Web拍手再録+GB +The day which is not anything.+
1・蛮VS主人公 2・笑師+主人公 3・夏実+主人公 4・朔羅+主人公(グロ描写注意)
5・VOLTS+主人公 6・波児+主人公 7・朔羅+主人公 8・花月+主人公(グロ描写注意)
*お帰りは閉じてください*
いつもの事なんです。ほんとに。 「このウニ蛇ド腐れボケナス大馬鹿外道ーッ!」 思いつく限りの罵詈雑言を、風の刃とともに叩きつける。 対する美堂蛮は、くわえ煙草も飄々と、それを紙一重で避けた。 「もーお、今日と言う今日は許さないッ!銀次さんに対するその無礼と仕打ち、死んで償ってもらう!」 「ハン、やれるもんならやってみやがれ、錆頭。テメェの攻撃なんざ、俺にとっちゃそよ風同然だっツーの」 「ミンチになってもその減らず口、叩いていられるか見ものねッ!」 吠えると同時には手をおおきく振るう。 「鎌鼬!」 「おせぇっ」 真空の刃がカウンターをずたずたに引き裂く。 「ッ!小嵐!」 引き裂かれた木片は、吹き出す風に操られ、蛮へとその切っ先を向ける。蛮の陰が揺らいだ。 「だから、おせぇっつぅんだよ」 「っう」 ニィッと人の悪い笑みを張り付かせ、蛮はの背後から囁いた。 (いつの間に……) 「いちいちモーションのでかい奴だな」 蛮が咥えた煙草に火をつける。片手は、の首にかけたままで、だ。 「お前みたいに動きの派手な奴はな、その分避けやすいんだよ。どんぐらい無限城にいるかはしらねぇが、戦い方ぐらい覚えとけや」 それからまた、喉の奥でクツクツと嗤う。囁き声は、軽快で馬鹿のように明るいものに代わった。 「まぁ、この無敵の男、美堂蛮様に勝とうなんざ五億年早いってもんだ。扇風機は扇風機らしく、夏まで押し入れで眠ってろ」 「――――っ!乾風ェッ!!」 絶叫と共に、の周囲で、まるで怒りをそのまま熱に変えたような、灼熱を伴う強風が巻き起こる。 「ワチャッ!」 間近でそれを浴びた蛮の煙草は一瞬にして灰となり、服の裾が燃えた。 「てんめぇ……」 「ミンチがダメでもねぇ、スライス、蒸し焼き、角切りって色々方法はあんのよ……」 の目は、底の知れない怒りによって爛々と輝く。 煙草を吐き捨てた蛮が、ぐっと拳を握った。 「ちぃ〜ッとばかしオシオキが必要なようだなぁ……錆頭」 「オシオキされんのは、アンタだ、ウニ蛇」 絡んだ視線が開戦の合図。 「今すぐスクラップにしてやらぁっ!」 「アンタこそ、さっさと海かアマゾンに帰れー!!」 そのまま壊滅的なバトルに発展するのも。 「美堂、何やってやがる!?」 「、助太刀するよ!」 元VOLTS四天王が参戦するのも。 「お、俺の店が……」 マスターが放心するのも。 「ンアー!?何!俺がちょっと買い物行ってる間に、何があったの、この惨状ー!?」 元凶と言えなくもない銀次が絶叫するのも。 ――――ま、いつもどおりってことで。 蛮VS主人公。 書いてて、ものっすごい楽しいですとも。 銀次を巡って、いっそ新宿一帯壊滅する勢いで喧嘩させてみたい……。 そんな訳で、お礼SSSでした |
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そう頻繁にあるわけではないが、しかしまったく無いというわけでもない、日常。 人の手入れがいかなくなってどれほど経つのだろう。 高くそびえ立つ灰色の無数のビルは、軒並みヒビが入り、今にも倒壊しそうだ。 「ってゆーか、壊す。アタシ達が」 荒い息を吐きながら、はぼやいた。 視界を埋め尽くすと言っても過言ではない敵の数に、は半ばヤケ気味になっている。 狭い路地の中、半端でない人口密度のため、少しでも誰かが動いたら、壁が剥がれ落ちてきそうだ。 お互い、手を出すに出せない硬直状態が続いて、早一時間強。 腕や体についた傷の痛みなど、もう何処かへ行ってしまった。 は、後ろを肘で突っつく。 いつものチャラけた顔の消えた笑師が、視線だけ向けた。 「下手に動いたらアタシ達、敵より先にビルに潰されちゃう?」 「試してみるか?」 笑師の言葉に、はべぇっと舌を出した。 「――――笑師さんと心中なんてごめんよ」 「俺も、お前みたいなチンチクリンより、ベッピンと心中したいわ」 「言ってろ」 くつ、とはのどの奥で笑う。 これでこそ笑師だ。 どんな状況でも冗談を忘れない彼の精神に、今は少し救われた気がする。 「援軍ゼロ。敵多数。退路無し」 絶望的な要素ばかり、指折り数えて拾ってみる。 しかしの声は、少しも暗くはない。 「道がないですね」 「なかったら作ろやないかい」 笑師が鞭を構える。 敵に微かなざわめきが広がった。 「にらめっこにも飽きましたしねぇ」 それほど根気強い方でもないし――――。 の周囲を風が取り巻く。 「まぁ、崩れてきたら崩れてきたで」 「墓立てる手間がなくなった思えば」 『まぁ、エェか』 二人の声が重なると同時に、開戦の狼煙は上げられた――――。 笑師+主人公。 ぜったい絡む事のないこの二人を、からめて見たかったんです。 ギャグでもないけどシリアスでもない微妙な話。 そんな訳で、お礼SSSでした。 |
