je t'aime★je t'aime
我らが学び舎に茜射す――――放課後。 「さようなら」 「さようなら」 「さようなら」 「さようなら」 すっかり人通りの少ない廊下で、すれ違いざまに挨拶を交わせば、二人の少女は立ち止まり何事かを囁きあう。 話題の主はさっき挨拶を交わした相手。 振り返り、去ってゆく後姿を彼女たちは熱い視線で見送る。 見送られる相手は、それに気づく様子もなく、一定の歩調できびきびと歩いてゆく。 その生徒はたいそう人の目を惹いた。 だがそれはけして可愛いだとか愛くるしいとかそういう類のものではない。 そんなもの、死んでも口が裂けても思えないし言えない。 日本人形のように真っ直ぐな質の髪はうなじが見えるほど短く切られ、高い鼻梁は行儀よく顔の真ん中に座り、ほっそりした顎の線と相まってどこかシャープな印象を与える。 170cmを裕に超える長身と、広い肩幅、それに連なる腕、そして上半身を支える足も多少骨ばって見えるもののすらりとしていて、美しい線を描いている。 飴色に近い切れ長の目でしっかり前を見据え、形のいい薄い唇を引き締め背筋を伸ばして歩く様はたとえ様もなく凛々しい。 すれ違う生徒達は、いずれも吸い寄せられるようにその姿を見送った。 玄関近くまでやってくると、下駄箱に寄りかかっていた一人の生徒がこちらに振り返った。 ――――二人はよく似ていた。 違うと言えば身長と、制服と、一人だけ掛けているめがねと、 「侑士」 「よ、おつかれさん。」 性別だけ。 「待っていなくてもよかった」 少女は下駄箱から自分の靴を取り出すと、どこかそっけなく短く言った。 「連れへんなぁ、せっかく兄弟水入らずで帰ろう思たのに」 「テニス部の連中と帰ればいい。向日はどうした」 「あー、岳人な。岳人なら先に帰って……」 「んなわけあるか!!」 いきなり忍足の頭めがけて鞄が降ってきた。 鞄にはちゃんと人間付き。 「くそくそ侑士!やっぱまだ中にいるじゃん!!」 「酷いですよ、忍足先輩!先輩が先に帰ったなんてウソ言ってっ!!」 「向日、鳳」 「だけじゃないよ〜」 のほほんと間延びした声がして、そちらの方を見ればジローはおろか跡部、樺地、宍戸と氷帝男子テニス部レギュラー勢ぞろいである。 「〜、帰ろ、帰ろ」 「とっととしろ。この俺様を待たせるなんざいい度胸じゃねぇか、アーン?」 「オレは、別に付き合いだからな、自分から待ってたわけじゃねぇからナ!」 「……ウス」 「……」 口々に帰りを急く一同に、少女は一つため息をつくと、彼らを伴い無言で玄関を出る。 ――――その様は、女帝とそれに付き従う取り巻きと言った様子であった。 学校から離れたアーケード街。 氷帝の制服を着ているのは、忍足たち一団だけ。 先頭を歩いていたは、他に氷帝の生徒がいない事を確認してから、立ち止まった。 「――――はー、しんど」 その口から漏れたのは、紛れもなくすべらかな関西弁。 「今日も一日お疲れさん」 忍足が妹を労うように肩を抱く。 は、すこし目線の高い兄を見上げながら、 「兄ぃ(にぃ)〜。ごめんな、待たして。ちょっと委員会の方が長引いてもうてん」 「ええよ、ええよ」 「ほんま、ごめん」 そこには同級生から下級生、果ては高等部の方々にまで畏怖と尊敬、そして少なからぬ恋情を込めて『氷の女王様(ビューティ)』と呼ばれているあの冷たい顔はない。 あるのはどこまでも甘い、少女の顔だった。 「がっくんも、先に帰っとってよかったんやで?」 「いーんだよ。俺、と帰りたかったんだから」 「景吾君も長太郎君も慈郎君も亮君も崇弘君もみんな忙しいのに……」 言えば、全員向日と似たり寄ったりな答えが返ってくる。 はそれにはにかみながらも、嬉しそうな微笑を返した。 「、〜」 笑顔に気を良くしたのか、ジローがの腕にしがみ付いた。 「これからさ、テニスやろ〜。俺、と打ちたい!」 「ずりーぞ、ジロー!オレだってやりたい!!」 負けじと向日ももう片方の腕を取り、ほえる。 その様は、保母さんを取り合いしている園児のようだが、実際はそんなに微笑ましくない。 「がっくんも慈郎君も、テニスやったら部活で散々やったんちゃうん?