休日と賭けと失言と
果てのない青い空が広がる、休日の事。 ギャラリーに囲まれた野外コートの一角では、この暑さに負けるとも劣らぬ熱戦が繰り広げられていた。 「おらぁっ!」 「リズムに乗るぜー!」 天高く飛び上がった少年の放った一発はラインギリギリに落ちるかと思われた瞬間、瞬間移動したとしか思いようのない速さの少年に拾われ、再び高く舞い上がる。 一進一退の攻防に、観客達は悲痛な声を上げたり、歓声を上げたりと大忙しだ。 「あああっ桃ちゃん、おっしいっ!!」 コートすぐ近くのベンチという特等席に座りながら、地団駄を踏まんばかりに悔しがる友人を、杏は少々呆気に撮られた目で見つめた。 「。さっきはアキラ君の応援してなかったっけ?」 「いや、なまじ二人とも友達だからなぁ。どっちにも情が移って……」 友人の指摘に頭をかきながら苦笑していただったが、ギャラリーのどよめきが耳に入るや否や、すぐさま真剣な視線をコートの二人へと戻した。 杏も釣られて見れば、足元に転がったボールを見て悔しそうな顔をしている神尾とこっちを見ながらガッツポーズしている桃城がいる。 隣のが眼を輝かせて拍手すれば、桃城はさらに晴れやかな笑顔を見せる。 それを見ながら、杏はこれが目的か……と得心した。 休日前の金曜のこと、桃城からストリートテニスの誘いを受けた杏は、急な事とはいえ特に驚きはしなかった。 今までも何度か神尾も含めて三人で遊んだ事がある。 しかし当日、いつもの野外コートにやってきた桃城の隣には、神尾も杏もよく見慣れた姿がくっついていた。 「杏ちゃーん、アキラくーん」 満開の笑みを見せたが、手を振りながらまるで子供のように走りよってくる。 しかしなぜここにがいるかと問えば、少し顔を曇らせながらは答える。 曰く、桃城との賭けに負けたのだ、と。 「この間まで、うちの学校期末考査でね?桃ちゃんと図書室で勉強してたら、桃ちゃんがいきなり言い出したんだ」 『今度の国語、俺とお前でどっちの成績がいいか勝負しないか』 つまり、今度の国語テストで成績のよかったほうが、悪かった方に何でも命令できる賭けをしないかと言ってきたのだと言う。 「はじめは断ったんだがね。どうにも押し切られて……。それに実は自信もあったんだよ。はっきりいって国語は私の得意科目だから。けど……」 蓋を開けたらビックリ仰天。思っても見ない大判狂わせの結果、賭けは桃城の勝利に終わった。 「三点差だよ、三点差!あぁ、あの時凡ミスさえしなきゃあぁっ!」 盛大に悔しがるに桃城の下した命令は、 『今度の休み、橘妹とストリートテニスするから見にこい!』 と言う他愛ないものだった。 桃城の真意を測りかねつつ、は命令に従い、今に至ると言う。 その時は、精々最近めったに休日付き合うことの無くなったと遊びたいがためだろうと思っていたが、本当の所はちょっとずれた所にあったらしい。 杏が他の男子と遊ぶとなると、ボディーガードのように必ずと言っていいほど神尾がくっついてくる。 テニスをよく知らないにとって、神尾の実力と言うのはおそらく『レギュラーで同い年なんだからだいたい桃城と同じ』ぐらいだ。 杏相手では桃城が勝っても『そりゃ、レギュラーだしな』で終わるだろうが、神尾相手となると『実力が同じくらいの相手に勝った!凄い!』なんて思うだろう。 目に弾けんばかりの星をたたえたの今の表情が、杏の推理の正しさを物語っている。 (結構計算してるんだなー、桃城クン) 友人の食えないしたたかさに、杏は呆れるとも感心するともつかない想いを抱えた。 「つかぬ事を伺うけどね、?」 「なに、杏ちゃん」 紅潮した顔で溜息なんてつきながら、は振り向く。 