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流れる雲はうっすらボケた白。 空は、冬にしては珍しく宇宙まで突き抜けそうな青。 陽だまりは、幼い頃の母の腕のように優しく、暖かく。 時折髪を撫でる風は、どこからとも知れぬ草の匂いを運ぶ。 「……はぁ」 耳にうるさいチャイムを聞き流しながら、夏実は空を仰いだ。 確か今のは、五時間目が始まるチャイム。 今日の五時間目の科目は英語で、順当に行けば自分が当たる日だ。 そこまで考えたのに、座り込んだ体は動かない。 屋上の冷たいコンクリートが、自分の体温で温まるほど長い間空を眺めている。 まるで、動こうとする意志が、空の青さに吸い取られてしまったようだ。 「らしくないなぁ」 元気がとりえで通っているのに、今日はなんだか覇気がない。 何も、友達とケンカしたとか、宿題を忘れたとか、バイトの自給が下がったとか、そんな事一切ないのに、なぜかヤル気というヤル気がどこかへ失せてしまっていた。 こんな日は、人と話すのも億劫だ。 「……早退しちゃおっかな〜」 「するんなら、アタシとどっかいかない?」 「っ!?」 聞きなれた、けど決してこんな所にいるはずもない声に呼ばれ、夏実はとっさに空にへばりついていた視線をそちらに向けた。 「ちゃん!」 「アタシさ、お昼まだだから、こないだ新しく出来たカフェ、行きたいなー」 店の常連繋がりで顔見知りの少女が、何故学校の屋上でへらへら笑っているのか。 「ちゃ……っ、どうやってここに!?」 「それが聞いてよ!アタシってばさ、新技開発しちゃったの!」 待ってましたといわんばかりに、嬉々とした表情で少女は手を一振りする。 周囲の風がゆっくり彼女を取り囲む中、夏実は信じられない光景を目にした。 「うわ……」 思わず、呆けた声が口をつく。 ボア付きのジャケットをはためかせ、少女の足がゆっくり地面から離れてゆく。 「凄いでしょー。まだ一人分、ついでに十メートルと一分くらいしか飛ばないんだけどさ」 悪戯が成功した子供のような顔で誇らしげに、は胸を張った。 「いつの間にこんなの……。って言うか、一人分ってどうやって分ったの?」 「昨日頼み込んで、朔羅さん抱っこして飛んでみた。でも、全然浮かばなかったの。朔羅さん、今日から断食ダイエットに入っちゃった」 「……」 女性として、今の朔羅の心境が分かる気がする。 「別に、朔羅さんダイエットの必要ないじゃないよネェ?お腹削る代わりに胸削っちゃったらどうすんのかしら。その分、分けて欲しいなぁ」 「――――ちゃん、女の子失格」 呆れと非難を視線に籠めて見るが、とうのは一向に気にした様子もなく、ニコニコ笑って夏実の腕を取った。 「っ!?」 「人間、気分転換って必要よ。くさくさしてんなら、アタシが付き合ったげるからさ」 「ちょっと、ねぇ。――――ちゃん!」 の足は、どんどん屋上のフェンスに向っている。 強引に引っ張られた夏実は悲鳴を上げた。 「そっち、行き止まり」 「平気、へぇーき」 夏実の腕を掴んだままフェンスによじ登ったは、世にも楽天的な笑顔で答えた。 「アタシ、飛ぶのも得意だけど、落ちるのはもっと得意なの」 ――――悲鳴を上げることすら忘れて、夏実の体はもろとも宙に投げ出された。 閉じる事も忘れた瞳が、落ちゆく世界を映し出す。 の力のせいか、落下スピードは思ったよりも遅い。 「……気分塞いでる時はさ、遠慮なくアタシ呼んでよ」 夏実の腰にしっかり手を回し、は言った。 の短い髪が、風に遊ばれ夏実の頬をくすぐる。 「いつだって、そこから夏実ちゃんを連れ出したげるから」 「――――」 夏実は、返事の代わりにの体に回した腕に力を込めた。 「とうちゃーく」 落下の手助けをした空気のクッションが、ほどけて、足が地面につく。 空中遊覧は思ったより早く終わった。 「さぁって、んじゃ、ご飯にでも……」 「ちゃん……」 二人は真正面を見て、固まった。 どうも、は落下地点を見誤ったらしい。 男子生徒の手から、野球のボールがコロコロと転がり出る。 二人は、校庭のほぼど真ん中に降り立っていた。 「……」 固まったまま、見詰め合う生徒と夏実たち。 硬直を解いたのは、ドスの聞いた声だった。 「お前たち、何やってる!?」 「先生!」 「げっ、マジヤバッ!?」 熊かトドを連想させるジャージ姿の教師が、肩を怒らせ走ってくる。 「ちゃん!」 教師の迫力にあとずさるの腕を、夏実は引っ張った。 「逃げよっ!」 「またんか、お前らぁ!」 怒鳴る教師の声を背中に聞きながら、夏実は走った。 人気のない校門を出て、誰もいない通学路を通って、ただひたすら、足が動くまま、走って、走って、走って、走って。 息が切れるのも構わず走る。 周りの景色なんて、もう見えていない。 楽しいと、その日始めてそう思った。 「ちゃん、これからどこいこっか」 繋いだ手をもう一度握りなおして、夏実はいつものように笑った。 主人公+夏実でGO。 落ち込み夏実と楽天家主人公。 まるで八十年代の青春映画のようなノリになってしまいました。 そんな訳で、御礼SSでした。 |
