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――――平和だ。
誰に確認するでもなくそんなことを考えてしまう昼下がりの事。
ペターニの広場では、今日も商人達が元気に商売をし、子供たちは戯れ、母親たちは井戸端会議に熱中している。
そんな広場の中央。ちょっとしたカフェに手持ち無沙汰な顔をした二人の少女がいた。
どちらも、人目を引く整った容姿をしている。
ふらふらと陽気に誘われた蝶のごとく、何人かの若者が彼女たちに近づいていった。
















「ねぇ、君」
呼ばれ、少女は声のほうを向いた。
大きなエメラルド色の眼が、やに下がった男の顔を映し出す。
「さっきから見てたんだけどさ、今ヒマ?ヒマなら俺とどっか遊びに行かない?」
男は馴れ馴れしい調子で少女の隣に据わる。
少女の白い手が、肩に触れかけた男の手を存外に強く弾いた。
そして、栗色の髪をさらりと揺らすと、
「ごめんなさーい。わたし、哺乳類以外の方とはちょっと……」
――――男が頬を引きつらせるのと同時に、あたりで失笑が漏れた。







「隣、いいですか?」
青年は丁寧に窺った。少女は答えなかった。
それはおろか、顔すらも向けない。
「あの……ちょっと……」
少女はひたすらに沈黙している。
時折指が苛ただしげにテーブルを叩く以外、何のリアクションも起こさない。
「ねぇ。あの」
青年はムッとした様子で少女の眼前に回りこむ。
そこで初めて、青年は少女の翠目を目の当たりにした。
宝石とは違う。まるで新緑のような瞳に、青年はぼうっと魅入られた。
少女が長い宵色の髪をかき上げる。
そして、蒼翠の瞳がゆっくり細まり……
「目障りよ、俗物」
――――蔑みに塗れた短い言葉は、青年の心をズタズタに引き裂いた。














「――――困ったものね」
すごすごと引き上げてゆく青年の背中を見送りもせず、マリアは呟いた。
「今ので五人目ですよ。もぅ……」
ソフィアは咥えていたジュースのストローを放し、ぼやいた。
「フェイト、何してるんだろう……」
遠い視線が、幼馴染の去っていった方角を見つめる。
「まったく。買い物に何時間掛けるつもりかしら」
マリアの指が、また腹ただしげにテーブルをこつづいた。
二人の待ち人は、二人の想い人でもあるフェイトだった。
元々は三人で買い物に出かけようとしていたのだが、ソフィアもマリアもそれぞれフェイトを独占したがり、あわやペターニ壊滅の危機にまで陥ってしまった。
二人がどうして争っているのか、根本的な理由には気付かないフェイトだが、なぜこの場で二人が争うのかと言う理由は少し分かった。
曰く、自分がいるからいけないのだ。と。
お互いリーサルウェポン発動五秒前の二人に一声掛けて、フェイトは一人で買い物に向った。
幸いにも、周囲にあまり被害が及ぶ前にダブルノックダウンしてしまった為、ペターニ崩壊の危機は免れた。
二人が置いていかれたと気付いたのはその直後である。
「フェイト、何してるんだろう……」
「それ、八回目よ」
マリアが呆れたように溜息をつく。ソフィアは不貞腐れたように唇を尖らせた。
「マリアさんだって、さっきからコツコツコツコツ……。テーブルに穴が開いちゃいますよ」
言われて、マリアはぴたりと指を止める。どうも無意識のうちにやっていたらしい。
マリアは決まり悪そうに、「それにしても遅いわね……」と明後日の方を向いた。
「……あ――――っ!」
今までテーブルに突っ伏していた顔を上げ、ソフィアは奇声を上げた。
「わたし、もう我慢できません!!」
蛮声に耳を潰されたマリアが身悶えているのをよそ目に、ソフィアは脱兎のごとくフェイトの向った路地へと消えていった。
「ちょっと……待ちなさい!」
ワンテンポ遅れてマリアも駆け出そうとする。
しかし、ゆくのを阻むかのように何者かがマリアの袖を掴んだ。
「誰!?」
「お勘定」
――――珍しく瞠目したマリアの目に飛び込んできたのは、店のオバサンが差し出したしわくちゃの手とオーダー表だった。














