今日は土曜日 貴重な休みともなれば一人暮らしのクロードは、掃除をしだす。 白いエプロンがまるで新婚さんのようだ。
「よし、やっと終わった」 きれいになった部屋を見回し、ご機嫌なクロード。 うきうきと掃除道具をしまおうとしたその時、
ピーンポーン・・・
「お客さん?はーい、今行きまーす」 パタパタと慌てて道具をしまい、玄関を開けるとそこには、
「よぉ・・・」 「!!ディアス先輩!」
「な、何でディアス先輩がこ、ここに・・・?!」 「たまたま近くに来たから寄った」 慌てふためくクロードとは対照的にディアスは落ち着き払っていた。 「あの、立ち話もなんですから、中に入りませんか?」 「そうさせてもらおう」 って、クロードが薦める前から靴脱いでた奴が何を云う。
「・・・案外キレイだな」 「へへへ〜。さっき片付けたばかりなんです。いつもはもっと汚れてるんですけどね」 通された部屋を誉めるディアスに、クロードは照れくさそうに答えた。
「適当に座ってください。・・・珈琲でいいですよね?」 「ああ」 スリッパを鳴らしながら、台所へと消えてゆく背中を見つめ、ディアスは珍しく笑みを浮かべた。
(・・・ふっ、たかが部屋に招き入れられただけでこんなにも落ち着きがなくなるとはな・・・) 今まで、剣以外でこんなにも心奪われる事は無かったのに・・・。 そう自嘲気味にわらう。 だが、 だからこそ欲した。 だからこそ願った。 あの、『クロード』という存在すべてを手に入れたいと・・・。
そんな取り止めの無い事を考えていた時、 「お待たせしました」 クロードが珈琲を手に、戻ってきた。
「ところで、ディアス先輩。よく僕がここに住んでるってわかりましたね?」 ディアスの前にカップとスティックの砂糖を置きながら聞く。 「ああ、・・・レナに聞いた」 (まさか夜中に職員室忍び込んで調べたともいえんしな・・・) それって立派な不法侵入じゃないか? 恋のためなら犯罪すらいとわんか。
「・・・それより、悪かったな。突然押しかけて」 殊勝そうな顔をして確信犯が何を云う。 「いいんですよ、休みって云ったって、この家めったに人来ませんから」 苦笑するクロードにディアスの目が怪しく光った。
「・・・クロード」 「なんですか?先輩」 カップをソーサーに戻し、ゆっくりとクロードの方へ向き直る。 おい、ディアス目、据わってるぞ。 クロードもなんですか?ぢゃない。少しは身の危険を感じろ。
「・・・・・・」 無言のままじりじりと距離を縮めてゆくディアス。 「あ、あの」 やっと異変に気づいたクロードが後ずさりしはじめる。 だが、それよりも早くディアスの手がクロードの肩をつかんだ。
「えっ?」 「クロード・・・」 互いの息がかかるほどに顔が近づく。 クロードが、グッと目をつぶった。その時、
ピンポンピンポンピンポンピンポン――――――――!!!
「あ、お客さん!」 忙しないチャイムにディアスの手からするっと身をかわし、玄関へと向かう。 とたん行き場を無くす手。 やっぱり世の中そううまくはいかないもんだ。
「はいはーい・・・」 バンッ! 「クロード!」
クロードがドアを開けるより早く、アシュトンが部屋に飛び込んできた。
「あれ、アシュトン?どうしてここに?」 「マラソンしてたら、偶然ここに来ちゃったんだ」
「・・・アシュトンの家って隣の市じゃなかったっけ?」 それが事実だとしたらすごいな。 ホノル○マラソンにでも出る気かよ。
「客か?」 まるでこの家の主のような顔で、ディアスが出てきた。 それ以前にお前も客だろう。 「ディアス先輩!どうしてあなたがここに!!」 先輩だという事を考慮して一応敬語だが、その目は敵意に満ちている。 ディアスも負けずに睨み返す。
今にも戦闘開始しそうな陰悪な雰囲気を壊したのはクロードだった。
「ちょっとアシュトン!顔色悪いよ!!」 よく見ればアシュトンの顔色は真っ青、脂汗が頬を伝い、呼吸もかなり苦しそうだ。 たった今病院から脱走してきましたって感じ。途中でよく保護されなかったな。
「アシュトン、とにかく上がって」 「ご、ごめんね・・・」 「いいんだよ、ほら、掴まって」 クロードに肩を支えてもらうアシュトンを、これ以上ないほど凶悪な目つきで睨みつけるディアス。 (もう少しだったのに・・・!) なにが、だ。そして何をだ、ディアス。
「ここに据わって、今、水持ってくるよ」 クロードが台所へ去っていってしまうと、後にはディアスとアシュトンが残された。 一触即発。 あたりに危険な雰囲気が立ち込める。
「ところでなんでお前はここに来た」 ディアスの質問にだいぶ顔色のよくなったアシュトンは顔を顰めた。 「実は厭な予感がしたんです」 お前は超能力者か。 「先輩こそどうして」 「俺はクロードに会いに来た」 「用事もなしに?」 「用事ならある。クロードを口説きに来た」 「なっ!?」 直球。そしてえらくダイレクトだな。 大体さっきのは『口説く』ってより、『押し倒す』に近かったぞ? 「何言ってるんですか、あなたは!!」 ディアスのとんでもない科白に、アシュトンが真っ赤になって立ち上がった。
「アシュトン、もう大丈夫なの!?」 水の入ったコップを手にしたクロードがアシュトンに駆け寄る。 そういや、クロード水汲みに行ってたっけ。
「ああ、もういいよ。ごめんね、心配かけて」 「気にしないでよ、そんな事」 「・・・・・・」 二人ともディアスのことすっかり忘れてないか? 割り込めぬ二人の雰囲気に、ディアスの目つきが鋭さを増してくる。
いまならもれなく般若も裸足で逃げ出す恐ろしさ。 「体弱いのにマラソンなんてするから・・・。お願いだからあんまり心配させないでね」 「クロード・・・」
ヒュン、がすッ!