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街から神様が消えた日。 少女は、痛みと心を失った。 粉塵に悲鳴が掻き消える。 突風から身を守るため、顔を覆っていた腕を朔羅はゆっくりとどけた。 体を寄せ合うように乱立するビルの隙間。 まるで広場のようにぽっかり開いた空間は、ビルとビルとの間に張り巡らされたケーブル以外空まで遮るものが無く、光に満ちている。 その中央、まるでスポットライトのように光を浴びて立つ少女がいた。 天を仰ぎ見る少女の目は、夢を見ているかのようにうつろで、感情がない。 広場を劇場とするなら、さしずめ少女は劇の主役か。 広場の中で動く者は――――いや、生きている者は少女と朔羅しかいない。 人は、たくさんいた。 しかし、その誰もが惨劇の幕引きを見ることなく、観覧料として命を失っていった。 壁に叩きつけられ、辛うじてへばりついていた誰かの腕が、重力に従い落ちる。 その音に、朔羅は小さく悲鳴を上げた。 声に気付いたのか、少女が――――がゆっくり振り向く。 「……朔羅さん?」 振り向いたの目は、どこを見ているのか焦点があっていない。 床に崩れていた死体たちが、全員生前とかけ離れた姿をしていたように、もまた満身創痍の態だった。 目に見えるところ全て、無事な所など一箇所もない。 特に酷いのが右足で、ふくらはぎが抉れているのではないかと思うほどに、深い傷を負っていた。 「どうしたの、朔羅さん」 が歩み寄る。 自分が作ったのであろう、死体の道を踏みしめ、頼りない調子で歩く。 朔羅の間近まできたとき、屍の足だか腕だかを踏み損ねて、の体はよろけた。 「っ!」 朔羅は、とっさにの体を支えた。 実体がないかのように軽い体に、肩を握り締めた手の力が強まる。 「、あなたいったい――――」 「痛くないよ」 朔羅の肩口に顔を埋めたまま、はぽつりと口を開いた。 「もっと、強く掴んでいいよ。アタシ、全然痛くないから」 「……?」 台本でも読んでいるかのような一本調子の話し振りに、朔羅の声には戸惑いがこもる。 「ちょっと前から、怪我しても痛くなくなってんの。おかしいけど、結構ベンリだよ。指切っても、骨折っても、全然痛くないんだもん。まるで、自分の体が死体になったみたい」 淡々とした口調。 朔羅は、に触れた指先から、徐々に体が冷えていくような思いがした。 「……アタシね、戦ってる間だけ、生きてるって気がしてた。だって、戦って、怪我したら、痛いでしょ?痛いって、生きてるって事だって、前に銀次さんが言ってたもん。だからいっぱい戦って、怪我して、確かめた。なのに今じゃ、痛くないの。これじゃあ、生きてるって確かめられないよ」 は小首を傾げた。 「ねぇ、朔羅さん、アタシ今生きてる?死んでる?」 は無邪気に微笑みながら問う。 しかし、その目は泥のように暗く澱んでいる。 迂闊だった。 の告白を聞きながら、朔羅は己を責めた。 ――――銀次が無限城を去ってから、朔羅たちの近辺は激変した。 銀次という最強の剣を失い、さらには四天王たちも彼を追い、朔羅たちは一から自分たちを護るための盾を作らなければならなくなった。 今のVOLTSは、上からの重圧に耐えられるほどの剣も、盾も持たない、雑兵のようなものだ。 そして日々蹂躙されゆく街を支えるには、朔羅の仕えるMAKUBEXはあまりに幼かった。 どれほど手を尽くし、力でサポートしても、MAKUBEX本人の精神が持たない。 日を追うごとに街と同じく壊れゆく主に、朔羅は付きっ切りになるようになった。 ただそれによって、MAKUBEXとは別の方向に壊れてゆくに気付けなかった。 心酔は、見方を変えれば依存と同じ事。 自分という存在のほぼ全権を銀次に預け、その代償として心の平穏を保っていたが、銀次のいない世界に耐えられるはずがない。 それでも、は健気だった。 けして心の内を表に出さず、何事もなかったかのように日々を送る。 その様子が、あまりにも変わらなかったから、誰も気がつかなかった。 いや、ゆっくりと蝕まれてゆく心に、本人も気付かなかったのかもしれない。 溜め込まれた澱は、自身の意思を無視して、あふれ出す。 そうなる前に、もっと早く気付くべきだった。 朔羅は、抱き締めていたの体をゆっくりと解いた。 俯いたままのの顔をのぞきこむと、幼児に対するようにゆっくりとした口調で語りかける。 「大丈夫よ。ちゃんとは生きてる。私が保証するわ」 「朔羅さん――――違うよ」 が首を振った。 ぼんやりとしたその目は、いまだ光を取り戻せないまま、朔羅を映す。 「アタシ、きっともう死んでるんだ。銀次さんがいなくなって、アタシは死んだ。だって、ほら――――」 が指差したのは、床の上に転がった死体だった。 「そこにアタシが転がってる。アタシは――――何度も自分で自分を殺してたの」 「――――もういいッ!、もういいから!」 朔羅は叫んだ。 小柄な体を、折れんばかりに抱き締める。 その口から、もう残酷な言葉を聞きたくなくて、体ごと言葉を封じる。 「もう――――何も言わないで……」 朔羅の目から溢れ出た涙が、の頬を濡らし、血を流してゆく。 ――――しかし、僅かな涙では、に染み付いた絶望までは洗い流せはしなかった。 朔羅+主人公でGO。 書き進めるうちに、いろんな意味でイタくなってしまいました。 本当はもっと、明るい(しかし、重い)話になるはずだったのですが……。 何が書きたかったのか、分らなくなった(汗) そんな訳で、御礼(に、本当になってない)SSでした。 |