一方その頃。二人の探し人であるフェイトは。
「オラ。とっとと金出せ!」
……たいへんレトロなカツアゲにあっていた。
(どうしよう。困ったなぁ……)
困った。本当に困った。
フェイトは両手いっぱいの荷物を抱えながら、困っていた。
なぜ不良達は、よりにもよって自分を指名したのだろう。
こんなに両手がふさがっていては、財布を取り出すことは出来ない。
おまけに、さっきの買い物で所持金はゼロだ。素寒貧だ。
戦って勝てない相手というわけではないが、不良とはいえ一般人に手を上げるのは忍びない。
第一、そんなことをしては荷物がたいへんな事になってしまう。
袋の中には、繊細な完熟トマトやふわふわパンも含まれている。
潰れてしまっては一大事だ。
不良達の罵声を意識の遠くに聞きながら、フェイトはこの状況を打破しようと考えた。
答えは案外あっさり見つかった。
(ま、しょうがないよね。悪いのは、彼らだし)
「なに黙ってんだ、こらぁ!」
不良の一人がフェイトの胸倉を掴みにかかる。
しかし掴むはずの腕は虚しく空を切った。
「なっ、ぐぅ……ッ!」
フェイトは不良の一人に思い切り足払いを掛けた。
たちまちすっ転んだ不良を踏み越え、フェイトは走り出す。
フェイトの考えた事態脱却の最良手段。
それは……。
「三十六計逃げるにしかず――――ッ!!」
「まちや、ゴラァ――――ッ!!」
不良の追いすがる声にも、無論フェイトの足は止まらなかった……。




















蜘蛛の糸のように張り巡らされたくらい路地裏。
「えい!」
なんて可愛らしい声が聞こえ、不良の一人は何かに足をとられてすっ転んだ。
仲間の背中と声が遠のいてゆく。
「ってぇ……。誰だ!」
振り向けば、そこにはロッドを携えた可愛らしい少女がいた。
険しい顔をしてこちらを睨みすえている。
不良は顔全体を厭らしい笑みでゆがめた。
そしてゆっくり立ち上がると、嘗め回すように少女の体を見ながら、
「おう、嬢チャン。何のつもりかしらねぇがこんな事してただで済むと……」
「動かないで!」
少女がロッドを振り上げたと同時に、不良の足元に火の玉が被弾する。
「どうしてフェイトを追いかけるか知らないけど……許さない!!」
「お、おい!」
少女の瞳に尋常ではない怒りがこみ上げているのを見て、不良は思わず腰をひいた。
だが、もう遅い。少女が飛ぶ。
「必殺ッ――――ロッドで一撃ィ!!」
……必殺とは、"必"ず"殺"すと書いてヒッサツと読む。
ある意味、彼の男としての人生はそこで終焉を迎えた。
男は股間を押さえると、その場に泡を吹いて倒れこんだ。
「フェイト……ッ」
少女はいましがた不良を昏倒させた凶器を握り締めると、顔に新たな決意を刻み、不良達の後を追いかけた。
















「ウォワッチ!」
不良は思わず足を止めた。
異変に気付かないのか、見る間に仲間の後姿は遠ざかって行く。
不良はあたりを見回した。
自分の横の壁に、小さな穴が煙を上げて空いている。
「な、なんだ……」
「こっちよ」
静かな声に呼ばれ、不良はとっさにそちらを向いた。
視線の先には、大人びた雰囲気の少女がいた。
睨み据える視線は、氷雪もかくやというほどに冷たい。
「なんのようだ、姉ちゃん。俺は今忙しいんだ」
「あら、残念。せっかく遊んであげようと思ったのに」
鼓膜を振るわせる甘い声と蟲惑的な笑みに、おもわず不良の動きが止まる。
たちまちに、顔がだらしなく緩んだ。
「へぇ、姉ちゃん。俺と遊んでくれるのかい」
不良はニヤニヤと顔を脂下がらせながら、少女に近づく。
少女も笑って迎えた。
「ええ。遊んであげるわ。だから――――さっさとお逃げなさい」
いつの間にか不良の顎の下には、無骨な拳銃が当てられていた。
冷たい鉄の感触に、不良は冷や汗を流して後退った。
「て、てめェ……」
「遊びましょう、ボウヤ。私は狩人で、あなたは追われる豚よ」
思わず鞭とハイヒールを献上したくなるようなサディスティックな笑みを浮かべて、少女が一歩ずつ近づいてくる。
「さぁ、早く逃げなさい。――――逃がすつもりはないけれど」
――――追う者が、今度は追われる者と化した瞬間だった。


















