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――――それはいつもどおりの夜。 どこからか吹く風は海が近いせいか、青々しい草の香りと共に潮の匂いも運んでくる。 空には満天の星が輝いていた。 雲ひとつない空は上等のビロードを。大小さまざまに瞬く星々は金細工を連想させる。 広い草原にぽつぽつと点在する樹の陰に、彼らは居た。 「我らが主人はまだかのう……」 樹に背を預けた、薄汚れたローブの固まりが呟く。 焚き火を間にし、向かい合った騎士が、手の中で弄んでいた木っ端を火の中に投げ込んだ。 「リュカの事だ。きっとどこかで道草を食っているのでしょう」 「それにしても、遅い」 「おそい、おそーい!」 ゼリーの塊が、青い体をプルプル揺らしながら老人に同調する。 その時、じっと眠っているとばかり思っていた茶色い毛の塊が、一つ目をパッチリ見開き、長い耳を振るわせた。 「リュ、リュカ。かえって、きた」 一つ目の宣告から、数秒もたたず本当に主人は帰ってきた。 その姿を見て、騎士と老人は唖然とした後、またか……とそろってため息をつく。 「あはははー。また連れてきちゃったぁ」 能天気な笑顔の主人。その横には、大人しく着き従うキラーパンサーと一緒に、戸惑った表情の見知らぬキメラがいた。 「最初はね、襲われたんだ。いつもどおり」 そういって、リュカは手にしたお茶を新参者のキメラに手渡した。 メッキーと名乗ったキメラは羽で器用に、しかし困惑気に受け取る。 彼の救いを求めるような視線を、同情を篭めて受け流しながら、騎士達は無言で主人の先を促した。 「そして、闘って、勝った。そうしたら、仲間になった」 それだけだよ?と首をかしげていつもの、説明ではけしてない説明を終了する主人に、ピエールたちは揃って長くて長くて長ったらしいため息をついた。 微妙に体の力が抜けた一同を代表してピエールが苦言を呈する。 「リュカ。貴公の懐の大きさには、はなはだ感服するしかありませんが、しかしそれも時と場合によりけりです。以前から口が酸っぱくなるほど言っているでしょう」 「そうじゃ。今回は、またたまたま心根の善い者に当たったが――――もしも。もしもこれがなにか腹に一物抱え、仲間になったフリをし、油断したお主を討ち取ろうという輩じゃったらどうする」 言いにくそうに澱んだピエールの言葉を、マーリンが引き継ぐ。 他の仲間達も――――ついさっき仲間になったばかりのメッキーすら同意の意を示す。 全員の目には、表しきれない不安と軽率に対する戒めが篭められていた。 だが、たしなめられたリュカは、朗らかに笑うと、 「大丈夫。そう言うのは、目を見れば分かるから。悪い人なら、すぐに分かるよ。的中率は百パーセントだって、ここにいる皆が、その証拠」 ねっ、とリュカは全員の顔を見回す。水晶のようによどみのない瞳に、一同は思わず苦笑した。 ――――あぁ、この青年はなんて底なしの馬鹿で、天井知らずのお人よしで、救いようのないくらい優しくて、存在を疑うくらいまっすぐなのだろう。 再確認する。まったくとんだ ピエールはわざとらしく肩をすくめて溜息をついた。 「いまさら言っても、馬の耳に念仏ですね」 「暖簾に腕押しともいうのぉ」 「ぶたにしんじゅー」 それは違う、と全員からスラリンにツッコミが入る。 全員の息のあったやり取りに、それぞれクスクスと笑い出し、場はまた長閑な空気に変わった。 いつもこうだ。 リュカに関わると、いつもなんと無しに安穏してしまう。 大丈夫だと。リュカと共にいればどんな困難も乗り越えられると声にならない声が自らのうちからあふれ出す。 不思議な青年だった。 かつてここにいる全員はプックルを除き、敵としてリュカと対峙していた。 しかし戦い敗れ、あの澄んだ目で見つめられた時、ピエール達は自分の内にある邪心が跡形もなく消え去ったのを感じた。 消え去った邪心の痕に生まれたのは、暖かな心。 忠誠とも信頼ともつかぬ想いは、やがて心のうちを満たす。 溢れそうな心に戸惑うピエール達に、リュカは手を差し伸べた。 「一緒に、行く?」 優しい笑みに、ある者は躊躇いながら、ある者は飛びつくようにリュカの手を取り、彼らは仲間となった。 今でも、同属を裏切った事を心苦しく思わないでもない。 だが裏切り者の汚名を着ようとも、ピエール達には守らなければならないものが出来た。 「それにね、僕はどんな理由があろうとも、立ち止まらないよ。