叉の槍を構える。 見据えた先には、想像したとおりの相手が、予想通りの姿でいた。 「せっかく出してあげたおもちゃなんです。もっとゆっくり遊んでいけば良かったのに」 「五秒で壊れるような不良品掴ませるなんて、いい度胸だね。慰謝料払ってよ、もちろん代金は君の命だよ」 淡々とした中に怒りを滲ませ、雲雀恭也はトンファーを構える。 やはり事を構えず沢田綱吉の元へたどり着くのは無理だったか。 骸は自分の見通しの甘さを詰った。 こうなったら憂さ晴らしもかねて目の前の障害を叩き伏せるしかない。 外道の力を宿した右目がじんわり熱を持つ。 すると、周囲の風景が一瞬にして変わった。 まるでカメラのレンズを通しているかのように遠近感が曖昧になる。 (……髑髏?) (私が、やる) 骸は髑髏と入れ替わっていた。 自分が指示したものではない、突然の入れ替わりに訳を問おうとした骸に髑髏の声が重なる。 (骸様は、あの人が嫌い?) 見据えた視線の先には雲雀恭也。 突然の入れ替わりに戸惑う様子もなく、冷静に間合いを推し量っているようだ。 骸は眉間に皺を寄せた。 いつも自分に突っかかって来る者。 いつも自分の邪魔をする者。 いつも自分と沢田綱吉の邪魔をする者。 いつも沢田綱吉の近くにいる者。 いつも沢田綱吉に害を加える者。 いつも沢田綱吉に……。 (邪魔ですね) 骸は舌打ちと共に断言した。 舌打ちは目の前の雲雀恭也と自分に向けられたものだ。 なぜここで沢田綱吉を思い出すのか、分からない。 沢田綱吉は単なるマフィア壊滅のための道具だ。にもかかわらず、骸が雲雀恭也を嫌う第一の理由に沢田綱吉がいる。 どういうことだ、これは。 これではまるで自分は雲雀恭也に嫉妬を……。 (よかった) グルグルと脳内を好き勝手に回る考えは、髑髏の心底ほっとしたような声に阻まれる。 (髑髏?) (骸様が、あの人を好きじゃなくて良かった。だって……) 「……私も、あの人好きじゃないもの」 ボスをいじめるから……。 構えた槍はぴったり、雲雀恭也を捉える。 あまり好き嫌いをはっきり言わない髑髏の珍しい主張に、骸は改めて沢田綱吉への思いの深さを知る。 と、同時にまたあのじくじくとした嫌な感情が頭をもたげてきて、骸は再び胸中舌打ちをした。 イライラする。 むかむかする。 腹が立つ。 とりあえずこの胸が悪くなる苛立ちは――――。 (この男で晴らすことにしましょう) ――――紅差し込む並盛中のとある廊下は、たちまち剣劇の音かまびすしい戦場へと変わった。 「……っわ」 沢田綱吉は背筋を襲う悪寒にきつく両肩を抱きしめた。 「あれ。どしたん、ツナ?」 「お風邪でも召しましたか、十代目! 俺の上着で良ければ……」 山本を押しのけ慌てた様子で制服を脱ぎにかかる獄寺を宥めながら、綱吉は遙か後方、並盛中のある方角を見据える。 ――――また寒気がした。 教室にいる間中感じていた嫌な予感が学校を出た後も続いている。 なぜだろう。このまま学校にいれば大変な目に遭うと超直感により逃げ出したはいいけれど、肝心の教室どころか学校からもかなり遠ざかったのに嫌な予感はいまだ続いている。 (なんだよ……本当になんなんだよ――――ッ!!) 説明の付かない悪寒に背筋を震わせながら綱吉は帰路を急ぐ。 念のためもう一度振り返った先にはやはり何もなく、ただ血のように真っ赤な夕空が広がっていた。 |
あとがき
サンドものというか、三つ巴が好きなんだというのを全面に押し出してみた。
地味に綱吉×髑髏も好きなんだぜ。
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