いつの間に……

その日は、実に穏やかだった。
気温も熱くもなければ寒くもないちょうど中間くらいで、柔らかい風が花の香を運ぶ。
実に理想的な昼下がり。
でも。
でもだからって……。
「なぁんでこんな所で寝てるのかニャー?」
中庭の一角。
木陰で舟をこぐを見て、菊丸は思わず苦笑した。
ぽかぽか陽気の上に周りには誰もいないからとても静かで、さぁ寝てくださいと言わんばかりのシチュエーションだと言う事は分かる。
分かるが、実際それを実践してしまうのはいかがなものだろうか。
「襲われたって知らないよーん」
しゃがみ込んで、マシュマロみたいな頬を突付けば、何度か眉間に皺を作るもののただそれだけで、起きる気配は一向にない。
「しょーがないにゃぁー……」
さてどうしようかと菊丸は考えた。
このまま放っておけない。
いっそ抱きかかえて教室まで運んでしまおうか。だが運んだ後、教室でが起きる保証はない。
目覚めの良さと引き換えに、一度寝たらちょっとやそっとじゃ起きないのは合宿のバスの中で実証済みだ。
さぁ、どうしたものかと、菊丸はを見つめながらじっと考え込んだ。
風がふわりと吹いての黒髪を遊ばせる。
薄く汗ばんだ額に髪がへばりつく。
薄く開いた唇から寝息が漏れる。
起こすのがかわいそうなくらい安らかな寝顔だ。
「……うん」
菊丸の頭に妙案が浮かんだ。
起きない。
起こせない。
それならば……。


















「……」
目が覚めて、一瞬まだ夢の中かと錯覚しそうになった。
でも足の痺れや風の匂いまで再現できるほどリアルな夢ってあるだろうか?
「んじゃあ、これって現実なんだ……」
自分の膝の上で眠る少年を見下ろしながら、はぽつんと呟いた。
昼休みにお弁当を食べようと中庭にやってきたまでは憶えてる。
は傍らに置いた弁当箱を軽く振った。
ご飯はちゃんと食べ終えたようだ。
だが、記憶はそこで出途切れている。
途切れた時点で自分は寝ていたのだと判断できた。
だが寝てしまう前はこんな状態じゃなかったはずだ。
――――夢から覚めれば、そこには先輩(あなた)がいました。
「……詩的」
ふぅっとため息をついて、は青い空を見上げた。















ちゃん?」
しばらくボーっとしてたら、耳触りのよい声がした。
「不二先輩……」
アルカイックスマイルを浮かべた不二がこっちに向ってやってくるのを見て、は条件反射で微笑みかけた。
「今、何時ですか?」
「HR中。僕は抜け出してきちゃった。それよりそろそろ掃除の人たちがきちゃうよ」
「行きたいのは山々なんですが……」
は難しい顔をして語尾を濁した。
目の前でしゃがみ込み、目線を合わせた不二が確認するように膝上の物体を指差して、
「エージ……だね」
「菊丸先輩……です」
はぁ、とはため息をついた。
不二も友人の姿を見ながら苦笑している。
「授業をサボったと思ったらこんな所にいたんだ……」
「あ、私も授業サボっちゃった」
無意識に菊丸の髪を撫でながらはどうしようかと思った。
「桃ちゃん、ノートとってるかなぁ……」
「確率は低いね」
「……ですね」
はこめかみに指を当てて考え込んだ。
ひとまず、次回の授業はスリリングになる事間違い無しだ。
「どうしようっかなぁ……」
なんて言いながら実際良い案なんてまったく浮かばなくて、は菊丸の髪を指で梳いた。
ノートの事はこの際保留して、今真っ先にすべき事。
「エージ、起こさないとね」
不二の言葉には頷いた。






第一段階。
「せんぱーい、ぐっもーにぃ〜ん」
声で呼べども反応ゼロ。
第二段階。
「お早うございます、お早うございます」
揺すりつつ呼びかけてみれども、これまた反応ゼロ。
第三段階。
「あっ、くーちゃんが夜叉の形相でこっちにーッ!!」
嘘八百で脅せどこれは起きてなきゃ意味がない。
第四段階。
「これはどうかな?基礎に忠実にバケツぶっかけなんて……」
「私にもダメージがあるので却下です」
第五段階。
「基礎に忠実part2。全体重をかけて肘プレス……」
「確実に救急車または霊柩車ご搭乗なのでアウト」













