Happy Wedding March!
=結婚狂騒曲=

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 最近ロンドンで頻発している不可解な花嫁連続誘拐事件。
 レイトン教授の下に持ち込まれた時、すでに事件は四件も起こっていた。
 犯人を捕らえるどころかその正体、果ては目的すらいまだ分からず。
 手がかりらしい手がかりと言えば、事件がセントジェームズ教会でばかり起こっていると言う事と頭文字Rの花嫁ばかりが狙われると言うことぐらい。
 犯人の意図は一体どこにあるのか。
 浚われた花嫁の安否を気遣うレイトンの表情にも苦い物が浮かぶ。
 場に横たわる重い空気。
 それを払拭したのは、なにやら名案を思いついたらしい助手、レミの明るい声だった。





「教授、このナゾを解明する手っ取り早い方法がありますよ」
「手っ取り早い方法だって? それはなんだい」
 訝しげに問うレイトンに意味ありげな笑顔を向けるレミ。
 一拍の後、笑顔の訳を悟ったレイトンが顔色を変えた。

「レミ……君はまさか……ッ」
「……ッ! その手があった!」
 考え込んでいたらしいルークがポンッ、と手を叩く。
「レイトン先生、この手でいきましょう!」
 元気はつらつ、乗り気なルークにレイトンはさらに顔を青くした。
 元々つぶらな瞳が、さらに丸くなる。
「ルーク! 君まで何を言うんだい! ダメだ、危険すぎる!」
 一喝の下、二人に考え直すよう叱りつけるレイトン。
 だが、レミ、ルークの意志は固い。

「平気です、教授」
「そうですよ、レイトン先生。ボクがついています!」
「な、なんだ!? あんまり危険な手はオレが許さんぞ!」
 一人分かっていないグロスキーが声を上げるも、盛り上がる二人の耳には届かない。
「そうと決まれば早速ドレスを用意しなきゃ!」
「そうですね! ほら、レイトン先生!」
「ふ、二人とも……!」
 はしゃぐルークに袖を引かれ、レイトンはますます弱り果てる。
 何とか思い直すようにと、説得の為開かれた唇は次の瞬間言葉を発することなくそのままの形で固まった。





「やっぱりウエディングドレスっていったら白ですよね、白! 先生にはマーメードラインのドレスが似合うと思うんです!」
「あら、普通のふんわりしたのも似合うと思うわ。あぁ、そうそう。ブーケも当然用意しなきゃ。スズランのブーケなんて可愛いんじゃない?」
「白百合も捨てがたいですね」
「ちょ、ちょ、ちょっと二人とも……?」
 盛り上がる二人にレイトンは上擦る声で制止をかける。
 隙あらば脱力しようとする口輪筋を必死で持ち上げ、レイトンは疑問を投げかけた。
「――――もしかして……新婦役って私かい?」
 冗談であれと願いを込めて問い掛ける。
 聞いた途端、今度はレミ、ルーク両名が呆気にとられた。
 二人は互いに顔を見合わせると、同時にレイトンの方へ向き直り、





「あたりまえじゃないですか!」





 ――――なんでやねん。
 レイトンはのど元まで出かかった言葉と繰り出しかけた裏拳を寸前で止めた。
 レイトンの困惑など知る由もなく、レミは眼を輝かせレイトンの手を取る。




「大丈夫です、教授! 私も新婦役になってお守りします。教授には指一本だって触れさせるものですか!」





 ――――いや、そのりくつはおかしい。





「だめですよ、レミさん!」
 さっきまでレミ側についていたルークがやにわに声を荒げる。
 レミとの間に立ちはだかり憤慨する頼もしき一番弟子の姿に、レイトンも同調しようとする。


 が。




「新婦が二人なんておかしいです! 新郎がいなくっちゃ! そして新郎役には一番弟子であるボクが相応しいです!!」





 ――――いや、そのりくつもおかしい。





 なぜか二人の中では「新婦役=レイトン」の図式が出来上がっているらしい。
 おかしい。おかしすぎる。
 そもそも狙われるのは頭文字Rの花嫁であって、レイトンの頭文字はLだ。
 それ以前にレイトンは男であり、新婦は女性がなるものであり、だいたいルークの言うとおり新婦役が二人というのはあまりに斬新すぎるものであり――――。