いきなり目にもとまらぬ速さで、何かがアシュトンの頭を直撃。 「ア、
アシュトン!!」 「すまんな、ソーサーが勝手に飛んだ」
いや、ソーサーは自力では飛ばんだろう。 かくてアシュトンは地に臥した。
「アシュトン、ちょっと大丈夫!?」 「そんなもの気にするな、クロード」 フローリングを朱に染めながら三途の川彷徨っている後輩を『そんなもの』扱いですか。
「それより、さっきの事なんだが・・・」
あごに手をかけ、くっと上を向かせる。 「クロ・・・」
『ちょっと待った・・・』
地の底から響くような声に下を見れば、よろよろしながらもアシュトン復活。 頭から流れる血で顔は斑だ。 ここだけ切り取ってみればまさにB級ホラー映画。 こいつの場合クロードのいる所なら三途の川さえUターンして泳ぎ返ってきそうだな。
「ちょっと人が、あの世見物に言ってる間に・・・油断も隙も無い」 「どうせだったら見物といわず永住してきたらどうだ?」 睨むアシュトンに嫌味を返すディアス。 それに応じて回りの温度も急降下。
今ならバナナで五寸釘が打てそうだ。 一人事情の分かってないクロードは二人の間でおろおろするのみ。
「あなたみたいな人にクロードは渡せません!」 「いつお前のものになった」 「僕はずっとクロードのそばにいたんです。それだけでもあなたより勝っているはずだ」 「期間なんてものは関係ない。だいいちさっきから見てたが、何年もいたわりには進展していないらしいな」 「!」
ディアスの一言に言葉を詰まらせるアシュトン。 ディアスは勝ち誇ったような笑みを浮かべた。 普段は無口なくせに今回はよく喋るな。 ひょっとして、クロードがそばにいるせいでハイになってるのか?
そんな重すぎる沈黙の中、クロードはひたすら混乱していた。 (はぁ――?ふ、二人ともなに話してるんだぁ?) 自分を巡り目の前で二人の男が対決しているとは夢にも思っていないらしい。
「・・・わかりました」 「アシュトン?」 いつもと様子の違う友人の姿に当惑うクロード。 「あなたの言いたい事はわかりました」 「何をわかったというんだ?」
「あなたがクロードから手を引かないという事です。でも、僕だって諦めるなんてできません!!なら、今後のためにもあなたをこの場で亡き者にします!!」 ものすごい発想の転換だな。しかも今後のためってなんだよ。
いったん死にかけて性格変わったのか?
「亡き者にか・・・くっくっくっ、俺も甘く見られたな」
悪役ちっくな笑いをかましながら身構えるディアス。 (えっ。ひょっとして本気?) 今までの顛末を観て冗談だと思っていたのかクロード。 それが事実だとしたらえらく大物だな。いや、単に鈍いだけか。
「本気で行くよ!」 「十秒だ・・・!」 世界の違った科白を吐きながら両者がぶつかり合おうとした、が
「二人とも何やってるの!!」
聞こえるはずのない声に、三人は思わず動きを止めた。 「レナ、どうしてここに・・・?」 クロードがもっともな疑問を口にする。 「クロード一人暮らしだし、何かと不便かなって思って、夕飯・・・作りに来たの」 「・・・鍵は?」
「開いてなかったし、中から騒々しい音がして、チャイム鳴らしたって気づいてくれなさそうだったから、『空けて』きちゃった」 ・・・どうりでこの部屋さっきから風通しいいと思った。 さすが格闘技少女、些細な問題は力技で解決か。
「とゆーわけでディアス、アシュトン」 「へっ?」 突然の乱入に立ち尽くしていた二人にたいし、レナはにっこり笑ってこういった。
「今からこの部屋片付けてvv」
なんせ、床には血だまりできてるし、珈琲ぶちまけられてるし、ドアは妙に風通し良くなってるし・・・(これは二人じゃないけど)かくして、クロードが半日がかりで片付けていた部屋は面影とどめる事無い惨状とかしていた。
「さあさあさあさあ、アシュトンは床を拭いて、ディアスはカップのかけら集めて」 反論させる余裕も無いほどてきぱきと指示を与える。
「あの〜、ぼくはぁ・・・」
後ろから控えめなお伺いを立てているのはこの部屋の主でもあり、一番の被害者でもあるクロード。 いきなり現れたレナに仕切られてちょっと影が薄い。 そんな事でいいのか主人公。
「クロードは・・・料理、手伝ってくれる?」 レナが本来の目的を口にする。 「うん、いいよ。でも、アシュトン達に掃除させるのは・・・」 「いいじゃない、どうせこんな惨状にしたのアシュトン達なんでしょう?なら、手伝わせて当然だわ!」 ここぞとばかりに力説するレナ。 言っていることは正しそうだが要するにクロードと二人っきりになりたいだけか。
「なら、お願いできる?アシュトン、ディアス先輩」 上目遣いで申し訳なさそうにお願いされ、断られるはずも無い。 気づけば二人は首を縦に振っていた。 「さ、私達は台所に行きましょうv」
妙にうれしそうなレナと一緒にクロードが台所に消えると、まるで申し合わせたように二人はため息をついた。
本日の勝者・レナ=ランフォード 敗者・獣二人(笑)
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