それにウチなんか相手にならんと……」 「そんな事ありません!先輩は強いですよ!!」 鳳が力を込めて否定した。 それを肯定するように跡部は軽く頷きながら 「ま、そこらの女よりはよっぽどできるんじゃねぇか?」 「そりゃ、兄ぃにつきおうとれば誰でも……」 「とにかくっ!オレはお前とやりたいの!」 「俺も〜ッ!」 「イ、タタタタっ!兄ぃ〜」 「岳人〜……っ!」 「ジロー!」 引っ張られる腕の痛みに、がとうとうヘルプコールを出せば、忍足がじっとりと呪詛をこめて、見かねた宍戸も一緒に駄々っ子の首根っこを掴んでひっぺり剥がす。 「大丈夫ですか、先輩」 「う〜……」 掴まれて痛い腕を擦りながら、声をかける鳳に視線だけで大丈夫だと告げた。 「それにしても、お前もたいがい役者だな」 鞄を樺地に持たせ、跡部があきれた口調で言う。 「学校の外と中じゃまるでジキルとハイドだ」 「だって、外見と中身が違うからって変な目で見られんのイヤやし……」 そう、気弱そうに言った。 「まったく……」 跡部は吐息を吐く。 学校内と外でのギャップに、慣れたとはいえ改めて眩暈がしそうだ。 他の面々も苦笑している。 外見は双子の忍足とよく似通っているくせに、中身はレッドデータアニマル並みの大和撫子だなんて……。 に傾倒している学校の連中が見れば卒倒ものだろう。 いや。気づいていなくて、幸いかもしれない。 「みんな?」 が首をかしげ、子犬のような目でそれぞれを見渡す。 ――――彼女のこんなカワイらしい姿。誰が教えてやるものか。 それぞれにそれぞれの思いを隠し、テニス部の面々は帰り道を再び歩き出した。 「あ」 店の並ぶ道を駄弁りながら歩いていると、は小さく声を上げ、立ち止まった。 立ち止まったのは洋服店だった。 どうやら専門店らしく、ショーウィンドウに飾られていたのは、 「ウェディングドレスか」 「兄ぃ」 横に並んだ忍足が顎に手を添え関心したように言う。 一同もそれに倣い、それぞれショーウィンドウ前に並んだ。 「キレイやねー」 「ああ。もいつか着るんやろうな」 「どやろな」 はおかしそうに笑った。 恋人をつれた自分と言うのが――――いまいち想像できない。 「――――いつか、お前も嫁にいくんやな」 しみじみと忍足は呟く。 「どうしようかなぁ。兄ちゃん、もしお前が突然婚約者とか連れてきたら、その相手人気のない場所で闇討ちしかねんわぁ〜」 「兄ぃ、口調も雰囲気も爽やかやけど、眼が笑ってへん」 青ざめた顔で呟いたはガラスに手を突いた。 ウィンドウの中には煌びやかで真っ白なウェディングドレスがいつか着てくれる花嫁を待っている。 そのガラスに映る、うっとりとどこか夢見ごこちな顔。 それはどうしたって、少女の顔と言いがたくは苦笑して気分を消し飛ばした。 「長太郎君って、モーニング似合いそうやね」 「へッ!?」 何を考えていたか、と同じようにぼぅっと夢見る目でドレスを見ていた鳳は、突然振られた言葉に動揺したようだ。 「そ、そうですか!?」 「うん、きっと似合う思うよ」 (それってプロポーズですか!?) にっこりと笑うに、激しく飛躍した誤解へ鳳は思考を飛ばした 「ま、先輩がそう言うんなら……」 「亮君も似合うやろね」 「なッ!?」 他の面々と違い、ウィンドウに背を向けていた宍戸は、突然振られた言葉に真っ赤な顔で狼狽した。 「ど、ドドド、どういう意味だよ!」 「どうって……言うたまんまやけど?」 返された言葉と赤い顔の意味が分からなくては首をかしげた。 「〜、俺。おれはぁ〜」 ジローがの首っ玉にぎゅっとしがみ付く。 それを何とか支えながら、 「慈郎君は黒より白が似合いそうやな。景吾君は黒と白どっちも。崇弘君はモーニングって言うより袴とか和装やろね。兄ぃは……和洋どっちもいけそうかな?」 「へへ〜。そう〜?」 「ふん。当然だろ。俺様に着こなせねぇ服なんざない」 「ありがとう……ございます……」 「ま。お前の見立てやったら間違いないやろ」 「、オレは。オレは!?」 一人残った向日が期待に目を輝かせの顔を覗き込む。 「がっくんは……」 「うん、うん」 「……」 考え込んだは、数秒後、肩を震わせながら地面に蹲ってしまった。 