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「はい、おめでとう」 そう言って、リボンの掛かった小箱を手渡された。 リョーマとが帰り道を同じにしたのは、紗を透かしたように空の暗い冬の事。 学校は冬休みに入ったものの、部活動の方はそんなものお構いナシ。 いつものように学校に来て、いつものように練習メニューをこなす。 まったく、いつもどおり。 ただ違ったのは平素より部員たちのボヤキが多くて、そのおかげでグラウンド送りが増え、他部員のグラウンドでの練習を軒並み邪魔してしまった。 それくらいのものだろう。 部員たちのボヤキはどれも他愛のないものであった。 『冬休みなのに』『イブなのに』 リョーマは、そのどれにも興味を示さなかった。 リョーマにとって、今日はクリスマスイブであると同時に自分が生まれた日なのだ。 帰れば待ち構えたバカおやじが、自分をダシに馬鹿騒ぎを始めるであろう。 物心つく時から繰り返されてきた一大行事がまた今年もあるのかと思えば、練習を終えたリョーマの足は重かった。 その重い足を引きずり引きずり校門までやってきたとき、 「そこの少年!」 不意に後ろから声をかけられた。 聞き覚えのある名称と声に、脳裏が自然と一人の少女を浮かび上がらせる。 「――――先輩」 「リョーマ君。奇遇だから一緒に帰ろう!」 この寒いのに制服にマフラーしかつけていない少女が駆けてくるのを見て、リョーマは足を止めた。 まだ午後三時前だと言うのに雲の隙間から覗く陽はすでに赤みが差し始めている、部活の帰り道。 こんな寒い日は出歩く気も失せるのか、周りに人気はなかった。 二人っきりで帰るのははじめてだった。 と、言うか二人っきりと言う状況が記憶にはない。 いつも誰かしらがそばにいたからだ。 「部活お疲れサマー」 「先輩は学校で何やってたんスか」 問えば、副部長に私用で呼び出されたとあっけらかんと答えた。 重ねてどんな用事かと聞けばどうせ分けの分からない答えが返ってくる事が分かっていたから、話を変えた。 華道部副部長の奇人っぷりは一年生の耳にも届いていたからだ。 「先輩、部長と帰んないの?」 「くーちゃん、年末の決算だか何だかで忙しそうだから、会いにいくの止めた」 珍しいと素直に言えば、たまにはね、と苦笑が返る。 本当に珍しい。 と、言うか……。 (怪しい……) 普段のだったら、決算とやらが終わるまで校門の前で一時間でも二時間でも待ちそうなものである。 それがこうもあっさり引き下がるとは、さすがに怪しい。 思いを視線に乗せ、じっとりと無言でを見つめればすっと目を逸らせる。 奇妙な光景だった。 頭一個ほど背の高い女学生を、ただただ無言で見詰める少年。 見るものが見ればカツ上げでもされているのかと誤解を招きかねない光景だったが、幸いにして周囲に人はいない。 それでもまだ見つめていれば、根負けしたかは足を止めて盛大にため息を吐いた。 「言いたい事があるんなら言ってごらんよ」 「レディーファースト。先輩からどうぞ」 「君の口からそんな胡散臭い言葉が出るとは思わなかったよ」 「知らなかった?俺結構紳士なんスよ」 言ってなさい、とは呆れともなんとも付かない感じで唇を曲げ、鞄の中をごそごそと探り、 「はい、おめでとう」 そう言って、リボンの掛かった小箱を手渡された。 受け取ったリョーマは手の中の小箱を見て、 「何コレ」 「グリップテープ。見て分からないかね」 「わかんないから訊いてんじゃん」 言い返せば「ああなるほど」と、どこかとぼけた答えが返ってくる。 「何、クリスマスプレゼントのつもり?」 「そんな訳ないでしょう」 はあっさりその答えを否定して、歩き出した。 リョーマも歩みを再開する。 「うちの家業は神社ですよ。年末ってのは稼ぎ時。馬小屋だかほったて小屋だかで生まれた神様の子供の誕生日より、お守りの印刷や絵馬の仕上げの方が大事です」 だとすれば、答えは一つ。 「俺の誕生日プレゼント……?」 半信半疑でを見れば、得意げな笑顔で頷いている。 「俺、誕生日なんて教えて……」 「もらったよ。ちゃんと、教えてもらった」 ははっきりとそう言うが、リョーマには覚えがない。 「乾先輩経由で教えてもらったの?」 問えば、は首を横に振る。 「だから、ちゃんと君に教えてもらいましたよ。前に合宿で、行きのバスの中で誕生日の話で盛り上がった時」 そんな事。 「そんな事、俺覚えてない」 「別にいいさ。私が覚えていたんだから」 君が憶えている必要はないよ、とは笑う。 「リョーマ君にはなんでもない事でも、私にとっては大事な事だから覚えてた。大事なものの価値観なんて人それぞれだよ。