「お前は嫌味を言いにきたのか?」

初日の天気を引き継ぎ、快晴の二日目。
時は十二時、お昼ごろ。



















忙しない雰囲気とはやや隔離された場にある生徒会室。
朝からあちこち走り回っていた手塚は、誰もいない生徒会室で僅かな時間、休息をとっていた。
昨日から部活の方にもクラスの方にも顔を出していない。
このままではいけないと思っているが――――なかなか体が空いてくれなかった。
わずかに溜息を零した、その時。
「――――どうぞ」
扉をノックする音がして、手塚はすばやく無表情の仮面を被った。
しばらくしてドアが開く。
「ヤホー、くーちゃん」
「……
現れたのは幼馴染だった。
肩から力が抜ける。ついで、目が幼馴染の格好に向いた。
わずかに眉を顰める。
「どうした、その格好は」
「へ、へへへ〜……」
はごまかすようにへらりと笑いながら後ろ頭をかいた。
膝下まであるくすんだオレンジのワンピースに、大きなポケットが二つ付いた白いエプロン。
頭にはワンピースと同色の三角バンダナ。
手にはバスケットを持っている。
「家政部の手伝い。コンセプトは"ドイツの田舎のパン屋さん"だそうだ」
可愛い?と、その場ではくるりと回る。
ワンピースが、空気を孕んでふわりと舞い上がった。
手塚は、一つ咳払いをすると、
「それで。手伝いがこんな所に来ていていいのか」
「うん。休憩貰ってね。差し入れ」
と、が手にもったバスケットを掲げる。
被せていた布を取ると、中にはサンドイッチが詰め込まれていた。
「ちゃアんと、お茶もたっぷり持ってきたよ」
用意周到な幼馴染は、にっこり得意げに微笑んだ。
















「おばさんからねェ、連絡があったんだよ」
手近にあった紙コップに魔法瓶から茶を注ぐ。
コップに満たされた琥珀色からは、芳醇な香りが立ち上った。
「くーちゃん、お弁当持っていかなかったでしょう」
「ああ」
悠長に弁当を食べている時間が惜しいので、屋台の出し物で済ませるつもりだった。
――――昨日もそんな事を考えて、結局食べれなかった事を見抜かれていたらしい。
つくづく母親の感というものの鋭さには恐れ入る。
は手塚に茶を手渡すと、眉をきりりと吊り上げ怖い顔をする。
「いくら忙しいからって、ちゃんと食べなきゃダメだよ。くーちゃんはそれでもスポーツマンですか。体調管理は基礎の基礎デス」
「そんなことくらい分かっている」
「頭だけで分かってても意味ないですが?」
すっぱり切り返されて、手塚は眉間に皺を刻んだ。
「お前は嫌味を言いにきたのか?」
「うん。四割ほど
自分の分の仕度も済ませ、は手塚の斜め向かいの椅子に腰を下ろした。
手塚の眉間の皺はさっきより深くなっている。
気づいたらしいは明後日の方向を向き、頬をかきながら、
「まぁ、後の六割は心配して、かな?文化祭開催中に激務で生徒の代表が倒れたとあっちゃア、目も当てられんでしょう」
ちらりと、見上げてくる目の周りがほんのり赤らんでいる。
しばらく、何も言えずその瞳をじっと見つめた。
「――――あーもう!余計な話してないで食べよう食べよう!いただきます!!」
誤魔化すように殊更景気よく両手を合わせたを見て、手塚もやっと仏頂面を解いた。
