目の前ではまだ熱戦が繰り広げられ、ギャラリー達を魅了していた。 「この試合に勝った方のこと、どう思う」 「凄いと思うよ!」 思ったとおりの答えが返ってくる。しかし、続けられた答えは杏の予想を超えるものだった。 「惚れるね!ああ、感動のあまり抱きつくかもしれないよ」 ――――ギャラリーの歓声にかき消されそうな歓喜の声の後、コート内に凄まじい速さのボールがねじ込まれた。 「アッ……」 「へっ……?」 その場に居合わせたものは一瞬何事かと動きが止まる。 「楽しそうだねぇ、桃」 ボールがねじ込まれた方角から現れたのは、アルカイックスマイルも麗しい、 「不二先輩っ!?」 と桃城の驚愕の声が重なる。 杏も対戦相手の神尾も、他のギャラリーさえ突然現れた少年に度肝を抜かれた。 ――――彼の出す、禍々しいまでのオーラに。 「桃。あぁ、そっちの彼でもいいよ。ちょっと勝負しようか」 「はっ?何言ってンすか、せんぱ……」 「桃ー!しょーぶしょーぶ!」 「菊丸先輩!?」 別の方面からこれまたラケット片手に菊丸が登場した。 「へ、なに。二人ともいつのま……」 「おい、テメェ!俺と勝負しろ!」 「先輩、ヤりません?」 「薫ちゃんにリョーマくん。なんだいったい、どういうこった!?」 ぞろぞろ現る青学テニス部の面々に、は右往左往している。 当然だろう。 今まで影も形もなかった顔見知りたちが現れて、一様にコートの中の少年たちに勝負を挑んでいる。 この状況をはたして説明しきれるものが今この場にいるのだろうか。 「凄いな、データのとりがいがある」 「ギャーッ!?」 突然背後から聞こえた声に、は心臓が張り裂けんばかりの奇声を上げて飛び上がった。 「いぬ、いぬ、い、いぬいせんぱっ」 「くだらない……。いったいあいつらはなにを考えているんだ」 「くーちゃんまでー!?」 いつの間にやら達の背後には乾と手塚の二人が仁王立っていた。 乾の手にはノートとペンが、手塚の手にはラケットが握られている。 だいぶ混乱しているらしいは、二人と周囲をめまぐるしく見渡している。 誰より早く混乱の解けた杏は、とりあえずの肩をがくがく揺らして、 「落ち着いて!」 叱咤を掛ければ、はゆっくり正気を取り戻していく。 しかし、やはりまだ混乱しているのか、目がきょときょとと落ち着かない。 「、みんなに今日ここに来ること、言ったの?」 「いい、言ってない!言ってないさ!」 千切れんばかりに首を振る。 それから真剣な顔で、 「だって、桃ちゃんに口止めされてたんだ。絶対、くーちゃんにもお父さんにも言うなって。何でかは……知らないが」 それを聞いて、杏はと共に考え込む事となった。 瞑想の如き深い沈黙の果てに、杏は一つの答えを導き出す。 「逃げよう。」 「逃げる?」 このままここにいたら、絶対危ない。主に、の身が。 直感から導き出された答えに、杏は忠実に従う事にした。 うろたえるの手をしっかり握って立ち上がる杏。 「行こう、」 「え、あの」 「アキラ、勝負……」 「あ、深司君」 「早くー!」 二人は、ギャラリー達にまぎれそれこそ脱兎のごとくその場を後にした。 だから、はその後野外コートで行われた事柄を知らない。 しかし、翌日当事者たるテニス部一同に概要を聞いたところで、全員疲労困憊の態で首を横に振るだけだった。 |
あとがき
主人公には発信機でも取り付けられているんだろうか(爆) 河村&大石が出てこないのは、管理人の中で彼らは癒しのポジションにいるから。 あんまり、こういう争いに出したくないのですよ……。 いつか河村&大石メインのほのぼの話書きたいなぁ…… |