君には石ッころでも私には宝石並みの大事な『記憶』だからね」 君が大事だから、覚えていたんだよと言われて、リョーマは返答に困った。 ――――どうしてだろう。 どうしてこんなこっぱずかしい事を言った本人が照れずに、言われた方が顔を赤くしなきゃいけないのか。 「――――ふつー、真冬の誕生日プレゼントって手編みのマフラーとかセーターが定番じゃないっすか?」 照れ隠しにそんな事を言えば、はすこし顔をしかめて、 「それは……重いでしょ」 「鉄アレイでも縫いこむつもりだったの?」 「いや、物理的な重さでなく精神的に、ね」 言いながら頬をかいて、 「手作りのものって言うのは多かれ少なかれ念がこめられてる。……言い方が大仰しいか。要するに想いだよ、想い。食べ物や消耗品なら使っちゃえばその想いも多少は消えるだろう。でもいつまでも形として残るものはそうはいかない。想いが真剣であればあるほど忍びなくて処分できずにずっと残る。それはさすがに『重い』でしょう」 はぁ、とよく分からず生返事をするリョーマには、せっかくのお祝いに重圧かけたくないしね、と最後に付け加えた。 「だからね、消耗品なら気兼ねなく使えると思ったんだよ。これでも気持ちはこめてあるよ。ラッピングは自力でしたし」 「って言うか、普通のスポーツ店はグリップテープにラッピングなんてしてくれないでしょ」 「ああ、うん。そうだろうね。してくれって言ったら断られたから」 言ったのか……。 その時の店員の顔を想像して、リョーマは思わず顔を引きつらせた。 しかし、はそんなことお構い無しといった感じで話を続ける。 「本当はね、計画があったんだ。君と二人っきりで帰って、プレゼントは君の家の前で渡す。渡してそのまま逃げる」 「何で」 「この間映画でやってて実践してみたくなった」 「俺で実験しないでよ」 すこし唇を尖らせれば、まぁまぁとは苦笑しながらなだめる。 「一年に一回しかない日をちょっとでも劇的にしようと思っただけじゃないか」 「逃げたら追っかけましたよ」 「ああ、君なら五秒と立たずに追いつくだろうね」 どっちに転んでもの計画は潰れたという事になる。 は空を見ながら頭をかき、 「だめだねェ。この計画、穴だらけだ」 「まだまだっすね」 鼻で笑う。 しかしはそれを気にした様子も無く、唯一の防寒具であるマフラーを巻きなおすと、空を見上げた。 雲がないのに晴天とは言い難い、どこか薄い布が掛かったような空だった。 「雪、降ったら完璧なのにね」 「風邪ひくよ」 「大丈夫。私は馬鹿だからひかない」 「自分で言う?」 呆れて訊けば、言うと返ってきた。 リョーマは自分でもよく分からないため息を吐いて、ポケットの中を探った。 ポケットの中にはさっきもらったグリップテープ。 手に触れたリボンの感触がくすぐったい。 「――――先輩」 「んー?」 僅かな逡巡のあと、呼びかければすこし前を歩いていたが立ち止まり振り返った。 「あのさ」 知りたかった。 さっきが言っていたとおりなら、このプレゼントにはの『想い』が込められているはずだ。 それが、知りたい。 「先輩は、俺へのプレゼントにどんな気持ち込めたの」 「――――もっと君が上を目指せますように、かな」 すこしの躊躇いの間のあと、は言った。 「関東大会、全国、世界。もっともっと先に、君が行けますようにって。上を目指せばキリがないって言うけどね。でも――――リョーマ君ならいけると信じてるから」 言った後、は僅かに顔を歪ませながら、重いかな、この気持ちはと心配げに言った。 リョーマは首を振った。 信じているという言葉に、唇が緩む。 「全然軽い。ヨユーっすよ」 口元に、浮かぶのは自信の笑み。 もまた、微笑を返した。 「まぁ、君の実力とその自信なら心配はないと思うよ。とりあえずは一番身近な現青学の柱を倒さないとどうにもならないけどね」 「じゃあ明日にでも倒す」 「そ、それは自信と言うより無謀と言わないかな……?」 驚くの隣に、リョーマは薄笑いを浮かべて並ぶ。 そして二人は、どこからかジングルベルの流れる帰路を揃って歩き出した。 ――――リョーマの足取りは、初めの頃よりだいぶ軽かった。 |
あとがき
イブに何書いてんでしょうね、自分。 他の人はやんなかったのに、ネタが浮かんだので急遽一日であげました。 今回はリョーマ視点でホノボノ。 いつもなら「越前」と言う名称を使いますが、今回は「リョーマ」 ……いや、意味なんてなくて気がついたら全部「リョーマ」で打ってたからそのまんまでいっただけなんですけどね?(笑) あいも変わらずキャラが偽ッパチ。 とにかくおめでとうです、越前リョーマ (やな祝われかただ) |