(ダメだ……このナゾは深すぎる……)
 口角泡を飛ばし盛り上がる二人を説得できる自信も言葉も思い浮かばない。
 これまでどんなナゾにも屈したことのない英国紳士としてのプライドが粉みじんに砕けそうだ。
 話について行けないのはグロスキーも同じ模様。
 眼を白黒させ、必死で二人の会話を理解しようとするが脳が処理しきれていないらしい。
 このままいったら壊れた機械よろしく頭から煙を吐きそうだ。
 だが体力自慢な警部のこと。しばらくは大丈夫だろうとグロスキーの方は置いておいて、先にレミ達をどうにかしよう。
 体全体からはてなマークを飛び散らせるグロスキーを横目に、レイトンは助手二人の方へ向き直る。
 二人のディスカッションはさらに熱を帯びていた。
 今は、ヴェールはロングがいいか、ショートがいいかについて激しく語り合っている。
 両者一歩も引く気配を見せない。




 ――――いや、私は着ないからね?




 心の中でまず一言宣言してからレイトンは二人を止めるため口を――――




「ちょっと待ったあああああああああああ――――!!」





 開いたら窓が割れた。




 折れる窓格子。
 派手な破砕音。
 陽光にきらめき飛び散る硝子。
 飛び込む人影。
 覚えのある、しかしここにあってはならない後ろ姿。




 大仰しくマントをひらめかせ、狂気の科学者デスコールここに推参。
 呆気にとられるレイトン達を前にゆるりと振り向くデスコール。
 どういう事か、仮面に隠れていない唇が噛みしめられすぎて血を流していた。
 仕草こそ優雅で美しいが、どうにも何とも全体から醸し出す雰囲気が禍々しい。
 デスコールは全身から憎悪の陽炎を揺らめかせ一歩。近づく。
 レイトンとグロスキーはとっさにレミ達を背にかばった。




「久しぶりだな……エルシャール・レイトン」
 耳に強く残る、渋いバリトン。押さえ込んだ平坦な声に、レイトンはデスコールの胸中が荒れている事を察する。



「道にでも迷ったかい、デスコール? スコットランドヤードはもう数ブロック先だ。自首ならば早く行くといい。もうじき受付の閉まる時間だ」
「私の影すら踏めぬ愚鈍な警察に用はない。いつだって用があるのはお前だ、エルシャール……」
 唇を染める紅を舐めとりながら、嘲笑するデスコール。
 たやすく怒りの沸点に達したグロスキーが飛びかかろうとするも、レイトンはそれを止める。


 今はまだ相手の真意が見えない。
 何故わざわざ仇敵とも言うべきレイトンのもとへ単身飛び込んできたのか。
 ここには武術に長けたレミやグロスキーがいる。
 レイトンもフェンシングに関してはそこらの暴漢に引けを取らぬと自負している。
 あるいは、この三人を相手にしても勝てる自信があるとでも?
 考えているうちにデスコールの足が止まった。
 レイトン達まであと一歩、二歩。完全に間合いに入った。
 デスコールは仮面の下で光る眼を獰猛に細めたまま、沈黙。
 レイトン達も倣うように黙する。




 ――――奇妙な見つめ合いは二呼吸続いた。


「――――エルシャール」


 デスコール、発声。低く、落ち着いた声。レイトンは答えず、ただ近くにあった傘を手元に寄せる。

「エルシャール」

 再びデスコール。今度はレイトンも「何かな?」と応じる。
 すると、デスコールはひゅっと深く呼吸し――――、




「夫の私に黙って結婚式とは何事だァッ!?」




 巨大な妄言を吐いた。




「……えっ?」
「何を惚けている、エルシャール! 私の目を盗み浮気など……ッ。最近仕事ばかりでかまってやらなかったからか? だが一週間に一度は寝顔を見に家に戻っていただろうが!」
「ちょっと待てぇえぇッ! いつの間に家に……いや、なぜ君がうちの鍵をッ! だいたい夫って――――ッ!?」
 顔を青くして叫び返すレイトン。対するデスコールは表情を和らげ、

「――――まったくどこまでも愚かな男だ。鍵とはドアについていたあの原始的な付属物の事を言っているのか? あんな旧世代の遺物で私達のなかを裂くことなどできるものか、心配性な……。そんな可愛い事を言っていると公衆の面前で押し倒すぞ。むしろ押し倒したい。今すぐに。その厚ぼったいタートルネックをひん剥きたい。最近会わなかったせいかレイトニウムが圧倒的に足りない」




 まさに立板に水。一度もとちることなく滑らかに吐き出された妄言と言う名の暴言にレイトンの精神は蝕まれ、削られてゆく。
 仮面から出ている頬が赤いのも恐怖に拍車を掛ける。
 心なしか息すら荒い事に気がついて、レイトンの顔色が青から白に変わった。





 恐かった。
 レイトンは目の前の男が恐かった。
 これまでどんなピンチに陥ろうとも感じた事のない異質な恐怖にカタカタと歯が鳴る。
 理解できない。してはいけない。
 この男を、この狂気を、このデスコールと言う名の異物を理解など――――ッ!