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5・VOLTS+主人公
:InfernoKitchen・Return:
その日、始まりと同じ様に突如として静まり返った隣室の様子にMAKUBEX以下現VOLTS幹部は不吉な予感を飲み込んだ。 が固い決意を表情に刻み無限城に帰ってきたのは三日前の事。 その手には、道すがら拾ってきたと思しきコンロや電子レンジ、それに鍋などの調理器具がたんまりと抱えられていた。 隣室と修理道具を借りるとだけ言って部屋に篭ったは、鶴の恩返しよろしく誰も部屋に入らせようとはしなかった。 そんな心配しなくても、昼夜問わずトンテンカンテンがんがんがちゃがちゃと、異様に楽しげな音が響く隣室に近づく者はいない。 唯一、朔羅だけがドア越しに何度か接触を試みたが、結果は惨敗。 食事に出た様子も無いを、朔羅はとても心配していた。 MAKUBEXも心配だった。 ――――時折密閉性が高いはずの隣から流れてくる異臭の正体が、本当に本当に心配だった。 何事かと思っていた矢先、MAKUBEXのケータイに一本の電話が入る。 相手は銀次であった。 「あー……。やっぱり気にしてるんだ」 がそっちに戻っているかと開口一番そう問われ、MAKUBEXは簡潔に現在の状況を説明した。 何度か相槌を打ちながら聞いていた銀次は、説明が終わった途端海より深い溜息と一緒に、先ほどの言葉を口にした。 「しょうがないよね。、女の子だもん」 「なにかあったんですか?」 崇拝して止まない銀次の憂う様に、MAKUBEXが不安にかられて声をかけると、短くも雄弁な答えが返ってきた。 「がね、ホンキートンクでケーキ作ったんだ」 「あ。なるほど」 短い言葉に込められた全ての意味を解して、MAKUBEXは納得のあまり手を打ちかける。 しかし、酌みきれなかったもう一つの意味を理解して、全身から血の気を引かせた。 「ぎ、ぎん!銀次さんっ!ご無事ですか!?」 受話器越しに怒鳴れば、暫くの後苦笑した声が返る。 「俺は無事だよ。でも……」 言いよどんだあと、蛮ちゃんが……と続けられた言葉に、MAKUBEXは惨状を想像して、ざまーみろとGBの片割れに向って内心舌を出した。 の料理は――――いや、もはやそれを料理と呼んでいいか疑わしい。 MAKUBEXなんて裏で密かに"最終兵器"と呼んでいるほど、の作り出す料理は【独創的】を通り越して【毒創的】である。 普通の材料からいったいどういった過程を経ればこうなるのか、予想もつかない壊滅的な仕上がりは、過去試食を求められた十兵衛が脱兎のごとく逃げたエピソードからも伺える。 唯一この料理を胃に収めきれるのは、創造主たるだけだ。 他にこれを租借し、胃に流し込み、消化できる人間がいたらお目にかかりたい。 それはきっと、細菌兵器すらものともしない史上最強の人間であろう。 MAKUBEX自身、いつかの作った料理から未知の生命体ないし恐怖の兵器なりが生まれるだろうと予想している。 たしか、朔羅から料理禁止令が出ていたはずだが、銀次の説明を聞くになぜかよく分からないが唐突に作りたくなったのだろう。 が篭った理由を教えてくれた礼をし、今度無限城へ遊びに来ないかと銀次に誘いを掛けてから、MAKUBEXは電話を切った。 切った途端、こちらを心配げな顔で見ていた朔羅と視線がかち合い、お互いどっぷりと重い溜息を吐く。 それからの数日間、MAKUBEX達が戦々恐々と日々を過ごしたのは言うまでも無い。 隣室が静かになって数分後。 じっと見つめていたドアが横開きに開いた先に話題の主がいて、MAKUBEXたちは静かに緊張した。 手にしっかりと持った、湯気の立つ数種の椀を置いた盆をみるや、緊張は恐怖に変わる。 正直な笑師なんぞ、短い悲鳴を上げて腰を引いたほどだ。 は隣室にいた頃の騒々しさとは打って変わって、ただ静かにMAKUBEXたちの方へと歩みを進める。 それが返って、不気味さを煽っているようでもあった。 MAKUBEXたちの前に到着したあと、はゆっくりと盆を床に置いた。 「……できた」 乾いた小さな呟きが歓喜に震えている。 意味を図りかねて朔羅が声をかけようとした、その時。 「出来たあぁーッ!」 は歓声を上げて飛び上がった。 「やった、やったぁっ!ざまーミロ、ウニヘビ。アタシだって本気出せばこれくらいできるんだからっ!」 きゃあきゃあ黄色い声を上げて飛び跳ねるを、MAKUBEXらは呆気と不気味さを入り混じらせた複雑な目で見ている。 