Can you keep A secret?

最近『秘密』ができました。




















「最近さぁ、ちゃん忙しいよねー」
部活が始まる前の賑やかな雰囲気に包まれたクラブハウス。
ロッカーの前でシャツを着替えながら菊丸はぼやいた。
「この間の休みもさぁ、俺が遊びに行こうって言ったら、“ごめんなさい。その日はちょっと……”って」
「あ、俺もっすよ」
荷物をロッカーに仕舞っていた桃城も話に乗ってくる。
「この間、橘妹も来るからストリートテニス見に来ないかって誘ったら“都合が悪い”ってそそくさと逃げちまって」
「菊丸先輩も桃先輩もまだまだっすね」
シューズをはき終えた越前が鼻で笑う。
「でも、ほんとう最近忙しそうだよね。さん」
河村も思い出したように続けた。
「前なんて休みの日の練習も見に来てたくらいなのに、最近じゃぱったりだし……」
「ケッ、くだらねぇ……」
「――――彼氏でもできたかな?」
「えっ?」
ぽつんと呟かれた不二の言葉に、面白いくらい一同は凍りついた。
「ま、まさかぁ。んなことないっすよぉ」
桃城が引きつりながら首を横に振れば、菊丸も力いっぱい、
「桃の言うとおりニャ!ちゃんに限ってそれはありえない!!
「英二、それはさんに対して失礼だろ……」
「だが大石、現に今のに恋人ができる確率は1%も無いんだが……」
「ッ!?乾先輩!」
先輩の登場に、海堂は飛び上がらんばかりに驚いた。
対する乾は、いつものように顔色一つ変えないで、
「ん?どうした、海堂。幽霊でも見たような顔して」
「今まで話の中で影も出てこなかったアンタがいきなり登場したから驚いてるんっス!!」
「ちゃんと中にはいたぞ。……隠れてたけど
「隠れる理由がどこにあるッ!?」
「不二先輩はどう思います?最近の先輩について」
だんだん騒がしくなってきた会話の隙間から、出て行こうとする不二に越前が話しかける。
不二はドアノブを握ったままにっこり笑って、
「さぁ。僕もよく分からないよ」

















その週の日曜日。
不二邸のチャイムが軽やかな音を立て、来客を知らせた。
(何で自分の家帰んのに緊張してんだよ、俺は)
ドアが開くまでの間、裕太は強張る気持ちをごまかすように頭をバリバリと掻いた。
姉から、たまに帰ってこいとお達しがあったのは金曜の事だ。
もしこれが反発しまくってた兄なら一刀両断していたところだが、姉となると話は別。
多少の逡巡の後、練習のない日曜ならという事で、裕太は久しぶりに我が家の門をくぐった。
パタパタとスリッパの音が玄関前まで近づいてくる。
ついで鍵を外す音がして、ついに玄関は開かれた。
「お帰りー」
笑顔で出迎えてくれたのは母親でも姉でもましてや兄でもなく、一切自分の家とは関係ない、けれども知っている顔。
!?」
「お帰り、裕太」
顎が外れんばかりに驚愕する弟に、後からやってきた兄はにこやかに微笑みかけた。

















「どー言う事か説明しろよ!!」
どっかり居間のソファに腰を下ろして、裕太は説明を急いた。
「まぁ落ち着きなって、裕太。喉渇いてない?」
「何のん気に茶なんか勧めてんだ!俺は説明しろって言ってんだよ!!」
「そんなに憤らずとも説明はするよ」
……っ」
紅茶の入ったカップを載せた盆を手に、が会話に割り込んだ。
「まずお茶でも飲みながら、ね」
「まさか母さんたちがいないのを幸いに兄貴に連れ込まれたわけじゃねぇよな……ッ!?」
「現段階における君の中のお兄さん像が垣間見れるような誤解発言だね」

言いながら、紅茶を二人の前に置く。
裕太はしぶしぶ、芳醇な香りのする液体を口に運んだ。
「落ち着いた?」
「落ち着いた、落ち着いた。だから説明しろよ」
「せっかちだね、裕太は」
クスリと笑って、不二が口を開いた。