フェイトの足は速かった。
しかし、いかんせん大荷物を抱えている。足が鈍るのは仕方がない。
追う不良の一人が、フェイトの肩に手を掛けかけた。
その瞬間、不良の足は止まった。
フェイトの白い背中は、見る見る視界から消えてゆく。
不良は再び走り出そうとはしなかった。出来なかった。
クビに小さいが良く尖れた刃が当てられていたからだ。
「アイツに関わったのが運の尽き……ってね」
耳元で女の呆れたような声が囁く。
不良は渇いた喉を震わせながら、精一杯の虚勢を張った。
「なにもんだ、テメェ!」
「名乗るほどの者じゃないさ。――――アンタがね」
それと同時に、首筋にプチリと痛みが走った。
足からゆっくり力が抜け落ちてゆく。
不良は崩れ落ちながら、視線だけ声の主に向けた。
「やれやれ……」
そこには、赤いショートカットの女が、フェイトの駈け抜けて行った路地に視線を向けていた。
「……守るこっちの身にもなっておくれよ」


















「あれ?」
軽く息を弾ませながら、フェイトは待ち合わせのカフェにやってきていた。
しかし、そこで待っているはずの幼馴染と片割れの少女たちの姿はない。
かわりに、優雅にミルクを飲むネルがいた。
「ネルさん、ソフィアとマリア、知りませんか?ここで待ち合わせの約束してたんですけど……」
尋ねてみるが、ネルは素っ気無く首を横に振る。
「さぁね。アタシが来た時には、二人とも姿は見えなかったよ」
「おかしいなぁ……。ここで待ってるはずなのに……」
合点がゆかないと辺りを見回してみるも、二人の姿はない。
そのうち、ネルがフェイトの肩をポンと叩いた。
「まぁ、宿で待っていればそのうち帰ってくるだろう。行くよ、フェイト」
「あ、待ってください。ネルさ……」
背中を向けて歩き出したネルを追いかけようとするフェイトの遠く後ろで、爆音が轟く。
空には、白いきのこ雲が上っていた。
「なんだろう……アレ」
立ち止まり、その場にいる人々と同じ様に呆然と空を見上げるフェイト。
その手を、苛ただしげに掴む者がいた。
「い、く、よ」
「あ、ネルさん!」
ぐいぐいと腕を引かれ、フェイトは慌てて歩き出す。
それでも、まだ後ろをちらちら気にしながらポツリと。
「花火……だよね、あれ。今日は、お祭りでもやってるのかな?」
「――――ある意味カーニバルだろうよ。アッチは」














溜息をつくネルの遥か後方で、また一つ、爆音が轟きわたる。
――――腹が立つほど平和な昼下がりの出来事であった。

あとがき

一番の災難は不良でもなければネルでもなく、ペターニの町そのものな気がします(笑)
なんだかシリーズ化しそうなこの話。
いや、予定はありませんが。
前回の「VS」より局地的破壊度合、マリアのサド具合がパワーアップしているようです。
純真ウブなマリア&ソフィアファンの方、ごめんなさい。
そして、これでネルも参戦するかもです。
個人的にネルさんは見守り(傍観)側の人間なんですが……。
三つ巴ならぬ四つ巴も面白いかな?
(破滅度さらにバージョンアップですが)

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