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頼りになる同級生と可愛い後輩に挟まれて。 たまにはこういう帰り道も、いいよね? 「ー、何やッてんだー」 「死んでまアぁ〜す……」 「死体が口効くかよ」 まだざわめきの残る放課後。 机に突っ伏したまま返ってきた言葉に、桃城は苦笑した。 「いったいどうしたってんだよ、」 「実は……」 が突っ伏した顔を上げた、その時である。 きるるるるるるうぅ〜〜〜〜……。 口からでなく腹から返答があった。 一瞬桃城たちの周りにだけ訪れる沈黙 クラスに残っていた数人が、腹の音を聞きとがめてくすくすと笑っている。 「……まぁ、こういう事」 再び机に突っ伏したの耳は、顔もこうなっているだろうなぁと思うほど真っ赤だった。 「お前、飯どうしたんだよ」 「お昼食べてない。おべんとー忘れた……」 「購買部行って、なんか買ってくりゃよかったのに……」 呆れた桃城の言葉に、はのろのろと億劫そうに体を起き上がらせると、 「よっと!」 その場で軽くジャンプした。 さらに訪れる沈黙。 「……で?」 「チャリンとも音がしなかったでしょう?」 弱弱しく笑うに、桃城は頭をかきながら、 「金もねぇのかよ」 「財布も忘れたのだぁ……」 力なくは自分の机に凭れかかる。 同情するように腹が一声、寂しげに泣き声をあげた。 「お前昼飯ン時どっかに消えてたけど、どこ行ってたんだよ」 「理科準備室。ご飯の匂いかいでたら余計にツライと思ったから」 「そーかよ……」 ここまでくればいっそ涙ぐましいの努力に、桃城は子供にするように頭を撫でた。 たいしてのほうは、いつもなら払いのけるであろう手をほったらかしにしている。 動く気力すら残っていないのかもしれない。 もしこのまま帰らせれば、道の真ん中で力尽き行き倒れ……なんて可能性も頭を掠める。 桃城は大きくため息をついた。 「しゃーねぇなぁ」 「何が?」 のろのろとが顔を上げる。 後ろ頭をバリバリ掻いていた桃城は目が合うと 「俺、今日は部活ねぇんだ。も確かねぇだろ」 意図を測りかねているのか。は眼を丸くしたまま、小さく頷く。 「だからさ、いーとこ連れてってやるよ」 にぃっと唇の端を吊り上げて桃城が笑うと、は丸い眼をさらに丸く、大きく開いた。 が連れてこられたのはいつもテニス部が通い詰めているファーストフード店。 一週間前から新装開店したとかで割引券が配られていて、今日は殆どタダ同然で食べられると、教室で桃城がチケットをひらつかせながら説明してくれた。 そして、店の入り口にたつの左右には、桃城ともう一人、イレギュラーがいた。 「ここいつものとこじゃん。しけてるッすねー」 「だったら越前、お前帰れ」 ちゃっかりついてきた後輩を、桃城はむっつりと睨みつけている。 実は当初、越前が一緒に帰る予定はなかった。 だが、自転車置き場で待っていた後輩に二人一緒の理由を問われ、、が気軽に答えたのが運の尽き。 「俺も行く」 と越前は、強引に二人の間に割り込んだ。 いいですよね、となぜかが訊かれ、桃城が何か言う前に反射的に頷いてしまった。 おかげで、ここに来るまでの道中桃城の機嫌は大変悪い。 奢る人数が増えたのが原因かと、道すがら何度か店に行くことを辞退しただったが、その度左右から、 「帰る途中で行き倒れたらどうするンすか」 「俺やだぞー。“少女A、道端で餓死しているのを近所の住民に発見される”なんて見出しで、お前の写真が明日の新聞に載るの見んの」 などと、諭されているのか馬鹿にされているのか分からない説得を受け、挙句の果てに捕らえられた宇宙人よろしく左右からがっちり腕をホールドされ、逃げようがない。 ――――桃城とはまた別の意味で、店へ向うの足は重かった。 