・・・桜の木の下にはね、死体が埋まってるんだ。
桜が死体の血を吸うから。
だから桜はあんなに奇麗な花を咲かせられるんだ。
あの緋色は、血の色なんだよ。
それと、夜桜の木に近づいちゃいけない。
どうしてって?
だって、捕らわれてしまうもの
―――愛おしい人を求める緋色の精に・・・
「クロードがいない?」
夜もふけた0時ごろ。 そろそろ寝ようかと思っていたアシュトンの元へ慌てた様子のレナがやって来た。 「お休みを云おうと思って部屋に行ってみたらもぬけの殻なの。宿屋中探してみたんだけど・・・」 「見つかっていないんだね?」 こくりと無言でうなづく。
「わかった。僕も探してみるよ。大丈夫、クロードの事だからその辺散歩してるんじゃないかな」 手早く服を着替えたアシュトンが励ますように云った。 「さ、レナはもう一度宿の中を捜してみて。僕は外を探す。 騒ぎになるといけないから他のみんなには知らせないようにしてね」 「わかったわ。あの、アシュトン・・・」 「何?」 「・・・ありがとう」 アシュトンはその言葉を振り返らず聞いた。
(クロード、どこ行っちゃったんだろう?) 走りつかれた体を一時休める。 思いつくところはあらかた探したが見つからない。 (変な気、起こしてなきゃいいけど・・・)
アシュトン達が過敏になるのも無理はなかった。 クロードの父、ロニキスの乗った船が十賢者達に破壊されたのはつい先日の事。 この数日間クロードは気丈にも明るく振舞っていたが、それは誰の目にもかえって痛々しく映った。
(本当に・・・大丈夫だよね・・・) 「ギャフ、ギャフ」 「あっ」 ギョロの声に、沈み込みそうになっていたアシュトンは我にかえった。 「・・・そうだね、クロードなら大丈夫だよね」 励ましてくれるギョロ達に、アシュトンは精一杯の笑顔を向ける。 「・・・そうだよ、クロードはそんなに弱くない。大丈夫、絶対、大丈夫」 自分に言い聞かせるように呟くとアシュトンは又歩き始めた。 頭の中を数日前のことがよぎる・・・
その時、
エクスペルが崩壊したと聞いた時。 周りのみんなが悲しみに打ちひしがれるなか、 アシュトンは一人、何も感じていない自分に気がついた。 悲しくはない。 只その時はぼんやりと、その言葉を受け止めていた。
宿に帰った後、アシュトンは自分の部屋ではじめて漠然とした悲しみに襲われた。
何の事はない。
聞いた直後はあまりの事に意味を理解していなかっただけなのだ。 それが解かった時、アシュトンは自分の愚鈍さに嘲笑をもらし、それから声も立てずに泣いた。 両親や血縁者はもういなかったがそれでも、はじめてクロード達に会った場所が、 一緒に旅をしてきた場所が、この世から消滅した事の大きさにアシュトンは泣いた。
その時、偶然部屋にやって来たクロードは、泣いていたアシュトンを見つけた。 涙の跡を必死に取り繕うアシュトンをクロードは何も云わずに抱きしめた。
『ちょっ、クロード・・・』 『・・・・・・』
慌てるアシュトンを、まるで幼子をあやす母親のように、 クロードは自分よりも大きな肩を抱き、背中をさすりつづけた。 突然の行動にしばらく呆気にとられていたアシュトンだが、 抱きしめてくれる暖かさに、今度は声をあげて泣いた。
大切な場所が消えたのはクロードも同じはず。 なのに、そんなそぶりすら見せず、クロードはそんなアシュトンを抱きしめつづけた。
夜が、明けるまで・・・ずっと。
気がつけばアシュトンは街の外へと出ていた。 (クロード、いったいどこへ・・・?) いいかげん足が痛い。 (ひょっとしたら宿に戻ってるかも) アシュトンが戻ろうとした時。
「ギャフ、ギャフ!」 「へっ?うわっなにするんだよ、ウルルン!」 にわかに騒ぎ出したウルルンが、町外れを指す。 その先にはぼんやりと光る木の下に見覚えのある金の髪。