「自分の部には行っていないのか?」
「見には行った。副部長がいなくてすこし安心した
「……」
サンドイッチにかじりつきながら心底安堵の声を出すに、手塚はかける言葉を失った。
華道部副部長の無軌道な変人っプリは、手塚の耳にも届いていた。
届いてはいたが、だからといって何をどうすることも出来ないが。
――――部屋の外では大勢の声がする。多すぎて一人一人何を言っているかまではわからない。
忙しない……と思うと同時にこの時間が終われば自分もあの中に行かなければならないのだと思うと、手塚はすこし気が重かった。
「くーちゃんも、行ってないよねェ。クラスも、クラブも」
「テニス部の方に顔を見せたのか?」
問えば、は紙コップから口を離してこくりと頷いた。
「昨日見せた。みんなね、頑張ってたよ。くーちゃんも顔見せたほうがいいよ」
「言われなくても」
「でしたね」
は明後日の方向に視線を向け、盆のくぼをかいた。
「ヒマがありゃア行ってますか」
「わかっている事を言うな」
手塚はコップに入った紅茶をすすった。
砂糖も何も入っていないため、すこし苦い。
日本茶とは違う苦味だ。
気がついたらしいが腰を僅かに浮かせて、
「砂糖、持ってこようか?」
「どこから」
「どさくさにまぎれてその辺の店からちょいと……」
「いらん」
何がちょいと、だ。
まだ腰を浮かせたままの幼馴染の腕を強引に引き、座らせた。
「まったく……。それは泥棒だぞ」
「ちょっと借りるだけだよ?」
「紅茶に溶かして、飲んで、その後どうやってその砂糖を返す?」
あっ……と、はあんぐりと口を開けた。
「あ。あー、あー、あー。そう、だよねぇ。飲んじゃったら返せないよねぇ……」
アハハハハと眉をハの字の下げて笑うに、手塚はわざとらしくため息をついた。
「お前は昔から考えが足りない」
「わかってますよゥ」
すねたように口を尖らせていただったが、やがて何を思ったかクスリと笑った。
「なんだ?」
「ん?いやぁ、最近くーちゃんとこんな風に話す機会、無かったなぁって」
広げた指を一つ一つ折りながら、
「ひのふのミのよォ……。一週間か。一緒に学校行かなくなって」
「忙しかったからな」
文化祭が始まる一週間前はとにかく激務だった。
生徒側が提示する提案と、学校側が提示する実際にできる範疇とが大いに食い違い、本決まりになったのは僅か一週間前。
そこからはもうとにかく時間に忙殺された。
実際、この一週間の記憶は無いに等しい。
ただ"忙しい"と、それしかなかった。
「時々ねぇ、学校の廊下歩いててくーちゃんを見かけた事があるんだ」
窓越しに向かい合った廊下を競歩も真っ青なスピードで去っていったとは言う。
「忙しいの分かってるから声かけられないし、家に行くのも迷惑だろうし」
だからね、と小首を傾げながら、
「すこし寂しかったよ」
詰まらなさそうな、それでいてどこか泣きそうな目では言った。
「なまじ時々顔を見るから、結構近くにいるんだって思うから、余計に寂しくなってね」
手に持ったコップに注がれる茶に視線を合わせたままの横顔を、手塚は見つめた。
視線に気づいたのか、はちょっと顔を向ける。
それから、情けなさそうに笑って、
「だから今日は来たんだよ。くーちゃんに会いたくなって……」
子供っぽいかな、と盆のくぼに手をやるを見て、手塚は緩みかけた頬を引き締めた。
まったく、いつもいつも予想も出来ない不意打ちばかり食らわせてくれるものだ。
の気持ちは、きっと迷子になった子供の戸惑いのようなものだと思うけれど。
会いたいという気持ちは、本物だろうから。
「――――最終日には出るのか」
「えっ?」
きょとんとするの顔を横目で見ながら、
「最終日、お前はクラスの出し物に出るのか?」
「来てくれるの?」
「時間が出来ればな」
の顔が見る間に明るくなってゆく。
「ん。時間が出来たら、だね」
の頬が、嬉しそうに染まった。



















「あ、でもやっぱり来なくていいかも……」
「……時間が出来なくても行く
「え――――ッ!?」

あとがき

やっと二日目までこぎつけましたよ。
ほのぼの。
手塚とセットのときはとにかくほのぼのと……を心がけています。

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