全員の訝しげな視線に気づいた様子も無いは、小さな胸をそびやかすと目の前の料理(と思しきもの)を得意げに指した。 「どーよ、みんな。アタシの自信作はっ!今までで一番美味しそうでしょ!」 確かに、今までで一番"上手そう"だった。眼を凝らせば、料理に見えなくも無いのだから。 食器から想像するに、どうやら今回の献立は和食らしかった。 好奇心の強い笑師が、おずおずと汁椀を指差す。 「、これは?」 「わかめと豆腐のお味噌汁」 何の味噌を使ったのだろう。椀の模様がはっきり分かるほど透明度の高い汁の中に、ねじりよられて槍のようになった緑色の物体が沈んでいる。 「豆腐は?」 「解けた」 短い答えに、笑師はギャッと潰れた悲鳴を上げて盆の前から逃げた。 ついで、神妙な顔の十兵衛が小鉢を指し、 「これはなんだ。なんだか中身が……」 「ぬたあえ」 十兵衛は考え込んでしまった。MAKUBEXも考える。 さっきから鼻の奥を刺激する臭いは、確かに小鉢から発せられている。 明らかに酢の臭いだけではない。ついでに原料も訊いておこうかと思ったMAKUBEXは、寸前でやめた。 小刻みに蠢くぬたあえの正体など、あえて知る必要もあるまい。 「ぬたがぬたぬた動く……」 ぶつぶつ言いながら、自分の世界に入ってしまった弟の隣で、朔羅も恐る恐る焼き物皿を指差した。 「ええと……。これは……」 「さわらの西京焼。これが一番苦労したのー。火加減が難しくてね。ほら、生焼けだとお腹壊すし」 確かに、生焼けの魚は腹痛の要因になるだろう。 しかし、この西京焼だって立派に腹痛の原因になりえる。 イモリの黒焼きは惚れ薬になるというが、この触れれば崩れそうな真っ黒焦げの西京焼も何かの薬になるのだろうか。 ……たぶん、毒薬くらいにはなるかもしれない。 朔羅は皿を指差した姿のまま、絶句して固まった。 盆の上にはもうあと一椀残っている。 全員のうち、自分だけがまだ何も発言していない事に気付いて、MAKUBEXは億劫な面持ちで最後の椀を指した。 「。もしかしてこの順番で行くとこれが……」 「ご飯」 信じたくなかった。 いったいどこの産地の、なんて種類の米なのか。 ヨウ素溶液を振り掛けたとしか思えない紫の米は、完全に潰れてもはや粥のような状態となっている。 それでも何故だか、箸を突き立てれば折れてしまいそうなほど固いように見えた。 盆を車座に囲んだ状態で、もはや言葉を発しようという者はいない。 ただ盆から立ち上る湯気だけが、不気味に白く揺らめいている。 沈黙の元凶が己であるとまったく気づいた様子のないは、全員の顔をぐるりと見渡してから、 「あのね」 急に猫撫で声を出した。 小首を傾げて、上目遣いに一同を見る。全員の背に冷たい汗が流れる。 次の瞬間、は恐るべき暴言を吐いた。 「だれか、味見してくれる?」 現四天王+主人公でGO。 内容としましては、本編の「an InfernoKitchen」の続き。 ありえないだろう的主人公の料理。拷問用につかえるかもしれない。 そんな訳で、お礼SSSでした。 |
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うねる波のような雑踏を数歩外れると、すぐさま都会の谷間に入る。 異界のように暗く、獣の食道のように細長いその中は、光からもましてや日常からもかけ離れた世界だった。 耳に届くのは単なる喚き声にしか聞こえない今流行りの音楽でなく、人の笑い声でもなく、足元から立ち上るうめき声だけだ。 狭い路地の中では、数人の男達がみな一様に倒れ臥していた。 うめき声の合間に、目的を持って吐かれた言葉の意味をは知らない。 おそらくどこかの国の罵声だろうが、そんなもの浴びせられても痛くも痒くもない。 は、足に食い込む腕を軽く振り払った。力のないそれは、たやすく足から外れる。 一歩。足を踏み出せば目の前で腰の抜けた男が尻ごと後退する。 肥えすぎた蝦蟇を連想させる禿頭の男は、地面に転がっている男たちと同じイントネーションで何か喚いていた。 おそらく命乞いだろうか。 の足元には、蝦蟇がばら撒いた札束が広がっている。 一度だけ地面に視線を向けたは、また視線を男の方に戻すと、口元にゆるく笑みを描いた。 好意的に受け取ったのだろう。男も、引きつりながらあざとい笑みを浮かべて、何か喋っている。 でも、別にそんなものどうでもよかった。 は緩んだ口元から、嘲るように舌を出す。 「なに言ってンのかワカンナイ」 言って、は片手を振り上げた。 来客を告げるベルの音が、客の居ない店内に響く。 一瞬だけ、マスターが入り口に眼を向ける。その目はすぐに、手元のカップへと戻っていた。 「お客が来たってのにずいぶんそっけないのね」 「お前さんは客じゃなくってタダの濡れ鼠だろうが」 さっさと入れと口だけで促され、は足を踏み入れた。 一歩ごとに濡れたスニーカーがグジュグジュと音を立てる。 カウンターの前に立ったまま、スツールに座るのを躊躇っているとマスターが何かを投げて寄越した。 それは乾いたタオルだった。ふかふか、とまでは言いがたいが、この際贅沢は言ってられない。 