 異様なデスコールの熱気に戦くレイトンだったが正気を失うことはなかった。
 レイトンの後ろにはルーク達が――守るべき者が――いる。
 こんなことで怖じ気づいていたら一人息子を預けてくれた親友にも申し訳が立たないではないか。
 レイトンはぐっと丹田に力を込めるとデスコールを睨み据える。
 視線を受け、デスコールは一瞬おやっ? と言った顔をしたが、すぐに唇を柔ら





「ちょおぉぉぉっと待った――――ッ!!」





 雄叫びと共に闖入者再び。
 しかも出てきたのはドアでなければ窓でもない。





 ――――床、だった。



 対峙するレイトンとデスコールの間の床がぱっくり開き、そこから見知らぬ青年登場。
 ハンチング帽を被ったなかなか理知的な青年は、デスコールになど目もくれずレイトンの眼前まで一直線にやってくる。

「お久しぶりです、レイトン先生」

 はにかんだような笑顔。一気に幼くなったその顔をレイトンは見たことがあるような無いような……。
 頭の中に確かに引っかかりがあるのだが、掴んで記憶の沼から引きずり出そうとしてもどうにもサルベージできない。
 失礼かと思いつつ「君は……?」と問えば、青年はレイトンの両手を握り込み再び、




「お忘れですか? あなたの伴侶です」




 ――――いったいどこ主催か。今日は初耳の大バーゲンらしい。
 忘れようとしても忘れられない。
 なにせはなっからそんな事実も現実もないからだ。
 たぶんなにかの勘違いだろう。
 そう考えた矢先、



「――――戯れ言はそこまでにして貰おうか」




 低い、低い、憎悪に塗れた低い声。
 レイトンは声を手繰る。
 ――――そして、彼は謎の青年の肩越しに悪鬼を見た。



 仮面の奥の瞳に宿る鋭利な光は、実際に力を持っていれば目の前の青年をいともたやすく残忍に貫き殺していた事だろう。
 自分に向けられているのではないと分かっていても、寒気が止まらない。
 手足が冷たく凍えてゆくのが分かる。

 対する青年はというとそんな視線などお構いなし。
 青ざめるレイトンへ、安堵させるように微笑むとデスコールの方を振り向く。
 斜め後ろから見える青年の表情はデスコールに負けず劣らず恐ろしく冷ややかだ。



「戯れ言とは侵害ですね、Mr。あなたの方こそ妄想はたいがいにしてください」
「さっきも言ったが、そちらこそ戯れ言はそこまでにしておけ。いきなり出てきてエルシャールの伴侶だと? ――――例え言葉の上だけであったとしても貴様のような小僧に私の妻を汚されるのは不愉快きわまりない」
 腹の底から不快気に吐き捨てるデスコール。対する青年の表情に浮んでいるのは憎悪ではなく嘲笑。
 その年頃の青年には不釣り合いなほどの澱みが笑みの底に見える。



「ハッ、何を言い出すかと思えばぽっと出が偉そうに……。僕にはあの日――――優しく抱き留め慰めてくれたぬくもりを知ったあの時から積み重ねてきた想いがある。僕と先生は炎の絆で結ばれているんです! 怪しげな仮面男はすっこんでろ!」
「何が炎の絆だ、痛々しい。そちらこそあらぬ夢を見るのは眠りのなかだけにしろ。そもそも――――貴様のような青二才にエルシャールを満足させられるとでも?」
 バリトンにエロティックな響きを含ませ、仮面の下で優雅に笑うデスコール。
 一瞬目が――――仮面に隠されている目が奇妙な熱を帯びてレイトンを掠めた。
 物の本にあるメドゥーサの邪眼とはこのようなものだろうか。
 我知らず飲み込んだ息が熱くて、重くて、レイトンは体を彫像のごとく硬直させた。




