Antinomy

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 ――――思い知ればいい。




「……なにがしたい」
 星明りさえも届かぬ深夜の寝室。
 ベッドに横たわったディアスが不機嫌な声を出す。
 そのなかには、わずかに呆れも混じっているようだった。

 馬乗りになったクロードは答えなかった。答えず、ただ動かない。
 片手で塞いだディアスの目を睨みつける。
 クロードの手の中で、あの鬼神のような目もきっとこちらを睨みすえているだろう。
 ディアスが溜息をついて、クロードの手を剥がそうとする。
 一瞬現れた栗色の瞳を、すぐさまもう一方の手で隠す。
「クロード……」
 声に不穏さが加わった。クロードは答えない。
「クロ……」
「――――ディアスはずるい」
 払おうと動いた手は、すぐに空中で止まった。
 クロードは構わず、さらに声に棘を含ませ、
「ディアスは、ずるい」
 と続けた。
 ディアスが長い溜息を吐く。
「……突然だな」
「突然なのはディアスの方だ。いつもいつも……。いつだって」


 今日だって、ディアスはいきなり帰ってきた。
 いつも突然家を出ては、何日も連絡を寄越さない。
 そして、いい加減愛想を尽かしてやろうかと思う頃、帰ってくる。
 図ったようなタイミングのよさはまるで、こちらがやきもきするのをどこかで見物しているかのようだ。
 今日も、涙で濡れた枕を夢路のお供に、浅い眠りを漂っていたら、背中に忽然とぬくもりが擦り寄ってきた。
 すわ何事かと跳ね起きれば、横で何週間ぶりかに見た青頭が静かに寝息を零している。
 ほっと安堵の息を吐いたのもつかのま、むらむらと怒りが心中に湧きあがってきた。


 この男は知らない。
 自分がどんな思いでこの数週間を過ごしてきたか。どれだけ不安に押しつぶされそうになってきたか。


 だから。


「思い知ればいい」
 誰もいない部屋に帰る苦痛を。居もしない影を探す虚しさを。それでも離れられない愛しさを。
 手のひらで作ったちっぽけな闇の中で、その片鱗だけでも知ればいい。


「……君なんか嫌いだ」


 ぽたりと。言葉と一緒に涙が手のひらに落ちる。
 視界が歪むのを見ていられなくて、クロードは目を閉じた。
「どうして帰って来るんだよ。なんで僕に鍵を預けるんだ。捨てられるとか思わないのか? 己惚れるのもいい加減にしろよ」
 涙で潤む闇の中、己の声が厭に響く。
 もっと罵ってやりたいのに、声がうまく言葉にならない。
 言いたい事の半分もいえないまま、とうとうクロードはしゃっくりあげるしか出来なくなった。
 泣くしか出来ない自分が惨めで女々しくて、さらに涙は止まらない。


「きらいだ……ディアスなんて……きらい……」
「――――すまん」


 クロードはとっさに目を開けた。
 ぼやけた視界に相変わらず目を塞がれたディアスがいる。
 さっきの言葉は幻聴か何かかと、


「すまない」
 もう一度ディアスが呟く。


「……なんだよ」
 そんな言葉一つで全て済ますつもりなのか。
 虫がいいにも程がある。
 そんな雑言を再びぶちまけてやろうかと思った。
 思ったのに。


「……っぅ……くっ……」


 言葉が出てこない。
 言葉にならない代わりに、クロードは唇を噛み締めた。
 もう二度と離したくないと思う。
 しかし、ディアスはすぐに遠くへ行ってしまうだろう。自分には何一つ言わず。
 それでも、今は。今だけは……。


「おかえり。ディアス……」
 ――――手をどけた先に現れた栗色の瞳に、クロードは柔らかく微笑みかけた。

あとがき

新妻クロード。
ディアスは割と空気読めないッつーか一匹狼っつ−か自由人なイメージがあります。

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