華盗人

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紛れるようにひっそりと咲くくせに、甘い香りをたたせて誘う。
そのくせ簡単に手折らせはしない。
魅入られれば厄介だと判っていても――――もう遅い。








星が空にかかる深夜。
今宵は新月。
驚くほど、世界は暗い。
宿の廊下。
窓の代わりにアーチ型に開いた柵を背に腰掛け、顔だけ庭の方を向きながら、アルベルは空を見上げていた。
かれこれ半刻にもさしかかろうと言うとき、廊下の端から衣擦れの音。
目を向けると、闇の中から浮かび上がる緑の双眸。
「――――アルベル」
気配の主はフェイトだった。
「何やってるんだい?」
「お前こそ何やってるんだ、阿呆。まさか夢遊病じゃねえだろうな」
言うと、フェイトは苦笑して、
「まさか。ちょっと寝付けないから散歩でもしようかと思ったんだよ」
そう言い、フェイトはアルベルの隣に、庭を背に腰掛けた。
フェイトは空を見上げている。
だがアルベルの方はもう空を見ていなかった。
視線が捕らえていたのはフェイトだった。
宿の用意した簡素な寝巻きは真白で、肌と合わせて宵闇に浮かび上がるよう。
艶やかな短髪は僅かな星明かりを跳ね返し、いっそう蒼を濃くする。
遠くを見据える緑の双眸は緑柱石のようで。
我知らず見惚れた。
その内視線に気づいたのかフェイトがこちらを向く。
視線が絡み、一瞬心臓が締め付けられる。
「どうしたんだい、いったい」
「何がだ」
「いや、なんか見られてる気がして……」
「んな訳ねぇだろ。うぬぼれんな」
殊更冷たい言葉で応対するが、フェイトは不思議な顔をしたまま、
「確かに見られてた気がするんだけどな……」
と首をかしげた。
「それより、ンな格好で風邪でもひいたらどうすんだ、阿呆。ちょっとは自己管理できねぇのか」
「相変わらず毒のある奴……」
「……それはお前だろ」
「えっ……?」
フェイトが目を見張り、緑眼がよりいっそう大きさを増す。
「僕のどこが……」
不服そうな声に、アルベルはフェイトをまっすぐ見据え、
「全部。お前は全部毒だ」

麗しい容姿。
誘う香り。
まるで月の下でしか生きられない花のように、儚い存在。
だがその内には毒を秘めている。
心を奪う、蜜に似た甘い蠱毒。
味わえば最後、侵食されていく。
自分も、何もかも。
判っていたはずだ。
初めて出会った時から、本能は警告していた。
近づいてはいけない。
知ってはいけない。
だが同時に、味わって見たいとも思った。
どれほどまでに旨いか。
どれほどまでに甘露か。
その蜜が、毒が。
そう思った瞬間から、もう囚われていたのかもしれない。
美しい花の、甘い蜜に。



アルベルは手を伸ばした。
すべる指が顎を掴む。
「アルベル……?」
問う声。
やはりこいつは危険だ。
声ひとつ、言葉ひとつまでも過ぎるほど甘い。
「やはりてめぇは危険だな」
「お前ほどじゃないだろう」
むぅっとフェイトの眉根に皺がよる。
子供っぽい表情。
だが見たいのはこんなものじゃない。
もっと別な、もっと他の誰も見たことのない顔。
「野放しにしてられん」
「人を猛獣扱いしないでくれる?」
「それよりもっと厄介だ」
「失礼だな」
フェイトが添えられたままの手を払う。
だがアルベルは逆にその手首を掴んだ。
力を入れると、フェイトは微かに呻いた。
「痛い……放せよっ」
「出来んな。放せば逃げるじゃねぇか」
「当然だろう!」
怒鳴り、睨みつける、緑柱石の目。
鏡のように、その中に映る自分。
それはまるで囚われているようで……
(冗談じゃねぇ)
アルベルは軽く舌を打った。
囚われる、なんて性じゃない。
だがその目に映ることが、たとえようもなく嬉しい。
毒に冒されている。
侵食されている、心の奥まで全部。
だが囚われているのは自分だけだろうか。
他の誰かも、同じようにこの甘美な毒を味わっているのか?
(面白くない)
味わうのは自分一人でいい。
他の誰も入らない。
ただ自分一人だけ。
そうするにはどうすればいい?
「おい、いい加減にしろよ!さっきから妙なことして、今度は黙り込んでッ!!」
思考に没頭していると、フェイトが苛立った声で叫んだ。
手を乱暴に払われる。
背を向け、廊下を去ろうとする。
捉える方法。
(――――簡単なことだ)
「うわッ!?」
アルベルはフェイトの肩を乱暴に引き、腕の中に抱き締めた。
「なにすんだっ!」
「煩い」
見上げる、大きく見開かれた目。
雲が出て、星すら覆い隠す。
その場に訪れる完全なる闇。
「――――黙って攫われろ」
反抗の言葉を唇ごと塞ぐ。
くらりと、蕩けそうな甘さに眩暈がした。












誘い、囚えたる蠱惑なる華。
眩むほど甘い蜜に誘われしは我。
惑わされるまま、今宵一本の華が手折られた。

あとがき

実はアルベルに「攫われろ」というせりふを言わせて見たかっただけなんです(自白)
守るのがクリフなら、盗むのはやはりこの人かと。
つーか考えようによっちゃあ、攫われたのってアルベルの方じゃないですか?
ほら、本編じゃあ故郷捨てて宇宙まで同行されてますよ、彼(笑)
一応クリフの「華守人」と対ですが、繋がりはありません。
なんか突発的に書いたから文章が妙ですが、いつもの事です(爆)

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