「クロード!」 叫ぶと同時にアシュトンは走り出した。
光って見えたのは今が盛りの桜の木だった。 寝る直前に飛び出したのだろうか。 パジャマ姿で、裸足の足には血が滲んで見える。
「なんって格好で・・・ほら、帰ろう」 アシュトンが安堵したように、手を差し伸べる。 だがクロードは木に向かったまま、応じない。
「クロー・・・」 「桜の木の下にはね・・・」 クロードが口を開いた。 それは誰に云っているでもない、まるで独り言のような声だった。
「死体が埋められてるんだって。桜はその死体の血を吸うから、 だからあんなに奇麗な緋色の華を咲かせられるんだよ」
「クロード・・・」
「その死体は桜の精に魅入られた人間なんだ。 そして血を吸い尽くした後はまた、次の人間を探す」
「クロード」
「この話聞いた時って結構怖かったけど、今この木を見てたら・・・」
「クロード!」
ゆっくりと、クロードが振り向く。
「魅入られる人の気持ちが、解かる気がするよ」
まるで別人のように妖艶に笑うクロードに、アシュトンがひゅっと息を飲んだ。
突然風が吹く。
枝のしなる音と桜の花が風に舞い、視界と聴覚をふさぐ。
クロードの笑う声と重なるように誰かの声が空に舞う。
(このままじゃ・・・)
このままではクロードを失う。
そう直感したアシュトンは懸命に手を伸ばした。
だが、なお吹きすさぶ風に、舞う緋色の華に邪魔され、思うように手が届かない。
「クロード!!」
叫び声すら打ち消される。
このまま失ってしまうのか?
(・・・いやだ)
このまま失うなんてできない。 あの暖かい場所を無くす事なんて・・・
「そんなのは嫌だ!!」
伸ばした手に温かいものがあたる。 触れた瞬間、アシュトンはそれを力いっぱい引き寄せ、腕の中へと閉じ込めた。
「連れて行かせやしない。絶対に。渡すもんか!!」
抱きしめる手に力をこめる。 腕の中にいる存在を、確かめるかのように。 強く、強く・・・
―――どれくらいそうしていただろう。 気が付けば風はやみ、辺りには元の静寂が戻っていた。 あれほど風が吹いたのにもかかわらず、桜は重たげに枝を撓らせている。
「ん・・・」
「クロード!」 腕の中でクロードが身をよじらせる。 「あ、あれ?アシュトン?」 「よかったぁ・・・」 見上げてくる眼に理性の灯が点るのを見て、アシュトンは安堵の息を漏らした。
「っわぁ!ナ、何で僕アシュトンに抱きついて・・・イッタァ!僕裸足じゃないかぁ!!」 叫びながら飛びのくクロードにアシュトンは少し寂しい気分になる。 まだ腕にはぬくもりが残っているというのに・・・
「ア、アシュトン僕らどうしてここに・・・?」 「それはこっちが聞きたいよ。勝手に出て行ったクロードを探して僕はここまできたんだ」 肩をすくめ、アシュトンは呆れた様子で話し出す。 「レナ、心配してたよ?」 「うっわぁぁぁぁぁ・・・どうしよう・・・んっ?」 へたり込もうとしていたクロードが何かに気づいて振り返る。
「こんなところに、桜があったんだ・・・」 今はじめて気が付いたような口ぶりで、クロードは桜に見惚れる。 見上げたまま動かぬクロードを、アシュトンはいささか強引に抱き寄せた。
「アシュトン?」 「寂しい時は、ちゃんと隣にいるから」 「・・・わかってるよ。僕は独りじゃない。みんなが、アシュトンがいるからね」 「クロード・・・」
――――緋色に染まる闇の中。
何よりもいとおしい存在に誓いをこめて花のような口付けを贈った。
もう二度と離さぬように・・・
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