「きゃー!」
衣装室の中では、メイドたちが一人の新入りを取り巻いて甲高い嬌声を上げていた。
「お似合いですぅ〜」
「お化粧の必要がありません〜」
「何か美容法があればご伝授を!!」
「無いって!!」
強制的に座らされている新人はリボンで纏められた金糸を振り、スカートを両拳で握り締め抗議した。
「なんっで俺がこんな……!?」
その声は紛れもなく怒りに震える青年の声であった。
そもそもの原因はスタンにあった。
リオンの邸宅で暮らしている(軟禁状態とも言う)スタンは、毎日あんまりやる事が無い。
身の回りの世話などはお付のメイドがやってくれる。
やる事と言えば剣の稽古か、やってくる友人をもてなす事か、たまに帰って来るリオンの相手くらいのもの。
毎日暇で、ヒマで、ひまで、暇で、仕方なくて。
余り余った退屈のベクトルはメイド達に向けられた。
元々何かされるより、してあげる方が性に合うお節介焼きである。
重いものを運んでいれば持ってあげ、危険な屋根の修理や煙突の掃除、はては夕食の手伝いまで。
やることを見つけて退屈がまぎれるスタンはいいだろうが、やられるメイドたちは当惑顔だ。
主人に仕事を奪われたメイドは怒るに怒れずおろおろするばかり。
「お止めください、スタン様。そんな事されてはリオン様にしかられます〜!」
「大丈夫だって。俺、力あるし」
「違います、違うんです〜!」
「へーき、へーき。ちょうど退屈だし、こういう仕事好きだし……」
「姿が見えないと思ったら、こんな所でボランティアか?」
「えっ?」
「っひ!」
一緒に振り返ったメイドが青ざめた顔のまま、喉の奥で悲鳴をあげた。
いつの間にやら現れたリオンが、台所のドアの前で、腕組みをして立っている。
「なんだよ、いつからいたんだ?」
「ついさっきだ。それより、そんなに仕事がしたいか?」
「え?ああ……うん」
素直に頷けば、リオンの眼がイタズラそうに細まる。
「――――だったら思う存分やらせてやろう」
リオンが指を鳴らしたのを合図に、どこにいたのかやってきたメイドたちにスタンはあっという間に衣装室へ連行され――――今に至る。
「なんなんだよ、だいたいなんでメイドなんだよ!!」
「お前がしょっちゅうこいつらの仕事を横取りしているから、てっきりやりたいのかと思って。それにしても……」
と、すこし離れた場所でスタンが変貌していく様子を興味深げに観察していたリオンは、一度頭からつま先まで視線を滑らせると、
「似合っているじゃないか」
「ウソだ――――!!」
スタンは眦をちぎれそうなほどキリキリと吊り上げて吠えた。
激昂に勢いよく立ち上がった拍子にスカートの裾がふわりと空気を孕む。
スタンが着せられたのはメイドの中でも見習いが着る服であった。
裾がふくらはぎあたりまである肩口の膨らんだ長袖ワンピースはシックな黒。
シミ一つ無い純白のエプロンは裾に用途不明のひらひらがついている。
いつもは伸ばし放題の髪も今回ばかりはポニーテールにまとめられ、怒りに震えるたびゆらゆらとゆれる。
首もとの金ボタンがついた真っ赤なリボンが、モノクロの中でいっそう鮮やかに映えた。
だがスタンは自分が男だというしっかりとした自覚を持っている。
いくらひらひらの付いたカチューシャまでつけられたからって、そうそうこの状況を受け入れるなんて出来ない。
スタンは必死に言い募る。
「俺結構背があるし、鍛えてるし、第一男だし!絶対変だ、似合わない!!」
「そんな事ありません!!」
スタンが言い切った後、方々から悲鳴のような否定が飛んだ。
「とてもよくお似合いです!」
「ええ、身長も体格も確かに男性のものですがその細腰でばっちりカバー!!」
「むしろ妬けます!その体型!!」
「こう言ってはアレですがスタン様はお顔が幼いので、最悪女性に見えなくとも違和感ゼロですワ!」
「それに筋肉なんて外から見れば全然分からないくらいだし!」
「とにかくお綺麗です!スタン様の女装!」
「自信持ってください!」
「俺は女装の自信より男としての自信を取り戻したい!」
スタンが涙目で反論しても、返ってくるのはかわいーなどと言う嬌声のみ。
もはや何を言っても盛り上がった彼女たちを止める術はない。
女性たちのパワーに圧倒され、うろたえるスタンを見つめるリオンの口元には、いつの間にか笑みが浮かび上がっていた。
「なに笑ってんだ!」
と、それを見咎めたスタンが、今度はリオンに矛先を向ける。
「元はといえばお前が悪いんだぞ!お前が変なこと言わなきゃ……つっ!」
八つ当たりとも言える言葉の途中、リオンへ向った手が阻むように掴まれる。
「スタン様、お止めください」
掴んだのはメイド長だった。
女性とは思えない力が手首に食い込み、スタンは軽く呻いた。
「スタン様――――いえ、スタンさん。主人に対し無礼を働く事はメイド長として私が許しませんよ」
普段と言葉に篭る温度が違う。
気づいたスタンは驚いた顔でメイド長を見た。
「これから一週間、スタンさんには誇りある我がオベロンのメイド見習いとして働いていただきます。一週間の間、主人に仕える心構えやメイドとしての自覚などをしっかり会得していただきましょう。さぁ、スタンさん」
冷たいまでの花のかんばせに若干茶目っ気を滲ませた笑顔で、彼女は言った。
「お仕事です」
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