背中合わせ

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トン、と背中を合わせる。



















「何だ」
陽だまりの中。
あまりにも不釣合いな風景の中、やはりディアスは浮いていた。
クロードは風景画の中に無理やり割り込んだ人物の背中に背を預け、同じように胡坐をかいた。
「危ない」
冷たい声で注意が促される。
手に持っていた手入れ中の剣と道具を、ディアスはそっと草の上に置いた。
「お前は何がしたいんだ」
「別に。ただ珍しいなぁと」
思っただけだとクロードは言った。
「ディアスがこんな陽の中にいるなんてね」
「陽に当たったら灰になるとでも思ったか」
「気分が悪くなるだろうとは思った」
言っていろ、とディアスは多少呆れた声を出した。
クロードは聞こえないふりをして背筋をぐんと伸ばした。
ひらりと、目の前で黄色い蝶が舞う。
宿の庭先は青々しい草のじゅうたんが風にさざめき、波の音と酷似した音を奏でる。
静寂とはいえないものの、十分に静かだった。
ディアスはいつの間にか剣の手入れを再開していた。
クロードの口から一つ、生あくびが出る。
「……おい」
「うん?」
ディアスの手が再度止まった。
「いつまでこうしている気だ?」
「気が済むまで」
「いつ気が済む?」
「いつだろう」
普段しないようなのらりくらりとした調子でクロードはディアスの質問を巧みにかわす。
これではまるで禅問答だ。
だが残念ながらディアスは悟りを開くつもりは無いらしい。
クロードもそれは同じ。
「……ディアス」
「何だ」
会話が途切れたのを感じ、クロードは口を開いた。
「不思議だね」
こうしているのがさ、とクロードは続けた。
「前は僕たち、向かい合って剣を交わしていた。君の背中には誰もいなくて、僕の背中はレナ達がいた。でも今は、ほら、お互いに背中を合わせて敵と戦っている。昔は敵の位置に、それぞれ僕らがいたのにな」
不思議だね、とクロードはもう一度だけ呟いた。
「昔は、こんな事思いもしなかったのに……」
敵ではなかった。
けれどライバルだった。
互いに向かい合い、その剣の切っ先はいつも相手に向いていた。
だが今は……切っ先にいるのはディアスではなく、あまつさえ無防備な背中は彼に守られている。
考えもしなかった未来に立ち、またそれが不快でない事が、クロードには不思議だった。
「……不安か?」
「えっ?」
ディアスが小さく呟いた言葉にクロードは合わせていた背を離し、振り向いた。
ディアスは前を見たまま、
「俺が背中にいることは、不安か?」
「――――全然」
クロードは首を横に振った。
「ディアスは強いからね」
実際言葉にするほど、背中を預けると言うのは容易い事ではない。
死角になるからこそ。無防備だからこそ。
絶対に強い相手にしか、任せられない。
「強いだけか」
「へっ?」
クロードはまた聞き返す。
「何だって?」
「お前が俺に背中を預ける理由は、俺が強いからだけか?」
さぁっと、風が吹いた。
ディアスの長い髪が鼻先をくすぐる。
「――――違うよ」
クロードはディアスの肩に頭を預けた。
「それだけじゃない。それだけじゃァないんだ」
もちろん、ディアスが強い事は分かっている。
でもそれだけでは、背中を預けるなんて出来ない。
「信じてるからだよ」
ぎゅっと、クロードがディアスのマントを握り締める。
「ディアスの事、信じてる。たとえ何があったって、ディアスなら大丈夫だと思うから。僕が倒れたって、この背を支えてくれるって信じてるから――――」
言葉だけの『信じてる』は軽すぎて、証明にはならない。
だけど。
戦場で背中を預けている。命を預けている。
信頼しているからこそ、預けられる命。
「むしろ、不安なのは僕がディアスを守りきれてるかどうかだよ」
今の自分では脆弱すぎて、彼を支えるなんて出来ていない。
荷物だけには、なりたくなかった。
「僕は、君に信頼されているのか?」
「――――」
ざわざわと、木がさざめく。
木陰がゆれる。
「――――俺は」
風に攫われそうな声が、確かに言った。
「たやすく他人に背中など預けない。誰かの背中を預かったりもしない。俺は――――そこまでやさしくはない」
「――――」
風が吹いた。
風が吹いて、一枚の木の葉が空に舞った。
「――――知ってるよ」
クロードの口元にはうっすらと笑みが浮かんでいた。
「知ってるよ。ディアスが簡単に誰かに守られたり、守ったりしない事」
行動は言葉より雄弁だ。
とくにディアスは。
「ディアス」
広い背中に、力を抜いて、全てを預ける。
互いに失くしたくはないから、全力で守り、護られる。
「ありがとう」

















――――背中越しの体温が、いつもより熱かった。

あとがき

一時間チョイで案外仕上がるものですね。
今回は友情より。
ディアス&クロードはなんていうのか、真正面向き合ってるよりも背中合わせてるほうが似合うなぁと思って。
誰よりも何よりも信頼してるから、預けられる背中(命)
こういう関係っていいですよね〜(のほほん)

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