声にならない愛しさを
この想いはけして、 「恋」 では無くて。 でも。 それでも。 その想いは、普段は胸の奥底に隠れている。 誰にも気取られぬよう、持ち主である私にも知られぬようひっそりと。 想いを目覚めさせるきっかけは、いつだって決まってる。 「くーちゃん」 幼馴染の名を呼べば、ほら、すぐに目覚める。 心の奥底から徐々に、徐々に温もりを伴い、浮かび上がる想い。 ゆっくりと、ふわりと。 ――――浮かび上がると言うのは、少し変だろうか。 そう、コレはたぶん、花弁だ。 小さくて、柔らかな想いが、ゆっくり静かに降り積もる。 きっとこの世に産声を上げた瞬間から、この想いは降り続いているのだろう。 くーちゃんという存在から、絶え間なく私の中に降り積もる。 まるで桜だ――――と、気付いて私は納得した。 こんなにも暖かいのに、こんなにも優しいのに、こんなにも柔らかなのに、どうしていつもこの想いは切なさと言う痛みを伴っているのか。 きっと私にとって、桜は別れの象徴だから――――。 私とくーちゃんは、いつだって同じ世界で生きていた。 くーちゃんの隣には私がいて、私の隣にはくーちゃんがいて。 いつだって同じ空気を吸って。 同じものを見て。 同じ足並みで歩いて。 同じものを感じて。 それがいつからだろう、ずれ始めたのは。 ――――くーちゃんの足並みが早くなった。 追いつけない速さじゃない。 でも、けして並べる速さじゃなく、私は隣にいる事が出来なくなった。 年を経るに連れ、世界はくーちゃんを魅了し、連れ去ろうと急かした。 私は追いつこうと必死だった。 けれど、一年という差はけして縮まる事はなく、くーちゃんはいつだって一足早く世界を知る。 くーちゃんが幼稚園へ入った時や、小学校へ入学した時の事を、私は今でも覚えている。 おばさんに手を引かれて、私の知らない服を着たくーちゃんの背中が、桜色の向こう側へと消えていく。 帰ってきたって、私の知らない世界はくーちゃんを捕え続けていた。 やっと私が幼稚園に入って、同じものを見れると思っていたのに、また世界はくーちゃんに先のものを魅せて私たちを阻んだ。 戻ってきて欲しいと。 一緒にいて欲しいと、くーちゃんの手を取ろうとしても、いつだってその手は空を切る。 置いていかれる切なさを、痛みを、私はその時始めて知った。 焦がれるような痛みを背負い込みながら、何とか追いつこうと足掻く私に止めを刺したのは、母の転勤話だった。 最初からついていく気だった――――と言えば嘘になる。 私はとにかく、くーちゃんと一緒にいたかった。いなきゃいけなかった。 だけれども、母を一人にしては置けない。 むしろ、一人にしたが最後、次にあったときは病院の霊安室――――なんて事にもなりかねない人だったからだ。 私の本音をよそに、時間は過ぎてゆく。 とうとうその時が来て、散り急ぐ桜吹雪の中、私たちは別れの言葉らしい言葉も言わず、離れ離れになった。 あの時、視界から桜が消えた瞬間、溢れ出した涙のわけは、まだ分らない。 けれども、頬を焼く熱さと涙の苦味。 それだけは、今でも鮮やかに思い出せる。 くーちゃんと離れていた六年間は、言葉につくせぬほど色々あった。 大変な時期もあった。 帰りたいと思った事もあった。 楽しい事だって、それに負けないくらいあった。 結果として、私は当初恨んでいた母の転勤に感謝している。 くーちゃんにべったりだった頃は、世界の回るスピードがやたら速くて、くーちゃんどころか私すら見失っていた。 けれど、世界の基準を「くーちゃんを連れ去ろうとするもの」としてではなく、「私を取り巻くもの」と考えられるようになって、やっと分った。 くーちゃんの足が速くなったわけでも、世界がくーちゃんを連れ去ろうとしていたわけでもない。 ――――ただ、私が立ち止まっていただけなんだ。 いつだって新しいものを身につけて前を往くくーちゃんが羨ましくて、往かないでと駄々をこねていた。 離れてやっと、私は自分のスピードで歩く事を憶えた。 それだって、簡単に手に入ったわけじゃない。 早く歩きすぎて、ゆっくり進みすぎて、転んだ事が何度もあった。 でもその度、手を取って、立ち上がらせてくれた人たちがいた。 六年と言う年月を経て、私の速さは、なんとか様になり始めてきた。 そして。 「」 放課後。すでに日は暮れ、街頭の明かりだけが道を照らす。 突然押し黙った私に、くーちゃんは声をかけた。 その表情はいつもの無表情だけど、声には僅かな心配の色があった。 ――――桜色の別れから、六年たった。 相変わらず、くーちゃんと私の歩くスピードは違う。 私のほうが、いつだって半歩、遅れ気味になる。元々足の長さが違うんだから、しょうがない。 でも、私はもう追いつこうとは思わなくなった。 半歩後ろでいい。 半歩後ろから見るくーちゃんは、きっと自分でも気付いていないだろう表情を見せる事がある。 いつか来る未来。 その時、隣に立つ女性(ひと)に、くーちゃんは一体どんな顔を見せるんだろう。 この位置なら、それがはっきりと見える。 そう考えたら、これ以上ないほどの特等席じゃないか。 「」 少し強めの口調に、私はまた自分の世界に入り込んでいたのだと知る。 「また黙り込んだと思ったら、今度はニヤニヤと笑い出して……」 「ごめん」 眉を顰めたまま、くーちゃんはまた歩き出す。 私も、それに続く。 半歩前を往くくーちゃんの後姿を、ずっとこの位置で、見ていられたらと思う。 暖かくて、柔らかくて、優しい関係。 胸に降り続くこの想いはけして、恋などではないけれど。 痛みと切なさはよく似ていて。 もしもこの想いに名前をつけるのだとしたら。 「……愛してる」 ――――声にならない愛しさは、届く事無く忍びよる闇にとける。 |
あとがき
つまり何が書きたかったというと、主人公→手塚が書きたかったんですよ。 あるいは「主人公、ポエムる」(爆) 恋じゃないです。恋愛じゃないです。 でも、愛してる。 そういう思いがあったっていいなぁと思って。 一応、手塚一人称の「SAKURAドロップス」と繋がってたり……。 ちなみに主人公、自分がトナリに立つ未来予想図なんてこれっぽっちも持っちゃいません(笑) 自分の書く話で、これだけギャグが無いのも珍しいなぁ(吃驚) |