脳裏に浮かんだ向日の結婚式姿。 それは……。 「がっくん、花婿より花嫁の方が似合いそう……」 笑いを堪えて震えるつぶやきに、全員の脳が同じ物を描いた。 「あはははは――――!!」 真っ先に遠慮もなく笑い出したのはやはりと言うか何と言うか、ジローだった。 「あはははは――――!似合う、似合うー―――!!」 「ジロー!テメェッ!!」 「ジロー先輩、笑いすぎですよ!いくら本当の事でも!!」 「長太郎、お前もたいがい失礼だっつーの」 「言いながら肩震わせてんじゃねぇよ、宍戸。ま、適切っていやぁ適切か?」 「せやなぁ、岳人の場合モーニング着ようが袴着ようが七五三がオチやろうし」 「……」 「がっくん、ちっこうて可愛いもんなぁ」 (ぜってータッパ伸ばしてやる……っ!) の言葉がとどめになって、向日は拳を震わせ日ごろの決心を新たに固めた。 「なんだよ、なんだよ!俺が花婿似合わなねぇんだったら、だってドレスよりモーニングの方が……イテッ!!」 いきなり遠慮のない拳が向日の頭めがけて振ってきた。 「っつ、ッてぇ〜……」 「バカ向日!」 「何だよ、宍戸っ!あっ……」 拳の主を睨みつけた向日は、逆に鋭い視線で睨み返され、はっと気づく。 「そう……かもね」 は寂しそうな目でウェディングドレスを見つめていた。 「わ、ワリィ……」 「ええよ。本当の事やし」 殊勝に謝る向日の姿に、は困った笑みを向けた。 自分でも本当のことだと思ったから。 思ったけれど、改めて言われるとちょっときつい。 それにさっきから何となく――――空気が重くなったみたいだ。 は一つ、ため息をついた。 「せやね。もし――――もし、ウチがいきおくれたら……」 は申し訳無さそうな向日に笑顔を向けると、 「がっくんに、もろてもらおかな?」 『――――』 場の空気が止まった。 「迷惑やなかったらやけど……」 「んなことねぇッ!!」 突然赤い顔で叫んだ向日に、は両目を見開いた。 「お前さえよかったら俺と」 「〜」 「おぉッ!?」 の両手をぎゅっと握っていた向日を軽々投げ飛ばして抱きついてきたのはジローだった。 「〜、向日よりオレのお嫁さんになって〜。オレ、だったら大歓迎だC〜」 「先輩!!」 「うわッ!?」 ジローの首根っこを掴み、吹っ飛ばした鳳が両目に星を瞬かせ、に詰め寄る。 「先輩!俺、年下だけど先輩より背ぇあるし、将来性は十分です!」 「おい!」 「ダッ!?」 自分よりもでかい後輩の横っ腹を思いっきりけり倒した宍戸は、と眼が合うと、とたん顔を赤くし、 「お、お前なぁ!あんま、変なこと言うなよ!……や、オレは、別に気にはしては……!」 「だったらすっこんでろ!!」 「っ!」 樺地に命じて地面に沈み込ませた宍戸を踏みつけ、跡部はの顎にそっと手を添えた。 「なぁ、。オレのもんになりゃあ何でも思いのままだぜ。金も、未来も、快楽も……」 「おのれ、なに人の妹エロく誘っとるんや――――!!」 忍足の長身を生かした回し蹴りに、跡部は声もなく吹っ飛ばされた。 「まったく……」 倒れた跡部を何度か樺地が止めるまで足蹴にして、荒い息を吐きながら忍足はゆっくり振り返る。 「、心配せんでも俺が一生面倒見て……」 「今すぐにとは言わん。学校を卒業するまで待つからそれから籍をいれよう……」 『どっから湧いてでた、このロリコン――――!!』 ――――いつの間にか現れてちゃっかりの手を握っていた榊顧問に、七人分の怒りの蹴りが炸裂した。 |
あとがき
まずは七万ヒットありがとうございました。
リク内容は『氷帝逆ハー。ヒロインはレギュラーか誰かの双子』でした。
そして、通行人の邪魔になるのでとッととどいたほうがよいと思われます、そこの少年少女(+大人)
今回の話は実は前から書きたかったネタだったので、リクエストがきたときは思わずガッツポーズしてました。
毎度の事ながら設定が固定されていますが、どうしても書きたかったんです。
中身と外見のギャップがある子!!
ガタイよろしいのにのに可愛い性格してたら、もうそれだけで愛らしくてギューってしたくなりますね!!
ああ、こんなん自分だけか。
とにかく、リクエストありがとうございました。