父さんの最後の願いはまだ叶っちゃいない。自分の願った形じゃない結末なんて、しかもそれが第三者によって強引にもたらされた結末なんて、絶対受け入れないよ」 プックルの毛皮を撫でながら、穏やかに笑うリュカ。 その瞳に宿る光の、なんと強く痛々しいことか。 何があっても、リュカは笑っている。 辛くて、悲しくて、居た堪れなくなっても、リュカは笑う。 まるでそうする事によって、自分の傷ついた心を隠しているようにも見えた。 「リュ、リュカ」 ガンドフが巨体を揺らしながら近づき、リュカに凭れかかる。 「がんどふ、まもる。リュカ、まもる」 「ありがとう、ガンドフ」 リュカが茶色い毛並みを撫でると、ガンドフは気持ち良さそうに一つ目を細めた。 その膝の上で、青いゼリーの固まりが存在を示すようにぴょんぴょんと跳ねる。 「スラリンをわすれちゃいけないよ!スラリンは、リュカのいっちばんのこぶんなんだ!」 「忘れてなんかないよ。スラリンも、ありがとう」 もう一つの手でスラリンの角を撫でてやれば、たちまちいつも緩んだ顔がさらに笑み崩れた。 今まで撫でていたプックルが、他に移った手に抗議の声を上げる。 いつも見ている暖かな光景。そして、これからも続くべき光景だ。 鉄仮面の下で微笑んだピエールは、手にした木っ端を火の中に投げ入れる。 「さぁ、もうそろそろ寝てください。今のうちに休息をとっておかないと。明日は山越えをするんですからね」 「おぉ、騎士殿の言うとおり。老骨にあらずとも寝不足は堪えるもの。肝心な時に戦えないなどとなったら目も当てられん」 さぁ、寝たり寝たりと老魔法使いはスラリン達を促す。新参者もそれに従う。 ピエールとリュカは火の番のために残る事となった。 口々に就寝の挨拶を交わしながら、賑やかに馬車へと戻る面々。 最後に馬車へもぐったマーリンは、振り返りもせずしみじみと呟いた。 「ご安心めされ、我が主人よ。この老いぼれ、おぬしの望んだ結末とやらを見届けるためならば、地獄の底まで付き従いましょうぞ」 「――――ありがとう、マーリン」 リュカは老魔法使いに向かって感謝の言葉を向けた。 マーリンは後ろ向きに片手を振って答えとし、馬車へと消えた。 「……私もですよ、リュカ」 マーリンの姿を見送ってから、ピエールも口を開いた。 振り返ったリュカの顔に、炎の影がユラユラ揺らめいている。 黒曜石のような瞳が、戸惑いの色に染まっていた。 「貴公の手を取ったときから、この魂は貴公のもの。この身を剣とかえ盾とかえ、御身を守りぬく覚悟」 「――――今日はどうしちゃったのかな、みんな。そんなに嬉しい事ばっかり言ってると、僕泣いちゃうよ?」 そういいながら、やっぱりリュカは笑う。 笑い声に反応するかのように、焚き火がゆらゆら揺らめく。 しばらくしてリュカは笑いを止めた。 とたんにその場は静寂で満ちてゆく。 静か過ぎる夜のどこかで、 やがて、リュカは真剣な面持ちでまっすぐピエールの方を向くと、 「大丈夫。僕は負けないよ。けして泣き言を言わなかった父さんのように。――――僕も、君たちを守り抜く」 二度と後悔しないように――――。 小さな声でつけたされたそれは、ピエールの心に重く響く。 溌剌な青年の心に潜む傷痕を垣間見た気がした。 ピエールは零れそうなため息をすんででこらえると、きわめて快活に、 「ご安心ください。我らは守られ、甘やかされるほど弱くはありませぬ。それはリュカが一番良くご存知でしょう」 励ますように言えば、リュカは頬を緩めて頷いた。 「うん。知ってる。みんな、頼りにしてるから。いざとなったら、よろしくね」 「御意」 もったいぶった様に大仰しく頷けば、それだけでリュカは吹き出し、コロコロと笑う。 焚き火の影も、笑い声につられるように揺れる。 いつもどおりの夜だ。いつもと同じ静かな夜。 けして幸福ではないが、しかし不幸でもないと胸をはっていえる生活。 命を賭して守りたいと願う毎日の象徴が、今目の前にある。 同じ年の青年よりも幾分幼い笑顔を見つめるうち――――ピエールもまた仮面の下で笑み崩れていた。 |
あとがき
五周年連続更新企画作品。
管理人的DQ5の主人公像。
へらへらのほほんとしているけどやるときはやります。
合い言葉は、
「人類魔物神様仏様、みんなひっくるめてお友達」
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