「いらっしゃいませー」 にこやかな営業スマイルを貼り付けた店員に迎えられ、カウンターへ向う。 「越前、何にする?」 慣れているのか、桃城はメニューに目もやらない。 越前は何度かカウンターに張り付いたメニューを指でなぞると、 「チーズバーガーとポテトのM。あとはコーラ」 「んじゃあ、俺もチーズバーガー二個とポテトのL。それとコーラ」 「よく食べるっすね」 越前の呆れたような視線を、桃城はにやりと笑って受け止めた。 「育ち盛りなんでな。は、何にする?」 「ふぇ?」 二人の会話をぼーっと見ていたは、突然話をふられて変な声で応対した。 「何が?」 「メニューだよ、メニュー。何食うんだ」 桃城が、カウンターを何度か指でこつづく。 はうーんとひとしきり首を捻って、 「何が美味しいの?」 「先輩、こういう店来た事ないの?」 「無いね」 驚いたような越前の言葉に、はカウンターに張り付いたメニューをじっと見ながら答える。 「来る必要自体なかったから。だってこっちに帰ってくるまで、母さんは仕事してて、家事とか代わりにやってて忙しかったし。ずーっと家と学校とスーパーの往復しかしてなかったんだ。一緒に遊ぶ友達もいなかったしね」 今思えばずいぶん寂しい青春だ。 しかし、こんな所に食べにこなくても特に不都合が無かったのもまた事実。 と、店で一番安くてボリュームがあるのはどれだろうと、メニュー選びに没頭していたの肩を、突然桃城と越前ががっしり掴んだ。 「――――」 「――――先輩」 左右両方の少年たちは真剣な表情で、 「好きなもん好きなだけ頼め」 ――――桃城たちだけでなく、目の前の店員まで優しい眼をしているのは何故だろう? 結局が選んだのは店員イチオシのセットメニューだった。 桃城たちが良く座るという窓際の席に掛け、は早速テリヤキバーガーにかぶりついた。 空腹というスパイスも効いているのか、えもいわれぬ味がする。 「おいしい〜」 「ちっとは腹、膨れるか?」 「十分!」 桃城に感謝の意味も込めて笑い返し、はもう一口、かぶりつく。 「先輩ってうまそうに食うよね」 越前が呆れるような、感心するような顔でコーラをすする。 「だって美味しいもん」 は、皮肉にまともな反応を返さず、食事に没頭する。 何せ十数時間ぶりの食事だ。口はもっぱら喋るよりも食べる方に動く。 たちまち半分まで胃に収まった。 「いい食いっぷり……」 ポテトを口に放り込んだ越前の言葉に同意を示すように、桃城がひとつ、頷く。 と、突然その顔がにやりと歪んだ。 「なぁ、。それ、美味いか」 「ん」 休憩にシェイクを飲んでいたが頷く。 桃城の顔が、さらに楽しげに変わる。 いったいどうしたのかと、がシェイクから口を離した。その時である。 「んじゃあさ、ちょっとくれよ」 バーガーを持っていた方の手をぐいと引き寄せ、そのまま一口パクリとかぶりついた。 たちは思わずギョッと目をむく。二人のうち、越前の方は椅子から飛び上がった。 「何やってんすか、桃先輩!?」 「意地汚いなぁ、桃ちゃん!食べかけなのに!!」 二人の怒りの観点は若干ずれている。 怒られたもののしてやったりといった顔の桃城は、 「いーじゃん、一口くらいよぉ」 口についたソースを拭いながら、越前に向ってなにやら意味ありげな目を向けた。 越前の顔が、たちまち不快気に曇る。 桃城を睨んでいた目が、ゆっくりに移った。 「――――先輩」 「うん?」 桃城の無作法を注意していたの顎をいきなり掴んで、 「ソース、ついてる」 ちろり、と。 赤い舌での口端を舐めた。 「う、うあっ!?」 さすがのも、これには茹蛸みたいに真っ赤になって飛びさがった。 それでもバーガーを放していないのは、我ながらさすがというか何と言うか。 驚いたのはどうやらだけではない。 