は濡れた靴を靴下ごと脱ぐと、スツールの下に置く。 髪、体、足と順番にタオルで拭いて行って、最後にはタオルを尻の下に敷いてスツールに腰掛けた。 本当は身にまとわりつく服も脱いでしまいたかったが、ここは店の中だ。 普段どれほど少なかろうと、来客数はゼロではない。はそこまで恥を捨てきれなかった。 はスツールに腰掛けると、すぐにあたりを見回した。 「銀次さん、いないの?」 「仕事だ。お前さんもソレが分かってて入ってきたんだろうが」 ――――窓から何度も銀次が居ないか確かめてから入ってきた事が、ばれていたらしい。 ばれて痛いということは何もないが……少し気まずい。 それっきりは口を開かず、ただ琥珀色が揺れるコーヒーサイフォンを眺めることにした。 窓の外は、相変わらずの雨模様。 叩きつけるかのような攻撃的な雨音は、店の中にまで侵入してきて、なんだか心を落ちなくさせる。 店の中は、コーヒーの泡の音と馨り、そして煙草の臭いくらいしかしない。 は、臭いの元凶たるマスターからほんのわずか、席をずらせて逃げた。 煙草の臭いはキライだったからだ。 がこの世でもっとも嫌いな男と同じ臭い。何より誰より敬愛する銀次の隣を、さも当然のように占領している男と同じ臭い。 最近では煙草の煙を見咎めただけで、胸が悪くなってくる。 はまたもう少し、椅子をずらせてマスターから遠ざかった。 「――――仕事だったか」 マスターが突然口を開いて、は思わず腰を引いた不自然な格好で固まった。 「お前さん、臭いがするぞ」 「何の」 固まった腰を椅子に落ち着かせると、反射的に聞き返す。マスターは吸い込んだ煙をゆっくり吐き出し、答えた。 「そうだな。しいて言うなら泥と埃と雨と――――血の臭いだな」 「――――っ」 は一瞬息を呑んだ。泥云々はともかく、血はこの雨ですっかり洗い流したはずだ。 心中の驚きは押さえ込み、はなるべく平静な声を出す。 「まるで犬みたいね。流行らない店なんかやってないで、お仲間と一緒に空港で麻薬撲滅に尽力注いできたら?そっちの方がよっぽど稼げそーよ」 哂ってやったつもりだ。しかし、マスターは器用に片眉を上げただけで、何もリアクションを起こさない。 の脳裏に、一瞬店に来たのは失敗だったかという考えが過ぎる。しかし、この店は銀次に出会える確率が最も高い場所だ。 銀次に会いたかった。仕事が終わると、いつもそんな気持ちになる。 銀次に会って、笑いかけて欲しかった。優しい声で名前を呼んで欲しかった。 銀次に会いたくない。仕事が終わると、いつもそんな気持ちになる。 銀次に会って、叱られたくなかった。悲しい顔で、何をしてきたか問われるのが怖かった。 相反する思いを抱えながら、それでも体は正直にこの店に向っていた。 今だってそうだ。本当は早く無限城に帰ってしまいたいけれど、もう少ししたら銀次が現れる。 そんな気がして、体はまったく動かない。 は、濡れた袖に鼻を近づけ何度か匂いを吸い込んだ。 「……臭う?やっぱり」 情けない表情でマスターに向えば、サングラスの向こうから一度だけ視線を向ける。 吸いきった煙草を流しに捨てたその指で、マスターは店の奥を指した。 「奥にシャワールームがある。使い方は分かるな?」 「……貸して、くれんの?」 が眼を見張ると、マスターは唇の端にシニカルな笑みを浮かべた。 「そのまんまだったら風邪引くだろ。俺が放っておいたせいで病気になったとなると、夏実ちゃんにストライキされちまうんでな」 鉢巻を締めて調理場に居座る友人の姿が容易に想像できて、は気の緩んだ笑みを浮かべた。 尻の下に敷いたタオルを手に取ると、マスターの指した奥へイソイソと向う。 奥の扉を開く途中、は首だけマスターのほうをむくと、 「アタシが出てくるまでに、熱くて濃いコーヒーいれといて。舌がビックリして家出しちゃうような濃い奴」 「胃袋まで団体帰省するような奴入れといてやるから、さっさと入って来い」 冗談で返すマスターに、は歯を見せて笑うと店の奥に消えた。 ――――雨はいつの間にか、霧雨にかわっていた。 王波児+主人公でGO。 目指したのはハードボイルド。 自分の中でハードボイルドというと、コーヒーと雨と霧と硝煙と血というイメージがあります。 しかしソレをまったく作中で現しきれていないがな(泣) 結局何を書きたかったのか分からなくなりました。ごめんなさい。 そんな訳で、お礼SSSでした。 |
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7・朔羅+主人公
:little off the point.:
「改善策が必要ね」 普段は優しい朔羅の顔が、般若のごとくキリリと引き締まるのを目の当たりにして、はこみ上げる不吉な予感と一緒にコーラを飲み込んだ。 ――――は、育て親とも言うべき銀次とは違い、食に執着がない。 おそらく、の特殊な味覚――――極端な味の高低をすべて一定に変えてしまう舌のせいもあるのだろう。 かてて加えて空腹による胃の痛みも感じにくい。 つまり、の体は"食"に関する機能が普通の人間とはすこし違う具合にできているという事だ。 それが災いしてか、はよく食事を抜く。 面倒だからという理由で何日も食事をとらず、結果栄養失調で倒れたことも少なくない。 飽食時代と呼ばれる現代に考えられない話である。 このままいけば、必ずは空腹に殺される。 朔羅は、とうとうとそんな事を説いてみせた。 「……だから、なに?」 いまいち朔羅の話が理解できず、は首をかしげる。 冷たい床に座り込んだままパソコンを操っていたの周辺には、ハンバーガーやポテトチップといったジャンクフードが食い散らかされている。 栄養面など何一つ考慮していない、手軽さ重視のチョイスである。 朔羅は、親の敵のようにの手にしたハンバーガーを睨み、話を続ける。 「あなた、そんな食生活をしていたんじゃ、いつか病気になってしまうわよ」 「足りない分はサプリ取ってるから、ヘーキ」 「そのサプリメントすら、よく取り忘れてるでしょう」 「あとから二回分まとめてとってるから、だいじょーぶ」 「……っ」 真剣な面持ちの朔羅に対し、は平然として一向に取り合わない。 朔羅の眉間に、ますますシワがよる。 「そんなもので足りると思っているの?歪んだ食生活は寿命を縮めるのよ。このままじゃ、が早死にしてしまうわ」 わずかに瞳を潤ませ、朔羅は言い募る。 口調には、哀願の意がせつせつとこめられていた。 しかし。 「大丈夫ですって。それに、どっかのお偉いさんが言ってたけど、人間の死亡率って百パーセントなんですよ?それが早くなるか遅くなるかだけじゃないですかぁ」 「――――ッ!!」 叩きつけるような朔羅の声に応じるかのように、手にした布がの口どころか、体の動きさえ封じる。 まだ半分以上残っているハンバーガーが膝に滑り落ちた。 「人が話しているときは、こちらを向いて真面目に聞きなさい!そんな礼儀知らずに育てた覚えはありません!」 細いながらも強烈な一喝に、はびくりと体を震わせ、慌てて不自由な状態であぐらから正座に切り替える。 なんだかんだ言って、怒ったときの朔羅は怖い。 それは、赤屍や花月と言った命の危機を感じさせるものではないが、与えられるプレッシャーはどちらをも凌駕する。 ついでに泣かれたら、その威力は1.5倍(当社比)増しだ。 「、私はね、本当にあなたを心配しているの。あなたは私にとって妹のようなものだもの。家族が困っているのを助けるのは、当然のことでしょう?」 それは知っている。 朔羅が、自分を本当の妹のように、友人のように、そして何より娘のように愛してくれてることは、毎日身にしみて分かっている。 しかし、生まれてこの方家族を持ったことの無いにとって、「一緒に暮らしている人間を家族と思う」と言うことは分かっても、「家族と思う者を愛する」と言う感覚はいまいち理解できない。 生まれつき、そういうものを理解できる器官が無いのかもしれない。 そして、その感覚の食い違いを説明するのに、は必要な知識もボキャブラリーももっていなかった。 ついでに言ってしまえば、にとって当面の危機は食生活ではなく金銭状況にある。 とある事件をきっかけに背負った借金は、日々減るどころかさらに増える一方。 なにせ、今のに定期的な収入は無いし、入ったとしても微々たるもの。 その中から毎月一定の金額を返済しようとなると、並大抵の努力では補えない。 衣食住。削れるものはすべて削った。 今だって、食べているのは賞味期限切れの廃棄モノばかりだ。 目的のためには手段なんて選んでいられない。 極限まで自分を追い込み、それで笑われても哀れに思わてもかまわない。 最後に自分が笑えればそれでいい。 贅沢は敵。欲しがりません、勝つまでは。 そういうポリシーから生まれた食生活なのだが、どうも朔羅にはうまく伝わっていないらしい。 朔羅の説教は興に乗り、ゆっくりとだが主題からズレ始めている。 とうとう、食から衣へと話題は移った。 やれ女の子らしい格好がどうの、女が顔に傷をこさえてくるなだの、毎度聞きなれたフレーズを右の耳から左の耳へ聞き流しながら――――やがての意識は別次元へと羽ばたいていった。 MAKUBEXは、部屋に入るなり顔をしかめた。 部屋の中央で、朔羅が膝の上でハンカチをもみくちゃにしながらなにやら切々と話し込んでいる。 その声は真剣そのもので、どこか経のようにも聞こえる。 朔羅の向かい側では、布でぐるぐる巻きのミイラが説法を拝聴している。 頷いているように見えるのは、船をこいでいるせいらしかった。 膝に、歯形のついたバーガーが転がっている。周辺も、なにやら紙くずなどが散らばっていた。 MAKUBEXの頭の中に、突然ふっ……とタイトルのようなものが浮かんだ。 "表題・とうとうとゴミの中のミイラに経を説く美女" 「なんだかなぁ……」 シュールにもほどがある風景だ。 MAKUBEXは異様な光景に一声注意をかけようとおもったが――――どうせいつもどおりの光景なので放っておくことにした。 朔羅+主人公でGO。 朔羅の思いやりは主人公に届かず、思いっきり空回り。 主人公の気持ちは朔羅に説明しきれず、こちらも空回り。 空回りながら向かい合う。 ……つーか私、"食"ネタひっぱるなぁー(笑) そんなわけで、お礼SSSでした。 |