「――――レイトン先生をそんな目で見ないでください!」




 突如甲高い声が上がった。
 驚くレイトンをかばうかのようにずい、と前に躍り出る小さな影。

「ルークッ!?」

 両手をめいっぱい広げ、デスコールの前に立ちふさがるルーク。
 ぎゅっと握りしめた両の拳が、唇が震えている。
「ルーク、下がりなさい!」
「いやです!」
 レイトンの叱咤にもルークは怯まず、デスコールをにらみ据える。
 睨まれたデスコールと言えば涼しい顔。
 だが先ほどの青年とのやりとりを見るに、一体何が、どんなきっかけで爆発するか分からない。
 レイトンは傘を持つ手に力を込めた。隣でグロスキーが、後ろでレミが臨戦態勢を取る。


 彼は親友の一人息子であり、また可愛らしい一番弟子でもある。
 万が一、デスコールがルークに危害を加えようとしたならば、この身を挺してでも守ろう。
 それが大人としての、そして英国紳士としての務め。


「ルーク――――もう一度言う、下がりなさい」
「イヤです! 絶対イヤです!」
 静かに諭すも、返ってくるのはだだっ子のような反発。
 首を激しく振る度、目尻に溜まった涙が珠のように飛び散る。
「だって……だってあんな言われ方悔しいじゃないですか!」
「ルーク……」
 自分を案じてくれる少年の姿にレイトンは眦が熱くなるのを感




「まるでレイトン先生が淫奔みたいな言い方! レイトン先生は清らかです! 少なくとも僕と結婚するまでは処女です! レイトン先生のバックバージンは僕が守ります!」
「ルウウウウゥゥゥウウウクッ!? 処女は女性に使う言葉であって男性に使うものじゃない! いやそれ以前に子供が使うものじゃないよルゥ――――ック!!」




 もう"僕と結婚うんぬん"はこの際吹っ飛ばした。すっ飛んだ。
 十歳前後の子供から飛び出た性的連想は常に英国紳士たれという矜恃をぶち壊すのに十分な火力を持っていた。


「その通りだ、ルーク君!」


 困惑するレイトン達をよそに、よくぞ言ったりと晴れやかな笑顔で青年は同調する。
 その爽やかなサムズアップはなんなのか。
「こんなに可愛らしいレイトン先生が非処女な訳がない! いやもっと言うなら人間かどうかすら怪しい。僕はたまに先生が妖精なんじゃないかと思う時すらあるッ!」
「まったくこれだから夢見がちな童貞共は――――。清純な顔の下に隠された自分でも知らない淫らさをさらけ出させる楽しみが分からないとはまったく愚かで哀れな! だが非人間説には同意しよう。……私は割としょっちゅうエルシャールの背中に天使の羽が見える! 具体的に言うと今も見えるッ!」




 話がエロティックからファンタジー路線へ大幅変更。
 グロスキーが混乱しきりな表情でこちらを見つめるが、そんな顔されてもレイトンにはどうしようもできない。
 話の流れについて行けない行きたくない。
 当初の険悪な空気は一体どこに飛んでいったか。
 本人が目の前にいるにもかかわらず"レイトン教授非人間説"で盛り上がる四名(いつの間にやらレミ参戦)を前に絶句するレイトン。
 言葉を奪われても考えることを止めないのは英国紳士としての意地か習慣か、はたまたプライドか。
 花嫁連続誘拐という緊迫した事件が発端とは思えぬほどほのぼのと、しかし各員自分の主張を曲げぬものだからどこかぎすぎすと語り合う四人から眼をそらすレイトン。






「――――グロスキー警部」
「――――なんだ」
「別室へ移り、我々だけで今回の事件を洗い直してみましょう。少なくとも、この場で何もせず立ちすくんでいるよりは有意義です」
「おお! そうだな、そうしよう!」
 レイトンの提案に、常に話の中心から仲間はずれを喰らっていた警部が元気よく頷く。
 警部をともない部屋を出るまぎわ聞こえた会話――靴下以外全裸とシルクハット以外全裸のどちらがよりエロスか――については、即座に脳から抹消した。
 今はただひたすらに思考をナゾで埋め尽くしたい。
 少しでも隙間があってはダメだ。
 隙あらば潜り込もうとする背後の恐怖を振り切るように、レイトンは足を速めた。

あとがき

 マーチラビット(三月兎/発情期の兎)ともかけてあったり。

 冒頭の結婚式で教授のドレス姿を想像したのは私だけではないはずだ。
 とりあえずレイトン教授が愛されていれば管理人は満足です。

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