「あれは……」
図書館の一角で思わぬ姿を見かけた不二は、そっと足音を殺して相手に近づいた。
ちゃん」
「ッ!?」
軽く声をかけたつもりだったが、予想以上に驚いたは、もっていた本を取り落とす。
おりよくも、落下地点はの足の上であった。
「――――……」
けして薄くない本の襲撃を受け、は声もなく悶絶した。
「ごめん、大丈夫?」
不二が謝罪しながら落ちた本を手に取る。
と、思わずタイトルに目がいった。
「……初めてさんのお菓子の本?」
タイトルを読み上げた不二は、確認するようにのほうを向くと、涙のたまった眼がこちらを見ている。
ちゃん、お菓子作るんだ」
「ええ、まぁ……」
手渡した本を腕に抱えて、は恥ずかしそうに目元を染めた。
「失敗ばかりですけど」
「どうして?ちゃんなら簡単にできると思うけど……」
たびたび振る舞われた事のある料理の数々が頭をよぎる。
いずれもそれなりに味にうるさい河村が、太鼓判を押すほど見事な出来だった。
「お菓子と料理は違いますよ」
は鼻の頭を掻いた。
「料理は必要に駆られてそれなりにできるようにはなりましたけど、お菓子になるとちょっと……。本見たって全然分からなくて……」
ちゃん、お菓子好き?」
「好きですよ」
不二の質問には笑って答えた。
「一番好きなのはケーキ。あれって見た目も綺麗でしょ?特にショートケーキの上のイチゴってルビーみたいじゃないですか。でもこれが曲者なんだよなぁ……」
は憂鬱にため息をつきながら、腕の中の本をぎゅっと握り締めた。
「おはぎとかなら簡単なんですよ。でもケーキやシュークリームはスポンジが膨らまなかったり、カスタードクリームが固くなったりでいままで成功した事はゼロ」
「大変なんだね」
同情の声をかけると、は表情を曇らせた。
「諦めようかな、もう……」
落ち込むの横顔を見ているうちに、不二にある提案が思い浮かぶ。
「……ねぇ、ちゃん」
「はい?」
きょとんといったように振り向いたに、不二はにっこり笑って、
「僕にいい提案があるんだけど……」


















「で?」
「で、それから毎週姉さんの都合がいい日にちゃん、うちにお菓子習いに来てるんだよ。今日は裕太も好きなラズベリーパイ」
が台所に消えた居間で、兄の説明を聞き終えた裕太は感心したように言った。
「なんでエプロンしてるのかと思ったら……。熱心なこった」
「お父さんがケーキとか好きなんだって。親孝行だよね。それに姉さんが感心してたよ。すごく一生懸命だって」
いいながら、不二は台所の方を見つめた。
ふわりと甘い香りが室内に忍び込んでくる。
話し声はあまりしない。
不二は話の間に冷めた紅茶を口にし、裕太に顔を向けた。
「でね、裕太。この事は誰にも内緒にしてほしいんだ」
「内緒?」
「そう、だってこんな事他の誰かに言ったら、絶対家に押しかけてくるよ。そんなのちゃんにとっても迷惑以外のなにものでもないでしょ?」
いつものようにニコニコ笑う兄を見ながら、裕太は眉根を寄せた。
「青学の連中にも言ってないのかよ」
「言ったが最後、手塚の眉間に皺が五割り増しで刻まれ、グラウンドを走る人間が倍増するだろうね
不二はこともなげに言い放つ。
「だから、この事は絶対誰にも言っちゃだめだよ。ねっ?」
言葉こそ伺うような感じではあるが、口調は完全に『脅し』である。
「――――わぁかったよ」
諦めたように大きくため息をついて、裕太はソファに沈み込んだ。
不二はそれを見て、満足したように最上の笑顔を向ける。
「僕らだけの秘密、だからね?」
「できたぁッ!!」
言葉が終わると同時に歓声と一緒にが部屋に飛び込んできた。
満面の笑みをたたえていただったが、二人の間に漂う微妙な空気を察したか、戸惑うように、
「あ、あれ……。お邪魔しました?」
「ううん、全然。できたの?」
「はい!」
が手に持った盆を机の上におろす。
皿の上からは甘酸っぱい匂いがたつ。
「半分はお土産に持って返るから、もう半分はみんなで毒見、毒見
「素直に味見って言えよ……」
切り分けられたパイを前に、裕太はわずかにこめかみを引くつかせる。
姉が新しく淹れた紅茶を手に、輪の中に入ってきた。
部屋の中は甘いラズベリーパイと紅茶の芳醇な匂いで満たされる。
ただそれだけなのに、室内は居心地のいい空間に変わった。
(こんな秘密なら……守っていいかもな)
考えながら、口の中に入れた一欠けらのパイは、まだわずかに温かった。

あとがき

お題第六弾。
今度は不二家の面々です。
おねーさんが一言も喋ってませんが、裕太が出せたので相応に満足です。

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