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さらけ出された獣の本性すら、美しい人。 蒼い闇。赤い闇。紛い物の闇。 月の作り出すそれは、惨劇を上手に覆い隠してくれる。 ビルの陰、また一つ、赤が生まれる。 赤い闇の只中に、一人の踊り子がいた。 神々しいまでに白い月明かりを、禍々しい赧に染め、 黒い滝を思わせる髪を、紅く染めて。白魚の如き手で悲鳴を奏で、舞う。 旋律にあわせ、指が飛ぶ。足が飛ぶ。首が飛ぶ。 どれほど屈強な男でも、眼をそむけざるを得ない光景を、それでもはじっと見つめていた。 グロテスクなまでに美麗で。故に、美しいが醜い。 二律背反の美に、はただただ魅せられていた。 「――――」 涼やかな鈴の音と自分の名を呼ぶ声に、は自分がわずかの間夢を見ていたことを知った。 夢だ。起きて、現実で見ている夢。 その証拠に、と花月の足元には、二人を繋ぐかのように血の絨毯ができている。 「どうしたんだい、こんな所で」 花月が優しい笑みを浮かべながら近づいてくる。 歩くたび、ピチャピチャと濡れた音が耳に纏わりついた。 「ここはVOLTSの本拠地からだいぶ離れているよ。それにこんな夜更けに一人で……」 どうしたの? と花月は問う。 優しげな声には責める色など無いはずなのに、なぜかを死刑執行者の前に駆り出される罪人の気持ちにさせた。 空気で蓋をされた喉を震わせ、答えようとするが思うように言葉が出ない。 結果、あぁうぅと母音ばかりを繰り返す。 「」 息も触れんばかりに花月の顔が近づいて、の唇は初めて母音以外の言葉をつむいだ。 「か、花月さんは、ここで、何をしていたんですか」 途切れ途切れの質問に、花月は微笑って答えた。 「僕? 僕はね、ここでちょっと害虫駆除をしていたんだよ」 こうるさい蝿退治をね……。 微笑む顔はいつもどおり、まるで女神のように美しい。 けれどもだからこそ、血の海に沈む生首との対比に寒気がする。 ――――は、血沼で漂う首だけとなった男達を知っていた。 彼らは、VOLTSに敵対するグループの一つだった。 グループと言っても人数は少なく、少数精鋭なのだと嘯いていたのを覚えている。 彼らはVOLTSの傘下に入れと言う銀次の申し出を蹴り、戦いを挑んできた。 戦いはVOLTSの勝利に終わったものの、銀次は相手のリーダーによって傷を追わされた。 幸いにも傷は浅く、瞬く間に治った。その際、相手のリーダーは銀次の強さにいたく感服し、VOLTS傘下に入ることを了承した。 わずか数時間前の出来事である。 そのときの、銀次の強さを褒め称える笑みを浮かべているものはもはやいない。 みな、一様に驚愕と恐怖。そして怒りを刻んで事切れている。 「僕はね、赦せなかったんだよ」 美麗な顔に何の感情も浮かべないまま、花月は言う。 「彼らは銀次さんを傷つけた。たとえそれが浅くても、銀次さん自身が許したのだとしても、僕にはどうしても彼らが赦せなかった――――」 虚無を称えた目で血だまりを見つめながら、花月は言う。 "あぁ――――" は嘆息した。 "――――同じだ" も同じだった。 銀次を傷つけた彼らが赦せなくて、憎くて、同じように傷の一つでもつけなければ気がすまなかった。 だから、夜中にこっそり彼らのアジトへとやってきた。 けれども、仕事はすべて花月がし終えてしまった。 生半可なことではない。徹底した蹂躙をもってして、彼らを裁いてしまった。 "どうしよう" もうここにいる意味は無いはずなのに。 "どうして" 花月の顔が近づく。 "どうして――――動けないんだろう" 「ねぇ、」 蜜のように甘い声がの耳朶を打つ。 「君は、ここでの事を銀次さんに話すのかい?」 問う花月の表情は、乙女のように清らかで、美しい。 ずっと見つめていれば、魂までもが蕩けてしまいそうなほど。 そして、なかでも一番綺麗な、水晶を思わせる瞳に自分が映りこんでいる。 「いいえ」 操られるがまま、瞳の中のはゆっくりとかぶりを振った。 「言いません。彼らは私達の知らない誰かによって、殺された。――――そうですよね」 「――――は良い子だね」 微笑みながら、花月は離れてゆく。 花月が背を向けたのを確認してから、はほっと息をつく。 「っ……!」 呪縛から逃れたとたん、首に痛みが走った。 恐る恐る痛みをなぞってみると、指に血が付いていた。 目に映る赤に、再び体が凍りつく。 (もしも、あそこで"言う"と答えていたら……) 自分も沈んでいただろうか。 彼らと一緒に――――。 彼の手で――――。 この血の沼の中に――――。 そう思うと――――蜜のような甘い恐怖に視界が揺れた。 (黒)花月+主人公でGO。 銀次に対して狂信的で盲目的な二人が書きたかったんですよ。 書いた後で言うのもなんですが、作中の花月の描写がやりすぎだと思った。 そんなわけで、お礼SSSでした。 |
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