「何やってんだ、越前!!」 椅子を蹴倒さんばかりに立ち上がる桃城。 「何って、先輩の口にソースがついてたから取ってあげただけっす」 対する越前は余裕綽々でコーラなぞ飲んでいる。 「んなモン、ついてるぞって言やいいだけじゃねぇか!」 「桃先輩こそ、さっき先輩のテリヤキ勝手に食ったじゃないっすか。そんなに食いたきゃもう一個買ってくりゃよかったでしょ」 「うっせぇな、俺が買ったもんなんだから一口貰ったってバチはあたんねぇだろー!」 「そういうの、横暴っつーんすよ!!」 とうとう越前も立ち上がり、争いはさらに激しく、低レベルに落ちてゆく。 目の前のはしばらくぼうっとしていたが、やがて紛争に気づくと、大慌てで持っていたテリヤキを全部平らげ、シェイクを流し込み、一息ついてから、 「二人とも!」 腹の底からの一喝に、二人はハッとした顔でのほうを向いた。 視線がこちらに向いたのを確信してからはおもむろに、低い声で 「ここがどこか分かってる?」 ゆっくり周りを見渡す越前と桃城に、訝しげな顔や興味深そうな顔の客と、カウンターの向こうで悪鬼の形相を見せる店員の視線が突き刺さった。 「しばらくあの店いけないね」 そろそろ夕日が沈み始める頃、帰路に着く三人のうち、すこし遅れて歩くがぽつんと呟いた。 あの後、二人は大急ぎでチーズバーガーやコーラを平らげ、逃げるように店を出た。 後ろから、店員の『もうくんな!』と言う無言の叫びが追いかけてきたのは気のせいであるまい。 「だいたい桃先輩が悪いんすよ、あんなとこで大声出すから……」 越前が桃城のわき腹をつつく。 ついで桃城が頭一個下にある越前の頭をはたいて、 「何言ってんだ!お前が変なことするからじゃねぇか!」 「一番最初に変なことしたのは桃先輩の方っす」 互いの目が、剣呑さを含んで鋭くなる。 「やんのか!?」 「やるんすか!?」 「あ――――っ!!」 臨戦態勢に陥りかけていた二人は、突然奇声をあげたに驚き、拳と歩みを止める。 「どうしたんだよ!急に」 「先輩?」 目を丸くする二人に対して、は重要な事実を告げた。 「ポテト、食べてない!」 目の前の二人は、いきなり膝から崩れた。 しかし、今のそれを気遣う余裕は無い。 「あぁ〜、せっかくセットで頼んだのにー」 もったいないとしきりに嘆けば、唖然としていた二人は、そのうち堪え切れなくなったかのように吹き出した。 「おまえなぁ……」 「なに、ポテトの一や二こで世界の終わりみたいな顔してんスか」 「その原因を作ったのは君たちだよ……」 左右高さの違う位置から頭をこつづかれ、は恨みがましい目で唇を尖らせた。 「んーな顔しなくったって、その内また連れてってやるよ」 「ほんと!?」 桃城が苦笑と共に告げれば、くるりとが目を見開く。 「ほんと、ほんと」 「そん時はとーぜん、俺も一緒っすよね」 を庇うように割り込んだ越前は、桃城を見上げてにやりと笑った。 「……お前、ちっとは先輩に遠慮しろよ」 「先輩後輩なんて関係ないね。よーするにやったもん勝ちなんだから」 「オマエなぁ……」 ふてぶてしい言葉と態度に再び不穏な空気が二人を取り巻く。 が、しかし。 「ほんっと君たちはねぇ……」 ぐいっと二人の間を押しのけ、は間に割り込んだ。 「仲いいんだか、悪いんだか……。クラブの仲間だったらもうちょっと歩み寄る努力をしようね」 呆れる様に言えば、高低それぞれ違う高さからむぅだとかぐぅだとかうめき声が聞こえて、それがまったく同じタイミングだったものだから、は思わずくすくすと笑っていた。 ――――後には鮮やかなオレンジに照らされた影、三人分。 寄り添うように長く、長く伸びていった。 |
あとがき
先輩VS後輩。 今回はちょっぴり消化不良(汗) ギャグ、あんま書けなかったです。 |