想いの逝く先
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言われた近藤は、ただぽかんと大口を開けて沖田を見た。 夏の風が吹き抜ける縁側。常にないほど明るい月の下で、沖田は子供っぽい顔をさらに子供っぽく微笑ませる。 「えーと、総悟君?」 どういう意味かな?と近藤は首を傾げた。 沖田は時々謎かけのようなことを言ってくる。 それは悟りを開くための禅問答のようでもあり、ただの子供の思いつきにもとれる。 正解しなければ嬉しそうだし、当てれば当てたで満足そうな顔をする。 今回は、いつにもまして言っている意味がよく分からなかった。 ギブアップの意を示せば、沖田はにやりと笑って続けた。 「言ったまんまでさぁ。アンタが死ねば、オレは殺す」 誰を、と続けて問えば、全部、と返ってきた。 「アンタを殺した奴がいるなら、そいつを。土方さんも、真選組も万屋も、アンタが惚れてる女も、アンタに関わった人間、全部を殺す」 無論、俺自身もでさァと、快活に言われ、近藤は声を詰まらせた。 月明かりの下、よく見知った子供の顔が微笑んでいる。 それは好物を見つけたときの顔であり、イタズラを思いついたときの顔であり、土方とじゃれているときの顔であり――――近藤の知っている"沖田総悟"の顔であった。 しかし、毎日見ているはずなのに、なぜだろう。今の沖田の表情には、清水の中に一滴墨を落としたようなかすかな違和感を感じる。 これではまるで別のモノ――――もっと得体の知れない。もっと恐ろしい。もっともの悲しい。 これでは。そう――――これでは化け物だ。 近藤は笑った。 自分の考えがおかしくて、滑稽で、馬鹿げていて……不安で。 近藤は笑った。 沖田の否定の言葉を待ちながら――――引きつった顔で笑い続けた。 「近藤さん」 ふいに、沖田の顔が翳った。 月に群雲が架かり、あたりは鼻を抓まれても分からない暗闇に落ちる。 遠くから聞こえるのは隊士達の鼾か。 自分でも知らぬ間に近藤は笑いを止めた。 完全な漆黒とは言い難い、どこかぼやけた闇の中で、沖田の姿が消えた。 消えたのは姿だけだ。その存在は、先ほどと変わらず近藤の目の前にある。 けれど違和感を感じる。これは――――本当に沖田なのだろうか? 「近藤さん」 闇の中で影が囁いた。空気が動いて、影が近づく。 「アンタ、冗談だと思ってんだろィ」 心中を見透かされ、近藤は思わず体を引いた。 影も又、動く。 吐息が頬を掠める。 沖田の姿をした影がゆったりとした声で囁いた。 「冗談なんかじゃありやせん。俺ぁ、本気でさァ」 腐り落ちる寸前の果実のように甘い甘い囁きが耳朶を舐る。 背筋を、軍場でも味わったことのない得体の知れない戦きが走った。 近藤はさらに体を引こうとする。 だが動かない。 体を押さえつけられているわけでもないのに、なぜか体は揺らぎもしない。 のしかかる見えないプレッシャーに呼吸も滞りがちになってくる。 「いいですかぃ、近藤さん。俺を遺していかねぇでくだせぇ」 簡単でしょう?と声が笑う。 「ただアンタが死ななきゃいいだけの話だ。アンタが死なねぇで居てくれたら。アンタが笑っていてくれたら。バカやっていてくれたら。泣いていてくれたら。怒っていてくれたら、それだけで俺ァ、見失わずにすむ」 プレッシャーがわずかに緩んだ。緩んだその隙間に這い出てきたのは、哀願。 相変わらず闇に包まれた中で一瞬、沖田の顔が見えた気がした。 近藤は金縛りの解けた腕で、そっと影の頬に触れた。 「総悟……お前、怖いのか?」 なんの考えもなしに、とっさに言葉が口をついて出た。 なぜだろう。目の前の影が泣いている気がした。 触れた頬は一つも濡れていないのに。 なのになぜか。声を殺し息を殺し怯えを殺し、目の前の"総悟"が泣いている気がした。 沖田は近藤の言葉に、短く笑った。 「はっ。バカにしちゃいけませんぜぃ。俺に怖いものなんてあるもんかい。俺は怖いんじゃねぇ。俺は――――俺ァ、ただ……ただ……」 言葉はそこでとぎれる。 相変わらず雲の通りすぎる気配はないので、視界は暗く沖田の姿は見えない。 だが触れた指が伝える。 堪えるかのように沖田は震えていた。 ただひたすらに、自分の中の何かと戦っているかのように体を震えさせている。 近藤は、急に沖田が五つも十も幼くなったように感じて、胸が切なくなった。 まだ子供の頃から知るこの青年は、人に弱みを見せることをよしとしない。 たとえぼろぼろの態でも、表情だけはふてぶてしく、憎たらしく笑って見せた。 だからいつもだまされる。 大丈夫なのだと。"沖田総悟"と言う男は、何者より強いのだと安心してしまう。 本当はこんなにもろい面も持っているのに……。 近藤は、急に目の前の男が痛ましくなった。 その思いのまま、頬に触れていた手を沖田の背中に回し、思い切り抱きしめる。 頬に沖田のさらさらとした髪が触れる。耳元で、驚きに息を詰める気配がした。 「こん、ど、ぉ、さ……ん……っ?」 「大丈夫だ、総悟。大丈夫」 お前を遺して逝ったりするものかと、近藤は囁きかけた。 まだ少年の名残がある華奢な背中を、あやすように撫で続ける。 「俺は結構未練がましいんだ。お前やトシや真選組や……色んな大事なもんを遺して誰が死ねるかってんだ。それに俺ぁ死ぬときはおタエさんの膝枕で老衰って決めてっからな」 四割冗談、六割本気で笑って言えば、離れようと突っぱねていた手をゆるめ、沖田は喉をふるわせた。 「……叶わねぇ夢見んのもたいがいにしてくだせぇ。付き合わされるこっちが迷惑だぃ」 「いいや。この熱い想いがあれば、いつかはおタエさんも振り向いてくれる!っていうか信じてる!夢見続ける!だって諦めたらそこで試合終了だからっ」 「まぁ、せいぜい殺されねぇ程度にがんばってくだせぇ。手は貸しませんし、応援もしやせんが」 ひでぇな、と笑いながらなじれば、沖田もまた笑って答える。 縁側はいつの間にか再び月明かりに照らされていた。 暖かい光の中で、近藤は再確認する。 今腕の中にいるのは、得体の知れない化け物ではない。 自分のよく知る、"沖田総悟"だ。 「――――近藤さん」 腕の中の沖田が、近藤の胸元にすがりついてきた。 「死なねぇでくだせぇ、近藤さん。俺ぁ、この世の何者からもアンタを守りきる覚悟は出来てるが、さすがに死神相手にバズーカぶっ放して追い払える自信はねぇ。だから、近藤さん」 おいて逝くなとすがる声に言葉は返さず、近藤はただ沖田の頭を軽く撫でた。 子守歌を模したそのリズムに安堵したのか――――やがて沖田の腕から力が抜けてゆく。 ――――月光に彩られた庭先で、一つの誓約が交わされた。 |
あとがき
書いちゃいました、銀魂話。
見ようによっては近藤×沖田にも見てますが、管理人は逆が好きです(誰も聞いていません)
っていうか、もう近藤さんが愛されていればそれで満足です。
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