結局十二まで案を出したが(うち九つは人道的理由によりからストップがかかった)いずれも失敗に終わった。
直に掃除担当の人々がやってくるだろう。
それまでには、何とかしたい。
「それにしても、菊丸先輩ってよく寝ますよねぇ……」
恨みがましい口調では赤茶けた菊丸の髪をくしゃくしゃと乱した。
菊丸は何度か呻くだけで、まぶたはぴくりも動かない。
「そうだねぇ……」
不二が顎に手を沿え何かを考えている。
やがて何を思いついたのか楽しげに目を細めた。
ちゃん、分かったよ。エージの起こし方」
「えっ!本当ですか?」
驚くに、不二はにっこり笑った。
「うん。それにはちゃんにも協力してもらいたいんだけど……」
「します。この状況を打破できるんなら!」
「じゃあ……」
不二の顔から笑みが消える。
顎に触れた指はすこしざらついているように感じた。
顔と顔の距離が縮まる。
(あっ……)
は見つめるアイスブルーの目にうっかりと見惚れた。
まるで魔術にかかったかのようにの体は動かなくなった。
不二の瞳がほそまる。
唇をくすぐる吐息。
やがて。
「――――」
唇に――――何か触れた。
「……」
「……」
「……」
離れた不二が唇に人差し指を当て、いたずらそうににっこり笑った。
「おはよう、エージ」
「ふぅ〜じぃ〜……っ!?」
起き上がった菊丸は規則の乱れを目の前にした手塚に負けず劣らずの不機嫌顔で不二を睨みつけた。
の方はと言うと……。
「先輩、いつの間に猫から狸に鞍替えしたんです?」
唇が触れ合う瞬間、下から伸びて口を塞いだ菊丸の手を掴んでこちらは呆れた視線を送った。
まぁ、この手のおかげで助かったのは事実だが。
「不二先輩。基礎に忠実part2、使用許可
「はーい。全身全霊込めていきまーす」
「あーっ!!タンマ!!全体重こめての肘プレスはご勘弁――――!!」
身構える不二に、慌てて菊丸はの膝の上から引いた。
「いったい、いつから起きてたんですか……?」
「い、いつかにゃぁ〜?」
責める視線から逃れるように、菊丸は顔ごとよそを向く。
もしかしたら、不二が来る前から気がついていたのかもしれない。
ははぁっとため息をついた。
「ま、いいや。二人とも、早く部活にいかないと、くーちゃんの機嫌に比例して大石先輩の胃潰瘍入院の確率が急上昇しちゃいますよー
「それはダブルスペアとして一大事にゃ!不二、早く行こうッ!!」
話がそれてこれ幸いとばかりに飛び上がった菊丸は、不二の二の腕を掴んで走り去っていった。
後に残されたは、座り込んだまま空を見上げ一言。
「足……痺れて動かないや……」
――――掃除にやってきた生徒が、木陰に座り込んだを見て不審気な視線を投げかけた。


















「……エージ」
「なんにゃ?」
部室までの道のり。
二の腕を掴んだままの菊丸に対し、不二は目を開いた状態でにやりと笑いながら、
「もうちょっと寝ててくれてもよかったんだよ?」
菊丸はべぇっと舌を出した。
「ゴジョウダン。抜け駆けは許さないもんね」
「最初にしたのはそっちだよ?」
「俺のなんか可愛いもんにゃ。でも、ちゃんの膝の上柔らかくて気持ちよかったぁ〜」
「じゃ、僕も今度やってもらおう」
「そん時は絶対、邪魔してやる」
「君にできるかな……?」
二人の間に飛び散る火花。
猫VS魔王。
勝利の女神はどちらの微笑むのであろう。
今はとりあえず……。
「遅いっ!あいつらは何をやっているんだ……ッ!?」
の言うとおり、手塚の機嫌と大石の胃の加減を案じた方が良いかもしれない。

あとがき

これってお題クリアになってんのかよと思いつつ。
巷で人気のある3-6コンビの登場です。
自白すると最初、このお題は別の話(氷帝メイン)で書くつもりでしたが、ネタにつまり、急遽こちらに。
氷帝メインの方は別の話としてリサイクルします。
とりあえず膝枕ネタがかけてよかった。

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